短編 | ナノ

貧乏くじは誰だ

年末、最後の一仕事が残ってます。
その日、何をするでなく。私は家に引き篭もってダラダラと、お昼まで寝ていても怒られない冬休みを満喫していた。実質一人暮らしみたいなものだから、普段から怒る人なんていないに等しいのだけど。

世間は年末だ年始だと忙しなく回っているが、一学生にはそんな世間の波はお構いなし。テレビを見て特番が多くなったなと思い、そこでようやく今が年末だと感じる程度だ。年賀状も書いたし、一人だからお雑煮とか御節の準備とかもないし。いつもは元旦には帰ってくる両親だが、今回は仕事の都合とかで二、三日遅れると先日電話があった。大晦日と元旦は自由の身で、何をしても煩い両親(主に父が)にはバレないのである。

和室にあるこたつに丸まり、ただぼーっとしながらお昼のワイドショーを見ていた。冬休みになったからといっても、学生にとってお昼はつまらないものだった。お昼は主婦の時間だから、主婦をターゲットにした番組ばかり。どうでもいい芸能ニュースや、ちょっと興味をひく最近起きた事件のニュース。チャンネルを回してもどこも似たような内容ばかり。

私はつまらなくなってテレビの画面を消し、そのままごろんと畳の上に寝転んだ。あーあ……退屈だなぁ。

そんな私の心情を読んだように、手元に置いていた携帯電話から軽快な音楽が流れ出す。メールだったら放っておこうと思っていたのに、着信音が長いことからこれはメールじゃない。電話だったら待たせるわけにもいかないよね。

私は誰からの電話かチェックして、ちょっと嫌そうな顔をしてしまった(すみません)。この人物からの電話は毎回、ろくでもないことの前触れなのだ。通話ボタンを押すと、私はげんなりした声で「もしもし?」となげやりな口調で言ってのける。相手はそれが不服だったようで、「なんでンなノリなんだよ!?」と、いきなり噛み付いてきやがった。私は頭をポリポリと掻きながら「だってー……」と口を尖らせ、ぷりぷりと膨れてみせた。

「だってさー……なるみチャンからの電話って、ろくなことないんだもん」
「ひっでぇ! 俺自身が疫病神って言われてるみてぇじゃん。つかなるみちゃんって言うな」
「あら、さり気なくそう言ってるつもりだったけど?」
「認めやがったし!?」

こんなくだらないやりとりのために、わざわざ成実が電話してくるはずがない。さっさと用件を聞いてしまおうと、私は半ば強引に話を切り出した。

「そんなことはどうでもいいのよ。なんで電話かけてきたのよ、この忙しい年末に」

本当は全然忙しくないけど。

「あー……それなんだけどさぁ、今からこっちにこれねぇ?」
「こっちって……伊達の屋敷に?」
「そうそう。頼むよー、政宗もいることだしさー」

そりゃ政宗の家なんだから、彼がいて当然だと思うのだけれど。政宗がいるって言われて喜んでしまった自分がいた。政宗に会えるのなら……明らかに裏がありそうな成実の誘いにも乗ってあげましょう。二つ返事でOkすると、「じゃあ今すぐ来て!」と切羽詰った声で私を急かす。それは楽しいから余裕がないという声ではなく、何か恐ろしいことが起きたときにだすような声だった。一体、伊達の屋敷で何が起きているのだろう。面白さ半分恐怖半分といった気持ちで、私は急いで支度を始めたのだった―――。

「………………も、もしも〜し?」

コートにマフラーという防寒バッチリという格好で伊達の屋敷に着くなり、目の前で繰り広げられている光景に呆然としてしまった。沢山のリーゼント頭の人達が、目まぐるしく屋敷中を動き回っていたのだ。それはまさに独楽鼠のように、馬車馬の如く。手に沢山の荷物を抱えている人や、ほうきやバケツを持っている人。なんだか屋敷中がいつもと違った意味で騒がしい。

みんな忙しいのか、私の存在にすら気がつかない。声をかけるのも憚れるほど忙しそうだったので、私は小さな声でお邪魔しますと呟くと、そろりと庭のほうに移動した。とりあえず中の様子を知りたかったからである。なんでここにいるって訊かれれば、成実に呼ばれたって言えば事は済む。

