短編 | ナノ

イジワルな恋人

想像してください。彼氏が自分以外の女に愛を売る仕事をしていたら、どんな気分になりますか? 

―――ぶっちゃけ、嫌ですよね。

そうじゃないっていう人もこの広い世の中にはいるかもしれないけど、少なくとも私は嫌だ。はっきり言って気に入らない。だって仕事とはいえ、自分の知らない女に愛を囁いたり身体に触れたりしてるんでしょ? 

愛を囁くのなら私だけに囁いてほしいし、私以外の女になんか触れてほしくない。嫉妬だ独占欲だと言って笑うかもしれませんが、彼氏持ちの女として当然の意見である。

しかし私も運がない。男なんてこの世に腐るほどいるというのに、よりによってホストなんて仕事をしている男に惚れてしまったのだろうか……。

彼氏は人気ナンバーワンと言われている、世間で注目を浴びつつある伊達政宗。ちなみに私の幼馴染でもあり、歳の差は五つほど。身長差は……年齢に四をかけたくらい。ホストもホステスと同じく夜の蝶なので、主な行動時間は夜。そのため太陽が昇ると寝て、太陽が沈むと起きるという不規則な生活を送っている。私は規則正しい生活を送っているので、太陽が昇ると起きて沈むと寝てます。

お互い真逆の生活リズムなわけですから、時間なんて滅多に合わない。たまたま休みが合ったとしても、デートなんて行けやしない。くどいようですが太陽が昇っている時間は、政宗にとっては睡眠を貪る時間なわけです。私達のデートといえば、政宗が起きだす時間に私がこいつの家に遊びに行く程度なもの。政宗は一人暮らしなので、私が部屋の掃除とかを引き受けているってわけ。こうみえても綺麗好きなんだよ? 

晩ごはんを一緒に食べたりするのがデートっておかしい……よね。政宗は仕事があるのでゆっくりする余裕なんてないし。他の女のためにかっこよくお洒落しちゃってさァ……。私がどんな気分で仕事に行くあんたを見送ってると思ってんのよ。

「………そんなに気になるなら、華那も政宗さんが働いているホストクラブにお客として行ってみたら?」

日頃の不満を遥奈にぶつけたら、このような返事が返ってきた。呆然とした表情で友達を見つめる。「冗談言わないでよ」と口にしつつも、内心では冗談として受け止めることができずにいた。ホストクラブって高いよね、どれくらいのお金を持っていったらいいんだろうとか、政宗にバレないように変装しないといけないなとか……すっかり忍び込む気満々である。政宗って本当に鋭いからなァ……並大抵の変装じゃ一発でバレるな確実に。って第一、行く口実がないじゃん。政宗は私がホスト嫌いだってこと知ってるし、なんで来たのかって訊かれたら言い訳ができない。

「あたしさ、前からホストクラブに行ってみたかったんだ。でもどこのクラブに行けばいいかわかんなくて……。華那、なんかオススメのお店知らない?」

そんな私の心理を見透かしたようなこの発言に、私はパァッと表情を明るくさせる。遥奈の顔を見ると、彼女はウインクをしてみせた。きっとこれは、私に行く理由を与えるための、遥奈の優しい嘘。さり気なく私の背中を押してくれる……持つべきものは友達です。優しい嘘に感謝しつつ、私はどうすれば政宗にバレないか、空っぽの頭をフル回転させて考え始めたのだった。

***

夜―――蝶の目覚めのとき。私と遥奈は一件のお店の前で、緊張した面持ちで立っていた。辺りは綺麗なネオンの海。自分が一番と主張するかのように、どこもかしこもネオンが煌いている。見ているだけで目がチカチカするほどだ。

「いよいよだけど……大丈夫、華那?」
「う、うん……なんとか」

本当は大丈夫なんかじゃない。口から心臓が飛び出そうなくらい緊張している。この日のためにお洒落もしたし、綿密に計画も練った。私が政宗を指名したらバレるから遥奈が政宗を指名して、その様子を横からこっそりと盗み見る。私は他のホストを指名して、ホストからみた政宗がどんなものか聞きだす。一応これが本日の計画……だったんだけど!

