ホスト連載 | ナノ
わけがわからないよおにいちゃん

すぐ隣では煌びやかな世界が広がっているのに、何故かここ三番テーブルだけ異様に静かであった。華やかさの象徴たるホストはさっきから無言だし、わたしはわたしで一言も喋らずちびちびとお酒を飲んでいる。

こういう場合、ホストから話題を振るのが常識じゃないのか? こちとらこういう場所は初めてで、何をすればいいか全くわからない身なんだぞ! なのにホストの男は偉そうに座ったまま動かない。偉そうに踏ん反り返っている。長い足を鬱陶しそうに組んで、何をするでなくただ隣にいるだけだ。表情は笑顔でなく不機嫌そのもの。なんとまあ威圧的な態度だろう。やっぱり根本的に接客業向いてないんじゃないの?

「……………あのですね、まさむ……じゃなかった、マサ……さん? そろそろ事情を説明する気にならない?」

結局わたしのほうがこの沈黙に耐え切れなくて、話を切り出しちゃったよ。ついいつもの調子で「政宗」って呼びそうになり、慌てて源氏名と思われる「マサ」と言い直す。さすがに呼び捨てにするのは怖かったのでさん付けだ。だっていまのおにいちゃんが相手じゃねぇ……? 呼び捨てにするにはそれなりの度胸がいる。

「……どうやってこの場所を突き止めた?」

あ、よかった。どんな話題にせよ一応答える気になったようだ。内心ホッとしつつ、私はあくまで冷静なフリをしながら口を開く。

「知り合いがバイト先に来てね、ここのこと教えてくれたの。面白そうだったからわたしにも場所を教えてって頼んだのよ。まさかこういうお店だとは知らなかったけど」

半分本当で半分ウソだ。知り合いって言ってもわたしの知り合いではないし、場所を教えて欲しいとは頼んでいないのだから。本当のことを言ってしまえばいいとも思うけど、そうしたらここを教えてくれたあのお姉さんに迷惑がかかっちゃう。おにいちゃんのことだ。あのお姉さんを逆恨みするかもしれない。そうしたらおにいちゃんに熱を入れているお姉さんが可哀想だろう。ここはお姉さんのことだけは秘密にしておく必要があるとみた。

「そしたら「マサ」っていう名前のホストがいるっていうからさ。なんか誰かさんと名前が似てるな、どんな人なんだろう……っていう好奇心で指名してみました」
「してみました、じゃねえだろ!」
「そしたら本人でビックリ!」
「白々しいんだよ! その顔もやめろ、なんか無性に腹が立つ!」

自分がどんな顔をしているかなんて大抵わからないものだ。でもおにいちゃんの怒りっぷりから察するに、相当人を腹立たせる顔をしているのだろう。なによ、そんなに怒ることないじゃない。おにいちゃんがホストをしていると知ったとき、本当に驚いたんだからねわたしは。

「……あ、お酒なくなっちゃった」

再びグラスに口をつけると、中が空っぽだったことに気づいた。さっきからちびちび飲み続けていたせいで、いまになってなくなったらしい。グラスを振っても中身が増えるわけないしな。むぅ……どうしよう。これ以上注文するには懐が寒すぎる。ただでさえこれ、一番安いお酒なのに。わたしの様子に気づいたのか、おにいちゃんが「なんか注文するか?」と声をかけてきた。有難い申し出だけど、懐がね……しつこい?

「そうしたいけどあんまりお金ないもん。こういうとこって普通で飲むより高いんでしょ?」
「まァな……ったく仕様がねえな。オレが奢ってやるから好きなもの頼め」
「ほんと? やったー、ホストに奢ってもらうなんて一生に一度あるかないかだね」

好きなものを頼めってことは、このメニュー表にあるものなんでも頼んでいいってことだよねっ。そう言われるとどれを頼もうか迷っちゃうな。喉も渇いたけど……フルーツも美味しそうなんだもん。そういえばバイト上がってから何も食べていない。思い出したらなんだかお腹も減ってきたぞ。

「すみませーん!」

近くを歩いていた店員に声をかけ、メニュー表を見せる。お腹も減ってきたし喉も渇いているし、ということで目についた食べ物と飲み物を適当に注文した。だがわたしの注文を聞いた途端、おにいちゃんの顔色が急に変わった。ギョッとした顔でわたしを見てくる。店員さんも意外そうに眼を丸くさせて驚いていた。

