リクエスト | ナノ


さよなら永遠なる日よ
幼馴染という関係は案外居心地が良い。友達とも家族とも違う、兄妹に近い関係だろう。つかず離れず、見えない一定の距離を保ち続ける、なんとも不思議な繋がりである。しかし居心地が良いというのは、それはただ今の関係に依存し、変わることを恐れているだけなのかもしれない。

「もうすぐクリスマスだよなー。音城至はなんかイブの予定でもあるのか?」
「んー、ないよ。友達もみんな彼氏と過ごすって言ってるから、わたしは家でケーキを食べながらテレビでも見てると思う」

と、元親の後ろの席に座るクラメイトの女の子こと、音城至華那にクリスマスの予定を訊ねたら、彼女は視線を手元の雑誌に向けたまま、どこか気の抜けた声でこう返した。その態度はクリスマスには興味がないと言いたげだ。そんなふうに言われてしまえば、元親も「ふうん」としか言いようがない。彼氏がいない女子の反応なんてこんなものなのかと、元親は腑に落ちないながらも無理やり納得する。すると雑誌を捲っていた手を止め、華那が何かを思いだしたかのようにマヌケな声をあげた。

「違う。今年は政宗と、クリスマスイブにイルミネーションを見に行く約束をしてたんだっけ」
「なっ!? 政宗とか!」
「そうだけど……そんなに驚くこと?」

政宗とは華那の幼馴染で、二人と同じクラスの男の子である。学園内でも一、二を争う人気者で、元親とも話が合うのか仲がいい。小さい頃から政宗とよく一緒に遊んでいた華那からすれば、クリスマスイブに政宗と遊びに行くと言っただけで、元親がこれほど驚くとは思ってもいなかった。それでなくとも今でも政宗とはたまに一緒に登下校したり、休みの日には遊びにだって行くくらいの付き合いはある。今回もいつもと同じ、別段おかしな点はないはずである。落ち着いた態度の華那とは反対に、元親は少し興奮しているのか早口に捲し立てた。

「それは音城至から誘ったのか? イルミネーションを見に行こうって……」
「ううん、政宗からだよ。特に予定もなかったし、別にいいかなって」
「特に予定もないからって……お前な」

元親は溜息をついた。その態度に流石の華那も少しムッとしたのか、眉間に小さなしわがうかんだ。元親は頭を抱えたくなる衝動をどうにか堪えながら、諭すような口調で華那に説明していく。

「あのなー、クリスマスイブだぞ? わかってんのか?」
「わかってるのかって言われても、何が?」

首を傾げる華那に、元親は心底政宗に同情した。元親だって人の、ましてや異性の心の機微には鋭くないほうだ。しかしそんな元親にですら、女の子にイルミネーションを見に行こうと、それもわざわざクリスマスイブに誘う政宗の真意はわかる。

「よく考えてみろよ。イルミネーションなんてクリスマス前の今でもやってるだろ? それなのに政宗はわざわざクリスマスイブに、って言ったんだよ。これがどういう意味か、流石にわかるだろ?」

イルミネーションは十二月に入れば大体どこもやっている。そのためただイルミネーションを見たいだけなら、わざわざクリスマスイブまで待つ必要はないのである。イルミネーションのピークは当然二十四日なので、人混みを避けるという意味でも早いほうがいいに決まっている。

「政宗はお前をクリスマスデートに誘ったんだ。幼馴染だからっていう理由だけじゃねえに決まってんだろ」

クリスマスは特別な人と過ごすもの。そのようなことを、クリスマスはデートの予定と言っていた友達が言っていた。それに当てはめると、政宗にとって華那は特別な人ということになる。たしかに幼馴染という特殊な関係ではあるが、よくよく考えれば普通、なんとも思っていない異性をクリスマスに誘うものだろうか。あの政宗なら、男でも女でも誘いたい放題だろうに。少なくともこの学校に政宗の誘いを断る女子はいない。イルミネーションを一緒に見よう、これくらいなら別におかしいことはない。だがそれだとクリスマスイブに拘る必要もない。ここにきて華那にもようやく元親の言わんとしていることがわかった。途端、華那の顔が真っ赤になった。効果音はまさにボンッ! だろう。

「そ、そういえば政宗の様子、ちょっとおかしかった。イルミネーションを見に行こうって誘われたとき、なんでクリスマスイブなの? って訊いたの。別にこの日じゃなくてもいいんじゃないかって思ったから。でも政宗はこの日しか空いてないから二十四日にしようって……そのときはそれならしかたないねってことでオッケーしたんだけど……」

二十四日しか空いていないということ自体が嘘だ。その証拠に次の日曜日、政宗は暇だからという理由で元親を遊びに誘っていた。それも華那の目の前で、だ。

「となると結論は一つしかねえ! 政宗はお前に惚れてるってことだ!」
「うそっ!?」
「まァお前は最初から政宗を男として見てなかったしな。近すぎたら気づかないとは、昔の誰かはよく言ったものだぜ」
「それってさ……つまり、政宗はわたしのことを女の子と見てくれていたってこと……なのかな?」

