短編 | ナノ

存在そのものが愛おしい

好きな人のどんな仕草が好き?

***

先日、近所のおばさんから沢山のりんごを貰った。なんでも田舎から送ってきたとかで、うちだけじゃ食べきれないから近所にお裾分けしているらしい。でもうちでもこれだけの量、とてもじゃないけど食べきれない。両親は海外で、のんびりとした一人暮らしを満喫している身だ。金銭的な面では困らないが、それ以外のことは普通の一人暮らしとなんら変わらない。これだけのりんごをどうするか。しかし折角頂いたりんごを腐らせるのは勿体無い。そこでアップルパイを作ることにしたんだけど、これはこれで問題があった。

そしてその問題を解決するために、いま私はここにいる。

「ごめんくださーい!」

相変わらず伊達組の門はご立派な造りで、見るものを圧倒させる。屋敷にいる人達はみんな良い人ばかりだとわかっていても、この門の前に立つたびやっぱり違う世界の人なんだと実感せざるえない。インターホンを鳴らして待つこと数十秒。中から現れたのは、私がよく知っている人物だった。

「華那じゃねえか。どうしたんだ、いきなり?」
「こんにちは小十郎。政宗いる?」
「いや、政宗様なら学校だ」
「学校!? 今日は日曜日だよ?」

なんで休みの日にわざわざ学校に行く? 私と同じ理由(補習)は……ないよな、確実に。ならこの間上級生と喧嘩沙汰起こしてたから、その罰として何かさせられているのかな。例えば学校の備品を壊した罰掃除。あの喧嘩で窓ガラスが三枚も割れてたんだよね。でもあれ、悪いのは先に喧嘩売った上級生じゃん。そりゃあ喧嘩を買った政宗も悪いけど、売られた喧嘩は絶対に買うっていうのもどうかと思うけど、凄く楽しそうに上級生を殴っていた政宗も悪いけど! あんな悪人面で喧嘩してたらどっちが悪いかわからないぞ。って本当にこれじゃどっちが悪いかわからないな。正直、政宗が一方的に殴ってたし。力の差がありすぎて勝負にならなかったんだよね。上級生も本物のやくざに喧嘩売るなよなー……。

「おい華那、何考えてやがる?」
「いえ、ぜぜん! これっぽっちも!」

ジロリと小十郎の鋭い視線が私に突き刺さる。このことが小十郎の耳に入ったら、政宗はまた彼の小言を聞く羽目になる。政宗の性格を考えれば、このことは絶対に小十郎に話していないはずだ。バレたらまたお説教だとわかりきっているからである。そしてもしバレたら、今度は私に火の粉が飛んでくるだろう。主に小十郎のお説教を聞き終えた政宗の八つ当たりだ。双方の利害のためにも、ここは言わないでおくに限る。

「で、なんで政宗はいないの?」
「今日は部活で朝から学校だぞ」
「ああ、部活ね」

そんな政宗だけど生徒会と剣道部を兼任し、その両方でリーダーシップをとっている。どっからどう見ても不良なのに、成績は良いしカリスマ性はあるしで、なんかみんなから慕われているんだよね。うーん、世の中ってわからない。

「もうすぐ帰ってくると思うが、用事があるのなら中で待っとくか?」
「アップルパイ作ったから持ってきただけなんだけど……暇だしお邪魔しちゃおうかな」

***

Doorを開けたら何故か華那がいた。オレは何も言うことができず、いるはずがない華那がいることに驚きを隠せない。Doorに手をかけたまま立ち尽くすオレと、そんなオレをbedに寝転びながら見ている華那。今日は日曜日だが朝から部活で家を留守にしていた。部活が終わり家に帰宅すると、オレの部屋には華那がいた……ってことでいいんだよな。ってなんでこれまでの行動を振り返っているんだよ。

「おかえり〜」
「あ、ああ……つかなんでいるんだよ」

オレが動揺していることに気づいていない華那は、気だるそうにbedから上半身を起こす。どうせずっとbedでゴロゴロしていたのだろう。ところどころから華那の白い肌が窺える。だらしなくシャツがずれて、そこから細い肩と膨よかな胸元が薄っすらと見えるし、Skirtを履いているせいで太ももが露だ。なんだこれ、誘ってんのか? 立ったままじっと見ていると、華那が怪訝そうに眉を顰める。本人は自分がそんな格好をしていると気づいていないらしい。ならちょっと苛めてみるか。