「えー、指名できないんですか!?」
「申し訳ございません。他のお客様からのご指名も多くて……」

店に入るなり出鼻を挫かれた。遥奈は迷わず政宗を指名したけど、彼は他の客の相手で手一杯とのこと。やっぱり初めてのお客より常連客のほうが大事なわけね。まぁ納得だわ。それに人気ナンバーワンホストだもん。予約待ちとかあったりするのかな?

「仕方ないか、作戦変更よ華那。こうなったら遠目からじっくり観察するのよ!」
「なんか私以上に燃えてない、遥奈……?」

とりあえず適当に指名して(だって私は興味ないもん!)、席に座りお酒を注文する。私の横に座っている遥奈は真剣に選んでたけどね。もしかしなくても、本当に行きたかったの。私のためについてくれた嘘じゃなかったの……?

「あ、華那。あそこ!」
「なに、どうしたのって……政宗!?」

遥奈が小声で私の名前を呼ぶから何事かと思えば、彼女が指差した先にはスーツを少し着崩し、怪しげな色気を醸し出している政宗の姿があった。な、なにアレ。フェロモン放ちすぎじゃない!? い、いやカッコイイけど!

いつも見ている政宗とは違う、仕事をしているときの政宗に呆然としていた。ヤバい、鼻血が出そうになる。いや、気がつかないだけでもう出てたりして。不安になった私はサッと鼻元に手を当てる。良かった、出てなかった……って、なに流されてんだ私! 政宗の放つ色気にやられてどうするんだ!? 政宗が現れただけで店中に女の黄色い悲鳴が上がる。これが人気ナンバーワンホストってものなの? 混乱する私だが、見過ごせないことが一つだけある。

「………なんであんたまで嬉しそうなのよ、遥奈」

横で周囲の女に混じって「キャー」と嬉しそうな声を上げた我が親友を、ジトッとした恨めしい目で睨みつける。

「だってやっぱりカッコイイんだもん。いいなー、あんなカッコイイ大人の男性がダンナだなんて〜……」
「ダンナじゃないし!」

ダンナと言われ、少し嬉しいと思ってしまった自分に腹が立つ。ブンブンと振り払うように頭を左右に振り、手元にあったお酒を一気に煽る。横で綺麗なオニーサンが「イイ飲みっぷりだね!」と言ってくれた。

悪いけどオニーサンには興味ない。色々と気さくに話しかけてきてくれるが、私は政宗しか目に入っていないのだ。適当に相槌を打ったりして、相手に不快な思いをさせない程度にあしらっている。第一、会話している最中も私の目は政宗を追いかけていた。それこそ、獲物を見つけた肉食獣のように。

政宗は一人の女性客とお酒を飲みながら楽しそうにしている。ここからじゃ会話が聞こえない。少し身を乗り出してまじまじと凝視する。なんか一瞬、政宗と目が合ったような気がしたけど、気のせいよね……? う、なんか彼氏の浮気を探る彼女の気分になってきた。 無意識に唇を噛み締めていると、政宗はその女性客の髪を撫で始めた。壊れ物でも扱うかのように、優しく大事そうに。

「ちょ……!?」

その仕草が見ていられなくて、思わず勢いよく立ち上がり声を上げる。急に立ち上がったものだから、横にいたオニーサンと遥奈は目をぱちくりとさせていた。きっと何事だと思っているんだと思う。すると何気なく政宗がこちらに目をやるから、私は慌ててしゃがみこんだ。頭を抱えて、地震が起きたときのように姿勢を低くする。だって見つかるとマズイでしょ!

「…………え、どうしたの?」

オニーサンが困ったような声を上げる。うわ、これじゃ私、ただの変な人じゃんか! 
なんか急に恥ずかしくなってきた。

「あはは、可愛いねー」

爽やかな笑顔で笑われてしまった。悪意が感じられない笑顔だけに、私は顔を真っ赤にさせ俯く。恥ずかしくて顔を上げてられない。

「俯かないで顔を上げてよ。折角の可愛い顔が見れないからさ」

え、それ素で言ってるんですか? 甘い言葉を囁くのってホストのお仕事なんだ、本当に。オニーサンは私の顎に触れると(厭らしくない上品な手つきだったから、されるがままになってしまった)くいっと上に持ち上げる。そのとき、背筋に痛いまでの悪寒が走った。なんか鋭い刃物で刺されたみたいな痛みが全身を駆け巡る。な、何事ォ!? バッとオニーサンの手を振り払い、辺りをキョロキョロと見回すが、別に何も変わったことはない。

