短編 | ナノ

私の王子様を紹介します

そりゃあ遅くなるとは言ったけど、言ったけどさ。こんなことをしてくれるとは思ってもいなかったんだ―――。

***

全ての始まりは一週間前。例の如く政宗が私の家に押しかけてきて、何をするでなくくだらないお喋りをしていたときだった。ルルルルルと電話が、それも携帯ではなく家の電話が鳴り、珍しいこともあるものだと思いながらその電話に出た。最近じゃ私の友達は家の電話にかけるような真似はしない。何かあればいつも携帯だ。理由は知らない人が出るときまずいから、らしい。

確かに携帯なら誰からかかってきたのか一目でわかるから、いらない気を使う必要もない。なんとなくだけど、親とかが出ちゃうと緊張するしね。だから今の子は電話ができないって言われちゃうんだよ。つまらないセールスの電話だったら即刻切ろうと思っていたけど、電話の相手は意外な人物だった。なんとまぁ小学校の同級生で、ここ数年音沙汰なしだったのになんでいきなり電話してくるんだ。

もしかしてなんかヤバイものでも掴まされたのか。……とか考えたりしたけど、実際は同窓会やるから来いって誘われただけ。なんで今になって同窓会なんだとも思ったけど、久しぶりに会いたいなーとか思っちゃったりしたもんだから、二つ返事でOKした。そのことを政宗に話したら、急に不機嫌になっちゃって。独占欲が人一倍強い政宗のことだ。理由は言おうとしないけど、顔を見れば大体の想像はつく。

つまらなそうにそっぽ向いてる政宗がおかしくって。それでいてなんだか無性に好きって気持ちが溢れてきて。でもそれを素直に表すことはできなくて。こんなときまで意地っ張りの自分が邪魔をする。別に疚しいことは何もないので時間と場所を伝えると、政宗は何やら考え込む仕草をみせる。どうしたの? と訊いても答えてはくれなかった。その日はそこで終わり。何かが起こったのはその日から数日後、問題の同窓会の日に起こった。

「久しぶりー!」

同窓会は駅前近くのお店で行われた。焼肉専門店をセレクトするあたり、味よりも量という学生らしい部分が窺えると言える。がっつり食べて騒ぎたいという思惑が見え隠れするなー……。所詮学生が企画する同窓会なんて、安くてがっつり騒ぎたいがコンセプトなんだろう。久しぶりにかつての旧友と再会したが、面影はどことなく残っていても、名前を言われないと誰かわからなかった。例えば昔は内向的で大人しいイメージだった子がすっかりはっちゃけていたり、昔はモテモテだったはずの男の子が、今はその面影はどこ? ってくらい外見が変わってたり。

年月って時にザンコクだわ……。けど成長してないっていうのも、それはそれで淋しい。複雑だけど少しくらいは変わりたいものなのだ。私の場合、口を揃えて「全然変わってないね」って言われてしまった。それって小学生の頃から全然成長してないってことなのか? 少しは成長したと思っていただけに軽いショックを受けた。

「ところで華那は彼氏いるの?」

……予想通りの展開だけに、なんだか笑えてさえきた。年頃の男女が集まれば自然とこのテの話題に流れ着く。そして何故か、このテの話題になった途端、それまで騒がしかったはずなのにシンと静まり返るのだ。……まるで狙ったかのように。

ここは素直にいるって答えたほうがいいのかな。でもそしたらどんな人とかかっこいいとか名前は顔はとか、鬱陶しい質問攻めに遭うのは明らかである。かといって「いない」って言うのも癪に障る。周りが彼氏持ちならそれは尚更だ。

けど私はノーマルじゃない。普通に高校生、大学生、もしかしたら社会人かもしれない人達とはわけが違う。なんて言えばいいんだろう。同じ学校に通っている幼馴染? これだけで周りはキャーキャー騒ぎそうだ。

でも普通じゃないんだよね、政宗は。そこに伊達組筆頭を付け加えなきゃいけないんだもん。ただでさえ高校とは違い、小学校は自宅がある地域の学校に通うため、ここにいるみんなは全員身近な場所に住んでいるんだ。つまり、伊達組を知っている。高校なら色々な地域から通う人が多いため、伊達組と聞いてもわからない人も少なからず存在した。けど地元民は確実に知っている。知らないほうがおかしいのだ。私の彼氏は任侠一家の筆頭ですなんて―――言えっこない!

