短編 | ナノ

純情乙女の華麗なる武勇伝

高校入学当初は「大人しく過ごそう女子高生ライフ」がモットーだった。何があっても地味に徹し、「音城至ってどんなやつだったっけ?」と言われるくらい存在感が薄いキャラを目指していた。しかしそれは一学期終了間近に再会した幼馴染のせいで、あっさりと打ち砕かれてしまう結果となった。その日を境にこの学校の有名人達と不覚にも次々と親交を深めることになり、今では彼らには劣るとはいえど私も有名人となってしまっていたのだ。

「そもそもなんで地味に徹しようなんて、クソつまんねーこと思いついたんだ?」

政宗にその理由を訊かれ、私は入学当初そんなことを考えていたなと思い出す。今では毎日がとっても濃い。こってりラーメンより胃にもたれるくらいだ。あの頃思い描いていた高校生ライフとは正反対。地味に徹しようと考えていたことを忘れるくらい、毎日騒がしく何かしら事が起きている。

「普通そんな毎日だけは嫌だって思うもんだろうが。毎日クソつまんねーなんて、想像しただけで嫌気が差す。人間っつーのは何かしら刺激を求めている生き物だぜ」
「………その刺激が嫌だっていう人間もいるわよ」

私の呟きが、冬の寒空へと溶けていく。吐く息が白い。もうすぐ春だというのに、全くその足音は聞こえてこない。いつになったら春は来るのやら。制服はスカートだし、足元から寒さがじわじわと伝わってくるようだ。男子はいいよね、ズボンで。女の生足の辛さはわからないだろう。早く家に帰って、温かいこたつの中で眠りたい。ああでも宿題しなくちゃ。

「じゃあ華那は刺激が欲しくなかったってことか?」
「ええ、刺激が強すぎると嫌にもなるものなの」

政宗の会話は聞き流していた。ずっと同じことばかり繰り返しているんだもの。刺激は大事だってそればっかり。私は刺激が強すぎるのも問題だってそればっかり。お互いさっきからこればっかり繰り返していた。そりゃ聞き流したくもなるでしょう。今、私と政宗は隣町からそれぞれの自宅へと帰宅途中だ。学校のお使いで隣町まで行って、そのまま家に帰れることになったのである。その道中、こんな会話をしているわけだけど……。

不思議なことで隣町ってだけで景色が全然違う。景色が違うと空気まで違うように思えてくる。似ているようでどこか微妙に違う町並み。道を歩く見慣れない人々。新鮮だ、ちょっとした冒険気分を味わってしまう。

「強い刺激はnoか。お子ちゃまだな、華那チャンよォ……?」
「ちょっ、髪型が崩れるでしょうが!」

私は頭を乱暴に触る政宗を睨みつける。彼はそんな私を嫌味ったらしく見下ろしていた。この身長差に腹が立つ。こればっかりはもうどうしようもないので、(他にもどうしようもないことばかりだが)余計に悔しい。努力でどうにかなるものじゃない。私の成長期は既に終わってしまっていたのだ。しばらくの間笑っていた政宗だが、急に鋭くその隻眼を光らせる。突然の変化に私は目をぱちくりとさせた。

「―――Hey 華那。どうやら珍客のようだぜ」
「何よ急に真面目な顔して……」
「―――おいおい、なァに道の真ん中でイチャついてんだァ?」

私の言葉を遮るように、三人の青年が立ち塞がる。見覚えのない制服、きっと他校の高校生に違いない。一人私服も混じっているが、多分こいつは高校生じゃないな。しかもこの絡み方、そしてこの立ち姿。私と政宗は瞬時に彼らが何者か悟った。間違いない、こいつら不良だ!

「おいおいどうしたんだ? 女の子のほうは怖くて声がでねぇようだぜ」
「口を開けたまま固まってんじゃねーか」

三人は私の様子がおかしいことにご満悦のようだ。怖くて声が出ない、たしかに不良にとってはまず満足する結果だろう。だけどこいつら、私が怖さのあまりに声を失っていると本気で思っているのか? いやまず貴方達が喧嘩を売った相手が、日本屈指のやくざの頭だってこと気づいている!? 気づいてないよね!? やっぱり隣町だと政宗の認知度もまだ低いってこと……? 

