短編 | ナノ

ラブコンチェルト

俺には好きな人がいます。でもその人は鈍チンなので俺の想いに全然気づいてくれません。

「でね、そのときの政宗がすっごくかっこよくって……」

昼下がりの教室の一角では、ピンク色の靄がかかっているかのようだった。一人の少女が蕩けるような瞳で、ほんのり頬を上気させながら一人の男について熱く語っている。どんな内容にしろ決まって、「かっこいい」や「素敵」という単語が含まれていた。

仕方がない。恋する乙女は最強で、暴走しだしたら止まらないし、誰にも止められないのだから。運悪くその暴走特急に乗り合わせてしまったら最後、無賃乗車は許されても途中下車は許されないのだ。

「……で、聞いてるのなるみちゃん?」
「聞いてる聞いてる。聞いてるからなるみちゃんって言うのはやめろよな」

じとりと恨みがましい視線を向けられ、成実は投げやりな返事を華那に返す。心の中でやめろと言ってもこいつは聞かないよなと小言を呟きながら。もう何十回何百回と「なるみちゃん」と呼ぶなと言っているのにも関わらず、全く反省の色が窺えない華那は「なるみちゃん」と呼び続けているのだ。

成実自身ももう無駄だとわかっているので、もはや条件反射で注意しているに過ぎない。このやりとりを生まれてから今までずっとやっているのだ。既に癖みたいなものだろう。

「政宗の話をするといつも面白くないって顔するよね、なるみちゃんは」

なんで? と可愛らしく首を傾げる華那が、成実には無邪気な悪魔に見えて仕方がない。なんでと訊かれて説明できれば、成実だってどんなに楽になれるだろう。別に従兄弟である政宗が嫌いというわけでもない。むしろからかったら面白いので好きの部類に入る。問題はそうじゃない。自分の好きな女が別の男の話をしている姿が、面白いと思えるかどうかという話なのだ。

これは万国共通で面白くないと答えてくれると思う。おまけにそれがその女の好きな男の話なら、断固NOと言ってくるに違いない。華那の好きな人の話を毎度聞かされ、成実はいい加減うんざりとしていた。そのたびに世の中って旨くいかないものだと、いい年をした大人のように悟りを開いている。

自分は華那が好きで、華那は多分政宗が好きで。政宗の好きな人は知らないが、これは典型的な三角関係に近い状態なのだ。そんなふわふわとした落ち着かない状態が、もうすぐで三年になろうとしている。そろそろなにかしらの決着をつけたいと思う。

「ね、なるみちゃんはいないの? 好きな人とか」

暢気にこんなことを訊いてくる華那が憎らしい。目の前にいるや、俺が好きなのは華那だと言えればいいのだが、すんなりと言えたならここまで苦労していない。華那と違って好き好きオーラを出していないのが原因か? と成実は自問する。何故なら成実は華那のことが好きということを、華那を除きクラスメイト全員が知っていることなのだ。傍からみればバレバレなのに、一番バレてほしい本人にバレてくれない。なんだこの矛盾は。恥ずかしいを通り越して悲しくすら思える。

「………ただでさえ幼馴染ってだけで難しいのに、この上そうくるかァ?」

神様はどれだけ自分のことが嫌いなんだろう。いるかわからない神様に悪態をついても何も変わらない。変わらないとわかっていても文句の一つ言いたくなる。幼馴染から恋人へ、ただでさえ難しい関係なのに、まるで追い討ちでもかけるかのようだ。お互いを知りすぎて、ずっと近かったせいでそういう対象に見られること自体難しい。幼馴染には好きな人がいるのどうしたらいい? という恋愛相談を持ちかけられるのが常だ。ちょうどいまみたいに。

「あのさー…華那、俺に政宗の話を聞かせて楽しい?」

少しだけ苛立っていた成実は直球にでた。華那は彼の言わんとするところがわからず、きょとんと愛らしい小動物のような瞳を丸くさせている。ああもう可愛いな! と心の中で悶えながらも、表向きはあくまでも平静を装った。

「俺に聞かせるより女の子に聞かせたほうが、その……いいんじゃないかって思って」

女の子なら華那の思っているところを理解してくれるに違いない。この学校で政宗のことを知らないやつはいないし、政宗はファンクラブっぽいものができるくらい女子人気が高い。華那が言う「かっこいい」や「素敵」という意味を、理解しては同調しキャーキャー言ってくれるはずなのだ。男が男の素敵な話を聞かされても同調できないし、むしろ軽い嫉妬心すら覚える。

