短編 | ナノ

メインディッシュは最後に召し上がれ

純白。この言葉が相応しいウェディングドレスを目の前に、女の人はしたらどんな気持ちになるんだろう。恋人がいない女性なら、いつかこんなドレスを着て結婚したいと未来に想いを馳せるのか。恋人がいる女性なら、こんなドレスを着て恋人と結婚式を挙げたいと望むのか。今まさに結婚しようとしている女性なら、感極まって涙を流すのか……。そして私の場合は―――。

「いやああぁあああ! 人前でそんな赤っ恥晒すなら死んだほうがマシだぁぁあああ!」

純白のウェディングドレスを前にして、みっともなく暴れまくっていた。

***

私達が住んでいる街に新しいテーマパークができた。ショッピングモールの他に遊園地にあるようなアトラクションが一緒になった、ちょっと変わった新しいデートスポットは若者の間で瞬く間に話題になった。買い物もできる小さな遊園地、どうやらこれがコンセプトらしい。当然のことながら私と政宗もここに遊びに行こうと話し、今日こうして人混みに紛れて遊びに来たのである。ここまではよかった。メイン広場らしき場所でオープンイベントが開催されていて、何をやっているんだろうと立ち止まってしまったのが間違いだったのだ。

「彼氏自慢コンテスト〜…? なんちゅー捻りのないタイトルなの……」
「いや、だからこそ逆にすげえだろ……いまどき逆に拝めねえぞ」

それは化石という意味で、だろう。ちっともフォローになっていない。お互い違う意味で感心していて、肝心のイベント内容がどんなものか気にしていなかった。というか、あの捻りのないタイトルのおかげで、なんとなく何をしているのかわかってしまったからだ。

要は自分の彼氏を自慢して、どのカップルの彼氏が一番素敵か決めるというものだろう。現に舞台上ではかっこいい男性達が色々な表情で立っている。少し恥ずかしそうにしている者、自身満々な表情を浮かべている者。同じ舞台に立っているはずなのに、ここまで違うものなのかと面白い。

「まだ参加受付しているみたいだね。政宗、なんなら出場してみたらどう?」

自分は参加しなくていいみたいだから、政宗にこんな軽いことまで言っていた。どうやら彼女は舞台に上がる必要はないようなので(彼女は一番手前で応援するだけらしい。一番手前側の応援が凄まじいから、おそらく舞台上にいる彼氏の彼女だろう)、注目を浴びるのは彼氏だけということだ。私も舞台に上がるのなら何も言わなかったけど。

「ほら、優勝したら何か貰えるみたいだよ! 政宗なら絶対に優勝できるって。だから出てみなよ」

現金な話をすると、この優勝したら貰える賞品が欲しかったりする。こういうとき優勝したら貰えるものって、大体このテーマポークで使えるタダ券とか、または記念品みたいなものが多いじゃない。

「なんで華那が欲しがっている賞品なんかのためにこのオレが、出たくもないモンに出なくちゃいけねえんだよ」

さすが政宗。私が賞品を欲しがっていると見抜いたか。

「えー……でもやっぱりかっこいい彼氏を自慢したいっていう女心も大きいんだよ。ここにいる人達に私の彼氏はこーんなにもかっこいいって自慢したいんだよー。だから政宗、このとおり!」

政宗の前で両手を合わせ、頭を下げる。そして顔を上げるなり縋るような眼差しを送り続けた。すると政宗はまんざらでもないのか、「うっ!」と少し後ずさる。何が「うっ!」なのかはわからないが、思わず怯んでしまう何かがあったんだろう。熱でもあるのか少し顔も赤い。

「………わかった、わかったよ。ただし、今回だけだからな!」

結局政宗が根負けするという形で私のおねだりは成功したのであった。

***

そしてコンテストは政宗の圧勝で幕を閉じた。別にこれといって何もしていない。ただ舞台上に上がっただけだ。政宗は舞台上に立っただけで何故優勝できたのかいまいちわかっていない様子だったが、舞台の手前で見ていた私にはわかる。だってそれまで自分の彼氏を応援していた彼女達ですら、政宗の姿を見るなり絶句したのだ。そして瞬時に悟ってしまったのである。この男には敵わない、と。そのとき密かに優越感に浸っていたのは内緒だ。

「これで優勝賞品は私のもの。タダ券やサービス券だったら嬉しいんだけどなー」

上手くいけば今日のデート代が浮くかもしれない。

「では優勝した彼氏さんは彼女と一緒に記念撮影を行ってもらいます。衣装はこちらで用意してありますので、彼氏さんと彼女さんはこちらへどうぞ!」

司会のお姉さんの言葉に私は目を丸くした。記念撮影ってどういうことだ? 私は隣にいた女性に、優勝賞品について訊ねてみた。

「優勝したらカップルで記念撮影できるんですよ。しかも彼女はウェディングドレスを着ることができるんですって」

な、なにその羞恥プレイ的な優勝賞品は!? 楽しみ、そして参加した目的だった優勝賞品はなんとただの記念撮影。まあオープンイベントではアリっちゃあアリだけど、でもなんでよりにもよってウェディングドレス着用なわけ!? 着ろってか、大勢の人前で着ろっていうのかァァアアア!

そして現在に至る。最後の抵抗といわんばかりに、私は全力で目の前の運命から逃れようと抗っていた。まさかスタッフの人達も私の反応は予想外だったらしく、どうしたものかと困惑している。そんな私の様子に見かねたのか、政宗は強引に私の腕を掴むなり、そのままスタスタと歩き出したではないか。スタッフさん達は何が起きたのかと私達の背中を見送ることしかできない。

「え、ちょっと政宗……」
「着たくねえんだろ? だったら着なくていいじゃねえか。オレだって華那にあんな用意されたdressなんて着て欲しくねえしな。このまま帰っちまおうぜ」
「着たくないっていうか、人前じゃ恥ずかしいっていうか……。っていうか見たくなかったの?」

何が、とは言えなかった。―――私のウェディングドレス姿、政宗は見たくなかったの? ちょっと自惚れていたかもしれない。政宗なら絶対に見たがって、私の意志なんて関係なしに無理やり着せると思っていたからだ。しかし政宗は私が嫌がるならとあっさりと引き下がった。

「なんだよ、やっぱり着たかったのか?」
「そうじゃないけど……いや、違わないのかな? そりゃ人前じゃかなり恥ずかしいけど」

私の中に残念という気持ちが生まれているということは、やはり少しは着てみたいという願望があったということだ。それを着て人前で記念撮影は遠慮したいが、せめて政宗には見せたかったような気もする。なんだろこの複雑な気持ち。

「ならいつかオレが華那のためにdressを用意してやるからそれを着ろ。そっちのほうが今のやつより百倍似合うはずだぜ」

え、それって……。

「なんだよ、文句あんのか?」

ちらりと振り返った政宗の顔はなんだか少し赤くなっていて、照れたような、拗ねたような、とっても子供っぽい表情に私はクスリと笑みを漏らす。ここまでハッキリ言っておいて今更照れるなんて反則じゃないか。こっちまで恥ずかしくなってくる。

「いーえ! ふふ、政宗にはすっごいウェディングドレスを用意してもらうんだー。
どんなのだろうな。今からとっても楽しみ!」

やはりちょっと着てみたかったウェディングドレスだが、お楽しみは最後までとっておくほうがそのときの喜びも大きいってね。だから政宗、いつか必ず私にウェディングドレスを着せてよね!

完