短編 | ナノ

燃えよ中華鍋!

何故こんなことになったのか、それは日曜の長閑な昼下がりにまで時を遡る。折角の日曜な上に今日は天気が良い。家でゴロゴロするには些か勿体無いように思える。そう考えた政宗は今日の昼食は外で食べようと思い至った。そこまでは普通だったのだ。

屋敷の門を出て少し進み、角を曲がろうとしたときである。何故か突如背後から何者かに羽交い絞めにされ、拉致されたのが今から約一時間前。そのまま何をされたのか意識を失った彼が次に目を覚ますと、ここに座っていた。四人がけのテーブルに四つの椅子。それに座る四人の男女(自分含む)。彼の横には一人の少女が座っていた。毎日学校で嫌というほど顔を合わせている政宗の幼馴染兼彼女である華那だ。

そしてテーブルを挟んだ彼の目の前には、これまた見慣れた二人の男がいた。腐れ縁という言葉がしっくりと当てほど付き合いが長い、成実と綱元である。ここは一体どこで何故自分があんな目に遭ったのか、全く状況が把握できない政宗であった。

「…………二人とも、よくここの中華を食べようっていう気になれるわよね。私は無理」
「華那にそこまで言われると逆に気になったのでな。ふむ……この点心は外せない、か。成実、お前は決まったか?」
「つーか品数多すぎだろ、選べねーよ!」

三人の会話を聞くと、ますます状況が把握できなくなった政宗だった。が、頭の回転率もゆっくりとだが戻ってきたので色々なことを考える余裕が生まれてくる。辺りを見渡すとやたら赤い。決して政宗の表現力が乏しいわけでなく、本当に赤いのだ。壁や柱、ありとあらゆる物が赤で統一されている。そして大勢の客と思われる有象無象の人間達に、嗅覚を通して腹部に刺激を与えるこの匂い。どうやらここは何かの飲食店らしい。

そういえば華那がさっき言ってたな。よくここの中華を食べようっていう気になれるなって……。つーことは、ここは中華料理の店なのか?

「あ、政宗。ようやくお目覚めか?」

政宗が目を覚ましたことに気がついた成実が声をかけた。それを合図に残りの二人も彼を見る。三人の手にはお品書きと思われる薄い本が握られていた。そんな呑気な三人には見向きもせず、政宗は腕と足を組むという踏ん反り返った態度をとる。

「……言ってやりてェことは山ほどあるがここはあえて言わないでやる。だが一つだけ言わせろ、テメェらオレに何をした!?」

カッと凍てつく目で前に座る男二人を睨みつける。たまたま二人の後ろを通っていた従業員がその目を見てしまい、あまりの恐怖で手にしていたトレイを滑らせて載せていた料理を床にぶちまけてしまった。更にはそのぶちまけた料理を踏んでしまったトイレ帰りの不運な中年男性客が派手に転倒し、その客が思わず掴んだテーブルがこれまた見事な卓袱台返しのようにひっくり返り、上に載せられていた料理が重力法則に従ってお客の頭の上に被ってしまう。しかもそれは出来立ての熱々で、男性客は熱さのあまり頭を掻き毟る。そのせいでピカピカと輝く何もない頭部が、ツルリと剥き出しになるという二次災害までもが起きてしまった。

カツラだとバレてしまったことで、男性の顔は見る見る青ざめていく。そこに妻だと思われる中年女性が歩み寄り、「カツラだったなんて、よくも長年に渡って私を騙してくれたわね。離婚よリコン!」と言って店を……もとい男性の下を去ってしまった。その場に残された男性客は慌てて女性の後を追おうとし、レジにいた従業員に無銭飲食に間違われていたがこの四人の知ったことではない。とても図太いお客である。

「で、どうしてオレはここにいるんだ?」
「説明も何もないぜ。俺達はただここにメシを食いに来た、それだけだからな」

成実はこう言い放つが、そんなもので納得がいく政宗ではない。

「ならなんで羽交い絞めにしたんだ! 拉致紛いなことをしたんだ、アァ!?」

この質問に成実は口を噤む。言いにくいことでもあるのかと思った政宗だが、その一秒後にはその考えを綺麗サッパリ忘れることになる。何故なら華那、成実、綱元の三人が声を揃えてこう言ったからだ。

