伊達先生と英語の時間の遊び方 みなさんは退屈な授業の際、どうやって時間を潰していますか? 時間割で苦痛を感じる時間帯は人それぞれ。だが大抵の人は一時間目、四時間目、六時間目と答え、あとは自分が苦手とする教科のときだと答える。 時刻は六時間目、教科は英語この授業さえ終われば自由を手にすることが出来る。翼を得、学校という狭き檻を出て大空を羽ばたくことが許されるのだ。 ついでに言うと、家に帰って再放送のドラマも見ることが出来よう。いつもはちゃんと録画しているというのに、最終回が放送される今日に限って録画し忘れてしまうとはマヌケにもほどがある。そんなことを考えながら、華那はぼんやりと黒板に増えていく白い文字を眺めていた。 唯でさえ六時間目はだるいというのに、よりによって苦手な教科である英語とは。これでは苦痛も二倍を通り越して三倍だ。 でも中学生の頃はここまで英語が苦手というわけでもなかった。華那がこれほどまでに英語を苦手とするには理由がある。 「じゃあこっからここまで訳してみやがれ!」 英語を教える教師が伊達政宗だから、彼女は英語が嫌いになったのだ。何が悲しくてこの歳の離れた幼馴染から金を払ってまで英語を教わらねばならないのか。別に政宗に払ったわけではないが、考えただけでも腸が煮えくり返る思いだ。しかしそんなつまらない理由で授業をボイコットするわけにはいかない。テストの点が悪い華那は、テスト以外の方法で点数稼ぎをしなくてはいけないからだ。真面目に授業を受けちゃんとノートを提出する。これさえしっかりしておけば多少テストの点が悪くても留年はしないだろう。 と、頭で理解していても、退屈なものは退屈なわけである。 もともと同じ場所にじっとしているのは嫌いなほうだ。誰かにちょっかいをかけようと思っても、みんな政宗が怖いのか真面目に授業を受けている。一部例外もいるが、それでも華那にはつまらない以外の何物でもない。ついに我慢の限界を突破した華那は、静かに暴走し始めた。 シャープペンをくるくると器用に回しながら、華那は途中から真っ白になったノートをじっと見ていた。最初から彼女は政宗が出した問題を解くつもりなどなかったのだ。どうせこの後に待ち受ける展開は答えを発表するというものだろう。教室には三十人を超える生徒がいる。当たる確率はけっこう低い。それに大抵の先生は今日の日付と出席番号に関係する生徒の近くに的を当てている。幸いどちらも華那には遠い番号で、現に今日はまだ一度も先生に当てられていない。 ふと視線をノートから外し、黒板の前で教科書を読む政宗を見た。華那は学校以外の政宗を、昔の政宗を知っている。だから今でも彼が教師という聖職者になったことが信じられずにいた。どちらかというと悪人面に近い顔で、昔はそりゃあ近所でも有名な悪ガキだったのだ。悪ガキ、なんて言えば可愛いもので、実際はただのヤンキーである。なのにどこをどうしてこうなった? 昔の政宗はもっとこう……目つきも悪くって……。 何を思ったのか、華那はノートの隅っこに昔の政宗の顔を描き始めた。普段なかなか使わない頭をフル稼働させて、政宗の昔の顔を思い出そうと躍起になっている。幼馴染といっても年が離れているため、昔からずっと一緒だったというわけではない。そもそも学校も違ったので特にこれといった接点はなかったのだ。 ただ政宗の噂だけは耳にしていた。その噂はすべて「伊達政宗には喧嘩を売るな」という、危なっかしい噂ばかりだった。おまけに噂が噂を呼び、あることないこと沢山でっち上げられていた。 おっ、なんかそれっぽくなってきたんじゃないの? ならここは……こんな感じで……。 意外と似ていることから、調子に乗り始めた華那はシャープペンの動きを更に加速させる。しかしはっきり覚えているわけではないので、ところどころはねつ造が激しい。