庭に移動している最中だ。隅っこのほうで何かがごそごそと動く気配を感じた。ふとそちらに視線を移すと、もくもくと小さくて細い煙が、冬の澄んだ空に吸い込まれていく。なんだろうと思いながら視線を下へ下げると、そこには面倒臭そうに不良座りをしながら煙草を吹かしている、この屋敷の主の姿があった。彼も私の視線に気がついたようで、大儀そうにこちらに視線を投げかける。お互い「どうしてここにいる?」って顔をしていた。

「こんな隅っこで何やってんの、政宗?」
「そりゃこっちのセリフだろうが。なんで華那がいる?」

そう呟いて、お互い見つめ続けること数秒。先に自分を取り戻したのは私だった。

「とりあえず……未成年なんだから煙草は駄目でしょ」

政宗の傍で前かがみになって、彼の口から煙草を奪いポイッと捨てた。そのまま靴で煙草を踏みつけ火を消す。政宗は勿体無いものを見るかのような目で、火の消えた煙草を見下ろしていた。

「ところでみんな何やってんの?」
「Ah 今日はアレだ、大掃除なんだとよ」
「ああ、大掃除!」

それならみんなが馬車馬のように動き回っているのも納得がいく。今日は大掃除の日なんだね、だからほうきとかバケツとか持ってる人が多かったんだ。屋敷が広いと掃除も大変そうだ。男所帯なら殊更かもしれない。

「で、政宗はサボリだ」
「うっせ」

彼は不貞腐れたようにそっぽ向いた。それだけで私の言ったことが図星だと物語っている。こういうところは子供のようで、本当にわかりやすい。よく見てみると、彼の傍にはほうきが無造作に転がっていた。庭を掃いていたけど飽きちゃったってところかな。辺りに人はいないし、サボっても咎める人はいないし、まず政宗を咎められる人がこの屋敷にいるのだろうか? だって仮にも伊達組当主だしねぇ。彼に渇を入れることができるのは小十郎くらいじゃなかろうか。

「……で、なんでここにいるんだよ。今日は見てのとおりだ、構ってやれねぇぞ?」
「うーん……成実に今すぐ来いって言われてきたんだけどね」
「成実だァ?」

政宗のこめかみに青筋が浮かび上がる。ピリピリと不機嫌オーラを放つ彼に、私は逃げ腰になりつつもどうしたのかと訊ねた。政宗は勢いよく立ち上がり、どういうわけか私にその怒りをぶつけてきたのだ。だから、私が何をしたっての!?

「なんで成実と電話なんかしてんだ!? その前になんであいつが華那の番号を知ってる!?」
「やー……なんでって言われても、番号交換したの、一年以上も前のことだし」
「なんでに一言も話さなかった!?」
「話すほどのことでもないじゃんか〜。じゃなくて気づかなかったの!? 何度もメールとか電話してたのに!?」

ガッチリと肩を掴まれ鬼の形相で迫られたら、いくら私と言えど泣きたくなってくる。くっそー、これも全て成実のせいだッ! これを本人に言ったら「理不尽だ!」って言われるかもしれないけど。

「オレに隠れて華那に手を出すたァ……成実の奴、よほど地獄を拝んでみてぇのか」

私に訊かれても困る。なにより困るのはこの伊達政宗という男は、言ったことは必ずやり遂げることだった。地獄を拝ませると言うからには、確実に地獄に突き落とす。それも思いつく限りの苦痛と共に。泣いて命乞いしてもこの人には快感しか与えられない。相手が自分に屈服したという快感に、この人は至極の笑みを浮かべるのだ。そして、この魔王の贄となる哀れな子羊が現れた。

「おーいたいた! なにやってんだよ華那……ってうわぁ政宗ェ!?」
「Good timing……いや、成実からすりゃbad timingか?」

政宗の隻眼が、成実を捕らえて離さない。政宗の尋常ではない様子に、成実は直感的にマズイと悟ったようだ。なんでこのタイミングで現れるかなー……。屋敷の廊下を歩いていた成実は、庭の隅っこで蹲る私達に気づいたようで、声をかけながら手を振っていたのである。しかしそのとき私達がしていた会話に問題があったわけで。政宗は指をボキボキと鳴らしながら、獲物を見つけた野獣のような表情を浮かべている。

