がんばれ伊達先生! | ナノ

伊達先生とデンジャラスなクリスマス

人には淋しいクリスマスを過ごすのねと言って馬鹿にしたが、実は華那もその淋しいクリスマスを過ごす一人であった。慶次のように一緒に過ごす相手もなく、元親のようにバイトもせず、幸村のようにクリスマスのご馳走を楽しみにするでもなく、佐助のようにケーキ作りに追われることもなく、ましてや元就のように日輪を崇め奉る気もさらさらない。

何もすることがない、暇すぎる。街をブラブラしようにも外は寒いし、財布の中も寒いし、幸せ色に現をぬかしているカップルに遭遇するのも嫌だ。かといって折角のクリスマスを家に引き篭もって寝て過ごすだけというもの、今しかない華の十代にしては淋しすぎる。悩みぬいた挙句華那がとった行動は、同じく一人で過ごしているであろう政宗の家に突撃するという、なんとも傍迷惑なものだった。

政宗の実家は華那の隣だが、彼は今実家を離れ、アパートで一人暮らしをしている。勿論政宗は華那に自宅の場所を教えていない。しかしそこはお隣さんという特権をフル活用すれば容易にわかる。華那の行動は、政宗の実家、つまりお隣さんのお宅に電話し、政宗が今どこに住んでいるのか聞き出すことから始まった。

電話に出たのは昔から政宗に仕えている片倉小十郎という男だった。政宗の実家は家柄、財、共に名のあるもので、家も華那が住んでいるようなものではなく、屋敷という表現のほうが近いと思うほど大きく、小十郎のような使用人が普通に存在している。政宗が教師という道を選ばず父の仕事を継いでいたら、小十郎は仕事の面でも政宗をサポートしていたことだろう。

政宗が住んでいるアパートの場所を教えて欲しいと訪ねたら、最初は渋っていた小十郎も思うところがあったのか、華那が思っていた以上にあっさり教えてくれた。だがその条件として何故か小十郎は華那に伊達の屋敷に来るよう言ってきたのである。それが条件ならば仕方がない。これも今頃一人で淋しいクリスマスを送っている政宗をからかうためだ。不審に思いながらも、華那は屋敷に向かうことにしたのだった。

「政宗様の家に行くなら、ついでにこれも持って行ってくれないか?」
「………うお!? 何これ重い!」

屋敷の門の前で待ち構えていた小十郎はそう言うなり、華那に大きなダンボール箱を手渡した。小十郎は軽々と持っていたため軽いものと思っていたが、いざ自分で持ってみるとかなりの重量である。予想以上の重さに華那はうっかりダンボールを落としかけてしまった。中に何が入っているのか確認したいが、両手が塞がっているため確認することすらできない。

「政宗の家にこれを届ければいいんだね。でもこれ……中身は?」
「俺が育てた野菜だ。鍋や煮物に合う野菜を多めにしてある」
「小十郎印の野菜!? しかも鍋や煮物に合う野菜って……重いやつばっかりじゃん!」

中身が小十郎印の重い野菜だとわかると、ますます重たく感じてきた。小十郎の趣味は顔に似合わず野菜作りという家庭的なもので、その味はどれも天下一品と言われ最高の出来だと言われている。小十郎は一人暮らしをしている政宗によく野菜を送っており、家計が助かる上に美味しく健康に良いものが食べられるということで、政宗自身も小十郎の気遣いに感謝していた。

「政宗様のことだから、何があっても華那にはご自宅の場所を教えないだろうな。それを教えてやったんだ、文句を言わずに持って行け」
「ちょっと、なんで私には教えないって断言できるの!?」
「じゃあなんで政宗様のご自宅に行きたいなんて言い出したんだ?」
「今頃一人で淋しいクリスマスを過ごしているであろう政宗をからかいに行くためです!」

