短編 | ナノ

最期ニ見ル

なあ華那、オレが死んだらお前はどうする―――?

なんでそんなことを彼は訊いたんだろう。政宗が死んだ後のことなんて、考えたことなかったし考えたくもない。だって私達まだ十代だ。よほどのことがない限り死ぬ可能性はゼロに近いじゃない。だから突然そんなことを訊いてきた政宗に驚いたし、同時に腹立たしくもなった。政宗は私にどんな答えを期待して訊いたのか……。

政宗が死んだら哀しいに決まっている。ずっと泣き続けるかもしれない。それほど哀しいことを、どうして政宗が生きているときに考えなくちゃいけないのだ。政宗も私の答えを待っているのか何も言おうとしない。ただじっと私の目を見つめているだけだ。考えたくないけれど、訊かれた以上何か言わないといけない。

政宗が死んだら私はどうするだろう……とりあえず考えてみる。しかし考えれば考えるほど腹が立ってきた。私の精神安定のためにも、これ以上考えないほうがいいんじゃないだろうか。

―――ねえ政宗、なんでそんなこと訊くの?
―――いや、人って死ぬときはあっけねえもんだろ? それにいつ死ぬかわからねえ。もしかしたら明日かもしれねえし、今日っていう可能性もある。
―――たとえそうだとしても、私は政宗が死んだ後のことなんて考えたくないよ。
―――けどオレは知りたい。死んだらわからねえだろ。だから今のうちに訊いておこうと思っただけだ。
―――死んだ後のことを気にするような政宗はキライ。
―――なんだと……?

政宗の声のトーンが下がる。どんなに凄まれても今の私は自分の言ったことを撤回するつもりはない。私が好きになった政宗は死んだ後のことを考えるような弱い人じゃないからだ。今のように死んだ後のことを考えるような彼は好きじゃない。

「でもだからって……引っ叩いちゃったのはマズかったかな。やっぱり……」

政宗を引っ叩いた右手を見ながら、私は長い溜息をついた。引っ叩いたのは三日前だというのに、未だに右手がジンジンと痛むようだ。いくら腹が立っていたからといっても、一時的な感情で政宗を引っ叩いてしまったのはまずい。

おまけに捨て台詞は「大嫌い!」ときた。そのときは私も気が立っていたから、もうこのまま別れてもいいとさえ思っていたのである。しかし時間が経てば経つほど頭は冷えて、余裕がなかった心にも多少の落ち着きが戻り始めていた。

なんとなく連絡がしづらくてあれから電話はおろか、メールだって送っていない。政宗も私と同じなのか、または愛想を尽かしてしまったのか、連絡はない。時間が経てば経つほど、このまま終わりなのかなと不安になる。でもこれは自業自得。頬を引っ叩いて大嫌いと言えば誰だって怒る。

「それでも電話やメールがこないかって期待している自分が嫌になる……」

さっきから頻繁にケータイを見ては、溜息ばかりついていた。もしかしたら政宗から何か連絡があるかもしれない。そんな情けない想いのせいで、私はケータイばかり見ては、落胆の溜息をついている。

自分からは連絡せずに相手からの連絡を待つだけ。自分でもズルイ性格だと思う。自分からはしにくいからといって、相手からくるのを待っているのだ。本当にズルイ。嫌なことは相手に押し付けているだけじゃないか。

そもそもどうして政宗はそんなことを聞いたのだろう。あの政宗がそんなことを訊いてきたんだ。何かあったんじゃなかったの? 彼の事情も知らず一方的に嫌いと言ってしまったんじゃないだろうか……。うう、考えれば考えるほど墓穴を掘っているような気がしてきた。今こそ勇気を出すときだ。第一このままじっとしているなんて私の性に合わない。

