短編 | ナノ

声に出してもう一度

生きていく上で一番大切なものってなんだろう。食料がなくちゃ生きていけないから食べるものって答える人もいるかもしれない。根本的なことをいえば酸素がなくちゃ呼吸できないってことで、酸素って答える人もいるのかもしれない。ああ、水もなきゃ駄目だよね。これら全てに共通するのは衣食住に関することということだ。基本的な生活を送るために必要最低限いるもの。これらがなくちゃ生きていけない。
そしてこの理論でいくならばもう一つ大切なものがある。

「―――Money」
「………誰でもいいから「愛」や「友情」という美しい答えを出してくれないかな?」

生きていく上で一番大切なものはなんですか? という質問を政宗にしたら、「お金」という美しさの欠片もない答えが返ってきた。その冷めた答えに私はがっくりと項垂れる。

「金があったら華那の言う愛や友情だって買えるぜ?」
「買えてたまるか! お金がきっかけのものなんて長続きしないもん」

政宗の言うとおりお金も大事だと思う。お金がなかったら衣食住に関する物も買えないし、まず今の世の中で生きていくのは難しい。醜いことをいえばお金の周りには人も集まるので、彼の言うとおり偽りの愛や友情ならば買えるかもしれない。あくまで「偽り」だ。

「この質問、政宗で三人目なんだけど……みんな「お金」って答えたんだ」
「ちなみに残りの二人は?」
「一人目が遥奈で、二人目が佐助」
「そりゃ人選missだな。どうせ訊くなら真田とかにしろ」
「ゆっきーじゃ「お団子」って答えそうだから、イマイチ参考にならないんだよね」

政宗の言うとおり遥奈と佐助じゃ訊く相手を間違えたと自覚している。でももしかしたらって思ったんだよ。ああいう人こそ意外と愛や友情が一番大事なんだって思っているかもしれないってさ。ま、結果的に私の願望は粉々に砕け散っただけに終わったんだけどね。

「そもそもなんでこんなこと訊いたんだ?」
「ああ、それはね……」

きっかけはこの前読んだ一冊の恋愛小説だった。ヒロインが恋人にこの質問をし、彼はヒロインへの愛と答えたのだ。恋愛小説だけにかなりオーバーに書かれていると思うが、やっぱり少し羨ましく思えてしまった自分がいる。こんなこと現実で言うはずがないとわかっていても、これに近い答えを言って欲しいと思ってしまったのだ。

「つまり華那はオレにそいつと同じ答えを言って欲しかったっつーわけか?」
「同じっていうか、これに近い答えっていうか……!」

政宗の瞳に怪しい輝きが宿る。改めて言われると恥ずかしくなるもので、私はしどろもどろになりながらこの話を強制終了させようと必死になっていた。政宗の表情がからかう対象を見つけたように見えたためである。政宗は私の腰を掴み、ぐいっと自身のほうへと引き寄せる。もう少しで唇と唇が触れてしまうという微妙な距離に、私は思わず目を見開いてしまった。頬なんてきっと真っ赤になっているに違いない。政宗の顔なんて見慣れているはずなのに、どうしてこうも至近距離だと緊張してしまうのだろう。政宗なんて顔色一つ変えていないのに。むしろ余裕たっぷりと見える。

「し、質問を変えよう! ええと……一番大切なものじゃなくて、いっ一番好きなものはっ!?」

言ってから自分がとんでもない質問をしてしまったことに気づいた。大切なものから好きなものに変わっただけじゃない。あんまり変わってないし、なにより今の政宗にこの質問は拙かった。

「一番好きなもの? ンなもの華那に決まってんだろ……?」
「ぎゃー! これ以上近づくな!」

背中を仰け反らせようとすると、私の腰を掴む政宗の腕に力が込められた。これじゃ余計に逃げられないじゃない。

「そういや、そう言う華那はどうなんだよ?」
「な、なにが……!?」
「一番好きなもの、だよ。華那が一番好きなものは何だ?」
「そ、それは……」

私の一番好きなもの? 好きなものは色々あるけれど、今は政宗が望む答えを言わなくちゃ解放してくれないような気がする。彼は一番好きなものは私だと言った(嘘かホントかわからないけど)。つまりこの場合私も政宗と同じ答えを言わなくちゃいけないのだ。自分で訊いておいて悪いが、一体どんな羞恥プレイですかこれは!

「ええと……ま、政宗と同じ……デス」
「オレと同じじゃわかんねえなァ……。もっと具体的に言ってくれねえと」

チッ! わかっていたけれど、この程度じゃ政宗は妥協しないらしい。やはり直接、彼が言う「具体的」に言わないと駄目なようだ。

「…………ね」
「Ah? 小さすぎて聞こえね―――」
「政宗って言ったのッ!」

聞こえないって言われて腹が立った。だから聞こえるように大声で言ってやった。でも政宗の顔を見る勇気はなくて、言うなりすぐさま視線を逸らした。熱を帯びて少し麻痺し始めている頭で色々と考えてみる。そもそもどうして私はこんな恥ずかしいことを口走ったのだろうか。最初はただ政宗に質問をしてみようという、軽い気持ちだったのに。

そういえばさっきから政宗の奴、やけに静かだな。ちらりと政宗の様子を窺うと、彼は顔を背けて明後日の方向を見ていた。いや、見ていない……かもしれない。彼がどこを見ているのかわからないのだ。ただ彼の横顔は若干朱に染まっていて、そんな政宗を見ていたら私の中で蠢いていた気恥ずかしさが自然と消えていった。よく言うじゃない。自分以上に怖がっている人を見ると途端に落ち着くって。まさにそれだろう。恥ずかしかったけど私以上に照れている(かもしれない)政宗を見たら、なんだか急に恥ずかしくなくなってきたのだ。恥ずかしさが消えれば、心にも余裕がでてくる。政宗をからかうくらいならね。

「どうしたのかな政宗クーン? お顔が真っ赤ですよ〜」
「煩ェ!」
「言えって言ったのは政宗だよ〜。だから私は言っただけなのにィ。私が一番好きなのは政宗ってネ」
「わーった! わかったから何度も言うな!」

私の腰を掴んでいた政宗の腕はいつの間にか離れていた。しかし今度は私が彼の腰に腕を回し逃がさないように引き寄せる。滅多にない政宗をからかえるチャンス。それが私を大胆にさせているのかもしれない。私から迫るなんてあまりしないから、政宗の奴はさらに慌てふためいているのだ。

本当はお互い解かっている。一番好きなものなんて、解かっているのだ。でも訊いてしまうのは、きっとお互いの口から聴きたいから。一番好きなのは貴方だと、はっきりと声に出して欲しいから。

完