誰が好き好んで自分をからかおうとしている人間に家の住所を教えようとするのか。小十郎の質問にビシッと背筋を伸ばして答えた華那に、彼はなんともいえぬ生温かい視線を送ったのだった。だが婆娑羅高校に着任してからというもの、政宗は一度も実家である屋敷に帰ってきたことはない。政宗の様子は華那の口からわかるものの、元気にしているといっても姿を見ないことには落ち着かないこともある。しかし使用人がそう易々と主の家に伺うものではない。だからこそ小十郎は華那に政宗の自宅の様子を見てきてもらうことにしたのだ。そんな小十郎の気持ちなど知るはずもなく、華那は野菜がゴロゴロ詰まったダンボールを抱え、小十郎に教えてもらった政宗のアパートに向かったのであった。

***

クリスマス当日だけあって、街に燻っていたクリスマスムードはピークを迎えていた。大通りに並ぶお店には必ずクリスマスの装飾をしてあるし、流れている音楽だってクリスマスを意識しているものばかりである。これが明日には正月モードに切り替わるのだから、本当に日本人とは多様化していると思えてくる。

小十郎に教えてもらった政宗のアパートは華那の家からそう遠くない場所にあった。高校の近くに住もうという政宗の意図が感じられる。しかし重いダンボールを抱えて歩いているせいで、華那の足取りは通常時より明らかに遅くなっていた。そのためなかなかゴールへと辿り着かない。

重たいダンボールのせいで手は痺れてくるし、足元だって見えにくくいつも以上に慎重に歩かなければいけなかった。道の隅っこにダンボールを置いて少し休憩し、また歩き出す。これの繰り返しだ。あれだけ寒かったのが嘘のように今は暑い。何か冷たい飲み物でも買おうと、華那は近くにあったコンビニに滑り込んだ。

「………お、そこにいるのは元親クンじゃありませんか」
「ゲッ!? なんで華那がここにいんだよ」

コンビニに入るなり、商品出しをしていた元親と目が合った。華那と目が合うなり元親は心底嫌そうな表情を浮かべる。まさかここで会うとは思ってもいなかったのだろう。クリスマスはバイトをして過ごすと言っていたのは本当だったようである。

「ちょっと。お客様に向かってその顔はないじゃないのー? ここは従業員にどういった教育をしているザマス!?」
「ザマス!? 来ていきなりいちゃもんつける気か………って何だ、そのでっかいダンボールは?」
「お鍋に合う野菜の詰め合わせ。何か成り行きで伊達先生の家に持っていく羽目になっちゃってさ」
「じゃあ今から伊達の家に行くのか? 面白そうじゃねえか……おい華那、伊達の住所を教えやがれ。後で俺も押しかけてやるよ。ついでに鍋に最適なでっかくて美味い魚も持って行ってやる」

元親の好きなものはどこまでも広がる広大な海で、そんな彼の趣味は釣り。休日にはよく釣りをしに行くことが多い。魚に詳しい彼が美味しいという釣った魚ならお墨付きというものだろう。華那は元親に紙とペンを借り、小十郎に教えてもらった住所をメモすると、それを元親へ渡した。

「もうちょっとしたら上がりだからよ、バイトが終わり次第すぐに行くぜ!」

華那はコンビニで冷たいお茶を買い、少し一服したところでコンビニを後にした。元親がどんな魚を持って来てくれるのか楽しみである。先ほどよりも些か軽い足取りで、華那は政宗の家に向かって歩き始めた。

少し歩くと大型スーパーが視界に飛び込んできた。華那もよくお世話になっている、この町に住んでいる人達の生活の場である。今日は何が特売なのか気になるところだが、こんなダンボールを持っているためそれどころではない。特に何をするでもなくスーパーの前を横切ろうとしたのだが、こういうときに限って予定通りにはいかないのが世の常だ。

「佐助、クリスマスといえばやはり七面鳥は外せないぞ!」
「ちょっと旦那。いくら俺様でも今から七面鳥の丸焼きは無理だって! そこら辺で売ってるフライドチキンで我慢してよー」
「………今度はユッキーと佐助? ちょっとちょっと、そこのお二人さーん!」

