短編 | ナノ

わたしとくまと純情男

―――八月が終わりに近づくこの頃、世の学生達は二種類に分かれる。宿題ができている奴とそうじゃない奴ね。最近家に引き篭もり、どう考えても一日じゃ終わらない量の宿題をこなす学生も多い。というか私の周りがそうだった。遊ぼうとメールしても無理の一言で終わってしまう。宿題写させてとも言われたが、私が一科目につき千円というとそれ以上何も言わなくなってしまった。

街に繰り出している学生は宿題が終わった奴か、それとももういいやと宿題を諦めた奴。おもいっきり楽しんでいるが、宿題が終わっていない奴は家に帰った途端激しい後悔に襲われるんだ。ははは、ザマーミロ。

……………とまぁそんなことを考えながら、私は駅前を行き交う人々を眺めていた。壁に背を預け、ボーッとやる気のない目で目の前を通る人達を見る。いま通ったこの男はおそらく中学生。宿題なんか夏休み最初の週で終わらせたクチだろう。だって見るからにガリ勉野郎って感じがするし、荷物を見ればこれから予備校なんだと思えるし。夏休みの思い出は予備校でひたすら勉強してましたとか言い出しそう。受験生かな? ごくろーさんです。

今日は中学時代の友達と遊ぶ約束をしていて、こうして駅前で待ち合わせをすることになっているんだけど、いかんせん……まだ誰も来ていなかった。時計に目をやると、待ち合わせ時刻の十分前。みんなも十分前行動を心がければいいのに。社会に出たとき、絶対に役立つからさ。

そんなことを考えていたら、遠くから私の名前を呼ぶ声が聞こえた。辺りを見回すと、一人の友人が改札口から手を振っている。あ、やっと一人だけどきたよ。

「お、相変わらず早いねー」
「こう見えても時間には煩いんですよーだ」

チロリと舌を出し、あかんべーのポーズをとる。そんな私の姿を見て、友達は声を上げて快活に笑った。健康的な唇から覗いた白い八重歯が妙に眩しい。

「あれ、あいつらまだ来てなかったの?」
「あとの二人は……ちょっとだけ遅れて来るんじゃない? いつもちょっとだけ遅刻する奴らだったし」

案の定、あとの二人は待ち合わせ時刻を五分ほど過ぎてからやって来た。これもいつものことなので今更気にすることもなく、(あいつの遅刻時間に比べればマシだ)私達は街へと繰り出した―――。

街の中心部に出ると服や靴、雑貨やアクセなど、若者向けのお店が溢れるほど建っている。私達はその一軒一軒を見て回り、暫くしない間に両手は紙袋で塞がってしまった。
肩掛けバックで本当に良かったと思える瞬間である。

「けどさー、ちょーっと買いすぎたんじゃない?」

と、私の横を歩いていた友達がみんなの両手を見て苦笑する。そう言った友達本人でさえも両手が塞がっていたので、もう笑うしかないという感じだ。私達は一斉に笑いあう。

「いいのいいの。だって華那に比べればまだマシでしょ?」
「確かに、華那が一番荷物多いもんねー?」
「それはあんたらが私にってくれた物のせいでしょーが!」

そう。私の両手も塞がっているといっても、私だけは何一つ買ってはいなかったのだ。なのに私の両手は紙袋で塞がってしまっている。それは何故か。

「じゃあ返してもらいましょうかァ? 私達があげた、華那への誕生日プレゼント」
「ああ、それだけは勘弁! ほんと感謝してるんだからさー。ありがとねー、みんな」

これらは全て私の誕生日プレゼント。今日は私の誕生日なのです、ここテストに出るから要チェックだよ! プレゼントなら常時受け付けていますので、お気軽にお持ちくださいね。

「あ、そうだ。ちょっと行きたいお店があるんだけど寄っていいかな?」
「別にいいよ。どこ?」
「この辺にある、可愛い雑貨とかを売ってるお店なんだ」
「ああ、そこなら知ってる。私もこの前お店の前通ったよ。そこから見えたぬいぐるみがすっごく可愛かったんだよねー!」

