がんばれ伊達先生! | ナノ

伊達先生と十人十色のクリスマス

街中、日本中、世界中がもうじき訪れるクリスマス色に染まりつつある中、当然のことながらここ私立婆娑羅高校の個性豊かな生徒達も、クリスマスムードに流され始めていた。相変わらず騒がしい二組の教室内では、クリスマスをどう過ごすか話し合っている最中である。

「ジングルベールジングルベール、鈴が鳴っるーイェイ!」
「華那ー。最後のイェイはいらないんじゃないの?」

机の上に置かれたプリントにシャープペンを走らせながら華那が気持ちよくジングルベルを歌っていたら、同じくプリントにせっせとシャープペンを走らせていた佐助が一言ツッコミをいれた。横槍をいれられたことが気に入らなかったのか、華那は口を尖らせ膨れたお餅のように頬を膨らませる。

「人が折角気持ちよく歌っていたのに邪魔しないでよー」
「いくらなんでもジングルベルにイェイっていう歌詞はなかったでしょうが。なに勝手にアレンジしちゃってるのさ」
「いいんですー。だってイェイに深い意味なんてないんだから。その場のノリ。要は気分だよ」

そう言うと華那は再びプリントに目を落とし、黙々とシャープペンを走らせていく。佐助は何か言いたげな表情を浮かべていたが、華那とこれ以上話をすることは無駄だと判断しプリントに視線を戻した。

軽やかな動きでシャープペンを走らせていく佐助に対し、華那はまさに山あり谷ありという動きである。快調に進んでいると思いきや止まり、しばらく動かなくなるときが多々あった。かと思えば突然何か閃いたかのように驀進していく。実に面白い動きだった。しばらくの間シャープペンの芯を出す音と、文字を書く音だけの時間が続いていた。だがこの沈黙に耐え切れなくなったのか、華那は後ろのほうの席に座っている幸村に話しかけた。

「ねえねえユッキー。今年はどんなクリスマスケーキを予約しているの?」
「聞いてくだされ華那殿! 実は某、今年は二段重ねのケーキを予約したでござる!」

無類の甘党である幸村は、瞳を輝かせながらそりゃもう高らかに声を発した。拳をぎゅっと握り締め、身体の奥底から湧き上がる衝動を抑えきれない様子である。よっぽど誰かに話したかったのか、二段重ねのクリスマスケーキについて熱く語り始めた。

「正直最後まで迷ったでござるよ。ショートケーキにするかチョコレートケーキにするか……。予約のチラシをじっと見つめ、三日三晩考え抜いたでござるよ。しかしどちらか一方か某にはどうしても選ぶことができなかった。そうしたら下がショートケーキで上がチョコレートケーキという、一風変わったケーキがあることを知ったでござるよ。値段は少々高いが、両方買うより遥かに安かったでござる」
「へえー。一度に二つの味が楽しめますってやつだね。じゃあ今年はいつもより豪華になりそうだ」
「勿論、佐助にもケーキを作ってもらうぞ!」
「げ、やっぱり今年も俺様が作らなきゃいけないの? それだけ食べれば満足でしょうが」

二段重ねのケーキは幸村が自分のためだけに予約したものだった。普通ならばホールサイズのケーキを一人で食べれば糖分甘いものはいらなくなるかもしれない。しかし甘党である幸村には通用しなかった。日常的にホールサイズのケーキをペロリと平らげてしまう彼からすれば、ホールサイズのケーキなど二つ三つ増えたところでまだまだ余裕だったのだ。

「元親は? クリスマスは何する予定?」
「俺か? 俺は特に予定はないからバイトだな」
「かー! 健全な高校男子が淋しいわね。彼女とデートとか洒落た予定はないの!?」

斜め後ろで頭を悩ませていた元親にクリスマスの予定を訊いたら、実に淋しい答えが返ってきた。華那は自分の腕で身体を抱きしめると、寒さをアピールするためかガタガタと震えてみせる。

「煩ェな! クリスマスはコンビニもかき入れ時なんだよ!」
「クリスマス当日に小さなケーキやフライドチキンを買っていく大人の背中を見送るのか。あれ結構淋しくない? 私ってばおじいちゃんがお弁当を買っていく背中を見送るだけでも泣けてきちゃうんだけど。哀愁漂う小さい背中がさらに小さく見えてきちゃうのよね……。」

一体これらを買って行った人達はどんなクリスマスを過ごすのだろう。コタツでテレビを見ながら一人淋しくケーキを突くのか、隣近所から聞こえてくる楽しそうな笑い声を肴にしてケーキを突くのか。想像するだけで凍えるような寒さが華那を襲う。

「淋しいっつーなら毛利のほうがよっぽど淋しいクリスマスを送るはずだぜ! 何しろアイツはクリスマス当日、ひたすら光合成をするだけだからな!」

豪快に笑いながら元親は涼しい表情をしている元就に目をやった。華那達とは違い元就はせっせとシャープペンを走らせてはいない。どうやら既に終わったようで、やることがなかったのか、元就は退屈そうに前を見ていた。

「さすがオクラ。神様じゃなくて太陽に祈りを捧げるのねー……」
「日輪を! って崇めているアイツからすりゃクリスマスは天敵なわけよ」
「なるほど。クリスマスは宗派が違うから」
「おいおい、折角のクリスマスにそりゃないだろ。好きな子と出かけたりする予定はないのかい?」