華那が大きな声で二人と呼ぶと、幸村と佐助は揃って華那のほうへと振り向いた。華那の姿を捉えるなり幸村は満面の笑顔を浮かべ、佐助は少し困った笑みを浮かべる。だがすぐさまダンボールの存在に気がつき、二人は揃って目を丸くさせた。

「ど、どうしたでござるか華那殿! そんな重そうな荷物を抱えて……。某が代わりに持つでござ……っしかし某の右手には先ほど買ったケーキがぁぁあああ!?」
「俺様も持ってあげたいけど、両手使えないからな……悪いね」
「ううん。いいよ気にしないで。幸村は予約していたクリスマスケーキを引き取りに、佐助はクリスマス用のご馳走の買出しってところ?」
「うん、まあね。そしたら急に旦那が、七面鳥が食べたいって言い出してもう大変なんだぜ」

申し訳なさそうな表情を浮かべている幸村と佐助に華那はニカッと笑ってみせる。重くないといえば嘘になるが、二人の有難い申し出だけで華那は十分だった。

「ところで何でそんなものを抱えているわけ? まさか家出!?」
「そんなわけないでしょうが。ちょっと訳ありで、今からこれを伊達先生の家まで届けなくちゃいけないんだ。中身は鍋にピッタリの野菜セット」
「鍋!? なんでそんなものを華那が運んでるのさ!」
「色々あるんだよ。くっ……自分の暇さ加減を恨むわ。あ、遅れて元親も来るって。なんか鍋に合う美味しい魚を持ってきてくれるみたい」
「なになに? 伊達先生の家で鍋パーティーでもすんの?」
「パーティーだと!? 華那殿も参加するのでござるか?」
「うん、まあ……パーティーかはわからないけれど参加するつもり」

ただ暇だったから政宗をからかいに行くだけのつもりだったのだが、こんな重たいものを運ばされては黙って帰るわけにはいかなくなった。華那は小十郎から託されたこの鍋と煮物の野菜セットでご馳走を食べる気でいたのである。普段から自炊しているし、顔に似合わず料理が得意な政宗ならさぞかし美味しいものを作ってくれるに違いない。作るのは嫌だと言っても作ってくれるまで政宗の家に居座る所存だ。元親が美味しい魚を持ってきてくれると言っているからには、何がなんでもご馳走を食べなくては華那の気が済まない。

「じゃあクリスマス用のご馳走みたいなものを作ってお邪魔しちゃおっかなー?」
「某はこのクリスマスケーキを持っていくでござるよ!」
「はい、新たに二名様入りましたー。じゃあ後で佐助のケータイに伊達先生の住所をメールで送るね。なるべく早くご馳走を持ってきてよ!」
「ちょっと、こういう場面だと「早く来て」でよくね? なんでわざわざご馳走って言ったの?」

華那の言い方ではご馳走が優先で、佐助や幸村は別にどうでもいいといったふうに聞こえる。戸惑う佐助の質問に対し華那も特に否定せず、「じゃあ先に行ってるねー」と言うなり一人でさっさと政宗の家に向かい始めたのだった。

***

「………確かこの公園の近くに政宗のアパートがあるはずなんだけど」

近所とはいえこの辺りに来たことがなかったせいか、華那は忙しなく周囲を見回しそれらしき建物を探していた。住所から見れば政宗の家はこの近くにあるはずなのだが、近くにアパートらしき建物は沢山ある。一軒一軒表札を確認していけばいつかは見つかると思うのだが、その方法はとてつもなく面倒臭い。

どうしたものかと思い悩んでいた華那は、とりあえず公園のベンチに座り考えを練ることにした。もうすぐそこまで来ているというのに、ゴールに辿り着けないこのもどかしさが華那にはじれったく思えて仕方がない。