そんな彼の行動に成実は怯え、私は仏像を拝むように成実に「南無……」と手を合わせていた。私の行動が追い討ちをかけてしまったのだろう。これから自分の身に何が起こるか、薄っすらと理解した成実の両足はガクガクと震えている。

「っていうか華那を呼べって言ったの、他ならぬ政宗だろうが! まさかさっき言ったこと、もう忘れたって言うんじゃないだろうな!?」

ゆっくりと距離をつめる政宗に怯えながらも(絶対にわざとだ。わざとゆっくり近づいているんだ、相手の恐怖感を煽るために)、成実は必死になって弁明する。しかし政宗の強烈な拳が成実の脳天を直撃した。が、これが弁明と呼べるかは定かではないが、彼の言葉は私達の動きを止めるには十分な効果があった。

「政宗が呼んだってどういうこと?」
「Ah……オレ、呼んだっけか?」

頭をポリポリと掻きながらすっ呆ける政宗に、成実は「本気で忘れてたのか」とどこか呆然とした声を上げた。そう呟く目には若干涙が滲んでいる。ありゃ相当痛かったに違いない。まだこうして喋れているだけマシだろう。普段から政宗にサンドバックにされているのせいか、慣れているのかもしれない。そもそもどうして屋敷に呼ばれたかさえわかっていない私には、二人の会話からしてわかっちゃいなかった。どうしたものかと思ったが、これ以上殴られるとなると成実が不憫すぎる。

「もしそれが本当ならさ、ちゃんと思い出してもらわないと」

政宗は成実の胸ぐらを乱暴に強引に掴んで、逃げられないように固定したまま視線を泳がせた。右にいったり左にいったり、上に上がったり下に下がったりと数回繰り返す。たっぷり一分ほど経過した後、「そういやそうだったな!」とマヌケな声を上げたのだ。声からして本気で忘れていたらしい。なんで忘れるかな、そういうことを。

成実の胸ぐらを掴んでいた手を放した政宗は、さっき私達がいた場所に落ちていたほうきを取りに戻った。ほうきを持って再び成実がいる縁側へと戻ってきた政宗に、私はジトリと恨みがましい視線を投げかけた。

「なんで私を呼びつけたのよ? まさか大掃除を手伝えって言うんじゃないでしょうね?」
「Yes そのまさかだ」

なんか、偉そうに言われたせいか余計に腹が立つ。大掃除を手伝うためだけに、私はこの寒空の下に放り出されたのか。こたつというこれ以上ない天国から引き離されたのか!

「オレはサボる。だからオレの代わりに頼むぜ」

そう言いながらほうきを私に押し付けた。反射的に受け取ってしまった私は瞬きをすることすら忘れてこいつの暴挙に言葉を失ってしまう。成実もこれにはついていけなかったようで、目をパチパチとさせている。そらぁ、ついていけませんぜダンナ。

「さ、サボるって……どこに行く気!?」
「そうだな……とりあえずは華那の家にでも身を隠すか」
「身を……隠す!?」

早くも背中を向けて歩き出していた政宗の背中を、引き止めるでもなく見ていた私と成実だったが、ふと背後に感じた鋭い気配にびくっと肩を大きく震わせた。私と成実は顔を見合わせ、ごくりと生唾を飲む。わかる、わかってしまうのだ。私達の背後にいる人物が、その人物の放つ稲妻が。全身で感じ取ってしまうその気配に、私達は揃って鳥肌が立っていた。

私達に背を向けている政宗は、まだ何も気づいていない様子である。くそっ、この幸せ者め。私と成実はどちらともなく頷き、せーのと目配せして後ろを振り向いた。そこには予想通りの人物が仁王立ちして、じっと遠くを―――政宗を睨んでいる。ああ、お説教モードオンなんですね……! そんなことを思いつつ、「彼」が政宗の背後に迫るのをただじっと眺めていた。一方政宗も、私達の不穏な空気を察知したのだろう。私達が急に黙りこくったものだから怪訝に思い、はたとその足を止める。そして後ろを振り向こうとしたまさにその瞬間だった。