チラリと横で同じく突っ立ったままの政宗を盗み見る。彼は―――笑っていた。地獄から這い上がってきた悪魔のような笑みを、甚振りがいのあるおもちゃを見つけたドSな笑みである。獲物を見つけ至極楽しそうな魔王の笑みを私は目撃してしまった私の背筋は一瞬で凍りつく。まずい……ヤっちまう。この人殺っちゃうよォォオオオ! この状況をこの上ないほど楽しんでいるよコイツ!

「……あの、逃げたほうがよろしいのではないかと」
「アァ!? なにぬかしやがるこのアマ!」

チッ! 人が親切心で言ってやってるっつーのに。

「そっちの男もどうしたんだ? さっきから黙ったまんまじゃねーか。オレらが怖くてビビってるんでちゅかー?」

笑い合う三人の声が響き渡る中、私は神様に祈りを捧げていた。どうかこの人達が生きて我が家に帰り、温かいこたつの中で丸くなれますように、と。三人の安すぎる挑発に政宗が乗るとは思えない。だけど言わないほうが懸命なのだ。挑発には乗らなくても彼の中では怒りのメーターは確実に上がっているはずだからである。

「つかぬ事をお訊きしますが、なんで私達に絡むのでしょうか……? 何かしました、私達?」
「アァ!? ンなの道端でイチャついてるから悪ィんだろうが!」
「イチャついて……?」

一人の不良(仮に不良Aとしよう)の言葉に、私は頭をフル回転させていつイチャついていたか考えてみる。だがどんなに考えてもイチャついていた覚えはない。

「え、ほんとにいつ……?」
「ついさっきだろうが! 男がテメェの髪の毛をこう……わしゃわしゃとしてただろうが!」

もしかして政宗が私を嫌味ったらしく見下ろしていたとき? あ、あれのどこがイチャついているというの。あれはどう見ても苛められている光景じゃん。強者と弱者っていう関係がしっくりくると思う。オレサマとそのパシリでも可。とにかく私はイチャついた覚えはない、これっぽっちもだ!

「あれのどこがイチャついているように見えるのよ!? あんた達目ェ腐ってんじゃないの!?」
「ンだと!?」
「そうでしょ? あの光景のどこに甘さを感じた!? むしろ見てたのなら助けなさいよ!」
「なんでだよ!」

不良ABCの声が綺麗にハモった。む、ツッコミのキレは良い。

「政宗! あんたも黙ってないで何か言いなさいよ!」
「……男同士であのシーンを再現するのは気持ち悪ィよな」
「そんなのどうでもいいわ!」

今度は不良ABCの他に私の声までもがハモった。政宗が言うあの再現シーンとは、政宗が私の髪の毛を乱暴に触ったときのことだ。私が思い出せないことに焦れたのか、ご丁寧にこの不良さん達はわざわざ再現してくれたのである。それが政宗曰く気持ち悪いらしい。まぁ男同士で……やればな。私と政宗はこのやりとりでイチャついていると誤解されたのだ。それを男、それも不良同士でやればどうなるか。

「チッ! ごちゃごちゃ煩ェやつだな!」

不良Bが痺れを切らしたのか、拳を大きく振り上げて私に迫ってきた。これ間違いなく殴られる!? 私はサッと政宗を見る。てっきり助けてくれるのかと思いきや、彼は両手をポケットに突っ込んだまま、事の成り行きを傍観しているだけだった。

「彼女が不良に襲われかけてますよ!? 助けてくれないんですか政宗サーン!?」
「Ah? それくらいの相手華那なら楽勝だろうが」
「後で覚えていやがれバカ宗ェェエエエ!」
「余所見している場合かっつーんだ!」
「あーもう仕方がないな!」

政宗と迫り来る不良Bを凄い速さで交互に見つつ、彼に助ける気がないと判断した私は覚悟を決めて不良Bに向き直る。そして不良Bの拳が私に当たろうとしたまさにそのときだった―――。

「あり!?」

―――不良Bがマヌケな声を発した。それもそのはず、彼の拳は私に当たらなかったのである。私は自身の右手で不良Bの拳をいなしたのだ。相手は何が起こったのかわからないのか、きょとんとしたまま硬直していた。私は隙ありといわんばかりに呆然としている彼の顔面をグーで殴りつける。手加減はしたつもりだけど、不良Bは勢いよく後方へ吹っ飛んでしまった。残りの不良ACもまさか女に反撃されるとは思いもしなかったのだろう。吹っ飛んだ不良Bと私を、目を丸くさせながら交互に見つめていた。