「………ん? んん!?」

公園に足を踏み入れるなり、華那は動揺のあまりダンボールを落としそうになってしまった。それもそのはずで、その公園のど真ん中で、得体の知れない緑色の人間が両腕を空へと掲げ、一心不乱に祈りを捧げていたのである。頭上に輝く太陽の光をその身に浴びている緑色の人間は、遠目からでもとても幸せそうに見えていた。

だがこれくらいで華那は動揺したりしない。何故なら日頃こうして太陽を拝む人間が身近にいるからである。だから太陽を拝んでいる姿を見ても、華那は今となっては何も思わなくなった。

彼女が動揺した真の理由は、太陽を拝んでいる人間がもう一人いたからである。緑色の人間の隣で同じように両腕を掲げて太陽に祈りを捧げているのに、何故か当の本人はとてつもなく嫌そうで、且つ疲労困憊の表情を浮かべていたのだ。太陽を拝む人間を見慣れている華那ですら、目の前の光景には声をかけずにはいられなかった。

「……な、何やってんの慶次?」
「………華那!? 頼むから今すぐ助けてくれよ!」
「キー……」
「ゆ、夢吉くんまで!? ちょっとそこのオクラ、一人と一匹に何やらかしたの!?」

華那の姿を見るなり、慶次は縋るような眼差しを送った。彼の肩の上で両腕を掲げている夢吉もまた、華那の姿を見るなり弱々しい鳴き声をあげたのである。慶次はともかく愛らしい夢吉は放っておけない。華那は全ての元凶と思われる元就に食ってかかった。

「何もしていない。ただ彼奴らに日輪の偉大さを知らしめようと、我と共に日輪を崇めているだけだが?」
「それってオクラの光合成に慶次と夢吉くんを無理やり付き合わせているってことじゃん。光合成なんてオクラ一人で十分でしょうが。今すぐ夢吉くんだけを解放しなさい!」
「え、俺は!?」

夢吉は助けても慶次は助けない。どう考えても華那の贔屓目である。自分も助けてくれると信じていただけに、慶次のショックは計り知れなかった。

「そういえばクリスマスは光合成をしてるって元親が言ってたっけー……」

だが本当にしているとは、それも公共の施設のど真ん中でしているとはさすがの華那も思わなかった。

「クリスマスは日輪を信仰している我にとって敵以外の何物でもない。だからこうやって、クリスマスなど消え失せてしまえと日輪に祈りを捧げている最中だ」
「クリスマスには世界中の子供達の夢が沢山詰まっているんだよ! それをオクラ如きに邪魔されてたまるものですか。あんたは世界中の人達の夢や希望を潰すつもりなの!?」
「不特定多数の輩のことなど我が気に留めると思うのか?」
「………思わねえよな、誰も」

それを自分で言うかと、慶次は即座に思ってしまった。元就は徹底して自分第一主義だ。自分に害さえなければ隣で犯罪が起きていたって無視するだろう。

「で、そんなおっきなダンボールを抱えて華那はどこに行こうとしていたんだ?」
「うーん、これを伊達先生の家に届けなくちゃいけないんだけど、いまいち場所がわからなくて。この辺なのは間違いないんだけど……」
「たしか毛利がこの辺に住んでたよな。住所教えればわかるんじゃねえの?」
「何故我が音城至のために力を貸さねばならないのだ?」
「そう言わないでよ。こんなとこで日輪を拝んでいるってことはどうせ暇なんでしょ? 一緒に伊達先生の家に押しかけてからかって、ついでに鍋パーティーしようよ。元親も幸村も佐助もご馳走を持って来るんだよー?」

今日は特に冷える。天気予報ではホワイトクリスマスも狙えると言っていたくらいだ。寒い日には温かい鍋が最適だろう。元親や佐助、幸村のことを話すと、祭りごとが好きな慶次はすぐさま話に乗ってきた。