「Hey どうした、華那……」
「―――政宗様ッ!」

私と成実からすれば前、政宗からすれば背後に―――小十郎がそりゃもう恐ろしい形相で立っておりました。これには政宗もかなり驚いたらしく、ぎょっと目を見張っている。ごめん、でも助ける気はない。だってそんなことしたら……私のほうにまで小十郎のお説教がきてしまうもの。誰だって己の保身が大事なのよ。大好きな恋人よりも、ね。

「全く貴方というお方は! 何度このように逃げれば気が済むのですか!? 少し目を離せばすぐに行方をくらまし、このようにサボってばかり。これでは他の者に示しがつきませぬぞ。貴方様はこの伊達組の未来を背負うお方、故に皆の模範となるべきなのです。それなのに貴方様がこれでは……他の者が同じような行いをした場合どうするのですか!?」

わーお、くどくどくどくど、くどくどくどくど……耳が痛い。小十郎のお説教なんて凄く久しぶりに聞いた。政宗は心底うんざりした表情を浮かべている。まさかこれでギブアップとは言うまい。この中では一番小十郎の説教に慣れているのだから。でもだからこそ、もう聴きたくないのだろう。耳にタコができるほど聞かされているし、ある意味においては、このお説教を聞きながら成長したといっても過言ではない。

「……これ以上逃げようとなさらぬことですぞ。失礼ながら、こうさせていただきます」
「Hey! Wait! いくらなんでもこりゃねぇだろ!?」

小十郎は政宗の首根っこを掴むと、ズルズルと引きずっていく。じたばた暴れる政宗だが、どういうわけか小十郎はもろともしない。小さな子供を引っ張るように、ごくごく自然に政宗を引っ張っていく。

「プッ! 伊達組筆頭が情けねぇなー」
「なに笑っていやがる成実。政宗様を止めなかったテメェにも非はあるんだぞ」

だから―――。

「だぁぁあああ! ちょっと待て、なんでこうなる!? なんで俺までェ!?」

小十郎は政宗と成実の首根っこを掴んで、暴れまわる二人を引きずっていった。政宗はともかく成実は完全に巻き添えだ。だって彼はサボってなかったんだから。

「とりあえず廊下の水拭きをやっていただきます。よろしいですか?」
「Oh……笑えねぇjokeだぜ」

屋敷が無駄に広い分、廊下の拭き掃除は一番の労力が必要となる。長い廊下を中腰で往復もするのだ。終わった頃にはクタクタで、立っているのが嫌になるほど疲れる。落胆した面持ちでげっそりとした表情を浮かべている政宗に、私はそっと近づいた。

「まぁまぁ。台所借りて何か作ってるからさ。終わったら食べさせてあげるから、頑張ってやりなさいよ」
「食べさせてあげる?」
「うん、それがどうかした?」

急に活き活きとした表情を取り戻した政宗に首を傾げる。別にそこまで元気にさせるようなことを言ったつもりはない。ただ頑張っている二人のために、おにぎりを差し入れしようと思った程度だ。なのにこいつは、ニヤリと舌なめずりしていやがる。なんだ、なんなんだ!?

「……なら、キッチリと食べさせてもらうぜ?」
「まっまさか政宗の言う、食べさせてあげるっていうのは……!?」
「決まってんだろ? Mouth to mouthだ」

―――口移し?

「って違うー! 根本的に意味が食い違ってるよ政宗サーン!」

私が言った「食べさせてあげる」とは、おにぎりでも作ってあげるから、終わったら食べてね的なことだ。一方政宗の言う「食べさせてあげる」とは、私が直接政宗に食べさせる「はいアーン」的なものである。語尾にハートマークがつきそうな甘いやつね。

「そうとなりゃ頑張らねぇわけにはいかねぇな。Hey 小十郎 Hurry up!」
「急がなくていい! ゆっくりでいいからぁ!」

政宗には悪いけど、一生大掃除してろと本気で思いました。

完