ホスト連載 | ナノ
プロポーズですかおにいちゃん?

やらなきゃいけないと思いつつも、つい後回しにしてしまうっていう経験が、これを読んでくれている人達にはあるだろうか? やろうと思っていても他のことに手一杯で、ついつい後回しにしちゃって結局そのまま忘れてしまった。やろうと思いつつも急ぐようなことじゃないから後でいいや。そのようなことを毎日思いながらも、結局はいつまでたっても実行に移せない。原因は色々あると思われるが根本は、「今すぐにやらなくてもいい」と思ってしまうことにあると思うのだ。

わたしだってそう。どうでもいいとき、心に余裕があるときに限って「やらなくちゃ」と思う。でもいざやろうとしたとき、目の前には先にやるべきことができてしまっている。優先順位を考えるとやらなくちゃと思っていたことは、「別に今じゃなくてもいいや」と思ってしまうことが多かった。結果としてズルズル、いつまでたってもできないまま終わってしまう。何が言いたいかっていうと、要は「やらなくちゃ」と思ったときにやれということである。

***

わたしが最初に「それ」に気づいたのは、今から約一ヶ月前にまで遡る。放課後いつものようにバイトに勤しんでいたときだ。このメイドみたいな制服にもだいぶ慣れ、気恥ずかしさが抜けきろうとしていた。たまに店長の趣味が災いしてとんでもない制服を作ろうとするときがあるが、昔とは違い今だと冷静に意見を言えるようになるまで成長していた。

例えばここのレースにはこの番号のものを使ってとか、ここにちょっとしたアクセントを入れましょうよ……みたいな? 別に店長のように少女趣味っていうわけではないが、やはりわたしも一応女の子なので可愛らしい服は好きなのだ。

「そうネ、こっちのデザインよりこっちのほうが素敵ネ。さすが華那ちゃん、いつも的確なアドバイスをくれるから助かるワ〜」
「いえそんなァ。わたしなんて店長の足元にも及びませんってば〜」
「そんなことないわヨ。あ、そうだ。華那ちゃん、今何時?」
「今ですか? えーと………あれ?」

店長に時間を訊かれ腕時計に目を落とす。しかし腕時計の調子が悪いのか、上手く動いていないことに気づいた。短針はともかく、長針がピクピクと同じところを行ったり来たり。さっきからずっとこの調子で、一向に時間が進まないのである。

「どうしたの?」
「いえ、時計の調子が悪いみたいで……おっかしいなァ」

意味もなく左腕をブンブン揺さぶってみるが、そんなことをしても時計の調子が戻るはずもない。長針も進もうと努力しないで、いっそのことピタッて止まってくれればいいのに。そうしたら潔く新しい時計を買おうって諦めることができるのに、これじゃあまだ使えるかも? って思っちゃうじゃない。

「まァ、大丈夫? なんならアタシのお古でよければあげるわヨ?」
「いえ、大丈夫です。今度の休みにでも新しいやつ買いますんで。わざわざすみません」

ま、当然のことながら今度の休みにわたしが腕時計を買うことはなかった。だって次見たら普通に動いていたんだもん。次の休みの日になっても時計は普通に時間を刻んでいて、これならまだ使えるしまた今度でいいかなって思っちゃうってもんじゃない? お金も浮くしね。休みがくるたびにまた今度、また今度……としていくうちに、早いもので一ヶ月近くが経過してしまった。

***

「悪いわね華那ちゃん。定休日だっていうのに買出しに付き合ってもらっちゃって。
……どうしたの、今日はやけにご機嫌ネ」
「えへへ、わかっちゃいます? 実はこのあと彼氏と一ヶ月ぶりのデートなんですよー」

今日はわたしとおにいちゃんのお休みが重なった、とっても珍しい日だった。折角だからデートでもするかと、おにいちゃんからデートのお誘いメールがきたとき、実は内心で小躍りしてしまいました。それくらい嬉しかったんだよ。ここ最近おにいちゃんの仕事が忙しくって、なかなかお互いの休みが重なることなんてなかったから。

デートの約束の時間は二時。でも家でじっとしてなんていられなくて、待ち合わせ時間よりだいぶ早い十一時には家を飛び出してしまっていた。家でじっとしながら時間が経つのを待つより、外でブラブラしながら待つほうが気分的には軽い。

でも待ち合わせの時間が頭にちらついて、全くといっていいほどウィンドウショッピングに集中できなかった。そんなとき材料の買出しに来ていた店長とバッタリ会ったのだ。待ち合わせの時間まではあと一時間もあったので、わたしは買出しの手伝いを申し出たのである。

「ふー、もう助かっちゃったワ。調子に乗って買いすぎちゃったのよネ」
「いーえ、店長こそ凄いですね。いつもこれくらい買っているんですか?」

お店のバックヤードに荷物を置いて、普段は賑わいを見せているカウンターでお互い一息つく。店長が淹れてくれたお茶を頂いた。……やっぱり店長が淹れたお茶って美味しい。

「ところで待ち合わせの時間大丈夫? あんまり彼氏を待たせちゃ駄目ヨ」
「大丈夫ですよ。待ち合わせの時間は二時ですもん。まだ一時半ですし、ここから待ち合わせの場所まで三十分もかかりませんよ」

