短編 | ナノ

水着のお姉さんは好きですか?

いつもと変わらぬ平穏な空気が流れている教室。その教室では政宗と元親が雑誌を読みながら、何気ない会話を繰り広げていた。椅子に座る元親に対し、政宗は行儀悪く机に腰掛けている。読んでいる雑誌は健全な男の子ならではの雑誌で、布面積が少ない水着を着た、豊満な肉体をした女性が悩ましげなポーズをとっているようなもの。二人はそんな女性を実に真剣な目で見ていた。

そう、これ以上ないくらい真剣に。

普段の授業中では絶対に見られない真剣な表情で、年頃の男の子なら仕方がないと思われる雑誌を読んでいたのだ。こんなくだらないことで真剣になれるのかと、隣に座る華那は冷ややかな目で二人を見つめた。

政宗も元親も男。だからそういう雑誌を読むのは自然なことで、逆に読んでいなかったほうがそれはそれで怖いと思う。まさか男色の気はあるのではと、いらぬ心配をしてしまうからだ。だが好きな男が自分以外の女を見て、プラスの感情を抱くことは少々面白くない。読まないと不安で読んだら面白くない、ならどうしろというのかと言われそうだが、それがわかればこんな複雑な感情を抱いていないと華那は思う。

「どうでもいいですけど、なんでここにいるんですか元親せんぱ〜い?」

彼は華那達と違い一学年上にあたる。普通先輩が後輩の教室に、それも遊びに来たりすることはあまりない。教室に本来いないはずの人間がいると、それだけで教室の空気は変わる。現に今も、チラチラとこちらを見てくるクラスメイトの視線が華那に刺さっていた。元親はそんな視線を気にも留めず、もしかしたら気づいていないだけかもしれないが、政宗と一緒になって雑誌に夢中だった。

「おっ、これなんかいいんじゃねえか?」

そう言って笑いながら元親は読んでいた雑誌を政宗に見せる。政宗は自分が読んでいた雑誌を一旦置くと、元親が見せるように差し出している雑誌に目を落とした。確かに、元親が良いというだけのことはある。顔も可愛いし胸も大きい。そしてスタイルもよい。だがそんな女性はこの手の雑誌には沢山載っている。彼が良いと言った理由は、そのポーズにあった。その女性のポーズは男心を擽るもので、心にグッとくるのだと言う。そして政宗も元親の意見に同意した。

上手く言葉では言い表せないが、確かにこれには胸に響く何かがある。同意する男二人に華那は少しだけ疎外感を感じ、つまらなそうに頬を膨らます。こういった男の会話に女がついていけないのは当たり前だが、こんなに近くにいるのに仲間外れにされたようであまりいい気分ではない。

「そんなにいいの、この人っていうかポーズが?」
「おお。女にはわからないだろうけどな!」

と、元親は快活に笑って華那にも「ほらよ」と雑誌を見せる。大切な部分が見せそうで見えない水着に、華那はドキッとした。不覚にも頬が赤くなる。そんな初心で可愛らしい変化に、政宗は楽しそうに目を細めた。隣に座る華那の腕を軽く引き寄せ、華那に立てと無言のまま促した。彼女が怪訝に思いながらも腰を浮かせると、政宗は自身の股の間に華那をすっぽりと収める。

急に後ろから抱きつかれた華那は、政宗の机に腰を下ろした。どうせ逃げられないのだ。だったら少しでも楽な体勢でいたい。立っているよりも座っているほうが楽だしと、華那は心のうちで誰も聞いていないのに弁明する。結果的に目の前で見せ付けられることとなった元親は、軽く肩を竦めながらも慣れているのかあえて深く突っ込まなかった。

「よくわかんないな〜……。こんなのがいいの、政宗も?」

こんなのとは、先ほどから話している女性のポーズのことだろう。訝しげな態度の華那に政宗はニカッと笑ってみせる。

「Of course 華那がこのposeをしたら、有無を言わさずその場で食っちまうくらいイイぜ」
「なっ!?」

耳元で甘く囁かれた政宗の言葉と自分がこの女性と、全く同じ格好とポーズをしたところを想像してしまい、華那はボンッと顔を真っ赤にさせた。首だけを動かして政宗の顔を見る。華那は口をパクパクと動かすことしかできない。政宗はそんな彼女の反応を楽しみながら、「あ、でも」と茶化すような声色で言葉を続けた。

「華那には無理だったな。この女みてえに大きな胸がねえ」
「しゃーっらっぷ!」

政宗のセクハラともとれる発言に、華那は彼の腹部に肘鉄を一発お見舞いさせる。本当ならグーで殴ってやりたいところだが、政宗に後ろから抱き締められている以上それはできない。自由に動かせる部分が少ない分、肘鉄しか方法がなかったのである。華那も本気で殴っていないため痛くないが、政宗はさぞ痛そうにおどけてみせた。華那はそんな政宗を無視し、自分の胸に目を落とした。

政宗の言うとおり決して大きくはない。でも小さくもない……よね?

それなりにはあると思う。あくまでもそれなりには、だが。小さく唸りながら、華那はじっと自分の胸を見下ろしていた。そんな彼女の心中を察したのか、政宗は元気付けるように「大丈夫だろ」と言葉を発した。

「この女くらい胸は大きくねえが、大きいからいいっていうもんじゃねえしな。揉むなら華那くらいの大きさが丁度イイんだよ」

こちらが元気になりそうな優しい笑みを浮かべながら、政宗はとんでもないことを口走った。てっきり、
「胸の大きさなんか関係ねえ。オレは華那が、華那という人間が好きなんだぜ」
的なことを言ってくれるものだと思っていた華那は、軽蔑の意を含んだ視線を送る。

よく考えればこんなことを言うほうが政宗らしくないといえばないが、かといってこれは女の子の前で堂々と言うべきものでもないだろう。せめて自分がいないときに言うべきだ。それはそれで不快ではあるが。

「揉むとか言うな恥ずかしい!」
「Ah? 今更恥ずかしがることないだろ? それにここでヤるっていうわけでもねえし。……もしかして誘ってンのか!?」

どこか嬉しそうな政宗に、華那はいま自分が何を突っ込めばいいか迷う。昼間、それも学校でそんなことを言うなと注意すべきか、誰もここでヤるなどと一言も言っていないというべきか、そもそも自分の発言のどこに甘く艶やかな、男を惑わすような言葉があったのか。色々とポイントが多すぎて華那は頭が痛くなる。とりあえず今度は肘鉄じゃ済まないなと、どうやってお仕置きしようか思考を巡らせた。

完