まず一番違うのは髪型だろう。昔とさほど変わっていないと思うのだが、まあだいたいこんな感じ? というふうに描いているのでとんでもない髪型になってしまっている。 しかし目や口元はかなり似ているため、華那が描いているそれは「昔の政宗の似顔絵」から、「もし政宗がこんな姿をしていたら」という想像画になってしまっていた。そのことに気づいているのかいないのか、華那画伯の手の動きは止まらない。 竹刀も持たせてみようかな。一本じゃ面白くないから六本持たせちゃえ! ……よし、こんなもんかな! 最後に「レッツパーリィ」と言葉を添えて、華那のイラストは完成した。似ているか似ていないかもはやわからないが、自分的に上手にできたほうだと思う。となると次に出てくる欲求は、誰かに見てほしいというものだ。華那はノートを千切り小さく折りたたむと、斜め後ろの元親に渡す。後ろでゴソゴソ音が聞こえてくる。きっと元親が中を確認しているのだろう。華那は素知らぬ顔で黒板に目を向けた。すると今度は元親からメモを渡された。しかし先ほど渡した紙と違う。中を確認すると華那が渡した紙を慶次に渡したと書かれていた。つまりあのイラストが教室中に回り始めたということだ。さすがにこれはちょっと拙い。 もし回し読みしている最中に政宗に見つかったら……。 しかし華那の心配を余所にメモは教室中を渡り歩いていた。そして最後、一周して華那の手元に戻ってきたのは元親に渡してから十分以上経ってからである。政宗にバレることなく自分の手元に戻ってきたことに安堵し、華那は改めて自分が描いたイラストを見直した。 「ぷっ……ぷぷっ……な、なにこれ……!」 しかしそれが拙かった。華那が描いたイラストは大幅に手を加えられていて、もはやそれが華那が描いた絵だとわからないほどである。きっと回している最中にみんなが描き足していったに違いない。 イラストが政宗だとわかる部分は、華那が書いた「レッツパーリィ」だけだ。つまりそれくらい酷いイラストになっていたのである。おふざけがすぎるイラストに耐えかねた華那は笑いを堪えることができず、口元を手で蔽い隠し必死になってこみ上げる笑いを抑え込もうとした。 「この俺様の授業で笑うたァ……いい根性してんじゃねえか音城至!」 「あいたァァ!?」 政宗の容赦ないチョップに華那は悲鳴をあげた。 「Ah? なんだこりゃ……」 政宗が華那から奪い取った白い紙。クラス全員が手を加え原型がわからないくらいふざけたものになった、政宗の元似顔絵である。もはやそれが政宗だとわかる者は少ない。当然、似顔絵本人の政宗にもわかるはずがない。クラスメイト達はそう思っていた。 しかし華那が書いた「レッツパーリィ」という言葉。あれは昔の政宗の口癖のようなものなのだと知る者は、このクラスでは華那のみだった。だからそれがどんなに酷い絵でもレッツパーティと書かれている時点で、例えそれが宇宙人のようでも政宗なのだ。 「音城至……こりゃ何だァ? この人かすらわからねえ絵は、オレか……?」 「い、いや……伊達先生だったはずなんですが、気がつけばこうなってて……」 「オレの授業中にラクガキたァ……。オレを描くならもっとかっこよく描けっつーんだ」 「って論点はそこじゃないでしょうが!」 「まあいい。音城至は罰として放課後一人で掃除しろ。しっかり働けよ?」 「ちょっ、私一人だけ!? 伊達先生をかっこよく描かなかったことがそんなにいけなかったの!? ならもっとかっこよく描くから今日だけは勘弁して! 再放送のドラマが今日最終回なの!」 「却下に決まってんだろ。そんな理由」 華那の中で八つ当たりに近い怒りが生まれたりした英語の授業時間。彼女流の退屈な授業時間の潰し方とは―――その教科の先生で遊ぶことであった。 完 ← |