短編 | ナノ

これぞ俺様流告白の仕方

「―――誕生日おめでとう!」

春休み最終日にあたるこの日が私の誕生日だ。ギリッギリで春休みだから、「お誕生日おめでとう」の言葉を貰うのはいつも翌日だ。でも今回は違う。今回は当日にこの言葉を貰った。些細なことだけど凄く嬉しい。誕生日当日に言ってもらえることが、これほど嬉しかったなんて知らなかった。メールや電話で「おめでとう」と言ってもらっても、やっぱり直接言ってもらえるほうが何倍も嬉しい。勿論メールや電話でも嬉しいことには変わらない。でも、でも……。素直に喜べないのは何故だろう。

「その理由を教えてやろうか、音城至……?」
「いいです結構です理由はわかっていますから。だからそんなに凄まないでください」
「Oh なら理由、言ってみろや」
「今が春休み最後の補習日だからです。だからそんなに睨まないでください伊達先生」

朝と夜の寒さが和らいでいる。夜明けが段々早くなってきている。冬も終わりだなと実感する中、学校ではこうして補習授業が行われている。成績が悪かったとかそんな理由じゃない。今年受験を控えているので、そのための補習授業である。

受験生に休みはないと聞いていたが、まさにそのとおりだった。休みに入ってからというもの、ほぼ毎日補習が行われ、制服に身を包み学校に通う日々を送っていた。なんで!? ぽかぽか陽気の春休みに何故こんなむごい仕打ちをなさるのですか!?

「お誕生日おめでとう」と言ってもらえたのは、補習で学校に行っているから。じゃないと休み中なのにみんなから言ってもらえるわけがない。補習授業のおかげで当日言ってもらえたわけだけど、これって素直に喜べないよね。なんたってみんな休み返上で勉強しているわけだし。なにより補習だし。

教室に入るなり、みんなから「お誕生日おめでとう」という言葉を貰った。私は感動のあまりその場に立ち尽くした。みんなはニコニコと温かい笑顔を浮かべている。なんでかわからないけど心にじーんと響いたんだよ。どうしよちょっと泣きそう……。そんなときだ、担任兼このクラスの補習担当である伊達先生に睨まれたのは。

一瞬でさっきまでの感動が台無しになった。こんな恐ろしい顔して、よく教師になろうと思い、そしてなれたものである。最近の教育現場はおかしいよ、どっか! なんでこんな悪人面した人を採用しちゃったのさうちの学校は。

「いいじゃないですか、今日は私の誕生日ですよ? ちょっとくらい感動に浸らせてくださいよ」
「No 遅刻したくせに随分な態度だな、音城至……?」

身長差から、伊達先生に睨まれると結構な迫力がある。目に見えない威圧感をヒシヒシと肌で感じた。助けを求めるつもりで席に座るみんなに視線を投げるが、知ってか知らずかみんなは教科書を読んだり問題集を解いたりと、いかにも受験生というオーラを漂わせながら自分の世界に入っていた。一つだけわかることは、「助ける気はない」という事実だった。ちょっとそれ、酷くない!?

「というわけで音城至は放課後、罰として教員室に来い」
「えー!?」
「イヤなら遅刻しねえことだな。んじゃとっとと補習始めるぞ! オレも休み返上でお前らの相手をしてやってんだ。これで次のtestの成績が悪かったらタダじゃすまねえから覚悟しとけ!」

教師らしかぬ言葉を平然と吐いた伊達先生に絶句しつつも、伊達先生なら本気でやりかねないなと思い、次のテストに備えて本気で勉強する姿勢を見せる生徒達。私もそのうちの一人で、冷たい汗を背中にかきながらも急いで席に向かう。まるで恐怖政治のような夏休み最後の補習授業が幕を開けた……。

***

無事補習が終わっても、私はまだ終わっちゃいない。放課後教員室に来るようにと、伊達先生に宣告されていたからだ。教員室に向かう途中、クラスのみんなから哀れみの眼差しを向けられた。もう二度と会えないと嘆くような態度に、私はムッと腹を立てた。なにそれ、私は生贄か!? 強ちはずれていないこともまた悲しい。

「失礼しまーす、伊達先生。音城至華那、言われたとおり参りましたァ」

ノックをしてから教員室のドアを開ける。すると中から薄っすらと煙草の匂いが漂ってきた。部屋の中も少し白い。部屋の真ん中では机の上で足を組み、椅子に深く腰掛けている伊達先生の姿があった。その口元には煙草。机の上には灰皿が置かれていて、遠目からわかるほど結構な量の吸殻が捨てられている。いくらここが伊達先生専用の教員室だからって、堂々と煙草を吸わないで欲しい。

伊達先生が私に気づくと同時に、私はつかつかと靴を慣らしながら彼の横を過ぎ通る。怪訝そうに眉を顰める伊達先生を尻目に、私は無言で窓を開け放った。部屋に充満している煙草の匂いを、少しでも和らげるためである。すると私の意図を察した伊達先生は、あからさまにつまらなそうに目を細めた。