腕時計を店長に見せながらニカッと笑う。しかしそんなわたしとは対照的に、店長の表情が見る見るうちに青ざめていった。わなわなと震えている。

「………華那ちゃん、今は一時半じゃないワ。今は……三時半ヨ」
「はひ!?」

で、でもわたしの腕時計は一時半を示して……ってまさかこれ止まってた!? 慌ててお店にある壁時計に目をやると、残酷にも時計の針は店長の言うとおり三時半を示していた。今の時点で一時間半の遅刻は確定済みだ。

拙い、ひっじょーに拙い。ただでさえおにいちゃんは待たされることを嫌う。人を待たすことは良しとしても、人に待たされることは良しとしないのである。なんつー傍迷惑な人種だ。一秒でも遅れただけで文句を言われるのに、これが一時間半となるとどうなるか……想像したくない。嗚呼恐ろしや。

「と、とにかく急いで待ち合わせ場所に行きなさい! アタシが無理やり手伝わせていたって言っちゃって構わないからネ!」
「す、すみません店長!」

ほんの一分前まではとても楽しみにしていたデートだが、今の心情は全くの真逆である。できることならこのまま逃亡したいと思うわたしはイケナイ子なのでしょうか……? どうかおにいちゃんが怒っていませんように! ……ってそれは無理か。願っておいてなんだがそう思ってしまった。

***

「What are you late!?」
「ヒィ! すみませんでしたァァアアア!」

もしかしたら待ち合わせ場所にいないかも、なんて思っちゃったりしたけれど、おにいちゃんはちゃんと待ち合わせ場所にいてくれた。一時間半も待っていてくれたことに感動と罪悪感を覚える。しかしわたしの姿を見るなりおにいちゃんは怒鳴り声をあげ、わたしは反射的に土下座するのかっていう勢いで謝った。とてもじゃないがこれからデートしようという甘い空気は、微塵もなかったことだけは確かである。

「待ち合わせ時間より早く着いちゃってさ、暇だなってときにバイト先の店長と会って……。お店のお手伝いしていたらこんな時間でした」
「何度もケータイに電話しても出やしねえし、Mallも来ねえし……心配しただろうが」

おにいちゃんの怖いくらい真剣な表情に胸が痛くなった。その言葉どおり、本当に心配してくれていたんだとわかってしまったからである。こんなときに不謹慎だと思うけど、実はかなり嬉しい。

「まだ一時半だって思っちゃったばっかりに……本当にごめんなさい」
「まだってどういうことだ?」

おにいちゃんに腕時計が壊れていることを説明すると、さっきまでの怖い表情を引っ込め呆れた表情をされてしまった。しかし否定することもできず、わたしは甘んじておにいちゃんの人を馬鹿にするような視線を受け止める。確かにまた今度でいいやってそのまま放置していたわたしに非があるのだ。

「……ならさっさと新しいやつ買えよ」
「買えよって簡単に言わないでよ。時計って安物でもそれなりの値段するんだから」

学生に数万円ほどすぐ払えるかって訊かれれば、答えは当然ノーである。いくらバイトでお小遣いを稼いでいるからといっても、それなりに貯金しないと時計なんてものは買えないのだ。

「………しゃあねえな。ならこれでもつけとくか?」

言うなりおにいちゃんは自分がしていた腕時計を外し、躊躇いもなく私の左腕に巻きつけていく。金属のベルトではなく革のベルトのものだった。デザインも男物にしてはあまりごつくなくシンプルな造りである。スカートには似合わなくても、ジーンズのようなカジュアルな服装ならよく似合うだろう。

「え、どゆこと? まさかこれ……くれるの?」
「オレのお古でよければだがな。時計ならまだ沢山持ってるし」
「………お店のお客がくれるから?」

じと目でおにいちゃんを睨みつけると、おにいちゃんは一歩後ろへたじろいだ。

「なんつー目で見てんだよ……。言っておくがこういう物を貰っても売り上げにならねえから、オレはあまりもらわねえようにしてんだ。そんな物を買う金があるなら、店で高い酒を飲んでくれたほうがありがてえ」
「じゃあこれっておにいちゃんが買ったもの?」
「Yes なんだよ、文句あるのか? 文句があるなら返せ、今すぐ返しやがれ」
「文句なんてないよー。あり難く頂戴いたします」

腕時計を耳に近づけると、カチカチと時間を刻む音が聞こえた。なんでだろう、おにいちゃんがくれた時計だからかな。この時間を刻む音すらも愛おしく思えてくる。結構おにいちゃんから色々貰うことがあるけど、こういうおにいちゃんが使っていた物を貰うのは初めてだった。なんかいいよねこういうの。好きな人が使っていたものを貰えるってなんだか幸せだ。その人がいかに大切に使っていたのか、その人がいかに愛着を持っていたのか……伝わってくる。

「この腕時計をつけていると安心する……。政宗がいつも傍にいてくれいるみたいでさ、なんかいいよね」
「華那、おまっ………! お前って本当、たまに素でcuteなこと言うよな」

***

「アラ、華那ちゃん。新しい時計買ったの?」
「いいえ、彼氏が使っていた腕時計を貰っちゃいました」
「そういえば知ってる? 男性が女性に時計をプレゼントするのってネ、なんでも指輪をプレゼントするのと同じ意味を含んでいるそうヨ」
「………え?」

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