短編 | ナノ

迷探偵じゃないもん

なんでこんなことになったのか。いくら脳味噌をフル稼働させてもわからない。考えても考えても考えても考えても、明確な答えなど浮かばなかった。そしてそのたびに思う。なんでこんなことになったのか、と。これぞまさに堂々巡り。三十分にも満たない僅かな時間の間に、この無限ループは何十周しただろう。……考えても仕方がない。具体的な数が出たところでますますげんなりするだけだ。

「オラァ! さっさと金を詰めやがれ!」

………本当になんでこんなことになったのか。華那は銃を持った男達を見ながら、またこの無限ループに陥ったのであった。頭から覆面を被り、銃をちらつかせながら、か弱い銀行員(女性)に向かってなにやら怒鳴り散らしている。覆面を被っているが声と体格から男だとわかった。覆面を被った男は他にも数人おり、一人が銀行員に金を出せと脅している中、残りの男達は華那を含める人質達が妙な真似をしないようか監視の目を光らせていた。

華那が確認できただけでも男の数は三人。リーダー格と思われる銀行員を脅している男を含めると四人だ。しかしこの数字はあくまでも予想にすぎない。華那の知らないところにまだ仲間がいるかもしれないからだ。

「……たしか前は銀行強盗を外から見物していただけなのにね。なのに今度は参加させられていますよ。おもいっきり人質という名のエキストラ役で参加させられていますが、そこんとこどう思う政宗?」

華那は隣に座る、同じく人質となっている恋人の政宗に話しかけた。声を潜めているので監視役の男はこちらに気づいていない。政宗は心底うんざりした表情で、つまらなそうにしていた。華那はポケットの中でボールペン(ここに来る前に綺麗なお姉さんがティッシュの代わりに配っていたやつを貰った)を転がす。

「参加させられているっつーなら、出演料を請求すべきだな。言っておくがこのオレは高いぜ?」
「確かに政宗の出演料はハリウッド俳優並みっぽいわー……。所詮エキストラのくせに生意気な。ああ、ハリウッド俳優はエキストラなんてやらないか。はあー……。なんでこんなことになっちゃったのかしら。さっきから考えているんだけど、なかなか答えが出ないのよね」
「そりゃ華那が金を忘れたのが悪いんだろ」

政宗の鋭いツッコミが華那の胸に突き刺さった。しかし華那は負けじと口を尖らせる。

「なによ。前のときみたいに財布は忘れなかったわよ?」
「財布を忘れなかったっつっても、肝心の中身が入ってなかったら意味ねえだろうが」

久々のデートを楽しもうとしていた矢先のことだった。前のデートのときとは違って華那は財布こそ忘れなかったが、肝心の中身をチェックすることを忘れていた。財布の中にお金が入っていないとわかるなり、華那は銀行でお金を下ろすため、現在二人がいるこの銀行へ立ち寄ったのである。

そうしたら丁度そのとき、あまりにタイミングが悪いことに、普段なかなかお目にかかることができない「銀行強盗」とバッタリ遭遇してしまったのだった。逃げようにも二人は「銀行強盗」というレアな存在に呆然としていたため、すっかり逃げ遅れてしまいこうして人質として、現在進行形で本人の意思とは関係なく無理やり参加させられている。

「どこぞの名探偵じゃねえんだからよ、なんでそう華那の周りは常に事件が起こるんだ……?」
「そんなことあたしの知ったことじゃないわ。名探偵華那ちゃんとでも呼びなさい」
「……あれってどうなんだろうな。探偵が行く先々で人が死んでいるんだぜ? 普通に考えて死神じゃねえか。よくそんな人物に犯人を捜せって言うよな。オレなら御免被るぞ」
「あーあー。この強盗達、生意気にも銃持っているよ。所詮モデルガンを改造したやつみたいだけど、なんだかなー…」
「Ha! ガキが一丁前に随分なモンを持っているじゃねえか」

大勢いる人質達の顔には疲労と絶望が色濃く表れているのに対し、この二人だけは依然ケロリとしていた。涼しい顔で強盗達が持っている銃を眺めている始末。普段なら大して気にならないことでも、こういう特殊な状況下ではあまりにも二人は特質すぎた。強盗の一人が二人の様子に気づき、訝しげに目を細める。

「なんだこのガキ二人。全く怖がってねえじゃねえか」
「怖すぎて感覚がマヒしているだけじゃねえのか?」

そう言って強盗の一人が下卑た笑い声をあげた。強盗の笑い声には明らかな勝者としての余裕が感じられる。力を持つ者と持たない者。理不尽を振るう者と振るわれる者。強盗が持つ銃が勝者の余裕をよりいっそう大きくしている様子だ。日本人のように普段から銃を見慣れていない者達にとって、銃とは絶対的な破壊の象徴にすぎないのである。