「Hey 華那。なに手加減なんて生温いことやってんだ。やるなら全力で殺れ!」
「できるかァァアアア! 不良っていっても彼らは素人! 私も素人だけどおそらく私以上に素人だよ!?」
「……華那だと? おいお前、お前の名前は華那っていうのか?!」
「そうだけど、それがどうかしたの?」

完全にのびている不良Bに駆け寄る不良ACは、私の名前がよほどおかしかったのか何度も「華那か?」と訊いてくる。私の名前は華那だから、何度もその問いにイエスと答えるしかできない。すると不良たちはなにやらボソボソと囁き始めたではないか。

なんだろう、何も聞こえないけど嫌な予感だけはする。政宗もさすがに変だと思ったのか、「華那の名前がよっぽど変なんだろうな」と失礼なことを抜かしやがった。幼馴染であり恋人でもある政宗だが、一度本気で殴っても怒られないような気がするぞ。怒りで拳を震わせていたら、急に不良達が私達を――というより私をまじまじと睨みつけ始めた。思わず身構えてしまう。

「華那ってお前……まさかあの「華那」じゃねーだろうな?」
「あの華那だと? Hey 何のことだ?」 
「華那っていえば決まってんだろ!? 身の丈二メートルはあるっていう女のことだよ!」
「そうそう。女のくせにすっげーマッチョで、顔には昔熊と戦ってできた傷があるんだぜ」

……一体何の話をしているのかわからず、今度は私と政宗が言葉を失ってしまった。二メートルもある女なんてこの町内にいるはずないし(いたら私でも知っているくらい有名になるだろう)、そもそも熊と戦ったなんて、それ何のマンガの影響? この町に熊なんて生息していない。

「オレが聞いた話だとUFOに攫われて強くなったって聞いたぜ」
「人間を食っちまって、それ以来人間を食うために殺しまくっているとも聞いたぜ」

既にその「華那」という人、人間じゃない何かになっていないか? どれもこれも現実離れしすぎている。いくら私が夢見る乙女ちっく少女だからといっても、これらの話にはまるで夢が感じられない。どこにも胸がキュンってなる要素が含まれていないのだ。

「その「華那」っつーのは、何をやらかしたんだ?」
「……昔この町にはな、ここら一帯の統一を果たしたそりゃもう強い番長がいたんだ。おめーらでも統一の意味はわかるよな?」

私と政宗は揃って頷いた。この町にも数多くの不良グループがある。勿論私達が住んでいる町にもある。そして不良グループ達は各自自分達が支配するエリアを持っていることが多い。同時にそのエリアの広さがグループのパロメーターにもなるのだ。エリアが広いほどグループが大きく、またメンバーも多いとみなされるのが常である。よって不良グループ達は日常的にこのエリアの奪い合いを繰り返していた。この不良が言う番長は、この町に存在する多くの不良グループ達を倒し、頂点に君臨したのだろう。つまりここら一帯を支配する権利を得たともいえる。数多くの不良グループを倒し、全てのエリアを自分の手中に収める。これが所謂「統一」というものだ。統一したグループの頭イコール最強の不良。という構図が簡単に浮かぶ。

「なるほど。その番長がテメェらの言う「華那」に負けたのか」
「ああそうさ! 忘れもしねぇ五年前の春。ランドセルを背負った小学生のガキに、それも女に負けちまったんだよォォオオオ!」

いつの間にか回復していたのか、起き上がった不良Bが頭上を仰ぎながら絶叫した。

「小学生だと!? 身の丈二メートルあるんじゃなかったのかよ!」
「オレはそんとき番長と一緒だったんだ! だから見間違えるはずがねえ。赤いランドセルを背負ってた小さいガキだった。そのランドセルに付いてた名札みたいなモンで名前を見たんだ。間違いなく「華那」って書かれてたぜ」
「クク……小学生に負けた番長なんざ、もうこの町にいられねえだろうな。その華那っつーガキも大した女だぜ。是非ともその面、拝んでみてぇもんだな。Hey その華那っつーガキは今どこだ?」
「さぁな。その日以来この町じゃ見かけてねえ。あのあと番長がどんな目にあったか……。オレ達も虱潰しで捜したんだが、結局見つからなかったよ。今じゃ外見も変わっているだろうし、捜すのは不可能だろうな」
「確かに五年前小学生だったって事は、今じゃ高校生か中学生か。それくらいの女なんていくらでも化けるぞ。……ところで華那、何さっきから黙ってんだよ?」