「い、いな……」
「いるわけないじゃん! 華那に彼氏はできっこない!」

いないよって答える前に、近くにいた友達が笑いながらこう言った。すると周りも「そりゃそうかー!」や「やっぱりぃ?」などと言いながら笑い合う。望んだ展開だけど、他人に言われるとそれはそれで悔しいじゃない。

「華那は昔っからどことなく男勝りなとこがあるもんなー」
「そうそう。普通に男子とケンカしてたもんね。挙句の果てには番長倒しちゃったし。今はなんともないけど、あのときはみんなビビッちゃったもん」

……小学校時代の記憶って忘れたいものばかりだから不思議よね。周りの熱気とは別の意味で顔が赤くなっていくのがわかる。穴があったら入りたい的なことばかり喋る友達を見ながら、本人も忘れているようなことをよくもまぁ覚えているなと感心しながら。

「でもあんたさ、華那のこと好きじゃなかったっけ?」
「な!?」

嗚呼、またお約束の展開ですかー!? 話を振られて慌てふためくのは、私と私のことが好きだったって言われた向かいに座る男子だ。これまた周りは悪乗りをし、ヒューヒューと囃し立てる。てゆか私、そんなこと今の今まで知らなかったぞ!?

「音城至は鈍いから気づかなかったかー。こいつ、音城至のことが好きだったんだぜ」
「うそ! 全然知らなかった……」

私が本気で驚いていると、その男子は「ひっでー」と言って照れ笑いを浮かべる。その仕草がこの話の信憑性を物語っていた。私もなんだか恥ずかしくなって、咄嗟に目の前のジュースを一気に飲み干す。

「華那って不思議と、昔から男の子に興味なかった節があるのよね」

……そんなことはないと思うんだけどな。でも確かに、あの頃は今みたいに周りに対して興味がなかった気がする。じゃああの頃の私は何を考えていたんだろう。なんてことはない、答えはあっさりと見つかった。

あの頃はずっと―――政宗のことを考えていたんだっけ。病気の手術という理由で渡米したきり、一度も連絡がなくて。心配する気持ち半分と、連絡がないってことで、淋しいやら悔しいやらという気持ち半分。自分でもわけわかんないほどグチャグチャだった。今みたいに携帯電話が普及していなかった時代だから、毎日ポストを覗いたり、電話がないかってソワソワしたり……。なんか振り回されてばっかりの気がしてきた。このあたりは今も昔も変わっていない。いつだってわがままで自信過剰で俺様なアイツに振り回されて、いつしかそれでもいいかなって思い始めて。気がつけば……違うな。ずっと前から好きだったんだと思う。ただ気づかなかっただけで。

「あ、そういやこいつも彼女がいないんだっけ? ならいっそのこと付き合っちゃえばいいじゃん!?」

……ん? 知らない間に話がとんでもない方向に転がっているような気が。焦る私を他所に周りは話をどんどん進めていく。ここであの男子が否定してくれれば心強かったのだが、現実はそんなに旨くいかないものだ。たった二人の否定だけじゃ周囲を煽るだけだって、最初に気がつけばよかった。私達が否定する姿さえ面白いのか、周りはありもしないようなことをつらつらと言っていくのだ。これにはさすがに我慢の限界がきてしまった。

「だからしつこいって言ってるでしょうが! 第一私には彼氏がいるんだから、いらないお節介よ!」

肩で息をする私を、呆然とした顔で見つめる面々。え、なんか酷くない? 一世一代の告白をしたつもりなのに、その「信じられない」っていう反応は酷くない? 永遠にも似た数秒が過ぎたら、あたりは爆笑に包まれた。みんなお腹を抱えて「ありえないー!」や、「いくらなんでもその嘘は反則!」などとヒィヒィ言いだす始末。

……くっそぅ、なんかムカツクな。結果的に信じてはもらえなかった。理由は簡単、後が続かなかったのだ。じゃあどんな人か教えてよと言われたのだが、それが言えればこんな苦労はしないのである。ムキになればなるほどみんなは軽くあしらうばかりで、誰一人として本当だと思ってくれない。

これって私の人望のなさの問題? 会計を済ましていたら、先に外に出ていた友達が黄色い声を上げだしたことに気づいた。何があったのかと思っていたら、数人の女の子達が戻ってくるなり騒ぎ出した。

