短編 | ナノ

彼なりの甘え方

好きな人のお願いなら、叶えてあげたいって思うのは当然のことだと思う。どんな無茶なことでも、その人のためにってなっちゃうもの。恋する女の子は強いって聞くけど、それは本当だと思うわけ。私も例外じゃない。好きな人、政宗のためなら何だってしてあげたい。

でもね、人間には得意不得意というものがあると思うんだ。恋する女の子は何だってできると言うが、実はそんなことないんじゃないかって思うわけ。だって現に私は、政宗のお願いを叶えることができないのだ。そのお願いというのが……。

「Hey 華那、オレにkissしろ」
「―――無理ッ!」

そんな恥ずかしいことできるわけがないじゃないかっ!

***

私がキッパリ無理と言うと、政宗は面白くなさそうに顔を歪めた。そんなに不貞腐れなくてもいいじゃない。政宗には悪いけど無理なものは無理なんだもん。私はあんたと違って人前で抱きついたりキスしたりと、スキンシップ(それも過度)できる性格してないもの。抱きつかれただけで恥ずかしいと感じているのに、私からキスをしろなんて……。無理、ぜーったいにできっこない。

せめて私から手を繋ぐという、初歩的なところから挑戦させてほしかった。手を繋いで、抱きついて、そしていよいよキスをする。これが私的理想の歩みである。なのに政宗はこれらの順番をすっ飛ばして、いきなり上級編を求めてきやがった。これってあれだ、レベル一でラスボスに挑むようなものだよ。当たり前に考えて勝てるはずがない。一撃で全滅してしまうことだろう。つまりそれほど無謀ということだ。

「ンだよ、たかがkissだぜ?」
「たかが、じゃない。乙女にとってキスは決してたかがじゃないはずだ!」

今の政宗の発言は、世の中の純情乙女を敵に回しただろうな。夢見る乙女に「たかがキス」はないだろう。乙女は政宗がいう「たかが」キスに、一体どれだけの夢を詰めていると思っているんだ。そりゃもう重いよ? 油断していると腕がもげちゃうくらい重いんだよ。一見軽そうだけど、中身はぎっしり詰まっているんだから。

「Maidenねえ……」

上から下までじっくりと弄るように見てくる政宗に、若干居心地の悪さを覚えた。ちょっと政宗、その「乙女? お前がか!? 乙女っていう言葉の意味を疑うぜ」っていう目、やめてくれないかな。私だって立派な乙女だもん。純情可憐……可憐かどうかは別として、純情な夢見る十七歳なんだから! だからそんな訝しげな目で見るなぁぁあああ!

「そもそもどうして私からキスしろって言い出したの?」

今までそんなこと、一度も言われたことなかった。私の身体を抱き締めるのも、私の唇に触れるのもみんな政宗からだった。思えば私は求められてばかりな気がする。私から求めたことは一度もない……よなァ。それはそれで……なんかちょっと悪い気がしなくもない。べ、別に政宗に魅力がないってわけじゃないのよ!? むしろ魅力ありすぎだ。別名歩くフェロモン男って呼んでいるくらいだし。あ、私や遥奈がそう呼んでいるだけだけど。

政宗の隣を歩いていて、すれ違った女の子達が振り返らなかったことがない。みんなが好奇な目で政宗を見ては、頬をほんのり赤らめているくらいだ。政宗は慣れているのか無視しているけど、横にいる私は女の子達の視線が突き刺さって痛いくらい。誰もが「誰、あの女!?」って、殺気が篭った眼差しで見てくるから。

……求められること自体、悪い気はしない。むしろ嬉しい。なんだかんだで政宗に触れられるのは好き……だし。悔しいから政宗には言ってやらないけど。

「理由なんて別にいいだろ? とにかく華那はオレにkissすりゃいいんだよ」
「なにそのオレサマ発言!?」

いや、政宗のオレサマ発言は毎度のことだけどさ。昔に比べて大分慣れたけど、この羞恥心を煽るオレサマ発言はないだろう。もしかして政宗、わざと私を辱めようとしている? 私が顔を赤くして慌てふためく姿を楽しんでいます? ありえる、政宗ならありえるぞ。政宗のドSっぷりは半端ないからね。