「それはイヤ。最終的に誰が一番政宗のことを理解しているかって話になっちゃうの。政宗は誰のことが好きなのかって話にもなるわね。とにかく嫉妬の嵐。自慢合戦じゃないんだから」
「そういうもんなのか?」
「そういうものです。こういう話は知っている人よりも、何も知らない人に話すのが一番。ただ黙って聞いてくれればそれで満足だから」

あまりに身勝手な言い分に、成実は呆れかえった。女という生き物は恐ろしいと、これでは自分も影で何を言われているかわかったものではない。女は敵に回したが最後、何を言うかわかったものではない。

「みんな政宗のことが好き、だから仕方がないのだけど。でも私はみんなが抱いている好きっていう感情じゃないぶん、なんとなく居心地が悪いの」
「……は!? 華那、政宗のこと好きだろ?」
「ええ、恋愛感情じゃないけど」
「ハァ!?」

あまりに自然に言ったもので、一瞬聞き逃しそうになった。ずっと華那は政宗のことが好きだと思っていた。それはごく自然に恋愛感情という名の好きだとも。しかし華那の言う好きはそうではないらしい。成実は酷く動揺している自分を抑えられずにいた。

「二つ年上ってこともあるから、お兄さんとして尊敬している。だってなんでもできちゃうじゃない、政宗って。だからかっこいいな、素敵だなって思っている。うーん、憧れのお兄さん、まさにこの言葉がしっくり当てはまるよ」
「恋愛対象じゃねえの?」
「まさか、憧れと恋愛は違うよ。好きな人は他にいるし」
「え、だれだれ!?」
「秘密。こればっかりはなるみちゃんにも教えられないな」

ずっと悩み続けていた問題が、こんなにあっさりと解決するとは思ってもいなかった。ライバルとしてはあまりに高い壁で、この壁をどうやって越えようか悩み続けていたのに、どうやら自分の思い込みだったらしい。が、一つ解決すればまた一つ。華那の好きな人は別にいて、でもこれは教えてあげないと断言されてしまった。随分と楽しそうに笑う華那が、最高に可愛らしく最高に憎たらしい。何度「教えてくれ」と頼んでも、最後まで華那は口を割ることはなかった。

「あ、でも。なるみちゃんの誕生日に、教えてあげてもいいかな」

イタズラを仕掛ける子供のような、華那の無邪気な笑顔をこの先一生忘れることはない、と。全ての謎が解決した誕生日、成実はそんなことを思った。


ある晴れた昼下がり。華那は今日も二つ年上の幼馴染である政宗に、恋愛相談を持ち込んでいた。政宗はいい加減うんざりした様子で、でも華那はそんな彼の態度はお構いなしに話し続ける。

「……結局教えてやらなかったのか、好きな人が誰かって」
「うん、なるみちゃんの誕生日になら教えてあげてもいいよって言ったけど」
「ならその日、何がなんでも言わねえといけなくなったな」
「そうだね、想像しただけで緊張するよ。うまく言えるかな……」

私が好きな人は貴方だよ、なるみちゃん。今はまだ気持ちを伝える勇気が足りないから……だから誕生日まで待っていてください。誕生日に告白するって決めたから、だからあともうちょっとだけ待っていて。

「でもなるみちゃん鈍スギー。私がこんなに好き好きオーラを出しているのに、全く気付いてくれないの」

不満たっぷりに口を尖らす華那を見るなり、政宗は苦笑するしかなかった。成実と華那、二人の気持ちは傍から見るとバレバレなのに、当事者達は面白いくらい気付かないのだ。おそらく政宗が互いの背中を軽く突くだけで、二人の仲は進展するだろう。しかしそれでは面白味に欠ける。見ているほうが焦れったくなるほど鈍い二人の恋模様。しかしそれももうじき終わりを迎えることだろう。政宗はフッと優しい笑顔を見せた。彼がどうして笑ったのかわからない華那は、不思議そうに眼を丸くさせていた。


私には好きな人がいます。でもその人は鈍チンなので私の想いに全然気づいてくれません。

完