「Hey 入ってくるなり何やってんだ?」
「煙草の匂いを外にやってるんです。だってヤバイでしょ、これは。仮にも伊達先生は教師なんですから。教師っつったら聖職者ですよ、聖職者」

言うなり伊達先生は眉間のしわを更に深くさせた。しかしその表情は不機嫌というより、怖いものというか悪いものというか……そんなものを見たような表情だ。要するに、変なものを見たってことだ。

「やめろ、お前にだけは伊達先生とは呼ばれたくねェ。気持ち悪ィ」
「なんですって!?」
「普段は仕方がねえとしても、二人っきりのときくらいは普通に接しろ、普通にだ」
「はいはい、わかりましたよ。私もあんたが教師になったってこと、未だに信じられないんだもの。おあいこでしょ、政宗」

学校では教師と生徒という立場にあるが、それ以前に私達には別の関係が存在している。それは家がお隣という、所謂ご近所さんという関係だ。といっても八つくらい年の差があるため、それほど親しい関係というわけでもない。

私が小学生の頃政宗は引越し、それから全く音沙汰なしだった。私が政宗の存在を忘れかけていた高校二年のとき、新しく赴任してきた教師が……なんとこいつだった。族の頭やってた人が教師だよ。ハハ、世も末だね。以来、私は政宗のことを「伊達先生」と呼ぶようになった。正直言いますと、未だに慣れなかったりする。それは政宗も同じなようで、さっきみたいに私が「伊達先生」と呼ぶとあからさまに嫌な顔をするのだ。お互い嫌なので、こうして二人っきりのときは昔みたいに呼ぶようにしている。

「で、私を呼び出した理由は何?」
「華那、今日誕生日だろ? Presentを渡そうと思ってな」
「うそ、まじすか!?」

政宗は机の引き出しから何かを取り出そうとしている。まさか政宗が私の誕生日を覚えていてくれたこと、そしてプレゼントを用意してくれているとは微塵も思っていなかったから、どうしようもないほどの嬉しさが込み上げてくる。まさかプレゼントを渡すために、こうして教員室に来いって言ったのかな? やだもー、政宗ったら可愛いところあるじゃなーい。みんなの前じゃ恥ずかしいし意味深になるからってことでしょ? そんなことなら私だって喜んで参りますよ。

色々な妄想を抱きながら身体をくねらせていた私に、政宗が「ほらよ」と言って差し出したのはどこにでもあるファイルだった。中にはルーズリーフがぎっしり収められている。……な、なにこれ? 怪訝そうにファイルを開けると、私は目が点になった。

「あのー……政宗サン? これなに?」
「見りゃわかるだろ?」
「気のせいかな、私の目には手作り問題集っぽく見えているのだけど?」
「Yes このオレがわざわざ作ってやった問題集だ。有難く思え」

誕生日プレゼントに手作り問題集……信じられない。受験から逃げ出したいと思っている受験生に、逃げるなと言わんばかりのプレゼント。ちらりと政宗を窺うと、彼は感謝しろと言わんばかりの尊大な様子である。プレゼントに手作り問題集って、素直に喜べないんですけど。

「気持ちだけ受け取るっていうのは……」
「No」
「……ですよね」

政宗の性格を考えるときっと、どこまでやったやら答え合わせしてやるやら逐一訊くと思われる。貰うだけ貰ってやらないというわけにはいかないだろう。貰ったからにはやらないとなァ。でも嫌だなァ。

「……全部解けたらご褒美をやるよ。だから精一杯励むんだな、オレの為に」
「は? なんで政宗の為に頑張らなきゃいけないの。それにご褒美って何?」

わけがわからず首を傾げる私に、政宗はニヤリと口角を吊り上げた。

「オレはお前が好きだ。その問題全部解けたら、オレは華那にきちんと気持ちを伝えるつもりでいる。だからオレに告白させるために、なるべく早く問題を解きやがれ、いいな?」
「…………………はぃ?」

いまサラリと、とんでもないことを言わなかったかこのお人は。えーと、問題が全部解けたら政宗は告白をする。告白って誰にだって私にだ。何を言うのか、そりゃ告白イコール好きって気持ちを伝えること。誰が、誰を好きなんだ? 政宗が私を好き………好きィ!? 少し間を置くと、政宗が言った言葉の意味が理解できた。すると身体中が急激に熱を持ち始める。ジューッとこんがり焼けたように熱い。何か言おうにも喉につっかえて上手く喋れない。ただ口をパクパクと動かしていると、政宗は可笑しそうにククッと喉の奥で笑った。

「そ、それ……冗談?」
「ンなわけあるか。Jokeならもっと面白いことを言うぜ」
「……教師と生徒ってまずくない?」
「Prohibited love 妖しくていいんじゃねえか?」

全ては私の頑張り次第。政宗の告白を聴きたければ、この問題集を解かなくてはならない。―――やってやろうじゃないか。絶対に早く解いて、政宗に告白させてやる。いま言ったことを虚像じゃなくて真実にしてやる。私はファイルをぎゅっと抱き締めながら、一人決意した。高校最後の誕生日、私は今までで一番厄介で、でも最高のプレゼントを貰った。

完