「おっ、いいねえ。じゃあ俺は酒を持って行こうかな。この前利が美味い酒を手に入れたって言ってたんだ」
「やった! 残るは元就だけだよ。みんな行くんだからあんたも来なよね。元就はそうだな……食材はもう十分だし、伊達先生に渡すプレゼントを用意すること!」
「何故我が伊達にプレゼントなどを……」
「ちなみに普通のプレゼントを用意したら評価はゼロ点かマイナスです。高得点を狙うならインパクトがあり、それでいて非実用的且つおもわず突っ返したくなるようなものが良いでしょう」
「採点方式!? それってただの嫌がらせだよな!?」
「ふむ。そういった物なら用意してみる価値はありそうだな」

政宗のためにプレゼントを贈るのは馬鹿らしいが、華那が言うような意味を込めるものなら贈ってみるのも悪くない。純粋に嫌がらせだけを目的としているプレゼントなら、プレゼントを受け取った政宗のなんともいえぬ表情が見られるのならそれもありだろう。イタズラ目的の物なら喜んで押し付けてやる。

「じゃあ各自用意ができ次第伊達先生の家に集合ね。住所はメールで送るから、元就は私にこのアパートがどこにあるか教えなさい」

一人で淋しいクリスマスを送っていると思われる政宗をからかいに行くだけのつもりだったのに、小十郎に野菜を渡されたところから話が妙な方向へと転がり始めている。気が付けば目的が鍋パーティーをやることになっているではないか。

しかしどうせからかいに行くのだからこれくらい派手でいいかもしれない。政宗の都合など知ったことではない。大事なのはいかにしてこの退屈を紛らわすかなのだ。元就に詳しい場所を聞いたのち、公園にいた三人と一匹はとりあえず一旦別れることになったのだった。

***

政宗が住んでいるアパートは三階建てで、小十郎に教えてもらった住所によると彼の部屋は二階の二〇一号室とのことだった。元就に教えてもらったおかげで無事政宗が住むアパートに辿り着くことができた華那は、階段横にあるポストをまじまじと見つめていた。二〇一と書かれたポストには、確かに伊達という苗字が書かれている。ここまできたらあとはもう政宗の家に突撃をかけるだけだ。階段を上り、二〇一号室の前で足を止める。表札にはローマ字でDATEと書かれていた。

華那はダンボールを足元に置くと、インターホンを押した。そしてすぐさまダンボールを抱え、自分の顔が相手から隠れるようにする。政宗のことだ。華那が訪ねてきたとわかるなり、どんな手段を用いても部屋に上げまいと抵抗することは明白である。宅配便を届けに来たと言ってドアを開けさせようというのが華那の魂胆だ。小十郎から預かったダンボールのおかげでそれっぽく見えると思う。

アパートにカメラが付いているはずがないので、部屋の中からでは誰が来たのか窺うことはできないはずだ。覗き穴なら顔を隠しダンボールを見せるだけで済む。そのためここで一番重要なのは上手く声を変え政宗に華那だとバレないようにすることだった。

「Hey……誰だ?」

インターホンから聞こえてきた声は、ドア越しからでもどんな表情をしているかすぐさま想像がつくくらい不機嫌な声だった。声がいつも以上にイラついている。声が早く用件を伝えろとプレッシャーを放っていた。

もしかしたら部屋の中で何かしていたのかもしれない。それを中断させられたことで怒っているのかもしれないなどと勝手に想像しつつ、華那は「宅配便です」となるべく低い声で言ってのけた。インターホン越しから聞こえてくる政宗の息遣いが痛い。バレなかったのかバレたのか、政宗の沈黙が怖かった。

「Ah………わかった。今開ける」

少し考えるような沈黙のあと、インターホンから政宗の息遣いが遠のいた。バレなかったという安堵感と勝利感が華那の心を奮い立たせる。と、同時に華那の口元には勝利者特有の笑みが浮かびつつあった。込みあがる笑みを必死に抑えようとするが、どうやっても頬がにやけてしまう。引き締めようとしても数秒後にはだらしなく緩んでしまっていた。