「だってそのほうが面白いし」

政宗が理性を総動員して怒りを抑えたのは言うまでもない。

「面白いっつー理由だけで人を誘拐しやがるのかテメェらは!」
「そんなわけないでしょ、非常識な。政宗の場合だけだよ、そんなことするのは」

口を尖らす華那であるが、それこそタチが悪いことだと気がついているのか。多分、気づいていないだろう。

「そうそう、これほど面白い玩具はな……グハァ!?」

ケタケタと笑いながら言ってはならぬことを口にした成実の顔を、政宗はテーブルに備え付けられていた爪楊枝で刺した。それも一本という甘いものではなく、一束と呼べる本数で。

「さながら剣山だな、これは」

冷静に事態を観察する綱元を横目で見ながら、華那は「どうどう」と政宗を落ち着かせる。

「まぁまぁ落ち着いて。政宗もさ、何食べるか考えよ」

華那は政宗にお品書きを渡しながらこの場を丸くおさめる。しかし政宗が知りたいのはこの店のメニューではない。どうして自分がここにいて、拉致されなくてはいけなかったのかということである。

「だから順を追って説明しやがれ、頼むから」

とか言いつつ、ちゃっかりお品書きを見始めた政宗である。やっぱりお腹は減っているようだ。

「ここは今巷で有名な中華料理専門店だ。そして俺達はここで昼食を取ろうとしている、以上」

と、至極簡潔に説明したのは綱元だ。まぁ実際そのとおりで、それ以上他に言いようがないのだが……。ならもっと普通に誘えばいいじゃねえか! と、思わずにはいられない政宗であった。どうして羽交い絞めにされてまで、ここで食事を取る必要があるのだろうか。これでは美味しく食事なんてまず不可能ではないか?

「とりあえずさっさと注文しちゃいなよ。成実もいい加減にその汚い液体を流すのはやめて」
「ンなこと言われてもよ、こればっかりは自分の意思じゃ止められないんですけど……!?」

額からダラダラと血を流しながらも、成実は必死になってお品書きに目を走らせる。何故命が尽きるかもしれないというこのときに、呑気に注文するものを考えなければいけないのだろう。

「凄いわね、なんか二時間ドラマにありそうな展開じゃない?」

奥様大好き二時間ドラマのセオリーは、出かけた先で必ず殺人事件が起こるというものである。だがこれは最初から犯人が分かっているのではないか?

「タイトルはそうだな……。『中華料理店殺人事件、料理人は見た! 嫉妬と妄想の果てに……』というのでどうだ?」
「嫉妬と妄想!? ちょっと綱元、今の流れのどこにそんなキーワードがあったのよ!」
「それ以前に誰がそのkeywordに当てはまるのか、すっげぇ気になるんだが」

それは政宗あなたですなんて言われてみろ。伊達組の総力を結集して、そんなことを言った奴の心身共に破壊してやる。

「そうだなァ……嫉妬に狂い、様々な妄想を繰り広げる政宗。そしてとうとう我慢できずに、この想い出がつまった中華料理店でプスリ……!」
「嫉妬は海より深く、愛と憎しみは紙一重と言うしな」
「そこまで俺のことを想ってくれてたのか政宗……ってゴルペハァァアアア!?」

政宗の強烈な手刀が成実の喉にヒットした。成実は手で口元を押さえて咳き込むが、その隙間から赤い何かを垣間見たような……いや、気のせいだろう。

「これはタイトルを変更する必要があるんじゃない? 『血塗られた中華料理店伝説―――燃えよ中華鍋!』なんてどう?」
「なんかB級ホラー映画みたいなタイトルになっていないか?」
「料理人が実は殺人鬼でね、殺した人間の肉を中華鍋で炒めているのよ!」
「ああ、だから燃えよ中華鍋なのか」
「それって人肉を食わす店ってことだよな。なんかそういう映画観たことあるよ」

