頂き物(小説) | ナノ

恭夜さまから

最初、一番最初に思った事は『不思議な奴』という只一言だけ。そのことに一度だって疑問に感じた覚えはない。現段階でもそう思って居るのだから、当然といえば当然である。

よく晴れた日、休憩時間に一服しようと自室に向かっている途中、縁側に座りボーっと眺めている姿を見つけるとその考えが強くなる。何をするわけでもなく、ただ空を眺めているだけの彼女。その姿に馬鹿だとか変な奴だとかではなく……何故か『不思議な奴』という認識。

「何してんだ、音城至」
「空を、見ています」

毎回同じ様な質問をしても、華那はそう返答するだけ。何かを見つけたから、何かを思ったから、という、理由とか言い訳とか、そんなことを云わず、ただそう返すのみ。静かに近寄り右隣に腰を降ろしても、華那はこちらを見ることなくずっと空を仰いでいた。煙草を取り出し火を付けても文句を云わない。ただ、ゆっくり流れる時間の中、飽きもせず見ている。

華那がここ真選組に来てからもう三年が経つ。上司である松平の紹介で入った彼女は、年の割には落ち着き払っており、理解力も高く直ぐにこの職場へと溶け込めていた。剣術も親父から習ったとかでそれなりに筋がよく、教育指導である俺でも上達の速さに感嘆したほどだ。容姿も良いことから真選組の紅一点とまで言われている。俺としては仕事を確りこなしてくれることが何よりも救いに感じた。

そんな華那が、たまに見せるその姿。それは雨の日や曇りの日でも行っている。華那はどんな日でも此処にこうして座っている。別に仕事をこなしているのだからアレぐらいで文句を云うつもりは一切ないが……その姿を見るたびに、放って置けなくなる。故に俺はこうして毎回話し掛け、少しの間同じように空を眺めることが多くなったのは確かだ。そしてそれが嫌だとも思った事もなかった。

ある日、調査中だった攘夷浪士の連中に動きがあった。過激派である高杉率いる鬼兵隊ほど危険では無いが、小さな火種も早めに消した方がいい。近藤さんとの相談の結果、その攘夷浪士を捕らえる方針に決まった。その作戦に俺や総悟は勿論、華那も入っていた。

「全く……ご苦労な連中だ」

現場へと到着してから三十分は経過した頃、ポツリとそんな言葉が漏れていた。街外れに立つ廃墟ビル。数年前から使われなくなり、未だ撤去工事すら行われていないその場所は、確かに溜まり場にはもってこいの場所だ。深夜の静まり返った空間に佇むビルの姿は遠くから見ても不気味だとさえ思える。そんなビル内へと辺りを警戒しながら数人の攘夷浪士が入っていくのを捉えていた。目配せをし、静かに且つ素早く建物に近付く。

先行隊として付いてきたのは総悟に華那の二人のみ。二人とも神経を研ぎ澄ませ辺りを警戒していた。鞘から刀を抜き構えの姿勢を取ると一気に中へ入り、瞬間、声を張り上げた。

「真選組だ!!御用改めである!!」
「な、なに!?真選組が何故此処に……!!?」
「やるんなら、もう少し頭捻って動いた方がいいですぜ」
「今この場で捕獲させていただきます」
「抵抗する奴には、容赦はしねえ」

これだけの脅しの台詞をしてもやはり引く気は現れないらしく、連中は自分の腰に差していた刀に手を掛け始める。その様子に小さな溜息をついたが再度連中を見据え、握る刀に力を込めた。瞬間、目の前にいた一人が俺に斬りかかった事が開始の合図だったかのように周り全体が動き始めた。

互いの刀と刀が激しくぶつかり合い、暗闇の中火花を散らす。次々に襲いかかってくる敵を一つ一つ的確に潰していくのは容易ではないが、それ程まで苦では無かった。鳴り響く金属音の中、悲鳴や呻き声も少しず交ざり合い、振るう刃は少しずつ紅に染まっていく。刀の構えを解いた時には、立っている人物は俺を含めた総悟と華那の三人しかいなかった。

「あっけない幕切れだな」

地に伏す連中にそう吐き捨てる。殆んどの連中は気絶しており、苦痛の声を上げる者も動ける状態ではない。抵抗意識を感じられなくなった今、華那が張り巡らせていた緊張の糸が切れていた事は、事実だった。

唐突に、警告のように胸の鼓動がドクリと大きく波打った時、華那の背後で銃を構えている男が視界に入った。身体はいつの間にか駆け出し華那を横に突き飛ばし、刹那―――…

「っ……!!」

銃声音と同時に右肩に強い痛みが走った。歯を食いしばり痛みや衝動に耐えながら尚も駆け銃を構える男を刀の鞘で思いっきり殴り地面に叩き付ける。呻き声をあげることさえないまま男は動かなくなり、持っていた銃も手から離れていた。

「土方さん…!!」
「何ともねえ。それより、他の連中を呼んで来い」
「ですが「隊長命令だ」」
「………わかり、ました」

背を向けて話す俺の言葉に、震える声を必死で抑えながら華那は、了解の返事をしたあと走って出口へと向かって行く。遠く見えるその後ろ姿を静かに見つめていれば、残っていた総悟が小さな溜息をついているのが聞こえていた。

そんな出来事があった、その次の日。

今日もまた良く晴れた空の下、いつもの様に、休憩時に一服しようといつもの通路を歩いていれば、やはり華那はいた。静かにただ空を眺めている、それだけの光景。静かに近付き右隣に座っても、反応は示さない。いつもと同じ景色。いつもと同じ時間。ただ、一つ違うのは……俺自身。

「今日は、煙草を吸わないんですか?」
「ああ。生憎、利き腕じゃねぇとライターも満足に使えねえからな」
「……ごめんなさい」

弱々しく、消えてしまいそうなほど小さく発せられた声。空へと注いでいた視線をゆっくりと華那に向ければ、俯き涙を流している横顔が其処にはあった。華那が涙を流す理由はわかっていた。右肩に巻かれた包帯。それが彼女の謝罪の理由だった。

傷はそれほど重傷ではなく、全治一週間程度のものだった。だが、華那は自分の不注意のせいで怪我をさせてしまったという気持ちでいる。自分を責め立てている。

「音城至、謝る必要なんてねえだろ。お前を守りたかった、それだけで充分なんだよ」

それでも…。

小さく呟く言葉の後は続かなかった。いや、続けなかったんだ。俺が謝って欲しいと思っていないと気付いたから。そんな華那の頭の上にそっと左手を乗せる。未だ泣き続ける華那の嗚咽が聞こえる中、俺はいつもの、蒼く広がる晴れやかな空を静かに眺めていた。

END