いつもは控えめな友達の一人が「行きたい」と主張したお店である。私の話もあってか他の二人もどんなお店なのか興味津々といったご様子だ。この前ここを通ったとき、ショーウインドに飾られていたクマのぬいぐるみがとっても可愛くって、おもわず足を止めて魅入ったほどだった。ずっと見ていたものだから一緒に歩いていたあいつは退屈そうな顔をしていたっけ。そのお店を友達も知っているということは、案外この辺でも有名なのかもしれない。

それから歩くこと数分、目的のお店に到着し第一声が。

「やっぱり可愛い!」

………である。いや、それ以外言いようがないってくらい可愛いのだ。見渡す限り女の子が好みそうな雑貨で溢れている。全体的にピンクが似合いそうな雰囲気のお店で、お客さんも女の子ばかり。可愛いぬいぐるみやアクセサリー、小物や生活雑貨まで置いてある。私とて女の子、これらを見てときめかないわけがない。

「あ、この置物可愛くない? って………あれ、みんなー?」

同意を求めていたのに、辺りを見渡すと誰もいない。あれ、さっきまでみんなこの辺にいたよね? なのにどこ行っちゃったの? まさか集団神隠し!? 新たな都市伝説の誕生か!?

「……なわけあるか!」
「あだっ!」

後ろからチョップが降ってきた。振り向くと友達の一人が私に同情の眼差しっぽいものを送っている。なんでそこで同情の眼差しなのよ、かなり痛いんですけど。嗚呼、また声に出ちゃってたんだな、私。

「じゃなくてあれ見てみなさいよ! あそこ、ぬいぐるみが置いてあるとこ!」

言われたとおりぬいぐるみが置いてあるところに目をやると、目が点になりました。

「まさむ………!?」

思わず大声で名前を呼びそうになり、慌てて自分の口を塞ぐ。そして姿勢を低くして物陰にサッと隠れた。そんな私の行動に友達は訝しげな視線を投げてくる。

「なにやってんの、華那………?」
「いやー……あまりの光景に驚いただけ」

驚くな、と言うほうが無理というものだった。何故ならそこには幼馴染でありここらでは喧嘩最強と呼ばれている、伊達政宗様がおられたんですよ! Tシャツにジーパンというラフな格好で、今日ばっかりはそこら辺にいる高校生だ。ただサングラスをかけているので、近寄りがたい雰囲気だけは消え去ってはいなかったけど。じゃなくて、なんでこのお店にいるのよアンタ!?

「なんかこのお店に似合わない人だよね。どっちかというとこんなお店じゃなくて、ヤバイお店が似合いそう」

そりゃあれですか、人を傷つける道具を売っているお店とかですか? それとももっとヤバイ物を売っているお店ですか?

「つーか何やってんだろ。さっきからずーっとあのぬいぐるみを見てるんだよね」

ん? よく見れば、小刻みに体が震えているように見える。何かと葛藤でもしているように、堪えるように。何をそんなに我慢しているんだろう? もしかして政宗、実は可愛いものが好きとか? うわ、似合わね。というか気持ち悪い。自分の想像に吐きそうになった。

「でも長身だしスタイルも良いし、かなりレベル高くない?」
「うんうん、ちょっと声かけてみる?」

え、ちょっと待ってみなさーん!? なんか今、とってもデンジャラスな発言が飛び交ったよね? しかし時既に遅く、勇気があるお友達二人は物陰から飛び出し、政宗の下へと駆け寄っていった。その間私はそこから動くこともできず、ただ手を伸ばしていただけ。この手は何も掴めず、空気を無駄に掻き乱しただけで終わってしまった。

「あのー、もしかしてそれを買おうとしてるんですかー?」
「An?」
「さっきからずーっとそれ眺めていたから。プレゼントとかそんなんですか?」
「Yes Birthdaypresentなんだが……どっちにしようか迷ってんだよな」