……赤いランドセル。小学生。番長を倒す? 忘れかけていた記憶が波のように押し寄せる。

「そういやなんでその小学生は番長を倒したんだ? ガキがそんな奴に手を出すとは思いにくいぜ?」
「ああ、たまたまそのガキの大事なもん……確かキーホルダーだっけな? それを番長が踏んじまったんだよ。ランドセルに付けてたらしいんだが落ちちまったらしい。それを偶然にも番長が……。番長も謝ればいいものを、素直じゃなかったからなあの人。怒ったガキは番長に殴りかかって……。でもあれはさすがに番長が悪いしなぁ」
「大切なものを踏まれて怒ったガキに負けちまったのかよ。そんなに大事なものだったのか、それ?」

政宗の呆れたような笑い声が遠くから聞こえてくるような気分だ。政宗と不良達の会話がやけに遠い。

「何か言ってたんだよな、そのガキ。なんだっけなー……」
「早く思い出せ。でないとこの場でテメェを殴る」
「なんでそうなるんだよ!」
「しかしその「華那」っつーガキも馬鹿だよな。そんなもの一つにそこまでな……」
「―――なるわよ」

政宗の言葉を遮り、口が勝手に開いてしまう。政宗も若干驚きながらも私を見る。きっと突然どうしたんだって思っているのだろう。でもどこか馬鹿にしたような政宗の言葉が酷く許せないのだ。大切なもの、キーホルダー一つにそこまで怒ることが馬鹿らしい?

「思い出した。「まさむねから貰った大事なもの」だ!」
「Ah? 俺……!?」

まさか自分の名前がでてくるとは全く思っていなかったのだろう。意外そうに目を丸くさせる政宗に、私はゆっくりと向き直る。

「渡米したっきり音信不通のアンタが、私に唯一カタチで残してくれたキーホルダーを壊されて、謝りもしなかった男に食って掛かって何が悪いのよ。あのとき私がどれだけショックだったかアンタにはわかんないでしょうね。私にとっては唯一の繋がりのように感じていたそれを、見知らぬ男に踏まれて壊れたとき愕然となったわ。まるで繋がり自体を切られてしまったように思えたもの」
「……じゃあこいつらが言う「華那」っつーガキは」

政宗が少し怯えているのがわかる。不良達も私の言葉を理解できないほど馬鹿ではないらしい。ずっと捜していた「華那」の正体がわかりつつある今、この場から逃げ出したいのか三人で身を寄せ合って事態を見守っている。四人を冷ややかな目で見つめながら、私はゆっくりと冷酷な笑みを浮かべてみせた。

「そうよ。あんた達が言っている「華那」っていうのは、間違いなく私のことでしょうね。よく覚えているわ。五年前の春、私はたまたま学校帰りにこの町に来ていたのよ。その際ランドセルに付けていたキーホルダーが外れて、拾おうとした瞬間その番長とやらに踏み潰された。謝ればまだ許してあげたかもしれないのに、その男ったら謝るどころか馬鹿にしたのよ? 「こんなオンボロキーホルダーをわざわざ踏み潰してやったんだ。あり難く思え」って言ってね。そこからは……あんたのほうが詳しいでしょう?」

オンボロなのは当然だ。それは政宗が渡米する直前に私にくれたものだから。でも政宗が初めて私にプレゼントしてくれたものであり、そしてカタチで見える唯一の繋がりであり、心の拠り所でもあった。これを見れば政宗を思い出す。ううん、見なくても思い出していた。これを見ることで私は寂しさを紛らわせていたにすぎない。

「……なんか色々と思い出したら、腹が立ってきちゃった。悪いけど一発ずつ殴らせてもらえない?」

爽やか度数百二十パーセントの笑顔で、私は可愛らしくおねだりしてみた。すると面白いことに私達に絡んできたはずの不良達は、情けない悲鳴とともにその場を脱兎のごとく逃げ出してしまったのだ。この場には私と政宗だけになり、妙な沈黙が流れ始める。

「……とまぁ、そういう経緯があったのよ。まさかあのあとそんな噂が広まっていたとは知らなかったけど。でも私がその華那ですって言ったのは不味かったかな。あいつらに言いふらす根性があるとは思えないけど……」

地味に牽制したんだ。あいつらに言いふらす度胸はないだろう。政宗は口を開こうとはしない。私は溜息混じりに呟いた。

「「大人しく過ごそう女子高生ライフ」の原因はコレ。あのあとそいつが番長だってこと知ってね。色々と面倒なことになりそうだったから。学校で暴力沙汰を起こせばあいつらの耳にも入っちゃうかもしれないでしょ? でもその現場を遠くから同級生に目撃されちゃっていたみたいでね。あっという間に私はみんなから恐れられたわけですよ」