「悪ィ、待たせたな。判子が見当たらなかったんでsignでいいか?」
「ええ、いいですよ……どうせ判子もサインも必要ありませんから」
「…………華那」

政宗はドアを開けるなり絶句した。目の前にいるのはしてやったりの笑みを浮かべている教え子だったのだから、そりゃあ絶句くらいしたくなるだろう。大きなダンボールを抱えながら、華那はニヤニヤと非常に腹立たしい笑顔を浮かべていた。政宗はそんな彼女に冷ややかな視線を送り、そのままドアを閉めようと試みる。今ならまだ見なかったことにできると思ったのだ。華那は再び閉じられたドアをじっと見つめていたが、彼女の中で何かが切れたのかまたもやドアをドンドン叩き始める。

「ちょっとなんでドアを閉めちゃうの!? 折角開けた心のドアなのにまた閉じちゃ駄目だよ。そんなことをしているから仲が良いのは不良時代の子分ばっかりで、未だに友達が一人もいないんだよ!?」
「煩ェほっとけ! 大体いつ心のdoorの話にすり替わったんだよ。そのわけのわからねえダンボールも早く持って帰れ。華那のことだ、どうせ中身はこの星の生物かも疑わしい得体の知れねえ物の類だろうが! ったく、すっかり騙されたぜ。この前小十郎が近いうちに野菜を届けるって連絡があったもんだから、てっきりそれが届いたのかと思っちまったじゃねえか」
「ダンボールの中身は本当に小十郎印の野菜だよ! 小十郎に野菜を届けてくれって頼まれたんだから。嘘だと思うなら小十郎に電話して訊いてみてよ。今回の野菜は鍋や煮物に合う野菜セットですぜ!」
「……………マジかよ」

そういえば華那はどうして自分の家の住所を知っているのだろう。今まで教えたことはなかったし、どこからか情報が漏れている可能性は低いはずだ。華那の話が本当なら小十郎が居場所を教えたことになるが、別にこれなら話の筋は通っているため疑いの余地はない。

華那の家と政宗の家は隣同士なので、政宗が実家を出た後も華那と小十郎のように屋敷に仕えている人間と親交は続いていた。大方政宗の様子を自分の代わりに見てきて欲しいと小十郎が華那に言ったのだろう。相変わらず過保護なものだ。

「……ったくしょうがねえな。温かいcocoaくらいなら出してやるよ」

なんだかんだ言っていても、結局のところオレは華那には甘ェんだよな。政宗はドアを開けるなり、ダンボールを抱えて捨てられた子犬ような目をしていた華那に向かって、根負けしたようにこう告げたのだった。

***

男の一人暮らしの部屋はもっと汚く、そして雑だと思っていた華那だったが政宗の部屋は驚くくらい小奇麗にしてあり、部屋にヤバイものでもあるのかとからかおうと思っていた彼女からすれば拍子抜けだった。家具もあまり置いていないので少々淋しい感じがしなくもないが、一人暮らしならこれくらいが妥当なのかもしれない。リビングに案内されるなり、政宗にそこから動くなと言われた華那は、彼の言いつけを守るつもりはなかったがなんとなくおとなしく座っている。政宗はキッチンでココアを作っている最中だ。

「これ飲んだらおとなしく帰れよ」

ほわほわと湯気が立つココアを出しながら、政宗はしかめっ面でこう言った。あまり長居してほしくないのか、政宗の態度はどこかあからさまだ。それもそのはずで、政宗は華那の担任であり、華那は政宗の教え子なのである。休日に担任の家に一人で上がりこんでいるところを誰かに見られでもしたら、政宗と華那の立場が一気に危うくなってしまう。最悪政宗はクビか、華那の場合なら退学処分になるだろう。そんな政宗の心配を他所に華那は至って暢気なものだった。