そしてなにちゃっかりと話しかけて、あまつさえ答えてんだよ政宗! が、私の心の叫びなんて所詮儚いものだ。泡を吹き出しそうになるのを堪えるのに、今の私は必死なんだよ! 政宗の視線の先には二つのぬいぐるみが陳列されている。 ピンクとブルーの、色違いのぬいぐるみだ。え、ほんとにそんな趣味があったのアンタ? だって政宗の誕生日は九月。つまりこれは自分へのプレゼントってことじゃないだろうか? 自分の誕生日プレゼントを自分で買うというのも痛いけど、その物自体がそれ以上に痛い。なんだ、何が君をそこまで追い詰めた!? 

しかしそれからというもの、政宗達の会話が私の耳に届くことはなかった。けっこう距離があったというのも理由の一つだけど、一番の理由は小声で話していたからだ。よっぽど聞かれたくなかったのか、他のお客さんに気を使うという態度が窺える。まぁ自分の誕生日プレゼントを買いにきましたーなんて、恥ずかしいを通り越して悲しくなっちゃうよ。

結局、政宗はブルーのぬいぐるみを買って(綺麗にラッピングしてもらっていた)、何事もなかったかのように店を後にした。彼が出て行ったのを確認した後、私は縋るように政宗と話しをした友達に問い質す。

「な、ななななんだった!? 何を話した!?」
「こわっ! あーまぁそのあれよ。なんかさ、ここっていかにも女の子っていう雰囲気があるでしょ? だから男一人で相当居心地悪かったみたいよ。迷ってたっていうのもあるけど、レジに行きにくかったとも言ってたし。ちょっと顔も赤かったしねー」
「いや、そうじゃなくて! 他には何かなかったの!? 例えば隠れた趣味で実は可愛い物が好きなんだとか。秘密の部屋にはこういった可愛い物をコレクションしてるとか!?」
「華那、頭さー、大丈夫?」

私より政宗の心配をしてやれ!

その晩。歩き疲れたという肉体的疲労よりも、政宗の隠された一面を垣間見たせいで精神的疲労のほうが大きく、暫くの間ソファに倒れこんでいた。荷物をその辺りに放置して、だらーんとうつ伏せになる。あー、駄目だ。明日から新学期だけど、どうやって政宗と接すればいいの? やっぱりここは何も見なかった的なフリをするべき? 

「誰にも誕生日を祝ってもらえない悲しい政宗くん。大丈夫だよ、私だけでも祝ってあげるからさー」
「何を祝ってやるって?」
「だーかーらー、私が政宗の誕生日を祝ってあげる……ってほんも……グェ!」

頭上から政宗の声が降ってきたと思った途端、私の口からは女の子らしくない汚い声が出た。例えるならカエルが潰されたような声、と言ったやつ。でもそんな声が出てもおかしくないんですよ、こんな状況じゃ。

「…………お、重いから。マジで重いから」
「Therefore?」

私の背中に座らないでください。その長い足を組まないでください。私は椅子じゃないんです人間なんです。だから今すぐ私の上からどいてください、マジで。このままじゃ圧死しちゃうから。

「ぐ、ぐるじぃ……」
「みっともねぇ声出してんじゃねーよ。もうちょっとsexyな声を上げることだな」

こんな状況でンな声出せるわけないでしょ。こんな状況じゃなくても出せないけどさ。とりあえず一刻も早くどいてほしかった私は、右手でソファの隅っこを叩く。ギブアップの証だ。すると政宗も仕方がないといった様子で、渋々どいてくれた(渋々ってなんだよ)。政宗がどいたことで圧迫されることがなくなり、おもいっきり酸素を取り込んだ。スーハースーハー、はい、もう一度深呼吸!