うん、と一度大きく頷くと、私はサッと身支度を済ませ政宗の家に向かおうとした。しかしちょうどインターホンが鳴り、奮い立っていた私の気持ちが一気に萎んでいく。こんなときに誰よ……! 小さな焦りと大きな苛立ちを覚えながら、大股でズカズカと玄関に進んだ。空気を読まない奴だ。きっと新聞の勧誘に決まっている。

「新聞ならお断りだって何度も言ってんでしょー……ってあら?」

ドアの外にいたのは新聞の勧誘でもなく、その他のセールスではなく。

「政宗……」

不機嫌そうな顔で政宗が私の前にいる。これから政宗に会いに行こうとしたけれど、こうやって突然目の前に現れるとちょっと困る。心の準備が出来ていないからだ。

「え、えっと……」
「話がある。あがっていいか?」
「うん……どうぞ……?」

言うなり政宗は慣れた動きで玄関を跨ぐ。そのスムーズな動きがいかに彼が私の家に通っていたかわかるようで、今の私は少々複雑な気持ちになった。リビングのソファに二人並んで座るものの、私達の間には子供一人分のスペースが空いている。いつもならピッタリひっついているのに、今はそんな些細なことさえできずにいた。ほんの少し、手を伸ばせばすぐ届く距離なのに、それ故に寂しく思えてくる。

「あのさ……この間のこと……ごめんね」
「この間のこと……?」
「うん。政宗の頬、引っ叩いちゃったでしょ。ずっと謝りたくて……」
「Ah……んなことたァ別に気にしてねえよ」

嘘だ。気にしていないと言っているけれど、政宗の顔がそうは言っていない。でも今は気にしていないと言ってくれた政宗の優しさに乗っかることにする。そうしないと話の肝心な部分が進まないからだ。

「オレのほうこそあのときはどうかしてたな。らしくねえこと訊いちまってよ。悪い……」
「や、別に……もう気にしてないし。私のほうこそ本当にごめんなさい……。でもなんで突然あんなことを訊いてきたの?」

すると政宗は言葉を選んでいるのか、少し複雑そうな表情を浮かべた。私は彼を急かさないよう、ただじっと政宗の言葉を待ち続ける。

「………この間、オレの知り合いが事故で死んじまったんだ。そいついつも元気で、年もオレと近かったこともあって死ぬなんて考えたこともなかった。なのに突然、逝っちまった……。そのときふと思ったんだ。オレがもしそいつだったらってな。やりたいことも、言いたいことも、何一つ伝えられないまま死ぬのは嫌だと思ったんだ」
「そうだったの……でもそれとあの質問とどんな関係が?」
「葬式に参列していた連中を見てたら、オレが死んだときもこんなふうに時化た面して見送られるのかって思ったんだよ。そしたら突然華那の顔が浮かんだんだ。華那にはあんな面してほしくねえと思う反面……」

そこで政宗は言葉を飲み込んだ。何か言いたげな表情をしていたが、言ってはいけないと必死で言葉を抑えているように見える。だが彼の表情を見れば何が言いたいのか一目瞭然だった。

「泣き叫ぶくらい悲しんでほしい?」

すると彼は自嘲気味な笑みを浮かべながら肩を竦めた。その態度が図星だと言っている。

「まあ、わからなくもないわ」

泣き叫ぶくらい哀しいということは、そのくらい愛しているということになるからだ。愛しているから、大切だからこそ喪ったとき酷く辛い。

「だが最期のときには……華那には笑ってほしいって思いもある。最期にはオレの一番好きな笑顔を見ていたいからな」
「そうだね。私もそうだもん。笑っていてほしいと思うのに、悲しんでいる姿に喜ぶ自分もいると思うんだ。それだけ愛されているってことだから。その人がみんなにどう思われているかは死んだときにわかるって言うけど、本当ね」

私は政宗の頭を抱き寄せると、自分の胸に押し当てるように強く強く抱きしめた。まるでここにいるからと言わんばかりに、強く強く抱きしめた―――。

完