ちょうどその頃、隣町の不良達の様子がおかしいから気をつけろと、学校の全校集会で知らされたのである。何が起きているのか誰にもわからなかったが、運のないことにたまたまあのときその光景を目撃した生徒がいたらしい。

不良の大人を拳で倒した暴力少女という話は、あっという間に学校中を駆け巡った。私が廊下を歩けば皆が無言で道を開ける。男子なんかは私に尊敬の眼差しを向けてさえきた。先生も私を怒るときだけはどこか控えめだった。

いつしか私はみんなから「かっこいい」や「強い」と言われるようになった。友達が苛められれば必ずといっていいほど私に助けを求めてくる。そして馬鹿な私も「よくも友達を泣かしたな!」と、いじめっ子相手に立ち向かってしまったのだ。まるで子分のあだ討ちをする親分。これじゃあ私が小学校の番長みたいじゃんか。思えばあの不良達の耳にこの話が入らなかったことが不思議なくらいだ。話は小学生時代だけでは終わらなかった。

小学校を卒業して中学校へ行っても、同じ小学校出身の子は必ず存在する。入学と同時にその中学で一番強いと言われていた男にケンカを売られ、一撃でのした途端私は多大な後悔をした。同じ小学校出身の子が「音城至ってすっげー強いんだぞ」と言いふらしたが最後。夢の中学生ライフは一瞬で崩れ去った。

でも不良間の間で「華那」という名前は禁句なようで、当時不良と呼ばれていた生徒は私の名前を聞くとどこか怯えた様子だったように思う。まさかその「華那」だとは思わなかったようだが(噂は肥大していたしね)。そうか、もはや人間ではなかったおかげでバレずにすんだのね。馬鹿に感謝しなくちゃ。

「地味にしていればバレないと思っていたけど、どうやらその噂は不良間で広まっているだけみたいだし。そもそもあの噂は尾ひれつきすぎて誰かわからないものね」
「……つかそれどう見ても番長だろ。どんだけ慕われていたんだよ」
「だから高校では同じヘマはしないと決意していたのよ!」

恋もしたい青春もしたい。乙女ちっくな生活を夢みていたのに、政宗と再会した途端ゆっくりと崩壊していったように思える。政宗にケンカを吹っかけた番長を、不慮の事故で私が倒してしまったこと。それが原因で政宗が伊達組の頭だとバレたこと。いやこれは政宗がバラしたのか。それ以降私は腕っ節が強い女と認識されてしまった。

「でも私以上に強烈な政宗達がいるおかげで前ほどじゃないから楽だわ。現に今までそのことを忘れていたくらいだし」

私より腕っ節が強い人達がこの高校には沢山いる。ついでに個性も強いものだから、私なんてちっぽけなんでしょうね。それともみんなこういうことに慣れているのか、私を見ても誰も引かないし道を開けようとしない。これがとても嬉しい。

「あのとき政宗から貰ったキーホルダーを落とさなければ、こんなことにはならなかったのにね。でもあんたから貰った物じゃしかたないか」
「そんなに大事だったのか?」
「当たり前でしょ! 好きな男の子から貰った初めてのプレゼントよ。大事じゃないほうがおかしい……」

そこまで言って気づいてしまった。私いま何を言っていた? 殆ど頭で考えず感じたこと、思ったことを素直に声に出していたから、自分が何を言っているのかあまり自覚はない。いま私、好きな男の子って言ったよね。言っちゃったよね? 本人目の前にして言うべきことじゃないよなそれ。だって小さい頃からずっと好きでしたって、今更ながらに告白しているようなものよ。

ちらりと政宗の横顔を窺う。当たり前のように彼は笑っていた。いつもと同じ嫌味ったらしい、でも不思議とあまり嫌味ったらしく見えない、少し照れた笑顔だった。くそ、なんだかこっちまで恥ずかしくなってくる。けどじわじわと嬉しさも込み上げてくる。なんだこれ!? 

色々な感情が並のように押し寄せてくるからわからなくなってくる。感情が露骨に表情にでるのは私の悪い癖だ。政宗も百面相ばりに表情が変化する私を見て、何か察してくれたのかもしれない。

「ま、今のは聞かなかったことにしてやるよ」

そう言いながら政宗は私の手をとる。何故か手だけではなく、お互いの気持ちまでもが触れ合ったような気がした。

完