短編 | ナノ

合言葉は小十郎印

伊達組の屋敷の一室には仁王立ちをした鼻息の荒い華那と、彼女の前で正座させられている泣く子も黙る伊達組の屈強な男達がいた。正座をさせられているという表現は語弊があるかもしれない。何故なら華那は正座をしろと一言も言っていないからだ。ならばどうして正座をしているのか。理由はとても簡単だ。

華那の圧倒的な迫力の前に屈し、どういうわけか正座をしなくてはいけないと妙な義務感に苛まれたからである。目の前の華那は威圧的なオーラを放っていて、本当ならまたくだらないことを思いついたであろう彼女に関わりたくない。が、今は逆らないほうが無難だと男達の本能が告げたのだ。

「えーと……華那? 今日は一体どうしたの?」

いつまで経っても本題に入らない華那に焦れた成実は、どうしてここに集められたのか訳を訊ねた。足の痺れもそろそろ限界が近づいていたのである。すると華那はギロリと鋭い視線を成実に向けた。あまりの迫力に成実は腰が引ける。

「実は……みんなに聞きたいことがあるの。政宗抜きで」

ああ、だからこの場に政宗の姿が見えないのか。今更ながらこの場に政宗がいない理由に納得した一同。政宗抜きでということは、華那がみんなに聞きたいことというのは政宗絡みでほぼ間違いない。真剣な表情の華那につられて自然とこちらも緊張してきた。ここ最近二人がケンカしたという情報も聞いていない。一体華那が聞きたいこととは何だろうか。

「政宗ってさ……なんであんなにエロいの?」

華那が言った言葉の意味を理解するのに数秒ほど有した。華那にしては珍しく今回はシリアス的展開なのかと思っていたこともあるが、皆の予想を斜め上に超える彼女の質問に馬鹿らしいと呆れたことが一番の原因である。華那のくだらない質問はいつものこととはいえ、今回の質問はさらにくだらない。くだらなすぎる。ここに小十郎がいなくて助かった。小十郎がいたらこんな話をした途端にネギで斬られる。

「なんでエロいのって聞かれたところで俺らは何て答えりゃいいんだよ」

男がその質問に答えてよいものか非常に微妙だ。

「なんかさ、政宗の言動が逐一エロいんだよね」
「でもそれは……今に始まったことじゃねえっスよ?」

良直の言葉に成実は何度も頷いた。政宗の言動がエロいのは今に始まったことではないし、伊達組の内外でも周知の事実だ。今更改めて華那が指摘することではない。

「それはそうなんだけど、じゃあなんであんなにエロいのかってことよ。どうやったらあんな歩く十八禁ができあがるわけ?」
「歩く十八禁って……えらい言われようだな政宗の奴」

しかし完全に否定できないあたり、少なからず自分もそう思っている節があるということでもある。

「じゃあ華那はさんは筆頭のどこをその……そう思っているんです?」

文七郎は控え目な口調で華那に訊ねる。はっきりとエロいと言えなかったのは政宗のことを考えてのことだろう。仮にも政宗が伊達組筆頭、自分達のボスである。

「どこがっていうかもう全部? 声、容姿、喋り方、仕草。どれをとってもエロい。エロく見える」

だから歩く十八禁なのよと華那は呟いた。

「一体どう成長したらあんなエロい人間ができあがるんだろう。だって小さい頃の政宗ってすっごく可愛かったのよ? なのに……なんであんな……。同じように成長したであろう成実はこんななのに」
「こんな言うな! それ俺に対してすっごく失礼!」

間髪いれずに口を尖らせる成実を華麗にスルーして華那は言葉を続けた。

「政宗だけがイレギュラーなの。そこでよ。どうして政宗がこうなったのかみんななら知っているかなと思って」
「って言われてもなー……。俺らだって政宗とちゃんと付き合いだしたのは華那とそう変わらねえんだぜ?」
「そうなの!?」
「政宗がアメリカにいた頃俺は日本にいたからね。そりゃあ全く付き合いがなかったわけじゃないけど、今みたいに毎日顔を突き合わせているわけじゃなかったし。こうやって政宗とちゃんと付き合うようになったのは政宗が当主の座を継ぐ頃だから……十五歳の春あたりかな」