「帰れって言われてもなー……」

華那が困ったと言わんばかりの声色で呟いたとき、またもや政宗宅のチャイムが鳴った。今日は来客が多いなと怪訝に思いつつも、政宗は足早に玄関に向かった。この時期だと新聞の勧誘かもしれない。勧誘だったらお宅と違うところと契約していると言って、適当にごまかして帰ってもらおう。それでも粘るようなら実力行使だ。所詮この世は力が物を言うのである。

「Hey 誰だ?」
「我はいい年をして淋しいクリスマスを過ごそうとしている貴様があまりに不憫に思え、仕方がなく出向いてやったサンタクロースだ。故にさっさとこのドアを開けよ」
「おい毛利! いくらなんでもそんな上から物言うサンタクロースいねえだろ!?」
「元親も元就も声がでかいよ! 伊達先生に聞こえるかもしれないだろ?」
「……………聞こえてるっつーの」

インターホン越しから聞こえてきた聞こえたくない教え子達の声に、政宗は壁に肘をつきげっそりとしていた。できれば聞き間違いか、声が似ているなどという類だったらいい。それともこれは幻聴なのか。日頃のストレスが教え子達と接しなくてすむ冬休みまで侵食しだしたのかもしれない。だとしたら自分が思っている以上に末期ということになる。一度本当に精神科に行ってみるべきだ。

「………華那、これはどういうことだ?」

華那はともかく、教え子達が政宗の家を知るはずがない。小十郎のことも知らないので、情報源は華那ただ一人だ。おそらく華那が自分の家の場所を言いふらしたに違いない。だが何のためにそんなことをしたのかがわからなかった。政宗は自分に冷静になれと言い聞かせながら、なかなか口を割らない華那にもう一度同じ質問をした。

「みんなはここでクリスマス鍋パーティーをやるつもりなんだよ。私が小十郎印の野菜でしょ、元親が魚。幸村がケーキで佐助がチキン。慶次がお酒で元就がプレゼント! クリスマスだっていうのにあまりに淋しい伊達先生に、みんなから日頃の恨み……じゃなかった。感謝の気持ちを込めてプレゼントを送ります」
「いつそんな話になったんだ、家主のオレはそんな話一言も聞いてねえぞ! つかそれはpresentじゃねえ、恨みと感謝の気持ちを言い間違えた時点でただの嫌がらせだ!」
「そう、これはただの嫌がらせ……大事なのはいかにして政宗を困らすか。とりあえず目標はストレスで胃に穴が開くまでやってみよっかなーなんて」
「安心しろ。いつ穴が開いてもおかしくねえところまできてるぜ」

良く言えばいつも元気が良い小ザルのような、悪く言えば鬱陶しい野ザルのような生徒達の相手をしているため、政宗の胃はいつか爆発するのではないかという疑念さえ浮かんでいた。そんな百害あって一利なしの生徒達と会わなくてすむはずの長期休暇中に、どうして生徒達がわざわざ訪ねてくるのだろう。自分だったら休日中に教師の顔なんて見たくなかった。ましてや教師の自宅になど行きたくもない。

華那の言うとおり鍋パーティーをするつもりなのかもしれないが、その根底には政宗に嫌がらせをしてやろうという気持ちがあるかもしれない。勉強はからっきしだが嫌がらせに関しては天下一品の逸材ばかり。嫌がらせのためならば労力は惜しまない連中ばかりなのだ。

「早しろ伊達、この寒空の下いつまでサンタクロースを待たせるつもりだ。サンタクロースは良い子の下にだけ現れるというのに、今日は悪い大人の見本である貴様の下にわざわざ来てやったのだぞ」
「む? このような寒さが耐えられるのか、オクラーサンタ殿は?」
「我は貴様と違って脳味噌まで筋肉でできておらぬのでな。あと誰がオクラだ。さては貴様の入れ知恵だな長曾我部!?」
「緑色のサンタの衣装なんて着てりゃあオクラーサンタと言われて当然だろうが! なんだよこれ、随分と用意がいいじゃねえか」
「こっ、これは猿飛が着ろと五月蝿かったので着てやったまでだ!」
「えー、俺様が折角用意してやった緑色のサンタの衣装にケチつける気?」
「……一体どこからこんな変な衣装を用意してくるんだ?」