小さい頃からずっと一緒だった。お互いが男で女であるという意識すらない頃からずっと一緒に過ごしてきた。華那は今でもそうだった。少なくとも政宗のことを男として意識したことはなかったのだ。華那は昔から何も変わっていない。政宗は政宗であり、男とかそういう目で彼を見たことがなかったのである。一体政宗はいつから自分のことを女として見ていてくれたのだろう。

「政宗のことは好きだけど、この好きって気持ちは何の好きだろう。今更わからないよ」

友達として好きなのか、幼馴染として好きなのか、家族として好きなのか。小さい頃からずっと一緒だからこそ、自分の好きがどういう意味での好きなのかがわからない。第一、好きって何だ? 政宗と一緒にいることは嫌いじゃない。どちらかと言えば好きだと思う。それに一緒にいるとなんとなく落ち着く。ただこれは昔から知っている人が傍にいる安心感に近いような気もする。見知らぬ人より知っている人。それだと政宗でなくてもいいということになってしまうのではないか?

「どうしよう元親。政宗のことちゃんと考えようとすればするほどわからなくなってくるよ!」
「おーおー、すっかり意識してらァ」

顔を真っ赤にさせながらすっかり混乱してしまっている華那を、元親は楽しそうに眺めているだけである。元親が変なことを言うから! と、無責任な責任転嫁で彼を詰るが、元親はさして気にする様子はない。

「まあ精々悩むことだな。政宗からすりゃ嬉しいんじゃねえの? ようやく自分のことを男として見るようになったんだからな」
「このあと政宗に、一緒に帰ろうって言われてるのに! どんな顔で会えばいいのよ、元親のバカ!」
「……ってそれを俺に言われてもなァ?」

冷静さを欠いている華那には何を言っても無駄だとわかっているので、政宗が現れるまでの数十分間、元親は華那に理不尽なことを色々言われたが、その全てを華麗にスルーしきった。迎えにきた政宗と目が合うなり、挙動不審になっていた華那の様子があまりにおかしかったので、これをネタにしばらく彼女をからかい続けようと心に誓った元親だった。

勿論、華那の様子に不審に思ったのは元親だけではない。迎えに来た張本人である政宗もまた、自分の隣を歩く華那の様子を訝しげに観察していた。

「Hey華那、なんだよこの微妙な距離は……」

並んで歩いている政宗と華那の間には、人一人分程度の空間が開いている。二人で並んで歩くには不自然なまでに離れ過ぎている。それに加えて隣を歩く幼馴染の口数も少ないとなれば、誰だって眉を顰めるというものである。

「別に、いつもと同じだよ!?」

おまけに政宗が話しかけると、華那は明後日の方向を見つめだす。決して目を合わせようとしないのだ。声も裏返っていて、これでいつもと同じだと言われても説得力がない。明らかに何かを隠している華那の態度に、政宗は「Hum……」と何やら考え込んだ。

ただ華那からすれば、この状況はたまったものではない。自分のことを特別に想ってくれているのかもしれない男の傍にいて、どうして平然といられるものか。前を見つめる政宗の横顔を、華那はこっそりと眺める。思えば政宗の顔をちゃんと見たのはいつぶりだろう。顔を見ることはいつものことでも、意識して見たことは久方ぶりで、少なくとも男として見たことはなかったような気がする。

……すっかり男らしく育っちゃってまあ。こうして見ると、政宗ってやっぱかっこいいんだよね。

周りの女の子が騒ぐ気持ちがわかったような気がした。ちょっとした芸能人よりも政宗は顔立ちが整っているのだ。筋トレでもしているのか、体格もシュッと引き締まっている。華那は何気なしに自分の身体を見下ろして見た。もうちょっと胸が大きくて、腰も引き締まっていたらよかったのにな、なんて思って勝手に落ち込んでしまった。大人っぽい政宗と並べば、自分の子供っぽさが一層引き立ってしまう。周りの目には恋人同士、ではなく兄弟と映ってさえいそうだ。

小さい頃からの付き合いだ。それこそ目線の高さが同じ頃から、ずっと。それがいつしか、華那が政宗と目を合わせるには、彼を見上げないといけなくなった。声もどんどん低くなって、華那がどんなに頑張っても、あらゆる面で政宗に追いつけなくなった。根本的に身体のつくりが違う。今改めて思い知らされる。自分は女で、政宗は男なのだ。

「おいっ、華那!?」
「わっ!?」

突如政宗に強引に腕を引かれ、華那はバランスを崩して後ろに倒れかけた。幸い政宗の胸に支えられ倒れることはなかったが、結構な力で腕を掴まれたせいで少し痛い。突然驚かすなと文句を言ってやろうと口を開くも、それを政宗の鋭い声が遮った。

「お前な! 赤信号ってわかってんのか!?」
「え……ごめん。ありがとう」

考え事をしていたあまり、赤信号に気づけなかった。顔を上げると、上からこちらを覗きこむ政宗と目が合った。本気で怒っているのか、いつにも増して真剣な眼差しに目を逸らせなくなる。