「ちょっとちょっとー! 外にメチャクチャかっこいい人がいるんだけど!」
「……は?」

何がそんなに凄いのか、友達は興奮していた。男子達はそんな女子に呆れた眼差しを向け、私は展開についていけず呆然としていた。他の友達はそんな女子に影響され、興味本位で外に飛び出したりするほど。外では次々と黄色い声が響いて渡っていた。そこまで騒がれれば気になるのが人間の性。会計を済ませた私は、騒ぎ立てる女子達の後ろからこっそり覗き見た。

「………はぃ!?」

外にいたのは、大型バイクに跨り、遠くを見ながら煙草を吸っている政宗の姿だったのだ。騒ぐ女子達なんか眼中にないのか、完璧に無視しちゃってさ。ライダースーツが悔しいほど似合ってて、私の胸は不覚にも大きくときめいた。なんでここにいるのとか、また煙草吸ってるなとか、言いたいことは沢山あるのに言葉が出てこない。くっそ、何させても似合うところがなんか腹立つ! やっぱ政宗、あんたそういうのよく似合うわ……。

ふと政宗がこちらを向き、自然と私と目が合った。銜えていた煙草を足でもみ消し(最悪)、それまでとは表情を一変させ私の名を呼ぶ。たまに見せるその穏やかな笑みに、周囲の女子は再び黄色い悲鳴を上げた。が、私の名前を呼んだという現実を一拍の間のあと理解したのか、顎が外れたのかってぐらい口をあんぐりとさせてしまった。私も呆然としていたがそれではいけない。混乱する頭で何も考えられないけど、とにかく政宗に駆け寄った。

「な、なんでここにいんの!?」
「なんでって迎えにきただけだぜ?」
「迎えにって……」

ふと腕時計に目をやると、時刻は夜の十一時過ぎをさしていた。今から歩いて帰るとなると、さすがに不安なものがある時刻だ。でもだからってなんで迎えにくるんだ政宗。時間と場所は伝えていても、帰る時間までは伝えていなかったはずなのに。

「ほら、さっさと乗れ寒いんだよ。よくもまあこの俺様をこの寒空の下で待たせやがったな」

軽く憎まれ口を叩きながら、ヒョイっとヘルメットを投げてよこす。投げられたものは条件反射でキャッチしてしまう癖でもあるのか、私はちょっとよろめきつつもヘルメットをキャッチした。

「華那、その人ダレよ!?」
「華那の知り合いなの!?」

背後からは政宗のことを知りたがる女子達の悲鳴が飛び交う。私はバイクの後ろに跨りながら、どう答えようか迷っていた。チラリと政宗を盗み見ると、彼はヘルメットを被っている最中だった。私の視線に気がついたのか、目だけでどうしたのかと訊いてくる。

ちょっとくらい……自慢してもいいよね。許されるよね? 私だって自慢したいんだもん。こんなにカッコイイ彼氏がいるんだって言いたい。羨ましいだろって言いたくもなる。

「だからさっきから言ってたじゃない!」

私もヘルメットを被り、政宗の背中に腕を回す。ぎゅっと力をこめたのを合図としたのか、政宗はバイクのエンジンをかけた。エンジン音で掻き消されそうになったため、私は後ろを振り向きながら大声を張り上げる。

「どう? カッコイイでしょ、私の彼氏!」

全員が絶句だった。どうだ、ぐぅの音も出ないだろう。みんなの表情を見てると優越感に浸ったように気分が良い。無意識のうちに鼻を鳴らしているほどに。みんな信じていなかった分、ショックは倍以上あったみたいだな。まさか突然現れるとは思っていなかったけど、こんなサプライズなら大歓迎だよ政宗!

「ところでさ、このまま真っ直ぐ帰るなんて言わないよね?」
「Hum……それもそうだな。どっか行きたいとこあるか?」

政宗の背中に回していた腕に力をこめる。今すごく気分がいいの。このまま帰るなんてもったいないじゃない。それにこんな時間に二人で出かけるなんて、ちょっとロマンチックじゃない?

「そうだなー……じゃあ海!」
「Sea!? おいおい、本気か華那?」

まさか海に行きたいと言い出すとは思っていなかったのか、政宗はちょっと驚いた様子だった。自分でも不思議だとは思ったけど、なんだか海を見たい気分なんだよ。

「いいじゃん海! 冬の、それも夜の海なんて滅多に見られるもんじゃないよ」
「ったくしょうがねぇなァ……」

政宗と私を乗せたバイクは、大きな満月が照らす道路を駆け抜けていった。

完