成実は脳裏の片隅にある記憶を引っ張り出そうと頭を抱える。喉まできているのに出てこないこのもどかしさ。これでは気になるあまり夜眠れそうにない。

「観たことあるの!? ちなみにこれは半分実話だけどね!」

華那が握った拳でテーブルを叩くと、驚きのあまり椅子からずり落ちそうになった成実。そんな彼を他所に、政宗は彼女が言った最後の一言に引っかかっていた。

「………実話だと?」
「昔にね、人を殺してその肉を売り続けた殺人鬼が実在してるの。なんでもその肉、美味しいって評判らしくすっごく人気あったんだって。あとは人肉をシチューにして食べた人もいたっけ。なんでかね、被害者って大抵男で、しかも美少年だったような……もしかして政宗みたいな男かな? でも政宗は美少年っていうには凶暴だしなァ」
「つかよ、なんで知ってんだ華那?」
「好きなことはとこっとん追究するものでして」
「……やっぱ華那は普通の女じゃねーよ! 前に聞いたJソンとフレDの話のときもそうだ!」
「Hey なんかあったのか? 綱元、お前何か知ってるか?」
「華那は昔、キャンプ場でJソンを探し回ったことがあるのです」
「What!?」
「映画に出てくる殺人鬼の代表格であり殺人鬼の代名詞を舐めんなよ! 私なんて小さい頃からキャンプ場に行く度にJソンを捜し森中を彷徨ったんだから!」

ちなみにそんな彼女が小学校の卒業文集に書いた将来の夢は『エルム街に住むこと』である。なんとも末恐ろしい子供だ。そりゃ当時担任だった先生が血相変えて真冬に家庭訪問に訪れたりするわけである。尊敬する偉人は誰かという質問に、現実に存在する有名な殺人鬼の名前を挙げたのは中学生の頃だったか。勿論本人は冗談のつもりで言ったのだが、それを本気にした当時の担任からお説教を食らってしまった経験がある。

「ええい、もうさっさと注文しちゃってよ。よく考えたら何を食べるか決めるだけで既に三十分は経過してるもん」
「そうだな、腹の減り具合も限界突破しそうだし……おーい、すみませーん!」

成実は偶然傍を通りかかった運の悪い店員に声をかけた。

「えーと、この点心セットに飲茶、それから酢豚にラーメンに……」

お品書きに書かれているものを手当たりしだい注文しているかのような勢いだ。食べきれるか分からないがとりあえず注文する、という感じに近い。

「……以上で。いいよな、政宗、綱元、華那?」
「え、華那アルか!?」

何故かいきなり大声を上げる店員。だがそれだけでは済まなかった。辺りにいた店員達までもが一斉にこちらを……もとい華那を凝視していたのだ。注目の的となっている華那本人はきょとんとしているが、一緒にいた男性陣は訝しげに目を細める。心の中では『何をやらかしたんだ、この爆弾女は!?』と息ピッタリなわけだが、心の声が伝わるほど仲が良いわけではないので伝わるはずがなかった。

「よく来たなアルな華那。ここであったが百年目アル!」

何が起きているのか、全く理解できない三人だった……。よく見るとその店員の胸元のバッチには店長と書かれている。店長なんだこんな人が。いいのかよ経営者!?

「これはこれは店長さん。百年目って言うけど、たしか一週間前に来ましたよね、私」
「一週間前にも来ていたのか。そのとき何を仕出かしたんだ?」
「何もしてません。なんで綱元は私が何かしたってこと前提で話を進めようとするのよ」

そう思っているのは綱元だけでなく残りの二人も同じなのだが、それを口に出すほど愚かではない。特に政宗に至っては俯いたまま微動だにしない。寝たふりに徹するつもりなのだろう。

「もう我慢ならないアル! 華那、以前なんで中華料理注文しなかったアルね!?」
「は、それどゆこと!?」

成実と綱元は頭上にはてなマークをたくさん浮かべる。説明を促すような問いかけの視線を店長に送ると、察したのか店長はおもむろにその口を開いた。

「華那がこの店に来たとき、一度たりとも中華料理を注文しなかったアルね! 中華料理店にも関わらず。それどころか「オムライスはありませんか?」って訊いてきたアルよ!」

