頂き物(小説) | ナノ

恭夜さまから

夜の世界と云うのは、昼間とはまるっきり違った世界だ。昼の賑やかさをそのまま受け継いでいるにも関わらず、漂う雰囲気はガラリと変わる。陽気な明るさを持つ昼間とは反対の陰気な雰囲気の中に華やかさを持つ店が多いからだろう。街路を歩くその道は色とりどりのネオンの光によって照らされ、先行く暗闇等の恐怖を感じさせない。その道歩く者の足取りは、別の意味で浮足立ち街中を彷徨わせる。それはまるで、全ての苦悩から解放された瞬間の幸せに満ちた感覚。毎日繰り広げられるその光景は、やはり別世界であると認識させられる。

此処に来れば、今日一日で起きた嫌な出来事も、全てを清算させてくれる天国とも云われる、女性にとって尤も最高の居場所、『高天原』の店内で、オレは地獄へと突き落とされていた。

「何でまたオレ達がホストなんてやんなきゃなんねぇだよ!!?」
「お、落ち着いて下さい土方さん…!」

店内に響く程の大声で叫ぶオレに、隣に居た眼鏡こと新八は必死にオレを宥めていた。しかし、この状況下で落ち着けと云われても難しい話しである。

「そうですぜTOSHI。タダ酒飲めると思えばいいじゃないですか?」
「誰がTOSHIだ!!つうかお前何もうやる気満々なわけ!?ホント此処に転職した方がいいんじゃねぇの?あり得ないぐらいハマってて逆にウザいぐらい天職だよ本当…!!」

約一名、同じ状況下でありながら落ち着いた奴はいたが。オレの嫌みにも何のその、総悟は渡された前回と同様のスーツをあっさり着こなすと、店内に設けられている長椅子へと腰を降ろして、無造作に足を組んでいた。いつも通りふざけ半分でやっているにも関わらず、その格好・動作が一々決まっている姿を見ると、何だかムカつく話しだ。

「ま、精々オレの足を引っ張らないようにな、TOSHI」
「万事屋、てめぇがTOSHIって呼ぶんじゃねぇ!!そもそも何でお前らまで此処に居んんだよ」
「そりゃお前、オレ此処のナンバーワンだし?呼ばれて当然だろ。まあ安心しろや。お前オレのヘルプにつかせてやっから」
「ふざけんな!!誰がてめぇのヘルプに付くか、たたっ斬るぞっ!!」

そんな総悟の隣にこれまた堂々とした態度で座っている、更にムカつきを増幅させる野郎の台詞に今度こそ怒鳴りつけていた。あまりのムカつきさに殴り掛りたい衝動を必死で抑え込んだ自分を褒めてやりたい。それ程までに野郎の態度は気に食わなかった。

「大体、何で従業員が一斉に風邪引くんだよ。完全に陰謀が渦巻いてるだろ、どっかのライバル店が此処潰しに掛ってんだろ」
「いえ、それはないでしょう。何せ全員インフルエンザですから。お客から頂いたメンバーが他のメンバーに移した可能性が高いですし。それに内のライバルは自分自身とですから」
「何爽やかに格好良い台詞吐いて誤魔化してんの?今営業スタイルとられても誰もよろこばねぇよ。それじゃオレは流石に落ちねぇよ」

周りに何やら輝かしい光を出しながら事もなげに云う店長に間髪入れずそう云っていた。どうやら、此処の従業員の連中数名が欠員になってしまい、店が開けない状態になっていた所に、丁度オレ達が見回りに此処を通ったのが運の尽きだったらしい。過去にも経験があるオレ達に代わりとして今日一日出て欲しいということだ。何も無理してやらずに休業しとけよと云ったのだが、今日は団体客が来るため、休むに休めない状態なのだという。

はっきり云って、こんなこと前回の件でもう勘弁してほしいと思っていた。何故見知らぬ相手に笑顔や歯の浮くような台詞
を云って機嫌取りをしなくてはならないのだ。下手したら調子こいて恋人になれたといって付きまとわれるかもしれないというのに。しかし、店長は引く気が無いらしく、深々とお辞儀をしながら「お願いしますっ!!」と懇願する始末。そんな態度をされたら流石に良心が痛むわけで、仕方なく承諾したのが約一時間前…。今まさに、その承諾を後悔する羽目になるとは誰が予想できただろうか?