「あ、嫌だったかな……?」
「え、す、すみません。そうじゃないんです! ただなんか……怖い何かが……」

すまなさそうな表情を浮かべるオニーサンに謝りながらも、私の心臓は早鐘の如くドクドクと鳴り続ける。さすがにいきなり手を振り払ったのはマズイ。もー、なんか調子狂うんだけど。どうしちゃったの私。オニーサンの目を見ることができなくて、意味もないのに政宗のほうに視線を投げる。

そして―――すぐさま後悔した。政宗ったらあろうことか、女性の口元に顔を近づけているじゃありませんか! と、とにかく近い。顔が近いよー!? 傍から見てるとキスでもするんじゃないかという雰囲気だ。や、ホストといえどそんなことしないよね!? 
同時にやっぱり来るんじゃなかったと、激しい後悔に苛まれる。ホストっていうのは愛を売る仕事で、あんなことをするのが当たり前なんだ。一時の恋人、それがホスト。お金で恋人ごっこをするのがお仕事なんだ……。見たくなかったよ、そんな政宗。私だけに愛を囁いて、私だけを見て欲しいなんてことを願った時点で間違いだって気づいていればよかったね。

「……え、どうしちゃったの!?」
「何がですか?」
「だって今にも泣きそうな顔をしてるよ!?」

オニーサンに言われるまで気がつかなかったけど、泣きそうな顔をしてるんですか私。鏡で自分の顔を見てみると、本当にそのとおりだった。瞳には溢れんばかりの涙が溜まっている。俯いた拍子に零れ落ちそうなくらいに。

「大丈夫……?」

心配そうに顔を歪ませたオニーサンは、涙を拭おうと私の目元に手を伸ばす。が、オニーサンの指が私に触れることはなかった。何故なら―――私とオニーサンの間を遮るように、第三者の腕が伸びてきたから。

「Stop そこまでだ」
「…………ま、政宗ェ!?」

いつの間にやら、目の前には政宗がいた。その表情は不機嫌というか、なんだかつまらなそうにさせている。オニーサンも遥奈も、呆然とした表情で目を大きく見開いたまま瞬き一つしない。というより、お店中の人達が同じ顔をしていた。誰もが微動だにせず、瞬きするのを忘れてしまっているようだ。勿論その中には私も含まれている。

「Get out テメェじゃ役不足なんだよ」

おまけに体中からビリビリと、青い火花を散らしている幻覚まで見えてきた。私の横にいたオニーサンは状況についていけず、その場から動くことができない。

「お、おい。この子は俺を指名した、つまり俺の客だぞ?」
「ンなことは関係ねェんだよ。コイツに触れていいのは俺だけだ。雑魚は引っ込んでな」

店中の女性客の口から甲高い悲鳴が飛び出す。その中に暴言ともとれる言葉もいくつかあった。多分、政宗を指名している常連客達だろう。そりゃ悲鳴の一つでも上げるよね。いきなり現れたわけのわからない女が、政宗にこんな言葉を言わせてるんだもん。ていうか……私もこの状況についていけてないんですけど。

この中で唯一状況についていけているのは……意外なことに私の横にいた遥奈だった。どうやらすぐさま我に戻ったらしく、誰もが呆然としている中静かにお酒を飲んでいる。お酒を飲み終えると横にいたオニーサンと女性客のために、一番重要で、ある意味爆弾ともとれることをサラリと言ってのけた。

「華那は政宗さんの本命なんですよ」
「ちょ……!」
「本命ってつまり……彼女、政宗君の恋人?」
「Of cause そういうことだ、わかっただろ? アンタじゃそいつに釣り合わねェ」

あ、あの、そんなアッサリ認めちゃっていいんですか? 仮にもここはホストクラブ。政宗目当てで通う常連客も山ほどいますよね。なのにアッサリとそんなことを言っちゃって、指名客とか減っちゃったりしないのかな……?