「だって本当に怖くないもの。外は大勢の警官が突入の機会を窺っているし、どうやらあんた達には人を殺す勇気もないみたいだし、このまま長期戦になればそっちのほうが不利でしょ、どう考えても。つまり今この場にいるあんた達をどうにかさえできれば、あたし達は確実に助かるってわけよ」

華那が言っていることには色々矛盾点が多すぎる。何がどこに結びついて助かると断言できるというのか。警官が突入の機会を窺っているからといって助かるという保障もないし、いざとなれば強盗達も人を殺めるかもしれない。どう見ても華那達のほうが依然不利な状況下にあるのに、彼女の言葉はまるでそれ自体に力が宿っているかのように、有無を言わせない確かな力があった。

優位な位置にいるはずなのに、強盗達の間には少しの動揺が生まれる。所詮ハッタリだと思っていても、頭の中で響く声は「この女はヤバイ」と警告を発していた。

「銀行強盗の人質っていうレアな体験をもうちょっと味わっていてもいいところだけど、政宗とのデートの時間が減っちゃうからそろそろお開きにしてくれないかしら?」
「ナメ腐った口を聞きやがってェ……!」
「……ったく、なんで華那はそうケンカを売りたがるんだよ」
「政宗も売るじゃん。人のこと言えないでしょー?」

本当のことをいうと、この強盗達は人質を殺すつもりは全くなかった。銃は本物だが何も本当に人を撃とうとは思っていなかったのである。脅すための手段として何発か発砲したが、それだって天井に向けて、だ。

しかし今は違う。華那の言葉によって、強盗達のプライドはズタズタに引き裂かれたのだ。そして強盗達は―――力を誇示するための行動にでた。リーダー格の男が華那を―――正確には華那の後ろにいる他の人質に向けて銃口を向けたのだ。華那は自分に向けられたのだと思い身構えるが覆面から除く目を見て、自分を狙っているのではないとわかるなり表情を硬くさせた。

「お前が悪いんだぜ? 自分の立場も弁えずに勝手なことをベラベラ喋るからよォ……!」

華那の中に僅かながら焦りが生まれていた。自分が狙われているのなら華那もここまで焦ることはなかっただろうが、狙われているのは全く関係ない他の人質である。自分のせいで無関係の人間が傷つくことだけはなんとしてでも避けたい。当たり所が悪くて死んでしまったらそれこそ後味が悪すぎる。政宗も瞳を鋭く光らせながら男の動きに全神経を研ぎ澄ませていた。

全ては男が引き金を引く一瞬で決まる。華那と政宗は真っ直ぐに男を見据えた。そして男の指が引き金を引こうとしたまさにその瞬間、華那の足元が―――爆ぜた。華那は男に向かって駆け出すと同時にボールペンをまるでダーツのように投げた。それはまるで弾丸のように速く、そして鋭かった。

「ぐあァ!?」

ボールペンは男の右手の甲を貫通し、最初からそこにあったように手の甲に止まった。引き金を引こうとしていた指に鋭い痛みが走ったことにより、銃の照準は大幅にズレ天井に向かって一発の銃声が響く。その隙を突かんと華那は一気に距離を詰め懐に入った。そして男の顎目掛けて手加減なしのサイドキックを食らわせたのである。男は倒れるなり、そのまま動かなくなった。

「な……!?」

これには仲間の強盗達も言葉を失った。こうなるとは誰も予想していなかった、というよりできなかったからである。どこの世界に銃を持った男が、女、それも子供に負けると思うのだ。

「自分だけ楽しむなんてずるいじゃねえか。そのpartyオレも混ぜやがれ!」

政宗は呆然としていた男に一発のパンチをお見舞いする。パンチを一撃食らっただけだというのに、男は衝撃で後方へ吹っ飛んだ。さながら人間大砲のような光景である。銃を持っているのに勝てない。勝てる気がしない。戦いというかっこいいものではない。

これはただのケンカだった。あまりに原始的な、力と力がぶつかり合う子供のケンカのようである。シンプルすぎるケンカ故に力の差がはっきり現れたのだ。こいつらには勝てない。いつの間にか絶望という名の色は逆転していたのである。

***

「なんか最近まともなデートをしていないような気がする。この前は町のチンピラに絡まれたし、その前は近くのおばあちゃんがひったくりの被害にあって犯人を半殺しの目に遭わせたでしょ。何かしら起こるトラブルのせいで、政宗とのラブラブデートが悉く潰れているような気がする…」
「気がする、じゃなくて実際にそうなんだよ。ったく……」

一体いつになったらまともなデートができるのか。政宗は華那の運の悪さを心底呪いながら、先ほど逮捕された銀行強盗が乗ったパトカーを見送った。覆面を取った犯人達の顔は醜く変形し全身ボロボロだったらしいが、華那と政宗はそ知らぬ顔で銀行を後にしたのだった。

完