「GINさんって、本当面白い方ですね」
「いやいや。オレからしてみれば、音城至の方が十分魅力的だと思うって」

その言葉に一瞬驚いた表情をしたかと思えば、彼女は恥ずかしそうに笑っていた。それはもう、可愛らしいと思えるぐらい。持っていたグラスにヒビが入ったが、そんなこと気にしていられないほど、オレは焦りと怒りに満ちていた。

(なんで、よりにも寄って音城至が此処にいんだっ…!?)

その視線の先、自分とは違うテーブルに座っているのは、間違いなく自分の知っている人物だ。見間違いであって欲しいと思うも、生憎オレの眼は彼女を見間違うほど愚かな眼ではないらしい。自分の眼をこの時ほどまで憎たらしいと思ったことはない。確かに、店長が云った通り約束の時間通りに団体客が来店した。仕事への承諾をしたのだから、手抜かりなく確りと仕事を完遂させようと、慣れない笑顔で客を出迎えるまでは良かった。何人かの女性に名前はと聞かれたので、この仕事場での名TOSHIと名乗ることも確りやっていた。これで指名されるのだろうなと若干げんなりしていたが、もう此処は腹を括るしかしないと覚悟を決めた丁度その時。最後に入店した客に数秒間、驚き固まって総悟に小突かれるまで動けなかった。真選組の仕事仲間であり、オレの直属の部下でもある音城至の姿を見れば、驚くのも無理はないと思うのだが。

(大体、アイツはこんな所に来るような奴じゃない筈だぞ)

恥ずかしそうに笑っている音城至の姿は、他の連中と比べるとやはり一人だけ違うことが分かる。特に自分の隣にいる女性などまるで正反対の位置にいるような感じだ。隣の女からこれが知り合い同士で集まった女子会だと云われなければ、一体どういう関連で此処に来たのか、わからなかったぐらいである。

「ねえ、TOSHIって本当にイケメンね〜」
「そ、そうか?そういうアンタも結構…綺麗だと思うぜ?」
「やだ、綺麗だなんて超嬉しいんですけど〜!!」

褒められたことがそんなに嬉しかったのか、急にテンションを上げた女はそのまま甘えるようにオレの腕へとしがみ付いた。近付いたことにより、アルコールの匂いがより強くなり、思わず眉間に皺を寄せてしまう。しかし女はそんなことに気付くことなく空のグラスを高々と掲げながら「ドンペリもう一本!!」と叫んでいた。

「あたし、TOSHIのこと気に入っちゃったぁ〜」

オレからしてみればかなりドキツイ厚化粧をした女が、酒に酔った為に出来る上気した頬とうっとりしている瞳でオレを見上げてくる。思わず、口元が引き攣ったのを感じた。

(やっぱり、違いすぎるだろ)

酒が来るまでの間、抱きついた腕から離れるつもりはないらしい女に内心溜息が洩れる。上品さから掛け離れているとさえ思える女と音城至を、比べる時点がそもそも間違いだ。不意に、また音城至のいるテーブルへと視線を動かし眺めた時、あることに気付いた。未だ上品に笑う音城至の表情は、いつもと変わらない落ち着いたまま。通常より暗い店内であるが、それでも顔色に変化が見られなかったのだ。彼女の目の前に置かれているグラスには、確りと酒が入っているにも関わらず、それに一口も口にしていない。彼女は酒が飲めない、というわけでもない筈だ。オレと一緒に酒を飲みに行った時には、いつもの上品さからは想像できない程の酒豪で圧巻させたぐらいなのに。もしかしたら…という淡い期待を抱いていても、彼女はやはり一切此方を向くことはなく、知らずまた小さな溜息が洩れていた。本当は、彼女のいるテーブルに付きたいと思っていた。だが、何故か彼女のテーブルはどれだけ待っても『オレを指名しない』のだ。万事屋、総悟は勿論、此処の本来の従業員を指名することがあっても、決してオレを指名することがない。まるで、オレの存在だけ知らないかのように…。

