短編 | ナノ

愛と正義のヒロイン学校を駆ける

一日目は二人に何かあったのかと不思議に思っただけ。二日目は本当に何かあったのかと不安になっただけ。三日目はこいつら絶対何かあったなと確信に変わっただけ。四日目はお前ら早く問題を解決しろと他力本願なことを考えただけ。五日目と六日目はこの二連休のうちに解決してほしいと願っただけ。七日目はああもういい加減にしてくれと根負けしただけ。

大体一週間前から二年A組の空気はおかしくなり始めた。なんというか、重い。普段笑い声が絶えないはずのこのクラスから笑い声が消えたのも、ちょうど一週間前くらいだっただろうか。まるでクラス全員が鬱状態にでも陥ったのかというほど、クラス全体の空気は重く、淀んでいたのだ。

その根底にあるのは恐怖という二文字だった。絶対的な恐怖が二年A組を支配し、誰もが口を開こうとせずただじっと忍び寄る恐怖に耐えている、そんな感じである。ガタガタブルブルと震えている生徒達を見ていると、なんだかとてもいたたまれない気持ちになった。

そしてそれは生徒達だけでなく、教師達にまで伝染していった。このクラスに足を踏み入れた教師達は、このクラスを包む異常な空気に侵されたのか、何があったのかとビクついてろくな授業ができなくなったのだ。チョークを握る手が震え、まともな文字さえ書けない教師すらいた。

もう駄目。遥奈、助けて―――! あの二人に何か言えるのは君しかいない―――!

正直傍観しようと決め込んでいたのか、どうやらそうも言っていられないらしい。クラスメイト達の期待を一心に背負う羽目になった遥奈は、面倒臭いと思いながらも重い腰を上げたのであった。

「なになにー? このクラス中を包む暗くて黒い空気は?」
「ビリビリするっつーか、見えない何かにプレッシャーをかけられているような……」

二年A組の教室の前でたまたまバッタリ会った佐助と元親は、クラスの中を覗きながらそれぞれ思い思いの感想を呟いた。どうやらA組の不穏な空気は外にまで漏れているらしい。この教室の前を通るだけで背筋がゾクッとする生徒が続出していた。そんな中平気でいられる佐助と元親はある意味すごいといえるだろう。

「ちょうどいいわ。そんなとこで見ているなら手伝ってくれない、お二方?」

A組の教室の中からひょっこりと顔を覗かせた遥奈に元親と佐助は揃って顔をしかめた。彼女が出てきては逃げることは実質的にもう不可能だ。何を手伝うのかわからないがこうなったらとことん付き合うしか道はない。

「手伝うって何を手伝えっていうんだよ」
「貴方達もこのビリビリとした空気を感じ取っているんでしょ? で、私と一緒にこの暗い空気を晴らして平和だった頃のA組を取り戻してほしいのよ」
「具体的にはどうやってやるのさ? つかなんでこんなことになっているわけ?」
「理由は簡単、あちらをご覧くださいませ」

遥奈が指差す方向を見ると、真っ黒になりすぎて何も見えなくなっている場所があった。実際には教室の空気が真っ黒になっているはずもないのだが、少なくとも佐助と元親の目にはそう見えたのである。その真っ黒になっている場所はたしか―――華那と政宗の席がある辺りだ。

「うちのクラスのバカップルが破局の危機に瀕しているのよ」

遥奈が言うバカップルとは当然華那と政宗のことだ。ああ、なるほど。納得。それまで不思議に思っていたこと全てが一気に解決された。クラス一、いや、校内一の最強(凶)カップルが破局の危機に瀕しているとなれば、このクラスの惨劇も頷けるというものだ。大方二人の荒んだ空気に当てられたのだろう。

「私が知るに一週間くらいお互い目も合わせないし、口も聞いていないのよね。で、見かねたクラスメイトや先生達に何故か「なんとかしてくれ」って頼まれたんだけど、どうしてみんな私に頼むのかしら? こんなか弱い女の子に猛獣二匹手懐けろなんて酷いわ」

色々とつっこむポイントがありすぎてどこからつっこんでよいものかわからなくなった。遥奈の言葉に逐一つっこんでいたら話が進まないどころか、変な屁理屈で逆にこちらが言い負かされるのがオチなので、佐助と元親はあえて無視を決め込むことにした。

