短編 | ナノ

ラブスレイブ

あたしの朝は、ザビー様に祈りを捧げるところから始まる。ベッドの横の壁にかけられているザビー様の肖像画に向かい、五分間ほど無心になって祈りを捧げるのだ。朝のお祈りが終わると朝食を食べ、学校へ行く支度を整える。

今日の朝ごはんは目玉焼きとトースト、それにサラダ。前はごはん派だったけど、ザビー様が朝はパンって仰るからあたしもパン派になった。最初のうちは食べた感じがしなかったけど、今じゃあたしもすっかりパン派である。

もう朝はパンじゃなきゃ駄目ってくらいパンが好きだ。さすが、ザビー様の教えだね。パンは世界を救うんだよ。パンがなきゃケーキを食べればいいんだよってザビー様も仰っていたじゃない。あれ、これってほんとにザビー様が言っていたっけ? というか後半何言ってんだあたし。意味不明にもほどがある。まだ頭が寝ているのかしら。

学校にはザビー様信者がたくさんいる。前は嫌いだった学校も、ザビー様や同志に会えるので楽しみだ。授業もザビー様に会うための試練と思えば辛くもなんともない。学校で起こる全ての出来事はザビー様に会うための試練。そう、試練なのだ!

「ハバナイス、ザビー!」
「ハバナイス、ザビー!」

廊下ですれ違ったザビー様信者と挨拶を交わす。ザビー様信者とそうじゃない生徒の区別はすぐにつく。頭だ。頭がザビー様カットになっているかいないか、これが見分けるコツというものである。稀にザビー様カットにしていない人もいるけれど、決してザビー様への愛が少ないというわけじゃない。

「あ、毛利先輩!」

現に彼、サンデー毛利こと毛利元就先輩の愛は凄い。彼はザビー様カットじゃないけれど、ザビー様への愛の深さはマリアナ海溝より深いのだ。あたしなんて彼の足元にも及ばない。あの冷徹ともとれる涼しげなお顔が、ザビー様への愛で恍惚に悶える瞬間はまさに凄かった。

「音城至か。朝から何事だ?」
「い、いえ。特に意味はないんですけど、お姿が見えたので……」

毛利先輩は短期間でザビー教の幹部になった人で、あたしの憧れの人でもある。先輩は最初日輪を崇めていたらしいんだけど、ある日ザビー様の愛の教えに目覚めたと言っていた。あたしも先輩みたいになりたいなー……なんてっ! きゃー、恐れ多いにもほどがある!

「ところで#namae1#、そなたは参加するのか?」
「えーと、「春の大感謝祭。来い、モテ期!」にですか? はいっ、もちろん参加しますよ!」

「春の大感謝祭。来い、モテ期!」というのは、春に行われるザビー教の決起会である。もっと平たく言えばただの花見だ。自由参加なので別に参加しなくてもいいんだけど、ほとんどの信者は参加することになるだろう。そりゃあ桜の下でザビー様の教えを聞くことができるのだ。みんな自然と参加するだろう。ザビー様と桜……よく似合うわ。

「では先輩、また!」
「ああ、放課後にな」

ザビー教の活動時間は主に放課後だ。それまでは生徒としてつまらない授業に耐えなくてはいけない。でもこれもザビー様がお与えくださった試練なのよ。うんうんと頷きながらあたしは静かに教室のドアを開ける。そしてそのまま一言も発せず自分の机と向かった。

残念なことにあたしのクラスにはザビー教信者はいない。何故かあたしはクラスで浮いているほうで、友達と呼べる仲の良いクラスメイトはあまりいないのが現状だ。でも全く淋しくない。ザビー様がいれば他に何もいらないからだ。一応昔は友達と呼べる人達はいたんだけど、ある日を境にみんなあたしに声をかけなくなった。なんでかしら。ちなみにある日とは、あたしがザビー教に入信した日である。

「………よお、音城至」
「あら伊達君。ハバナイスザビー!」

満面の笑顔で挨拶を返すと、何故か伊達君はげっそりとした顔になった。今にも机に顔を埋めてしまいそうである。一日が始まったばかりだというのに、随分とやつれてしまってまあ……。まるで仕事を終えたサラリーマンのような顔だ。あたしが不思議そうに伊達君を見ていると、彼は眉間にしわを寄せながら溜息をついた。

伊達君はあたしの横の席の、校内ではちょっと有名なクラスメイトだ。容姿端麗成績優秀、おまけに生徒会長を務める人気者。絵に描いたようなパーフェクト男。ま、ザビー様には劣るけどね。ザビー様の素晴らしさは上手く表現できない。容姿端麗、成績優秀などといった陳腐な言葉で収まる方ではないのだ。

「Have nice……おい、いい加減その挨拶だけはやめろ」
「駄目よ。この挨拶だけはやめられない。これ、あたしの譲れない部分」
「あんなインチキ外人の教えなんて嘘っぱちに決まってんだろうが。どうかしてるぜ、お前ら。なんだよ「金がある者には優しく」って。おもいっきり欲丸出しじゃねーか」

伊達君はザビー様の教えを信じていない、というか嫌っている。だからあたしにとって伊達君は敵。でもあたしは伊達君のことは嫌いじゃない。だから何度もザビー様の悪口を言われても、未だにこうして話している。だって……伊達君ってザビー様と似ているんだもの。

「Shit! 今のセリフだけは聞き捨てならねえ! 誰と誰が似ているだと!?」
「伊達君とザビー様。理由は口調が似ているから。あらいやだ、あたしったらまた考えていたこと声に出しちゃった? テヘ」
「テヘ、じゃねえ! シメるぞ!?」

どうやら本気でザビー様と似ていると言われることが嫌らしい。目は大きく見開き顔は真っ青、身体全体で拒否オーラを放っていた。失礼ね、ザビー様と似ているなんて最高の褒め言葉のつもりだったのに。

「さて、今日も入信者集めに精を出すとしますか!」

この学校にはまだまだザビー様の教えを信じない生徒が多すぎる。それを嘆いたザビー様は日々入信者を集める努力をしていた。さすがザビー様。一人でも多くの生徒を愛の力で救いたいとお思いですのね。

あたし達もそんなザビー様を見て感激し、暇さえ見つけては入信者を集めようとあれこれ手を尽くしていた。方法は簡単。ザビー様の教えを話すだけだ。でも声をかけようとしたらみんな脱兎の如く逃げ出してしまう。とりあえず話だけでも聞いてほしいので、最近は声をかけるなり催眠スプレーをぶっ掛けて、人気のない校舎裏に連れて行くようにしていた。

「オレの話は終わってねえぞ音城至!」
「え、ああ。ごめんなさい。今日はどんな手をつかって入信者を増やそうか考えていたところよ」
「それも生徒中から苦情がきてんだよ! 最近学校で誘拐事件が多発して怖い、なんとかしてくれってな! 犯人はやっぱりお前か!」

遠くで伊達君の怒鳴り声が聞こえるけど、心のスイッチをオフにしたあたしの心には届いてこない。今のあたしはザビー様の声しか聞こえない。どんなに辛いときでもザビー様の教えがある限り、華那はどんな状況下でも生きていけます。

嗚呼ザビー様。今日も金づる…じゃない、未だ目覚めていない愛の奴隷を捜します。
まずはやはり愛に飢えている伊達君じゃないかと思うんです。これはザビー様があたしに与えた試練。今日も華那はザビー様のために頑張ります……アーメン!

完