ホスト連載 | ナノ
初体験だよおにいちゃん

「いらっしゃいませー!」

お店の中は外よりもずっと華やかだった。華やかなのは店内の装飾だけではない。ここで働く男性や女性客も皆どこか華やかで、初めてこういう世界に足を踏み入れたわたしは度肝を抜かれた。女性も男性によく見られたいのか、みんなが気合の入ったメイクをしている。服もわたしがいま着ているようなバイト帰りみたいなものでなく、ドレスの人や余所行きの格好の人ばかりである。全身でいくらかかってんだ?

「いらっしゃいませ、一名様ですか?」
「え……あれ?」

店員さんに声をかけられ、わたしは辺りを見回した。さっきまでおねえさんと一緒にいたから、「一名様ですか?」なんて訊かれるとは思ってもいなかったからだ。一緒に来て「一名様ですか?」なんて訊かない。

「―――あ!」

おねえさんは既にお店の奥へと案内されていた。は、早い! 今まで経験したことがないような場所に独り残されてどうしろと言うのだ。というか今の今までこれからどうするか考えていなかったことに気づいた。勢いとノリでお店に乗り込んでみたけど、ほんとこれからどうしよう。

おねえさんが言うにはおにいちゃんはここで働いているらしいけど、こんなに人がいるんじゃ捜すに捜せないし……。お客さんとして紛れて、こっそりおにいちゃんの様子を捜すっていう手もあるけれど……。ホストクラブって高い……よね? こんな寒い懐で大丈夫かな?

「……如何されましたか?」
「い、いいえ! ……こういうとこ初めてで、どうすればいいかわからなくて」
「ああ、そうでしたか」

店員さんの優しい笑顔につられて、ついわたしも笑ってしまった。こういう場合変に言い訳するより、初めてでわかりませんと言ったほうが良い。そのほうが店員さんも「初めてのお客」として扱ってくれるから、システムなどを色々と説明してくれたりするだろう。

「ではまずお席にご案内しますね。こちらへどうぞ」
「あ、はい……」

ひゃー、今になって緊張してきた。だって華那は大人の階段をまた一歩踏み出したのですよ! こんなところ一生縁がないと思っていたのに、人生ってほんとわからないものだ。もしハマっちゃったらどうしよう。こういうお店って高いって聞くし、本気でのめりこんだら負けだ。大丈夫、私はおにいちゃんがいるか確認に来ただけだもの。こうやって暗示をかけ続けていないと、自分を見失いそうになりそうで怖い。

田舎者みたいに案内されている最中も店内をキョロキョロと見回していく。さすがホストクラブ、みんなかっこいい人ばっかりだ。お洒落なスーツも似合っている。なんだか急に自分が酷くお子様に思えてきた……。だってみんな大人っぽいんだもん、なんとなく。

「あの、このお店に「マサ」っていう人、いますか?」
「マサですか? ええ、いますよ。うちのナンバーワンホストです。お客様もマサをご指名ですか?」

……ナンバーワンホストォ!? おにいちゃんが!? いやでも納得だわ……。何事に関しても全力で、ついでに一番を取りたがるおにいちゃんの性格を考えればね。それにあの外見だし。

「そうなんです。マサを指名……できますか?」
「そうですね。かなり指名が入っておりますので本来なら常連様優先なんですが……。当店に初めてお越しくださった可愛らしいお客様に特別サービスということで、少々お時間がかかりますが頑張ってみましょうか?」
「あ、ありがとうございますっ!」

なんて良い店員さんなんだこの人……! おもわず尊敬の眼差しを店員さんの背中に向けてしまったじゃないか。なんでだろう、貴方が輝いて見えちゃいます。後光が差しているようですわ。

「ではこちらでお座りになってお待ちくださいね。マサが来るまで代わりの者をよこしますのでご安心ください。お飲み物は如何なさいますか?」
「えーと、一番安いお酒ください……」

なんか急に情けない気持ちになった。わかっていたけれど、懐が寒いって自覚していたけどさ! こんなに親切にしてくれた店員さんに申し訳ないじゃん。ここは少し高いお酒を注文する場面でしょー!? ごめんなさい、突然来てしまったものだから持ち合わせが少ないんです。去っていく店員さんの背中を眺めながら、わたしの静かなる戦いのゴングがいま高らかに鳴ったのであった―――。