と、可哀想な眼差しを元就に向けているのは慶次である。勉強よりも色恋沙汰を好む彼はどんなクリスマスを過ごすのだろうか。女の子と過ごすことは明白なのだが、問題は「どの女の子と過ごす」かである。

「そう言う慶次は誰とクリスマスを過ごすつもり? 一組の女の子? それとも二年の先輩?」
「随分とトゲがある言い方だなー……」

少々怖い笑みを浮かべている華那に慶次はおもわず苦笑した。

「あ、そだ。伊達先生はどんなクリスマスを過ごすの?」

華那は自分の目の前にいる政宗に視線を移した。華那の席は真ん中の一番前、生徒が最も嫌う席である。そのため華那は自然と常に政宗の監視下に置かれる羽目となっていた。何度席替えをしてもこの席から動くことができない彼女は、これは政宗の呪いか陰謀の類だと信じきっている。

「やっぱりモテる男は彼女とデート? お洒落な服着て、お洒落なお店で食事して……夜の街に消えていく?」
「音城至………いい加減にしやがれ。今は何の時間だ!?」
「何って……三時間目、英語の時間?」
「何で疑問系なんだよ! 確かにそうなんだが問題はその内容だ! 授業は授業でも今は期末test中だろうが!」

とうとう我慢できなくなったのか、それまで静かだった政宗がクラス名簿を教壇に激しく叩きつけた。乱暴すぎるその音に生徒全員がビクッと小さく背中を仰け反らせる。今まで騒いでいた者達だけでなく、それまで黙々とテスト問題に挑んでいた者達もだ。とんだとばっちりである。

「Test中に堂々と喋る奴がどこにいやがる!?」
「いるじゃないですか。伊達先生の目の前に」
「…………ほんとオメーはオレを苛つかせる才能だけは天下一だな」

そう。政宗の言ったとおり、今は期末テストの真っ最中。普通ならばこんな暢気な会話ができる空間ではない。ジングルベルを陽気に歌える時ではないのである。しかしそこは二組の生徒達の凄いところで、テスト中にも関わらずどんなクリスマスを過ごすかですっかり盛り上がっていた。生徒の自主性に任せている放任主義の政宗だが、さすがにそろそろ注意せねばならない局面に立たされてしまったのだった。できることなら注意などしたくなかった。面倒で疲れるだけだ。自分にとって害しか生まないことを、何故率先してしなくてはいけないのか、政宗は内心で自問する。

「で、伊達先生はどんなクリスマスをお過ごし?」
「そして凝りてねえな、音城至……」

喋るなと注意しても華那はまたもや口を開いた。もはや呆れて何も言えなくなってしまう。政宗がどんなクリスマスを過ごすかわかるまでこの調子だろう。政宗は大きく溜息をつくと、渋々口を開いた。

「……Christmasの日は家で酒でも飲みながら、溜まってるDVDを見るつもりだ」

すると華那を筆頭に今まで騒いでいた生徒達全員が、何か可哀想なものを見るような眼差しを政宗に向けたではないか。全員何も言わない。ただ哀れむような目で政宗をじっと見つめているだけである。居心地が悪くなった政宗は眉間のしわをより深くした。

「………伊達先生のクリスマスが一番寒いよ。佐助もそう思うよね?」
「いい歳した野郎が家でDVDを見るなんてさー……寒いを通り越して淋しいぜ」
「煩ェ! 誰のせいでオレの毎日が忙しいと思ってんだ!?」

それもこれも全て、毎日何かしらの騒動を起こす教え子のせいである。毎日いらぬ騒動を起こしてくれるせいで残業に追われることもあった。折角の休日だというのに日頃の疲労のせいで寝て過ごすだけという日もある。教師というものは生徒達の見えないところで実は忙しなく働いているものなのだ。

「なんだったらクリスマスに遊びに行ってあげよっか? サンタとして」
「Shut up! 死んでも入れるか! それよかさっさとtestに集中しやがれ、残り十分だぞ!?」

表情には出さなかったが政宗は少し動揺していた。このクラスの怖いところは、面白そうなことに関しては誰もが有言実行になる点にある。先ほど華那はクリスマスの日に遊びに行こうかと政宗に言い、政宗はそれに対して全力で否定した。そこに暗に一人でのんびり過ごしたいという政宗の気持ちが見え隠れしていたことに気づいた生徒もいるかもしれない。そうなれば面白いことにだけ貪欲な生徒達は、政宗のクリスマスをぶち壊してやろうと動き出すかもしれないのだ。こういうことにだけ二組の団結力は非常に強固なものへと変貌する。政宗はそれが恐ろしいのだ。

「あと十分しかないって言われてもなー……四十分考え抜いてわからなかった問題が、今更スラスラ解けるとは思えないもん。伊達先生が答えを教えてくれたら話は別だけど」
「音城至……一応聞くが今まで何をしていたんだ?」
「テストといえばやっぱり隅っこに書くラクガキだと思うわけですよ!」
「よしわかった。音城至は追試確定だな」

政宗の予想では華那の他に幸村と元親も追試確定だと踏んでいる。クラスで三人も追試が確定すれば、またもや校長に嫌味を言われるかもしれない。想像するだけでげんなりしてきた。この調子だとクリスマスも平穏に過ごせるか非常に危うい。想像しただけで政宗の胃はまたもやキリキリと悲鳴を上げだしたのであった。