短編 | ナノ

母の日、それはオカンの日

五月の第二日曜日は母の日。これは日頃の感謝の気持ちを母に伝える日である。何をプレゼントしようか非常に悩むところだが、この悩む時間もまた楽しいというもの。そしてここにも、何をプレゼントしようか悩む少女がいた。

「母の日の定番と言えば何だと思う、政宗?」
「……そりゃcarnationじゃねぇか?」

ソファにあるクッションを抱えて悩む華那と、雑誌を読みながら生半可な返事をする政宗。そんな彼の態度に華那は頬を膨らます。小さく三角座りをしながら、ギュッとクッションを力強く抱きしめた。それでもなお政宗は、読みかけのファッション雑誌に視線を落としたままである。

「人と話するときは目を合わすモンでしょうが!」
「What are you doing!?」

華那はソファから立ち上がると、政宗の雑誌を強引にひったくった。政宗は抗議の視線を向けるが、仁王立ちした華那はそれを一蹴する。華那に見下ろされる形となっているためか、それとも彼女が怒っているせいか。とにかく今の華那はどこか迫力があり、政宗は少し怯んだ。

「政宗も真剣に考えてよ、本気で悩んでいるんだから」
「悩むっつー言われてもな。オレはそういうevent、やったことねぇからわかんねぇんだよ」

政宗は若干声を硬くしこう言った。表情も先ほどまでに比べどこか暗い影を落としているように見える。華那はハッとした表情を浮かべ、すぐさま申し訳なさそうな表情を浮かべた。

「そ、そだね。ごめんね、政宗……」
「あ、いや。別に気にしてねーよ」

シュンと肩を項垂れて謝る華那に、政宗は軽く笑ってみせる。しかしそれでも納得できないないのか、華那の表情は曇ったままだった。そんな彼女を見て政宗は苦笑しざるをえなかった。自身が言ったとおり、気にしていなかったからだ。そういう部分は大昔に吹っ切ったと自負する自信があるほどに。

「……で、なんでいきなりンなこと言い出すんだ?」
「いきなりって……?」
「Mother's Day」
「あ、うん。もうすぐ母の日じゃない。だから何かあげたいと思うんだけど、何がいいのかサッパリ決まらなくて。第三者の意見を訊こうかなって思ったんだ」

そういう部分は吹っ切った。確かに吹っ切った。だが、だからと言って全てが終わったわけではない。吹っ切っただけであって、母親に何か贈りたいという気持ちは理解できないのだ。母親に日頃の感謝の気持ちを伝えるために何かを贈る。その心理は未だ、というより一生わからないのかもしれない。

「やっぱり定番のカーネーションなのかなぁ。でも何か形に残るものとか、実用品がいいかなとも思うんだ。あ〜、悩む!」
「別になんでもいいんじゃ……」
「駄目よ! 日頃迷惑をかけまくってるんだもん。こういう日にありがとうっていう気持ちを伝えないといつ伝えるの!?」

ビシッとポーズをとる華那に、政宗は少々呆れ顔だ。本当に日頃の感謝の気持ちを伝えたいのなら、別にいつだっていいと思うのが彼の本心である。気持ちが大事という部分は政宗もよくわかるからだ。

「別にいつでも伝えられるだろーが……」
「私の性格を考えると、それが無理っぽいのよね。何かに便乗しないとプレゼントできないっていうのが凄く悔しい……」

大きな溜息とともにガックリと肩を落とす華那に、政宗も軽く溜息をついた。だがそれは呆れからくるものではなく、「仕方がないな」という気持ちからである。馬鹿にしているのではなく、愛しいものを見るかのように政宗は苦笑した。

「………ならやっぱ物のほうがいいのかもしれねぇな」
「なんで?」
「あのなぁ……華那のmotherは今fatherと一緒に海外なんだろ? だったらflowerなんかより、物のほうがいいに決まってンだろ。Dried flowerっつーのもあるが、やっぱ物だな」

華那の母親は海外赴任となった父親についていき、両親共に海外に住んでいる。華那は進学を控えていた身故、無理いって日本に残らせてもらっているのだ。そのため海外にいる母親に花を贈るのは少々難しいところである。ならば形に残る物なら、というのが政宗の考えだった。しかし華那は訝しげに首を傾げる。

「どうせなら今から街に行って見に行くか? どうせヒマしてたんだし、丁度いいだろ」
「あ、あのさ!」
「そうと決まればさっさと行くぜ。Are you okay?」
「おーけーじゃない! 人の話を聞いてってば!」
「Ah?」

今度は政宗が訝しげに目を顰める番である。華那は不思議そうに目を細めながら政宗の服の裾を掴んだ。

「海外にいるお母さんにあげるなんて一言も言ってないじゃん」
「Why!? じゃあそれ以外の誰にやるっつーんだ?」

くどいようだが、母の日とは日頃の感謝の気持ちを自分の母親に伝える日である。しかし華那は自分の母親にあげるとは言っていないと言った。それはつまり母親にあげるつもりはないと言っているようなものである。母親にあげずして、誰にあげようというのか。政宗はますます眉を顰めた。

「いるでしょうが! ―――佐助と小十郎よ!」
「……………………What? オレの聞き間違いか? 今、小十郎と猿って聞こえたんだが……」
「聞き間違いなんかじゃないもん。確かに佐助と小十郎って言ったもの」
「はぁ!?」

政宗は隻眼を大きく見開き、信じられないという顔で華那を見た。彼女はこれでもかというほど輝きに満ちた表情をしている。俗に言う、活き活きした表情だ。興奮しているのか、鼻息が荒いようにさえ思った。政宗はそんな彼女に一歩後退する。

「佐助と小十郎っていかにもオカンでしょ。オカンの中のオカンよ。熱血幸村の世話をする佐助と、万年反抗期で言うことをちっとも聞かない政宗の世話をする小十郎……。そんな二人の日頃の苦労を労うためにも、母の日に何か贈ろうと思ったの」
「色々と言いたいことはあるがこの際目を瞑ってやるとしても……。それ、逆効果だろ?」
「なんでよ?」

母の日だから贈り物を。あの二人からすればいい迷惑だろう。というより色々と精神的ダメージを与えそうな気がする。特に佐助は小十郎と違って、何も世話役ではないのだ。ただ幸村があまりにも放っておけず、佐助本人が世話好きということも祟って、気がつけば世話を焼いている。そんな感じに見える。何回か見捨てようと試みたが、見るに見かねて結局世話を焼いているほどなのだ。

「やっぱ行くのやめるわ……」
「えー!? 行くって言ったじゃんか。男に二言はないでしょう!?」
「男にMother's Day giftをやるものねぇだろ!?」

結局、華那が二人に何かあげたのか。それは華那、佐助と小十郎、そして政宗だけが知る事実である―――。

完