リクエスト | ナノ


良薬口に甘し

成実から「政宗が風邪をひいた」と電話があった。あの政宗が風邪をひいた。なんとも珍しいこともあるものだ、というのが電話をきいて最初に思ったことである。何故か私の中で政宗が風邪をひくというイメージがなかったせいだ。馬鹿は風邪をひかないとよく聞くが、決してその言葉が当てはまるからというわけではない。

なんとなくだけど、政宗は風邪ひかないというイメージがある。なんとなく、似合わないと思ってしまうのだ。だから今回の政宗が風邪をひいたという話で、「ああ、政宗も人の子なんだなァ」と思ってしまったくらいである。そんな暢気なことを考えながら成実の話を聞いていたら、成実の声のトーンは急に刺々しいものになった。

「なーに暢気なこと言っているのさ。政宗が風邪をひいた理由は、華那の風邪をうつされたからじゃないか」
「う……あれは政宗が勝手にお見舞いだって言って来たんじゃない」

数日前、私は風邪をひいて寝込んでいた。広い家に一人っきりは思っていた以上に淋しくて、とっても人恋しくなってきて、ごはんも食べられないくらいしんどかったとき、政宗が学校を途中で抜けて看病に来てくれたのだ。まさかそのときの私の風邪が、政宗にうつっていたとは……。人から風邪を貰うなんて、政宗も意外とやわな身体だったのね。

「で、私にわざわざ電話をかけてきたってことは……?」
「いやー、ちょっと頼みたいことがあってさー。俺達じゃどうしようもなくて、華那の言うことなら政宗も聞いてくれるかなって思って」
「………?」

成実の思惑が図りきれず、怪訝に思いながらも私は政宗の屋敷に足を運んだのだった。

***

この扉の向こうが政宗の部屋。耳を澄ませば、ドアの向こうから荒い息遣いと、ゴホゴホと咳き込むような音が聞き取れた。実のところ政宗が風邪をひいたと成実から知らされ、こうして政宗の屋敷の来るまで半信半疑だったのだ。だってありえないでしょう。あの政宗が風邪ごときでへばるなんて。

「……本当に風邪をひいていたのね、政宗の奴」
「………それはどういう意味さ」
「ガキ大将は風邪をひかないと同じ理論よ」
「や、余計に意味わかんないし。とにかくさっき言ったこと頼んだよ。俺達の言うことじゃ政宗には通用しないんだから!」
「はいはい……でもまさか政宗が、ねえ……」

屋敷に着くなり成実からある頼みごとをされたのだが、その頼みごとというのが実に信じられないものだったのだ。

「だって政宗に薬を飲ませろって……どこの子供よそれ」
「しょうがねえじゃん。政宗のやつ薬を飲もうとしねえんだもん。苦いから嫌だって言って」

苦いから薬を飲みたくない。そう言い続けて政宗は薬を飲もうとしないのだという。小十郎がよく効くからといって、粉末の薬を用意したらしい。だが良薬口に苦しとはよくいったもので、その薬は効果は抜群だが、大人でも顔を顰めるくらい苦いと評判の薬だったのだ。

「だから飲みたくないと駄々を捏ねているわけね……。でもそんなに苦いって噂の薬なら、政宗の気持ちもわからなくはないな……」
「とにかく頼んだよ! 俺はあっちにいるから」

成実の背中を見送ると、私はすうっと深呼吸をした。そして二、三回ドアをノックしてから、「失礼しまーす……」と言ってドアを開ける。部屋の奥にあるベッドの上に、政宗はぐったりと横たわっていた。熱でもあるのか、少しだけ呼吸が荒い。私がいることにすら気づいていないのか、政宗は目を閉じていながらも、どこか辛そうに眉間にしわを寄せていた。私は恐る恐る政宗に近づいていく。

「ま、政宗。大丈夫……?」
「Ah……華那、か……?」

喉が痛いのか、声が少し擦れている。どうやら政宗がひいた風邪(もとい私がうつした風邪)は、喉にもきているらしい。私はベッドの傍に膝をつくと、政宗の額の上に乗せられていたタオルを取り替える。よほど熱かったのか、冷やりとしたタオルを乗せると、政宗は少しだけ表情を柔らかくした。

「風邪ひいたんだって? 成実から聞いたよ。ごめんね、私の風邪うつしちゃった?」
「………別にこれは華那のせいじゃねえ」
「今日は休みだから、一日私がつきっきりで政宗の看病をしてあげる。何かしてほしいこととかある? 食欲ないけもしれないけれどお粥食べる? それとも汗かいただろうし先に着替えちゃう?」
「………そうだな、悪ィが着替えさせてくれねえか? おそらくその辺に置いてあると思うだが……」

気だるそうに政宗は上半身だけ起こすと、ボーっとした表情でパジャマのボタンを一つ一つはずしていく。政宗が言ったとおり、替えのパジャマはベッドのすぐ傍に置いてあった。きっと小十郎があらかじめ用意していたんだろう。その証拠に綺麗に折り畳まれている。

「はい、政宗! パジャマ………」

政宗にパジャマを渡そうと彼のほうに向き直った途端、私はおもわず目を疑ってしまった。あの政宗がボタンを上手くはずせていないのだ。熱で頭がうなされているのか、ボタン一つはずすのにかなり梃子摺っている様子である。一つや二つはなんとかはずせているのだが、私にとってそれは目の毒となった。少しにはだけたパジャマの下から、政宗の汗ばんだ肌が覗いているからである。な、なんですかそのフェロモンは……。こんなときになんだけど……鼻血でそう。