いつの間にか何かのスイッチでも入ったのか、拳をぐっと握り締め熱弁する店長を他所に、男性陣は白い目で華那を見る。今回ばかりはこの店に同情の意を示した三人であった。あのオレサマな筆頭も、である。

「華那、流石にそれはねえだろ……?」
「一応ここは中華が美味しいことを売りにしているしな。というか中華以外ない」
「だったらここに来て何食ってんだァ!? そもそもなんでこの店に来た!?」

非難の視線を浴びつつも表情一つ変えない華那は、大きな溜息をつくとうんざりしたような口調であっさりと言った。

「―――そもそも中華料理店に来てまで必ず中華を食べないといけないのは何故なの!?」
「逆ギレかぁぁあああ!?」

三人がつかさず息の合ったツッコミを入れる。

「だったらここに来る意味ねーだろォォオオオ!」

珍しく至極当たり前な意見を述べた成実である。中華料理店に来るからには中華を食べるのが普通なのだ。逆に中華料理店に来てまで中華を食べないのが異常なのである。だったら他の店行けよ。

「来る意味はあるわよ。ここの店長に嫌がらせするという立派な意味が!」
「嫌がらせ、やっぱり嫌がらせアルか!?」
「うっさいな。最初に仕掛けてきたのはそっちでしょうが!」
「こっちだってそれが商売アルね!」
「私はあんなもの食べたくなかったのよ。私の気分はオムライスだったのに、みんなここがいいって言うんだもん。付け加えるなら店長の存在が気に入らない!」
「店長の何が気に入らないんだよ。こんなに愛らしい店長は他にいないぜ!?」

ちなみに成実が愛らしいと言う店長の外見とは、頭に丸い帽子をちょこんと載せて、背中辺りまでの長さがある髪を細い三つ編みで括っている。ちなみに目も結構細い。典型的な中華人イメージだった。お玉と中華鍋がやけに似合いそうである。

「だからそれが気に入らないのよ。人を小馬鹿にしたような瞳に長い髪の毛。そんでもって頭のお椀! とにかく全てが気に入らない」
「じゃあさ、華那はここで何を食べたんだ?」
「別に何も食べてないよ。ただ一緒にいた連中が食べ終わるのを、水を飲みながら待つだけ」
「そこまでして嫌がらせをする華那も華那だろ……」

もはや呆れを通り越して賞賛の域に達していた。何時間も水一杯(しかもサービスなのでタダ)で居座る華那の神経も凄い。

「って私を無視しないでほしいアルねぇぇえええ!!」

いつの間にか店長の右手にはお玉、左手には中華鍋が握られていた。それを慣れた手付きで楽器を演奏するかのように叩き出す。カンカンと甲高い音が四人の聴覚を刺激した。だが刺激を受けたのは周囲の客も同じである。誰もが食事の手を止め、両手で耳を押さえていた。正直、煩すぎる。

「だぁ〜煩い! こっちも負けてられるか。目には目を、歯には歯を、騒音には騒音をォォオオオ!」

華那は立ち上がると近くにあったオプション用の銅鑼をこれ以上ない力で思いっきり叩いた。さすがに銅鑼には勝てないお玉と中華鍋のコンビ。一瞬でこの音を掻き消した銅鑼の威力は凄まじいが、その分更に聴覚が刺激されたのは言うまでもない。

「華那、やり過ぎだ……!」
「Shit………!」
「………」

政宗は込み上げる怒りを抑えるのに必死だが、成実に至ってはなんと気絶していた。ある意味とても幸せ者だろう。なんせ銅鑼に一番近かったのが彼なのだ。鼓膜が破れていないことを切に願う。

「くっ……さすが伊達組ご一行アルね」
「ンだと!? 伊達組を華那と一緒にするんじゃねえぞ!」
「なによそれ失礼ね!」

ますますヒートアップする華那と店長のバトルに、食事に来ていた客は観客と化し、事の成り行きを温かな目で見守っている。お陰で肴となる料理を注文する客が続出、店側も大忙しであった。