***

「―――マサ、ちょっといいかい?」
「Ah? なんだよ店長」
「急で悪いんだけど、今からちょっと入って欲しいテーブルがあるんだ」

常連客という名の金ズルを相手にしていたときだ。申し訳なさそうに眉を下げている店長がこう言った。いまオレが相手にしている客に聞こえないよう、声を小さくすることは忘れていない。

「相手は?」
「うちに初めて……というかこういうお店自体が初めてっていう、可愛らしいお客様だよ」

こういう店自体が初めて……ということはあまり儲けにならねえ客だな。初めてっつー客はこういう店での遊び方、金の使い方を知らねえ奴がほとんどだ。客はどうするかわからねえから財布の紐を硬くしているし、店は店で初回料金ってことでチャージ料も格安になっている。正直なところ儲けなんてほとんどないに等しい。なら常連客の相手をしていたほうが金になるってもんだ。

「悪いがnoだな。金にならねえだろ」
「そう言うと思ったよ。でも今回は店長権限を使ってでも入ってもらうからね」
「……なんで今回に限ってンなこと言うんだ?」

普段から温厚な店長が店長権限を使ってでもと言うあたり、間違いなく本気で入らせる気だろう。この権限を使われたら従業員は逆らえない(クビになりたくなかったら話は別だが)。オレもまだクビにはなりたくないので、渋々引き受けることにした。

「ありがとう。お客様は三番テーブルだよ」
「わーったよ……。悪ィな、ちょっと抜けるわ」
「えー! なんでー? 行かないでよマサ〜」

女が気持ち悪いほどの猫撫で声でオレを引き止めようとする。本音を言えば「気持ち悪ィ」の一言だ。別に興味もない女にそんな声をだされても嬉しくもなんともねえ。まぁ……華那なら聴いてやってもいいがな。だが本心を客に言うことはできねえし、態度にだって表しちゃいけねえ。ここで重要なのは「また」来店させるよう促すことだ。

「悪ィな……だが、また会えるだろ?」

女の顎をひょいと掴むと、強引に自分のほうへと引き寄せる。至近距離で見つめるだけで、大抵の女はオレの魅力に魅了されるってもんだ。

「………ええ、また来るわ。必ず」

ほらな、こいつもその他大勢の女と変わりゃしねえ。女の熱い視線を背中に受けつつ、オレは席を立つと三番テーブルに向かった。だが解せねえな。なんで店長はあそこまで強引に行けっつったんだ? 普段ならオレは新規客の相手なんかしない。店長もわかっているのでオレに頼むような真似をしねえはずだ。店長権限まで使わせるなんて……一体どんな客が来てんだ? ま、ロクな客じゃねえだろうな。どうせ強引にオレを呼べって喚き散らしたってところだろ。

「―――すまない、待たせたな」

厄介な客と思われる女の背中に声をかける。すると女はピクッと肩を小さく震わせた。しかし女は振り向かない。オレの声は聞こえたはずだ。なんだこいつ?

「……姿を見なくてもこの声を聞いて核心した。マサってやっぱりアンタだったんだ」
「What?」

何言ってんだこいつ。気味悪ィな。店長もなんつー客の相手をさせようとしてんだよ。

「―――こんなところで一体なァにやっているのかしら、おにいちゃん?」

女はゆっくりオレのほうへ振り向いた。

「……………」

にっこりと満面の笑みを浮かべている女と目が合った。めちゃくちゃ機嫌が良いと思われるような笑顔を浮かべていやがる。だがな、背景に「ゴゴゴゴゴ……!」っつー文字が見えるようだぜ。お前いまめちゃくちゃ怒ってんだろ。ンな笑顔浮かべているが、本心は怒り狂ってんだろ!? そのgapが見る者全てに恐怖を植えつけているって気づいてんのか!?

「どうしたのかしらおにちゃん。さっきから呻き声みたいな声あげちゃって。あら、乾いた笑い声が聞こえるわァ」

普段から「おにいちゃん」って言うなって言ってんだろ。確かに長年「おにいちゃん」って呼んでいたから、今更癖を直せっていうのは難しいかもしれねえ。だがな、仮にも男女の仲になったんだぜ。惚れた女に「お兄ちゃん」なんて呼ばれてみろ。その手の趣味がある野郎は別だが、オレはちっとも嬉しくねえんだよ。むしろ哀しくなるんだよ萎えるんだよ。

「ねえおにいちゃん。いつになったらわたしの質問に答えてくれるのかしら? ここで何やってるの?」

何やってるのかだと? そりゃこっちのセリフだ!

「……お前こそここで何してんだよ。つかなんでここにいるんだよ!?」

なんでお前がここにいるんだよ、華那!?

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