「て、梃子摺っている様子だから……て、手伝ったほうがいい?」
「Shit……悪いな」

遠慮がちにベッドに腰かけ、政宗と向き合った。それだけで私の心臓はドキドキと、耳障りなくらい大きな音を鳴らし続ける。恥ずかしさのあまり政宗の顔を見ることができず、私はどこかわからない一点を見ながら、少し震える手つきでボタンを一つ一つはずしていく。その間政宗は何をするでなく、私にされるがままになっている。何か喋ってくれればいいのに、こういうときに限って政宗は何も話してくれない。なんとか全てのボタンをはずし終え、私は「ふー…」と安堵の息をついた。

「パジャマを着替える前に、身体を拭いたほうがいいよね……!」

一つの壁を越えると、また一つの壁が立ち塞がった気分だ。パジャマを脱がした次は、汗ばんだ政宗の身体を拭かなくちゃいけない。拭かないまま新しいパジャマを着ても、不快感を拭うことはできないからだ。
……思えば政宗の裸に触れるのって、は、初めてじゃないのかな!? そう考えただけでさらにドキドキしてきた。

「……華那?」
「え、あ……うん。ふ、拭くよ!?」

まずい、緊張のあまり声が裏返ってしまった。さすがに政宗も気づいたかもしれない。こっそりと政宗の表情を窺うと、彼は先ほどまでとかわらない熱っぽい表情のままだった。あれ、いつもならここで肉食獣も真っ青な、そりゃあ恐ろしいドSな笑みを浮かべているはずなのに。もしかして風邪がしんどくてそれどころじゃない? そこまで考えたとき、私は自分の考えを恥じた。政宗が風邪をひいたのは私のせいだ。なのに風邪をうつした本人が一体何を考えているというのか。真面目に看病しようと思い直し、自分の中の恥を捨て去ろうとした直後である。

「ん? ……んん!?」

視界が真っ暗になったと思いきや、ぐるりと反転したのだ。上半身裸の政宗に覆い被され、私はそんな彼をぽかんと見上げることしかできずにいる。

「政宗さん……風邪でダウンしてたんじゃないんですか?」
「ああ、だが華那は俺の風邪を治しに来てくれたんだろ? だったら今すぐ治してくれや」
「政宗に覆い被された状態でどうやって風邪を治せと仰るのですか……?」
「風邪を治すにはヤるのが一番ってな」

一瞬でも真面目に看病しようと思った自分が馬鹿らしく思えてきた。やっぱり風邪をひいても政宗は政宗のままである。だが今の政宗は風邪でダウンしていることもまた事実。いつもなら力じゃ勝てないけれど、今の弱った政宗になら力押しも通用するかもしれない。仕方がない。あまり使いたくはなかったけれど、一撃必殺の秘密兵器を使わせて貰うわ!

「風邪を治すには栄養と睡眠をとって、薬を飲むのが一番ってね!」

いつもより余裕がないのか、どこか切羽詰った顔をしている政宗はすっかりその気になっていて、もうさっそく私の服を脱がしにかかっていた。少し温かい政宗の手が私の肌を弄っていく。しかし服を脱がす時間すら惜しいのか、焦れた政宗は少し露になっていた私の首筋に顔を埋める。政宗の柔らかい髪がくすぐったい。

「政宗!」

首筋から政宗の顔を引き離し、彼の両頬をがっしりと掴む。そのまま政宗の唇に自分の唇を押し当て、咄嗟に口に含んだ「あるモノ」を彼の口の中へと流し込んだ。彼は突然流し込まれた「ソレ」を吐き出すこともできず、流し込まれた「ソレ」が何かわからないままゴクリと飲み込む。

「華那……今何を流し込みやがった!?」
「ここに来る途中偶然明智先生に会ってね。政宗が風邪をひいたって伝えると、ならこれをどうぞって、怪しい錠剤をくれたの。多分風邪薬だと思うんだけど、明智先生が言うには即効性があるからよく効くらしいよ?」
「あ、明智だと……? よりにもよってあの明智の薬を飲ませやがったのか!?」
「それもこれも薬飲まない政宗が悪い。ってなによ、人が折角、その…口移しで飲ませてあげたっていうのに、なんでそんな嫌そうな顔をしているのよ!?」

明智先生がくれた薬を飲まされたと知るなり、政宗は心底嫌そうな、というか吐きそうな表情をしている。意味もないのに首のあたりを掻き毟りはじめた。薬は今頃胃に到達していると思うから、既に食道あたりにはないと思うんだ。

「テメー……こうなったら何がなんでもヤってやる! 大人しく抱かれやがれ!」
「や、やだってば! 小十郎ー! な、なるみちゃーんー! 綱元ー! 誰でもいいから助けてー!」

その後、慌てて駆けつけた小十郎と成実と綱元のおかげで、私の大事なものは護られました。政宗はというと、明智先生の薬が効いたのか驚異的な回復をみせ、翌日にはすっかり風邪を治ってしまいましたとさ。

完 

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政宗夢/幼馴染は伊達組筆頭シリーズ
頂いたリクエスト内容は幼馴染は伊達組筆頭シリーズで「筆頭が風邪をひいて看病する夢主ちゃんの話(逆もアリ)」でした