「……聞いてるのか?」
「……うん、聞いてる」
「本気で聞いてるのかわからねえ返事だな」

まあいい、と政宗が言ったところで信号が青になり、掴んでいた腕を放し政宗は歩きだした。その後を華那が駆け足で追いかけながら、政宗に腕を掴まれたときの感触を思い出していた。自分のような手と違い、男らしく骨ばった感触。異性と触れる経験はないほうなので、腕を掴まれただけでもドキドキする。触れられた箇所が熱を持っているような気さえした。

「あのさ、政宗。二十四日のことなんだけど」
「ん? それがどうかしたのか?」
「なんで二十四日なのかなって思って、さ……。二十四日だよ? クリスマスイブなんだよ?」

クリスマスイブにカップルだらけの場所に遊びに行くなんて、元親の言うとおり、自分のことを特別だと思ってくれているからなのだろうか。だがそれはあくまで元親の考えで、政宗の考えではない。政宗の言葉で二十四日の意味を知りたい。もし元親の言うとおりだったら、自分はどうすればいいのだろう。政宗のことを好きか、と訊かれてもまだわからない。嫌いではないことだけは確実なのだが、男の人として好きなのかまだよくわからないのだ。政宗の言葉をドキドキしながら待っていた華那だが、彼の言葉は意外なものだった。

「二十四日、親父の実家でpartyがあるんだよ。そんな面倒なモン出たくねえから、適当に用事があるって言って逃げようと思ってんだ」
「は? なにそれ? つまり私との約束はそのパーティーに出ないためのダシってこと?」
「そう怒るなって。ちゃんとメシくらいなら奢るからよ」

政宗が二十四日に拘ったのは、クリスマスイブという特別な日だからという理由ではなく、ただその日の用事をサボるためだった。元親の思惑は見事にはずれ、華那が一方的に意識させられた結果となってしまった。理不尽な怒りに腹を立てると同時に、多大なる勘違いをしたせいで恥ずかしさが込み上げてくる。華那がなんとも思っていなかったように、政宗もまたなんとも思っていなかったのだ。全部元親のせいだ。明日学校で文句を言ってやる。だが一番腹が立つのは、その言葉を鵜呑みにした自分自身だ。

「最っ悪! 信じられない!」
「何が最悪なんだよ?」
「なんでもない! 私の一方的な勘違い!」
「勘違いだァ?」

恥ずかしさのあまり顔が熱い。こんな顔を政宗に見られたくなくて、華那は歩調を速め、政宗を追い抜いて先を歩いていく。政宗がなんとも思っていなかったと知った瞬間、胸の奥にぽっかりと穴が開いたような、酷く残念な気持ちがしたのだ。きっと自分自身気づかないうちに、政宗の気持ちに期待していたのだろう。政宗が自分のことを女の子として好きかもしれないと言われ、どこか浮かれていたに違いない。自分の気持ちはわからなくとも、政宗の気持ちはとても嬉しかったのだから。

――好きって気持ちが嬉しいってことは、わたし……政宗のことが。

悔しい。とても悔しい。意識させるだけさせといて、挙句好きだと気づかされただけだなんて。急に不機嫌になった華那に戸惑いながらも、政宗は少しだけ足を速め彼女を追いかけた。すると華那はピタリと足を止め、くるりと政宗のほうを振り返るなり、

「クリスマスイブっていう特別な日に誘われたらね、勘違いしちゃうってことなの! バカバカ、政宗のバーカ!」

と、言い捨てて走り去ってしまったのだった。時間的なこともあり、その姿はまさに夕日に向かって走り出す青春ドラマさながらの光景だった。華那の言っている意味がわからず、政宗はしばらくの間その場で立ち尽くす羽目になってしまう。

「ククッ……なんだよ、そりゃ」

先ほどの彼女の言動が面白かったというのもあるが、それよりも嬉しさのあまり笑いが止まらないのだ。彼女の捨て台詞をもう一度頭の中で再生する。

あいつ、このオレが二十四日の意味も深く考えず誘ったって、本気で思ってんだな。

二十四日に父親の実家でパーティーがあるのは本当だ。色々と面倒なので参加したくないという気持ちも本当だ。しかしそのためだけに華那を誘ったということだけは、ノーである。もしパーティーが二十四日ではなかったら、サボるための口実に選ぶ相手は誰だってよかったのだ。それなのに今回、政宗はあえてそうしなかった。クリスマスイブという特別な日だからこそ他の誰でもない、華那を選んだというのに。

「そう言う華那も、オレの気持ちに気づいてねェんだよ、バーカ」

十二月二十四日のクリスマスイブは、今までとは違う何かが起こる。そう確信した政宗は、ご機嫌斜めの幼馴染を追いかけるため、夕日に照らされた道路をしっかりと踏みしめ、駆け出して行った。

完 

70万筆頭企画/まおらさまへ
政宗学園夢
頂いたリクエスト内容は、政宗で甘いお話というものでした