「ったく……こんなとこで何やってんだ、華那?」

呆れたような眼差しを向けられ、私は「うっ」と言葉を詰まらせる。驚かされたおかげで涙はすっかり乾いていた。

「例にちょっと突いてみりゃ……。相変わらず泣き虫だな、お前」
「例に突くって……ま、まさかァ!?」

まさか政宗、私がお店にいるって気づいてたの!? 目が合ったような気がしたのは、本当に政宗がこっちを見てたからで、こっちを見ていたのは私の存在に気づいていたからで。例に突くっていうのは……女性客の相手をすると私がどんな反応をするか見るため? で、私が悔しそうに嫉妬丸出しにしている姿を見て楽しんでいた、と。こ、こんのォ……ドS男ォォオオオ! 今日ここに来て、初めて怒りを覚えた。てか、殺意に近いぞコレ。よくも純情な乙女の心を弄んだな!

「じゃあ今までの行動は全部……私への当てつけってこと!?」
「Yes どんな反応が返ってくるかと思ってたが、結構楽しかったぜ? なんせ華那は思ったこと全部顔に出るからな。お前はわかりやす過ぎなんだよ」

ニヤリと勝ち誇ったような、不敵な笑みを浮かべる政宗の背中を刺したいと思った。本気で。どーせ私は単純よ! もう自棄だ、躊躇いなんてものは消え去った。頭で考えるよりも早く、私の口は勝手に動いていた。

「そんな単純な女、それもガキに惚れた男はどこのどいつよ!?」
「ああ、俺だな」

そしたらあっさりと肯定されてしまった。なんか拍子抜け。私の予想では惚けるとか無視するとか、あるいは「なに言ってんだこいつ?」みたいな反応が返ってくるかと思っていたのに。そんな政宗の言葉に、遥奈は「わー。愛されてるね、華那」などと暢気なことを言ってのける。

「なにが愛されてるよ。愛してるなんて誰にだって言ってるような男よ、こいつは!」

噛み付く相手を間違えたとは自覚しているが、私は遥奈に向かってキャンキャン吠える。するとオニーサンが「そんなことないよ」と言ったものだから、私は不思議に思い眉間にしわを作った。オニーサンは相変わらず爽やかな笑みを浮かべている。オニーサンが何を言わんとしているか私にはサッパリだ。しかし政宗にはわかったようで。いつもクールを信条としている彼にしては珍しく、いきなり焦り始めたのだ。え、どうしちゃったの政宗!?

「だってこいつ、今までどのお客さんに対しても、「愛してる」なんて言ったことないんだよ」

でも私にはいつも「愛してる」的なこと言ってますよ? そう言ったら、「そりゃ本気で好きな子には言うでしょ?」と、爽やかな笑顔付きで返された。なんだかさっきとは別の意味で恥ずかしくなり、横目でチラリと政宗を窺う。彼は頬を赤く染めていた。そんな政宗を見たオニーサンが「お、照れてる照れてる」と、可笑しそうに笑い声を上げる。

「………Shit!」

これは絶対に照れ隠しだ。それくらい私にだってわかる。笑っちゃいけないのかもしれないけど、顔がにやけるのは我慢できない。私は自然と顔を綻ばせ、クスクスと小さく笑い声を上げた。そんな私を政宗は横目で睨みつける。そんな顔されても真っ赤だから怖くもなんともないもんねー。

「Come home! 帰るぞ、華那」
「え、でも政宗……」
「Afterだからいいんだよ」

仕事の最中だからと躊躇っていた私にそう告げる。焦れたのか政宗は強引に私の腕をとり、ぐいぐいと引っ張っていく。私はたたら踏みそうになるのを堪えるのに必死になっていた。遥奈は「お幸せに〜」なんて言いながら手ェ振ってるし! 背中には女性客達の嫉妬と羨望が入り混じった視線が突き刺さる。その視線を浴びてちょっとだけ優越感に浸ったのは内緒です。

………ホストでオレサマでドがつくほどSだけど、そんな彼に「愛してる」と言ってもらえるのは世界中で私だけ。これほど幸せなことはないでしょう!

完