「……ならば今日こそ中華を食べてもらうアルよ! カモンアル!」

店長が指をパチンと鳴らすと、チャイナ服を着た女性店員がサッと何かを手渡した。それはどう見たって……。

「うわぁ鶏、鶏だよな!?」

気絶していたといってもほんの数秒だったようで、すっかり目を覚ました成実が声を発した。目の前にいたのは活きのいい鶏。店長に足を掴まれ逆さに吊られた鶏だったのだ。バタバタと元気よく暴れる度に白い羽がひらひらと舞う。ついでに穀物の臭いも一緒に舞っていた。

「しかも生きてるし、生きてるしィィイイイ!?」

バネのように起き上がった成実が鼻を押さえて少し後ずさる。素晴らしい腹筋をお持ちのようだ。

「コケッコケッ、コケー!?」
「チッ、五月蝿いアルね。こうなったらさっさと息の根を止めるアル」
「何物騒なこと言ってんだ!? お客の前でそんなこと言っちゃ駄目だろーがァァアアア!」

成実は叫びまくる。声が大きく、そして高くなる彼とは正反対に、心なしか声のトーンが落ちた店長は、低くドスの効いた声はヤクザを彷彿とさせた。何故だろう、右手にはお玉ではなく中華包丁が握られていた。いつの間に持ち替えたんだ?

「ってここで捌く気か、殺っちゃう気か!? あんたは店長だろ、接客専門じゃねーのかよォォオオオ!」
「違うアルね、私元々料理人。中華鍋を握らせたら右に出る者はいないと謳われる伝説の料理人アル。その名も『燃えよ中華鍋』アルね!」
「………燃えよ中華鍋」

政宗は呆れてそれ以上言えなかった。まさか華那がふざけて言ったものが、こんな形で実在するなんて想像していなかったのだろう。自分で伝説と言っちゃっているあたり痛い。

「そんな、あなたがあの『燃えよ中華鍋』だったなんて……!」
「って華那、何言ってんのォォオオオ!?」

成実がまたもや叫ぶ。信じられないというふうに顔を強張らせる彼女を尻目に、店長は「フフン」と誇らしげに鼻を鳴らした。あ、なんかムカツク。

「知らないの!? 料理に詳しい政宗なら知っていると思ったのに。いい? 料理の裏世界には七人の伝説的料理人が存在していて、みんなそれぞれ異名を持っているの。その一人があの店長、『燃えよ中華鍋』よ」
「七人!? あんな変態が七人もいるのか!?」
「ネットでは結構有名で、調べたら案外簡単に見つかるよ。……そうは言うけど私達の身近にも一人いるわ。といっても正式メンバーじゃなくて、その七人が自分達の後継者にって狙っている人だけれど」
「嘘だろぉぉおおお!?」

自分達の周りにいると言われてショックを隠しきれない男性陣。誰だ、誰なんだ!? 周りがみんな個性派揃いなために分からない。

「その人が作る料理は何故か不思議とおふくろの味になるという……。確か二つ名は『オカンの味』だったっけ?」
「なんと、華那の知り合いにあの『オカン』がいるアルか!?」
「誰だ、マジで誰なんだ!?」
「誰って……」

男性陣と店長がゴクリと息を呑む。

「―――佐助よ」

事情が飲み込めない店長以外の三人はテーブルに思いっきり頭をぶつけた。三人合わさったことにより結構な音がする。

「佐助って言ったら政宗の友達だったっけ?」
「まぁあいつなら……違和感ねぇけどよ」
「それより華那は何故そのようなことを知って……?」

綱元は言いかけた口を閉じた。残る二人もハッと顔を強張らせている。まさか、という疑念が三人の頭を過ぎっていたからだ。

「華那も……そのうちの一人、だったりするのか?」

二つ名は『魔女の生贄』あたりがしっくりくる。

「そんなわけないでしょ。ネットで知っただけだよ」
「さぁもういいアルか! 今日こそ自慢の料理を食べるアルよ」
「あ、忘れてた。たしか華那に料理を食わそうとしてたんだよな」