「随分と、機嫌悪いんじゃねぇの? TOSHIさんよ」

耳元から聞こえた声に驚き振り返れば、いつの間にか万事屋が立っていた。頭を掻きながら、何だか呆れたような表情を浮かべて。その視線の先には、先程まで奴自身がいたテーブル、氷雨の方へと向けられたまま。

「…るせぇな。テメェはさぼってないで仕事しろ」
「本当、お前って口が悪いし素直じゃないな。そんなんだから、アイツも気ィ使うんだよ」
「…あ?アイツって誰だよ」
「さあな。知っててもお前には教えないわな」

それはもう、挑発的な笑みとさえ思えた。あまりのムカつき具合にいっそその顔面に拳でもめり込ませてやろうかと思うほどだ。だが、理性で何とかそれを抑え、かわりと最後の抵抗に睨みつけるだけに押し留めた。しかし、そんなもので動じる相手ではなく、あっさりとその視線を掻い潜るとこの場を後にし、違うテーブルへと入って行く。数秒の沈黙を経た後、行き場を失った苛立ちや虚しさを紛らわせようと、注がれていた酒を一気に煽った。

+ + + + +

やっと解放されたのは、朝の六時近かった。もう二度とこんなことするかと心中で無駄かもしれない誓いをしながら店を出れば、眩しい朝日に眼を自然細めていた。この後帰宅したとしても、睡眠時間無く直ぐに仕事だと考えるとそれだけで憂鬱だ。最悪、昼休憩か近藤さんに事情を説明して睡眠を確保するしかない。

「お疲れ様です、土方さん」

さて、これからどうするかなと頭の中で色々思案している最中、名を呼ばれ思わず足を止めていた。声の聞こえた正面へと顔を上げると、其処には閉店時間までいた筈の音城至がいた。オレの顔がよほど面白かったのか、それはもう楽しそうに無邪気な笑みを浮かべながら、朝日に包まれる中、佇んでいた。

「お前…」
「朝の勤務、ご苦労様です。ですが仕事熱心も良いですけど、ちゃんと休まないと駄目ですよ?」

局長には云っておきましたから、今日はお昼までゆっくり休んでくださいね。
そう笑顔で云った彼女の姿に、知らず、頬が緩んでいた。


静かになった店内に残っていた銀時は、店長である狂死郎に許可を貰って酒瓶に余っていた酒をグラスへと注ぎ一人煽っていた。閉店の為、照明は極力控え、今や銀時が座るテーブルの上しか点いていない。

「…あーあ。あんなこと云われたら、誰も手を出せねぇっての」
「旦那、何独り言云ってるんですかィ?」

その姿を目にした総悟は知らず訪ねていた。まだ帰っていなかったのかと内心銀時は思うものの、それを口に出さない。ただひらひらと手を振りながら軽い口調で云う。

「ん?ああ、気にしなくて良いの。オレの愚痴だから」

その姿により一層不思議がる彼に、銀時はただ小さく笑ってまた酒を煽る。高い酒だけあってその味は上手い。何本か家に持って帰りたいほどだ。家で良い酒が待っていれば、帰宅する足も軽くなるかもしれない。そんな馬鹿のようなことを考えていたとき、不意に彼女のあの言葉を思い出す。

『私が待ってるのは、ナンバーワンのTOSHIさんじゃないんです』

(たった一人である土方十四郎を待ってるんです、か)
そんな台詞を、その表情を、本人を前に云ってやれば、直ぐに上手くいくだろうに。

素直じゃない二人に小さな溜息と苦笑を零しながら、彼はグラスに注がれた酒を一気に煽った。 

END

あとがき
BOSEI様への四十万筆頭記念小説『何かの縁でまた高天原でホストをやることになった万事屋と真撰組の前に夢主が客として来店する』のギャグ甘で執筆致しました今作品。初ホストネタだけに結構楽しんで書かせて頂きました。もう銀時と土方、二人の心境を書こうとするたびに暴走しそうなのを必死に抑えるぐらい。けど結局最後は暴走してますね(苦笑)。

リクエストして下さったBOSEI様、ギャグ甘になっているのかとても不安でたまりませんが、良ければどうぞ貰ってやって下さい。それでは改めて、四十万筆頭おめでとうございます…!!

BOSEI様以外お持ち帰り禁止です。
管理人:蒼神恭夜