もはや政宗に正体がバレるという概念はない様子で、外にいる生徒達は大きな声でなんとも呆れた会話を繰り広げていた。政宗としてはこのまま放っておいてよかったのだが(むしろそれで帰ってくれれば尚良い)、このまま生徒達をここで野放しにしておくと、近所から煩いと苦情がくるかもしれない可能性もある。ただでさえ心に余裕がないのに、その上ご近所トラブルなんてもってのほかだ。政宗は重大な選択を迫られていた。

「……外で騒がれても迷惑なんだよ。さっさと中に入りやがれ」

騒がしい生徒を野放しにしてご近所とケンカするか、自分を犠牲にして生徒達を部屋に招きいれるか。その選択に、政宗は自分を犠牲にする道を選んだのだった。

***

政宗が思い描いていた今年のクリスマスの過ごし方は、生徒達にも言われたとおり確かに淋しいものだと自覚している。普段暇がなくて見たくても見られなかった映画のDVDを見ながら、酒でも飲もうと考えていたのだ。クリスマスという雰囲気は全く感じられない過ごし方である。しかしそんな淋しいといわれるクリスマスでも、政宗からすれば実に平和で、心穏やかな休日の過ごし方となるはずだったのだ。好きな映画を見ながら、好きな酒を飲む。

なにも最初から友達や彼女がいないから独りのクリスマスを楽しむというわけではない。彼女はいないが、友達はいるのだ。友達というより、子分という言葉のほうが相応しい連中達がいる。政宗が学生時代、今よりもやんちゃをしていた頃にできた仲間だった。勉強よりも喧嘩や暴れることが好き(それは今もだが)だった頃の仲間から、クリスマスにまた馬鹿騒ぎをしようという誘いがきていたことにはきていた。

しかし今の政宗は教師という立場上、なにか問題を起こしては非常に拙い。折角の誘いだが誘ってくれた気持ちだけ受け取り、政宗はあえて一人のクリスマスを選んでいたのだ。………なのになんでこんなことになっているのだろう?

「佐助、肉はまだでござるか? ならば某、先にこのケーキとフライドチキンを……」
「あーもー、もうちょっと待ってってば! あ、元親。肉の近くに白滝を入れちゃダメでしょうが!」
「硬ェこと言うなよ! つかやっぱりお前は鍋奉行なんだな……」
「そうそう、クリスマスに硬いことは言いっこなしってね! つーわけで面倒臭ェからもう全部鍋に突っ込もうぜ!」

華那の右隣付近ではテーブルの真ん中にある鍋を巡って、元親と慶次が具を一度に全部入れようとするのを、鍋奉行である佐助が必死になって止め、その横では幸村がお預けを食らった子犬のように、今か今かと鍋が出来上がるのを待ち焦がれていたり。

「伊達よ、サンタクロースからのプレゼントだ。受け取るがよい」
「……なんだよこの下水の藻のような色をした袋は。中身は何だ……?」
「―――日輪の加護を受けた有難いオクラの詰め合わせだ」
「気持ち悪ィんだよ! 誰がそんなもん受け取るか!」

華那の左隣ではオクラーサンタが用意したプレゼント、もとい嫌がらせの品を政宗が力いっぱい床に叩きつけていたり。

「あっ、そういえばまだ言ってなかった!」

華那の突然の大声に、五人は動きを止めて彼女をじっと見つめる。五人の注意を一斉に浴びあがら、華那は少しはにかんだ笑顔を浮かべながら。

「メリークリスマス!」

と言うと、五人も「メリークリスマス」と大きな声で言った。その直後、グラスとグラスがぶつかり合う心地よい響きが政宗の部屋に響き渡ったのだった。