あまりに脱線しすぎて当初の目的を忘れていた。これが解決しないとこの店から出られそうにないのに忘れるなよな。

「さぁ食べるアルよ。我が店自慢の最高の中華料理の数々を!」

何人もの店員がたくさんの料理を運んできた。見た目も派手な料理ばかりである。空腹が頂点に達していた男性陣には猛毒だろう。

「う、美味そう……。もう我慢できねー、いただきます!」

真っ先に手を出したの意地汚い奴は成実だった。

「あ、待って。食べちゃ駄目―――」

華那の静止虚しく、既に成実は大きく口を開けて肉団子を食していた。顎を大きく上下させて満面の笑みを浮かべる。どうやらかなり美味しいらしい。

―――だが。

「うっ!?」

カランと箸を落とし手しまった成実は胸のあたりを押さえ出した。何事かと全員が彼に注目する。その様子を見ながら華那だけは「やっぱりね……」と呟いた。

「どうした成実?」
「な、中に変なものが入って……!?」

しかし最後まで言うことができず、彼は勢いよく椅子から立ち上がると一目散にトイレへと駆け込んだ。

「肉団子に何か入っていたのか?」

綱元が慎重な手つきで箸を使い肉団子を半分に割った。何かには具らしき物があるにはあったのだが。

「これってスガレじゃない?」

華那は恐る恐る肉団子を覗き込んだ。中から現れたのは赤ん坊ではなく―――スガレ。

「スガレ? なんだそれは?」

綱元は聞き慣れない単語に首を傾げる。彼は好奇心からか、そのスガレを手に取り口の中に運ぼうとした。食料だからこそ料理に使われているはず。なら食べても大丈夫だと踏んだのだ。

「こっちのほうが分かりやすいかな。別名……蜂の子」

綱元が手にしていたスガレを捨てたのは言うまでもない。

「蜂の子っていうのは蜂の幼虫でね、特にクロスズメバチの幼虫で、塩で炒り、また味醂醤油で煮つけて食すのよ。蛋白質、脂肪、ミネラル、ビタミンに富んで、美味なんだよね〜。確か長野県の名産だっけ?」
「ああ、それならオレも知ってるぜ。佃煮や甘露煮にして食うらしいな。クロスズメバチは確か地中に巣を作る肉食だったはずだ。だがなんでこんな珍味が肉団子の中にあるんだ?」

なんでそんなこと知っているんだ筆頭。無駄知識もここまで来ると拍手喝采だぞ。そう言いたくてもいえない自分がもどかしい。綱元は歯がゆそうに唇を噛み締める。

「しかもよく見たらナマよ、これ」

華那が箸でスガレを突く。するとどうだ、動いたぞ。

「まさか味付けもしてなければ、殺してもいないと?」

そりゃ成実がトイレに駆け込むはずだった。これこそスガレの踊り食いである。
「ってなんでこんなものが肉団子の中に? 店長さん? 燃えよ中華鍋さん?」
「チッ、仕損じたアルか」

店の従業員全員がチッと舌を鳴らした。なんなんだこの結滞な店はと、政宗と綱元は揃って訝しげな視線を店長に送る。

「これだから食べたくなかったのよ。ここの店長ったらちょっと変わり者でね、客が頼んだ料理にイタズラで、何か変な食べ物を仕込んでくるのよ。私の友達はそれが面白くってここに食べにきたんだけれど、何も知らなかった私からすればトラウマにしかならなかったの。だから何も注文せず、水だけを飲んでいたってわけ」

そういうことは先に言え。

「じゃあ華那がこの店は嫌だって言った理由はそれが原因か!?」
「ってなるみちゃん、いつの間に?」

驚く華那の隣には、うんうんと頷く成実の姿があった。それも今までここにいましたよ的雰囲気を醸し出しながら。本当に自然だ。自然すぎて怖い。

「……さぁ、今日こそ食べてもらうアルね。覚悟するネ!」
「い、いやぁ。私今日はお腹の調子が悪くって……ねえ政宗?」
「オレも……今朝から頭痛がするんだよなァ」
「俺はもう食ったぞ! だからいいだろ、なァ!?」
「食べたといっても一口だけだろ。もっと食え。俺や政宗様の分も食うんだ」
「綱元ヒデェ!?」
「―――今日は帰さないアルよ」

すっかり逃げ腰の四人に、店長はニッコリと不気味なスマイルを向けた。

完