「いいからkissしやがれ!」
「イヤ〜って、ちょ、うお!?」

痺れを切らした政宗が強引に私の腕を掴んで、自分の胸元へと引き寄せる。政宗の腕の中にすっぽりと収まったと思ったら、今度はそのまま顎を掴まれクイッと上に向かされた。政宗の端正な顔が超至近距離で迫ってくる。まさかこのままキスするつもり!? でもこれじゃあ私からするというより、政宗からするじゃないの!? 
……っていまはそんなことどうでもいい。
ゆっくりと近づいてくる政宗の顔を直視できなくて、私は顔を赤くさせながら視線を逸らす。でも政宗に顎を掴まれているため、いくら目を逸らしても無理やり合わせてきた。

「だから……恥ずかしいって言ってるじゃん!」
「Ouch!」

目をギュッと瞑りながら、政宗を力いっぱい突き飛ばした。思いのほか強かったのか、政宗は後ろにあった棚に激突する。すると棚の上にあるぬいぐるみが、ドサドサと落ちてきて政宗の頭上を攻撃した。お約束の展開に、私は乾いた笑いしかでてこない。政宗は俯きながら無言状態だ。ただし彼が纏うオーラはドス黒い。暗い地の底から沸々と湧き上がるような黒さだ。

「………ご、ごめん政宗。あ、あはは……?」

笑ってごまかそうとしても、政宗はこれっぽっちも反応してくれない。何かしら反応してくれないと、どうすればいいかわからなくなって困る。怒っているのか、怒っていないのかだけはっきりしてほしい。でもこれは絶対に怒っていると思うけど。

「だ、大丈夫?」
「Yes 大丈夫だぜ?」

あれ? こういうときって「大丈夫なわけねえだろ!」って言うと思っていたのに。顔を上げた政宗は笑っていて、大丈夫だと言っている。そうだよね、政宗だってそこまで心が狭いわけないか。落ちたのはぬいぐるみだし、そんなに痛いものでもない。政宗につられて私も笑ってしまった。あはは、とお互い笑っていると、政宗はニヤリと口角を吊り上げてとんでもないことをサラリと言ってのけた。あーあ、気にしすぎて損したよ。

「―――ただし、華那がkissしてくれたらの話だけどな」

……気にしすぎていたほうがよかったんじゃね!? 
笑顔のまま固まってしまった私を見て、政宗は面白そうに口元の笑みを深くする。なんでそこに行き着くの!? どうしてその答えに行き着くの!? 他にももっとあったでしょうに(多分)。

「ほら、さっさとしてくれよ」
「……どうしてもしなくちゃ駄目なの?」

この調子じゃ政宗は一歩も引かなさそうだ。ずっとキスしろとせがまれるか、一時の恥か。そっと天秤にかけてみることにした。結果は見事に一時の恥。政宗は何をしようが人前でも平気な奴だ。私は人前で抱きつくことも、キスすることも恥ずかしいと思うタイプ。幸いここは私の部屋だし、私達以外誰もいないし。一時の恥でこの場が、政宗の欲が収まるのなら……!

「んじゃ、目ェ瞑って……」

ようやく観念したと思ったのか、政宗は素直に目を閉じた。その待ってますという態度が、私の羞恥心を飛躍させる。恥ずかしさと悔しさのあまり、私は唇をギュッと噛み締めた。ええい躊躇うな華那、人生勢いが大切なんだ! 早く済ませたいと思っていたせいか、唇が重なったと思った瞬間に離してしまった。私的にはこれで満足なんだけど、政宗にはそうはいかなかったらしい。ギロリと鋭い隻眼でこっちを睨んできた。顔が不満だと言っている。あれだけじゃ物足りないと言っているじゃないですか! これでも精一杯なんだよって言っても、納得してくれるかどうかわからない。

「……こんなもんがkissだなんて、オレは認めねえぞコラ」
「だからあれでもせいいっぱ……!」

言うが早いか、政宗は私の腕を掴むと強引に引き寄せる。そのまま唇同士が重なり、私はじたばたと暴れていたが次第に身体から力が抜けていった。相変わらず政宗にキスされると、身体中から力が抜けて立っていられなくなる。こういうのを腰が砕けるって言うのかな。私が立っていられないとわかったのか、政宗の左手は私の腰に回されていた。右手で顎を固定されていて、逃げても逃げても政宗から離れることができない。それどころか逃げようとする私の動きを逆手にとって、様々な角度からキスをしてきた。これだけで私の意識は朦朧となり、今度は身体中が溶けていくような錯覚を覚えた。悔しいからこの感覚が気持ちいいなんて、死んでも言ってやらないつもりだ。

完