「いや……華那、お前意外と胸あるよな」
「………!?」

ニヤリと笑いながらそう言うと、華那はようやく自分がどんな格好をしているかわかったらしい。彼女は羞恥で顔を真っ赤に染め、慌てて服の乱れを正しだす。制服姿のオレとは違い、華那の格好はラフな私服姿だ。オレと違い華那は帰宅部で委員会も入っていないから、休日に学校に行くという習慣はない。

「そういうことは早く言ってよ!」

華那は瞳を若干潤ませながらキッと睨みつけるが、そんな顔で睨まれても全く怖くない。むしろそそるな。Sadistにその表情は逆効果だってこと、いつになったらこいつは自覚するんだ? そんな顔されてもこっちは高ぶりが増すだけだ。もっと苛めて、もっと羞恥に塗れさせたいと煽るだけなのに。もっと溺れて、狂わせてしまいたいと行為に及ぶだけ。華那の表情を見ていたら自然と口角が上がった。すると華那はますます悔しそうに顔を赤く染めやがる。楽しくて仕方がねえ。

「で、いい加減オレの質問に答えろ。なんでここにいやがる?」

未だbedの上に座っている華那にゆっくりと近づいていく。最初から華那は壁に背中を預けていたため、これ以上後退することができない。オレはbedに右膝をかけると、華那の頭の上辺りの壁にドンッと手をついた。完全に逃げられなくなった華那は、不安そうに瞳を潤ませながらオレを見上げる。丁度華那の顔辺りにオレの胸元があるため、彼女と目を合わすには否応なしにオレは目線を下げる必要がある。逆を言えば華那は目線を上げる必要があるということだ。もともと華那の上目遣いには弱いオレ。そんでもってこの状況。華那が身を捩ると、微かにbedが軋む音がした。

……ヤベェ、なんか興奮してきた。

からかうだけのつもりだったのに、引き返すことができない。止めることができない。男としての欲が熱を持ち始める。気がつけばオレの手は自然とtieを外しにかかっていた。左手で少しだけ引っ張り、苦しくない程度にtieを緩める。すると口を半開きにさせたまま固まっていた華那が、ゆっくりとした動作でオレの左手を握った。突然ことに、オレは黙っていることしかできない。

「……ゴツゴツしてる」
「Ah?」
「いや、やっぱり男の人の指はゴツゴツしてるなぁって……」
「そりゃ男なんだから当たり前だろうが」
「―――私、政宗の手、好きだよ」

華那は穏やかな表情でオレの左手を撫で始めた。

「いまみたいにネクタイを緩めるときの手や、いけないことだけど煙草を吸うときの手とかね。すごく好きなの。ちょっと骨ばったゴツゴツとしたこの手が大好き。あと政宗の声も、目も、耳も好き」
「なんで………」
「だってこの手で私の頭を撫でてくれると安心するし、声を聞くと嬉しいし、目が合うと嬉しいし、その耳で私の声を聞いてくれるもの。どこにいても、どんなに離れていても」

驚いた。普段の華那はこんなこと言わねえ。こんな―――殺し文句みたいな愛の囁きなんて。

「あはは。政宗の顔、真っ赤だよ」
「煩ェ」

自分でも顔が赤いとわかるほど熱いんだ。オレは右手で口元を覆い隠し、これ以上華那に見られないように俯いた。すると華那が「なんで隠すのよ」と残念そうな声で口を尖らせる。華那はオレの左手を握っていた手を放し、両手でオレの頬を優しく包み込んだ。おもわず顔を上げると―――華那の顔がこれ以上ないくらい目の前にあった。熱を帯びている唇が触れる。今日はやけに熱く感じた。華那の熱かオレの熱か、それとも両方か。とにかく、熱い。

焦らすようなその熱に身体が疼く。

焦れたオレは華那の後頭部を強引に引き寄せると、無我夢中で華那の唇を貪った。途中酸素を求めて華那がオレから逃げようとしたが、逃がすまいとさらに強く引き寄せる。息苦しいのか華那の口からくぐもった声が漏れた。だがその甘い声に、オレの欲はどんどん掻き立てられる。口内を犯しながら、彼女の身体をゆっくりとbedに寝かす。そこでようやく唇を離し、お互いの吐息がかかりそうなくらいの至近距離で言葉を交わし始めた。

「………なんかあったのか? 今日のお前なんだか変だぞ」
「そうだね、変だね。きっと待ってる間に読んだ本のせい。思っているだけじゃ伝わらないって書いてあったの。口にしないとわからないんだって。だから私が政宗を好きって言ってみた」

そう言って華那はオレの首筋に腕を回す。それを合図にするかのように、オレ達は再び一つになった。

完