意外な事実に今度は華那が驚かされるん番だった。言われてもみればそのとおりで、政宗がアメリカにいた頃彼らは日本にいたのだからあまり知らなくて当然である。日本とアメリカ、気軽に会いに行ける距離ではない。今のようになったのは政宗が日本に戻ってきてから、華那が政宗と再会したのは彼が帰国した日なので、付き合いの長さで考えるとあまり大差はない。

「じゃあアメリカでの生活が政宗をあんなふうにしたってことかな?」
「その可能性は否定できないね。アメリカのオープンマインドな生活に影響されたんじゃないの?」
「たしかにアメリカの十七歳と日本の十七歳じゃ見た目からして違うもんね。あっちのほうが大人って感じがする」

日本人は実年齢よりも年下に見られがちだ。言い方を変えれば幼く見えるということであり、日本人からすると逆に向こうの人達は大人っぽく見えすぎると言いたくなる。

「でも生活態度だけであそこまでなる? 何か他の特別な要因があるんじゃないの?」
「って言われてもなー……」
「たとえば変なものをいっぱい食べたとか」
「まさか! あっちでも今と変わらず毎日小十郎印の野菜を食ってたって言ってたぜ」

小十郎印の野菜とは言わずと知れた片倉小十郎が、持てる愛情の全てを注ぎ込んで作られた自家製の野菜のことである。味はとても美味で、食通からも密かに噂されている隠れた珍味だ。

「まさかずっと小十郎の野菜を食べていたからこうなったとか……!?」
「なんでそうなるんだよありえねえよ!」

華那が導き出したとんでもない答えに、その場にいた全員が即座に全否定した。野菜を食べただけでエロくなるなんてありえないにもほどがある。

「だって政宗と成実の違いなんてそれしかないじゃない。小十郎が政宗と一緒にアメリカに行っている十年の間、成実は彼の野菜を食べることができなかった。その点政宗は小十郎の野菜を食べ続けていたんでしょうが! 二人の差はこれよ!」

小十郎の野菜は食べ続けるとその人をエロくする成分が含まれているとでも言うのか。現実的に考えてありえない。第一エロくなる成分って何だ。

「現にザビー印の野菜を食べるとザビー信者になるっていうし、エロくなる成分もあるんじゃないの? 科学の力が解明するに至っていないだけで」
「ザビー印ってなんだよ。しかも食ったら信者になるってそれはただの洗脳じゃねえの?」
「……政宗がエロい原因は小十郎印の野菜にありってね。やったわ、今月最大の謎をついに解き明かしたのよ!」
「今月最大の謎ってやけにスケールが小さいッスね……」

良直のそんな呟きは興奮している華那の耳に届くはずがなかった。結局俺達は何のために呼び集められたのか、最後まで理解できる者は誰一人としていなかったのである。それから数日が経過した頃、伊達の屋敷では何故かやたらと小十郎の野菜を食する者が増えたという。小十郎としては自分の野菜を美味しいと言って食べてもらえるのだから別に嫌な気分ではない。だが小十郎の野菜を食べている者達の顔はどこか鬼気迫るもので、それが唯一解せない部分だった。そしてそれは否応なしに政宗の耳にまで届いていた。

「hey 小十郎。なんで今になってお前の作った野菜がboomなんだ? 最近そのせいか野菜料理ばっかでいい加減飽きてきたんだ。肉を食わせろ」
「それがこの小十郎にも解りかねまして……」
「……って言っているわりには嬉しそうだなオイ」

丹精込めて作った野菜を沢山食べてもらえて嬉しくないはずがない。小十郎は隠しているつもりだろうが、政宗には彼が内心満更でもない様子がバレバレだった。この様子だと当分野菜料理は続くだろう。肉料理はお預けだ。

「こうなったら華那の家に肉を集りに行くか……。しかしあいつらなんであんなに必死に小十郎の野菜を食ってんだ?」
「……小十郎の野菜を食べたら政宗みたいになるイコール女の子にモテる! 小十郎の野菜を食べたら政宗みたいになるイコール女の子にモテる……」

そんな邪な思いで小十郎の野菜を食しているなどと誰が思おうか。

完