「それより戸締りくらいちゃんとしておくことだな。華那も一応は女なんだぜ?」
「一応は余計じゃ! そういやどうやってうちに入ったのよ?」
「鍵かかってなかったぞ」
「げ、マジでか!?」

あちゃー、閉め忘れてたのか。危ない危ない、政宗が来てなかったら開けっ放しということになる。今日うちの両親は結婚記念日だからと言って旅行に出かけちゃっているのだ。

「お前みたいな奴がいいっていうmaniac野郎もいるかもしれないだろうが。戸締りくらいちゃんとしておけ、馬鹿」

ええと。これは心配されているのか、馬鹿にしているのかどっちでしょう? 心配してくれているのなら素直に「分かった」と言って終わるけど、後者のほうであればそうはいかないぞ。夜も遅いけど血を見ることになる。夜だからこそ余計にいいかもしれない。穴掘って埋めたとしてもバレにくいだろうし。

「まぁいいや、疲れてるし……。こんな夜遅くに何か御用ですか、政宗くん?」
「なんか妙に引っかかる言い方だが……ほらよ」
「?」

ポスッと何かを押し付けられた。可愛らしい袋にリボンが括られた、いかにもプレゼントですっていう感じのもの。しかしこの袋には見覚えがある。昼間行ったお店の袋じゃないか、これ? リボンを解き中にあるものを取り出すと、そこにはやっぱり昼間見た、あのブルーのぬいぐるみが出てきた。ちなみにクマで、大きさは両手で抱くのに丁度いいサイズだ。

「……………ナニコレ? なんで?」
「今日は華那のBirthdayだろうが」

つまりこれは、私への誕生日プレゼント? じゃあ昼間見たあれは、私へのプレゼントを買いに来たってこと?

「自分への誕生日プレゼントっていうわけじゃなかったんだ……」
「さっきからなにブツブツ言ってんだ?」
「なーんも」

ほんとはこれ買ったとき大変じゃなかったって訊きたいところだったけど、そんなことはどうでもよくなった。ただ政宗がこれを買う為に恥ずかしい思いをしたことがおかしくて、でも恥ずかしいほど嬉しいんだ。これを買う為に顔を赤くした彼は、私だけが知っていればいい。

「ありがとね、政宗。大事にする」
「このオレがあげたんだからな、絶対に大事にしろよ?」

そして「Happy birthday」と耳元で囁かれてみろ。いくら私といえど、この日ばかりは政宗が素直にかっこよく見えてしまった。友達から沢山のおめでとうという言葉とプレゼントを貰ったけど。政宗が言ってくれた「おめでとう」が一番嬉しかったなんて言ったらみんなは呆れ、貴方は喜んでくれるでしょうか、政宗。そういえば政宗が最後に言った、ぬいぐるみくらいで満足すんじゃねえぞっていう言葉の意味がわからなかったのだけれど……。

政宗が帰った後、さらに私は顔を赤くさせることになる。何故ならこのクマのぬいぐるみの首に、紐に通されていた指輪を発見したからだ。それは私の誕生石であるペリドットを使った、シンプルながらも鮮麗されたデザイン。宝石とかに詳しくない私にさえ高価なものだと分かるほどの代物で、恋人とかでもないのにこんな高いもの、ましてや指輪なんかを受け取るのもどーかなとか思ったけど。それでも嬉しさのほうが遥かに大きくて、私は大急ぎでケータイを手に取り、政宗に電話をかけた。

もう一度、ありがとうを言う為に―――。

「華那、それなに?」
「なにって……クマのぬいぐるみ」

それから数日後。中学時代の友達が我が家に遊びに来て、政宗から貰ったクマのぬいぐるみを見ながら、怪訝そうな声でこう訊いてきた。

「これってあの人が買ったやつと同じじゃん」
「へぇ、そーなんだー」

その彼から貰ったものなんだから同じで当然だ。それでもそう言うのはなんだか癪で、私は惚けるふりをする。あの日以来、この子は私のベッドの横にいる。この場所がこの子の定位置で、寝るときはいつも一緒だ。さすがにこれは政宗には言えない。口が裂けても言えないな、うん。言ったら絶対につけ上がる。

「なーんか意外ねぇ。華那の部屋にぬいぐるみがあったなんて」
「この子は特別。一生大事にしなきゃいけない子だから」

政宗の一言がなくたって、一生大事にするけどねっ!

完