「つまり俺達に破局寸前カップルを仲直りさせろってこと?」
「そういうこと。華那のほうは私がなんとかするから、貴方達二人は伊達君のほうをなんとかしてちょうだい」

なんとかしてちょうだいとは、なんともまあ軽々しく言ってくれるものだ。しかしここまで来てしまっては、面倒だがやるしかない。佐助と元親は顔を見合わせ、長い溜息をついたのだった。

***

とりあえず遥奈は華那を、佐助と元親は政宗をそれぞれ別々の場所に呼び出し、何があったのか聞き出すことにした。仲直りさせようにも原因がわからないのでは話にならないからだ。しかしそこは強情な華那と政宗である。当然、素直に口を割るわけがなかった。お互い揃って「あっちが悪い」の一点張りである。

「伊達君が悪いっていうのはわかったから、いい加減その原因を教えてくれないかしら?」
「だから政宗が全部悪いの! 原因を知りたかったら政宗に聞けばいいじゃん!」

何回このやりとりをしただろう。遥奈の苛立ちは頂点に達しようとしていた。

「竜の旦那、華那ちゃんいらないなら俺様にちょうだい?」
「あんなじゃじゃ馬欲しけりゃやるよ。好きにしやがれ」
「おいおい、そんな心にもねえこと言うもんじゃねえだろ。猿がマジで華那にちょっかいを出したら怒るくせによー…。遥奈が煩ェからいい加減仲直りしねえか?」
「Ha! 華那が謝ったら許してやらねえこともねえがな!」

政宗もこの調子である。普段なら佐助が華那を頂戴と言うと政宗は「誰がやるか!」と怒り狂うのだが、今回は「欲しければやる」と言い捨てた。勿論政宗が本気でそう思っているとは元親も、そして佐助も思ってはいない。

「まさかとは思うけど、もう別れたとは言わないわよね……?」

恐る恐るといった口調で遥奈は最悪な結末を頭の中でイメージしてしまった。すると華那は今まで異常にキッと眉を吊り上げる。何故そこまで睨まれなくてはいけないのか遥奈にはわからない。

「ケンカしているだけだもん! 別れてあげる気なんてこれっぽっちもないんだからー!」

なんだそれは。と、遥奈は呆れつつも別れるつもりはないという華那の言葉にどこか安心した。結局のところ華那は政宗と別れる気はこれっぽっちもないらしい。それならあと必要なものは仲直りのキッカケだけだ。二人とも意地っ張りの頑固者だから、これといったキッカケが生まれないのかもしれない。ならキッカケを作ってやれるのは第三者の仕事だ。遥奈はニッと笑いながら、華那の頭をポンと軽く叩いた。

「まさかとは思うけど、旦那と華那って……もう別れちゃったりしちゃったわけ?」

まさか、とは思いつつも佐助は政宗に訊ねた。元親も若干顔を強張らせている。しかし二人の不安を他所に、政宗はあっけらかんとした、しかしどこか怒りを含ませたような口調で真っ直ぐに言ってのけた。

「別れただァ? 寝言は寝てから言いやがれ。オレは華那と別れるつもりはねえ!」
「ならなんでさっさと仲直りしないのさ。変な意地を張ってるだけってかなり勿体無いことだと思うけど?」
「で、いい加減こうなった原因を言いやがれってんだ」

根本はそこである。折角仲直りさせようと努力しているのに、原因がわからないのでは話が先に進まない。

「だって小十郎に勉強を教えてって頼んだら政宗のやついきなり怒ったんだよ!? なんでオレに頼まないのかって! 別に誰に頼もうがいいじゃん、ねえ!?」
「華那のやつがこのオレを差し置いて小十郎に勉強を教わろうとしていたんだぜ!? 普通こういう場合彼氏に教えてって頼むのが普通ってもんだろ! しかもなんでよりにもよって小十郎なんだ!」

理由を聞くなり、三人が呆れ返ったのは言うまでもなかった。結局のところバカップルはどこまでいってもバカップルのままだった。最も、肝心の二人がバカップルであるという自覚がないのは致命的だろうが。遥奈と佐助と元親は仲直りさせようと一生懸命になっていたことを、急激に恥じたのであった。結果としては後日、仲良く並んで歩く華那と政宗の姿が確認され、A組の空気も今までどおりに戻ったのだが、その裏に三人の活躍があったのかは、誰も知らないところだった。

完