「お前……自分が何を注文したかわかってんのか?」
「特には……なんか拙かった?」

わたしはただメニュー表を見て、目に入ったものを適当に注文しただけだったんだけど。いや、お酒の種類多すぎてね……よくわからなかったのよ。シャンパンだけでも何種類あるんだこのお店。だから考えることが途中で面倒になって、結局目に付いたものを適当に注文した、というわけである。しかしどうやらそれが拙かったらしい。おにいちゃんの顔がみるみるうちにげんなりとした、どこか信じられないものを見るようなものになってしまった。

「華那が頼んだその酒……市場価格で十万はするcognacだぞ」
「市場価格で十万!?」

予想を超える金額にわたしは目が点になった。いや待て、ってことは、こういうお店で注文した場合もっと高くなるのではないか? だってキャバクラやクラブで飲むと、普通より高いじゃない。あれって色々な値段をお酒の値段に上乗せしているんでしょ? 

現に一緒に頼んだフルーツ盛り合わせも結構な値段だったよ。これ全て高級フルーツ使用しているんですか? って思うくらいには。はっ! そういえば値段を見ていなかったような気がする。だって奢りって言ったからさ! 市場価格で十万。つまり普通に買えば十万はするお酒を、こういうお店で注文した場合どうなるか。なんかえっらい金額を叩き出そうとしているぞ。落ち着けわたしの脳!

「……ま、いいか。どうせマサさんの奢りだし」
「軽いなオイ!」
「ナンバーワンホストなんでしょ? それなりに稼いでいらっしゃるんでしょ? だからあんなマンションに住めるんでしょ!?

「………ったく、酒の味もわからねえガキのくせに」
「煩いな! いいじゃんか別に。これで酒の味がわかるかもしれないよ!」
「酒の味がわかってもろくなことねえぞ?」

そんな普通に返されてもどういう反応をすればいいのか困るじゃない。急に大人らしい発言をするからこっちがビビる。

「ま、ここまで来ちまったモンはしゃあねえか。いいぜ、話してやるよ。何が知りたい?」
「じゃあまず、どうして会社をやめてホストなんかしているの?」

これが一番の疑問だった。会社をやめて(それも将来社長の座が約束されているのにだ!)、ホストに転職しましたって、どう考えてもわからないのだ。そこに至るまでの経緯も、そして結論もさっぱりなのである。

「……会社をやめたのは色々な理由があるが、ホストになったのは纏まった金を手に入れるためだ」
「纏まったお金……? でもマサさんの実家に頼めばすぐにでも」
「それじゃ意味がねえんだよ。オレが自分で稼いだ金じゃないと意味がないんだ」

おにいちゃんの実家は裕福で、彼の言う纏まったお金も出してくれるかもしれない。そう思って言った言葉は最後まで続くことなく、おにいちゃんによって強引に封じ込められた。自分で稼いだお金じゃないと意味がないって……。それはまるで親の力を、伊達家の力を借りない、借りたくないというふうにも聞こえる。ホストになってまで纏まったお金が欲しいなんて、そのお金で何をするつもりなの?

「安心しろ、別に疚しいことがあるんじゃねえよ。ただオレの計画を実行するには、それなりに纏まった金が必要なんだ」
「計画……? 一体何を企んで―――」
「これはまだ教えることはできねえ。例え華那でもな」

つまりおにいちゃんはとある計画を実行しようとしていて、でもその計画にはお金が必要だからホストをしていると。平たく言えば軍資金を集めるためにホスト稼業をしているってこと? でもなんで? そこまで大金が必要な計画って一体何?

再び重い沈黙が訪れる。そう覚悟したとき、先ほど注文していたお酒とフルーツがテーブルへと運ばれてきた。目の前に置かれた色鮮やかで瑞々しいフルーツに目を奪われる。どれもこれも美味しそうだ。するとおにいちゃんは当たり前のようにお酒をわたしのグラスへと注いでくれた。さすがホスト、手馴れている。おにいちゃんも飲むようで自分のグラスへも注いでいった。するとグラスを少し持ち上げ、

「Cheers!」
「……あ、ああ「乾杯」ね。か、かんぱーい!」

英語で言うものだから意味を理解するのに数秒かかってしまった。慌ててわたしもグラスを持ち上げる。グラス同志がぶつかると綺麗な音を鳴らし、コニャックがゆらゆらと揺れ動いた。初めて飲んだ高いお酒はただ苦くて、喉が焼けるように熱くなっただけだった。

続 BACK
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -