リクエスト | ナノ


女らしくでいこう!

何かがおかしかった。しかし何がおかしいのか誰もわからない。ただ何かに違和感を覚え、じっとある一点を見つめてしまう。

彼らの視線の先には自分達のボスである伊達政宗と、彼の許嫁となった音城至組頭の一人娘、華那だ。彼女が伊達の屋敷にいる姿は珍しくもなく、普段なら微笑ましい気持ちで二人の様子を見守っているだけ。

だが今回は何かがおかしい。伊達成実は二人から少し離れた位置で違和感の正体を探っていた。考え込むこと数分、違和感の正体がわかった。ああ、そうか。そういうことか。一人で納得し、うんうんと頷いて見せる。

「って華那がスカート穿いてる!?」

反射的に大声をあげてしまった。近くにいた男達は「あ!?」と驚愕の声をあげ、そんな声に反応した政宗と華那が成実達のほうへ振り返る。気づかれてしまったのでは仕方がない。近くで固まっている男達を放置し、成実は二人の傍へと近寄った。政宗は二人の時間を邪魔されたと露骨に顔を顰め、華那は何が恥ずかしいのかほんのり顔を赤らめそっぽ向いている。

「そうだよ違和感の正体はそれだったんだ。あの華那がスカートを穿いてるからおかしかったんだ」

華那は長年人前では男のふりをして過ごしてきた。そのためスカートではなくズボンを穿き、服装もどちらかといえば男の子らしいものを好んで着ていた。政宗に正体がバレた今でも長年の癖なのかズボンを愛用していて、女の子らしい可愛い物には一切手を出そうとしない。

政宗が何度か女性らしい格好をさせようとしたがそのたびに華那は嫌がり、最終的には物理的手段を用いて政宗を黙らせている。しかし今の華那は全体的にフェミニンを意識した、可愛らしい女性の格好をしているではないか。普段隠れているすらりとした長く細い足も惜しみもなく晒されている。ずっとズボンを穿いているせいかあまり日焼けしておらず、健康的な美しい白さが眩しい。

「なに、一体どうしちゃったのさ? 政宗のゴリ押しについに観念しちゃったの?」
「これだよ、これ」

そう言って政宗は一枚の紙切れを成実の前に突き付けた。その紙には黒いインクで大きく誓約書と書かれていた。

「誓約書。私こと音城至華那は勝負に負けた場合、今日一日奴隷として政宗様にお仕えすることをここに誓います……ってなんだよこれ!?」
「華那が素直に言うことを聞くわけがねえだろ? だから勝負でケリをつけることにした。んでオレが勝った」
「ちなみに勝負って……?」
「一対一の喧嘩」

と、ぶっきらぼうに答えたのは華那である。仮にも音城至組の跡取りとして育てられた華那はそれなりに強い。しかし政宗はその強さの上をいっていた。勝負事を挑まれて無視することは華那の性格上どうしてもできず、些か不安を覚えつつも政宗がふっかけた勝負に乗ることにしたのだ。

勝負事に関して潔い性格をしている華那は、負けたのだから仕方がないと己の状態を受け入れる節がある。敗者が勝者の要求を飲むことは当然だと思っているのだ。だからこんな無茶な要求も受け入れたのだろう。

「で、負けちゃったんだね……」
「何度も言うな。腸が煮え繰り返りそうだ」

負けたことが本当に屈辱だったのだろう。華那はギリッと唇を噛み締めている。すると突然政宗が華那の頭を軽く小突いた。成実はぎょっと目を大きく見開き政宗を見た。政宗が女性を小突くことすら珍しいというのに、成実には何故華那が小突かれたのか理由がわからないためである。

「これが見えねえわけじゃねえよな、華那?」

そう言って政宗は誓約書を華那に見せつけるように押し付けてきた。華那は何かを思い出したのか、あっと短い声をあげる。が、すぐさま悔しそうに政宗を睨みつけた。成実には全くわからないが、政宗と華那にしかわからない何かがあるようだ。

「っつーわけでLet's try once again」
「………な、何度も、言わない、で。腸が煮え繰り返り、そう……」
「あの華那が女口調!? つかよ、女の口調で腸が煮え繰り返るはねえよなあ……」

言っていて華那も恥ずかしいのか顔を真っ赤にさせながら俯いてしまっている。

「オレが出した条件は一つだけだぜ。今日一日、女らしく過ごせってな」

女らしく。政宗が出した条件はたったこれだけ。しかし長い間男のふりをして生きてきた華那からすれば相当難しいことだ。服装だけならまだしも口調までとなると、常に女らしくと意識しないことには上手くいかない。日頃使う口調を封じられるのは精神的にかなり苦痛だろう。

「そもそも私に女らしくを強要すること自体無謀なんだ。日頃から女らしくないことは私自身が一番自覚している。政宗も私にこんな格好をさせても意味がないことにいい加減気づけ。なのに最近はずっと女らしい格好をしろとしつこくてな」
「……ご愁傷様、華那」

成実は心からの同情を華那に送った。日頃政宗のおもちゃにされることが多い成実の言葉はやけに重みがある。言葉に出さなくとも成実と華那の間に妙なものが通じ合った瞬間だった。

「Hey 成実。こいつに変なこと吹きこんだらただじゃおかねえぞ。華那も、そろそろ部屋に戻ろうぜ」
「え、ええ……」

これ以上成実に変なことを吹き込まれたら面倒だ。そう判断した政宗は華那の手を引きこの場を後にした。


「なあ、本当に今日一日スカートを穿かなくてはいけないのか?」
「口調」

政宗の自室に戻るなり華那がそろそろ勘弁してくれてと言わんばかりに声で言ってきた。しかし政宗の容赦ない指摘が飛んでくる。

「……本当に今日一日、スカートを穿かなくちゃいけない、の?」

それ以上は伸びないとわかっていても、華那はスカートの裾を伸ばし極力足を隠そうとしている仕草がいじらしい。やはり女口調は慣れていないのか、未だに彼女の口調はたどたどしい。

政宗からすれば華那が恥ずかしがっている理由がよくわからない。彼女はれっきとした女だ。普段の口調を封じられているだけでここまで恥ずかしがるものなのだろうか。例えば政宗や成実が今日一日女の口調で話すように言われても、最初のうちは恥ずかしさがあるかもしれないが途中で慣れると思うのだ。成実に至っては楽しんでやっている光景すら浮かんでくる。

「当たり前だ。誓約書がある限り、今日一日オレの言うことを聞いてもらわなくちゃいけねえからな」

ああ、そうか。彼女が恥ずかしがっている理由がようやくわかった。執拗にスカートの裾を伸ばす仕草、成実にスカートのことを指摘されたときの反応。華那が恥ずかしがっている原因はこのスカートにあったのだ。普段からズボンばかり穿いているせいで足を露出する機会はほとんどない。政宗だって華那の生足を見たのはこれが初めてなのである。

「さっきからskirtの裾を伸ばしてるとこ悪ィんだけどよ、それが逆効果だってわかっててやってるのか?」
「ぎゃくこう……うわ!?」

華那が言い終わるよりも早く、政宗は彼女を後ろのベッドに押し倒した。華那の両手を彼女の耳元近くで押さえつけているため、どうやっても起き上がることはできない。お互いの息がかかるという至近距離で、政宗は華那の目をまっすぐに見つめた。

「恥じらいをもって隠そうっていう仕草ってなんかたまんねえよな」
「たまらない……?」
「ようするにグッとくるってことだ」

言うなり政宗は噛みつくようなキスをした。彼女の口から「んっ」と小さな声が漏れる。いつもは軽く触れるだけのようなキスをするだけだが今日は違った。いつまで経っても政宗はキスをやめようとしないのだ。息苦しくなってきた華那は政宗の胸をドンドンと叩いた。

政宗が少しだけ唇を離すと、華那はここぞとばかりに大きく息を吸おうと口を開ける。まるでその瞬間を狙っていたかのように、政宗は再び自身の唇を彼女の唇に押し付けた。そして半ば強引に舌と舌を絡ませる。最初は戸惑いを隠せない華那も、ぎこちない動きだが自分から舌を動かし始めた。唇と唇が離れた頃、余裕がある政宗に対し華那は肩で大きく息を吸い込む羽目になっていた。

「そういやさっき言ってたな。日頃から女らしくないことは自覚してるって」
「そうだ……いや、そうよ」
「お前はオレの前じゃ十分女らしいって気づいてねえのか?」
「女らしい? 私が?」
「yes こうやってkissしたときの表情とか声とか、めちゃくちゃそそられる」

自分じゃ気がついていないだけで、お前は十分女らしいんだよ。なあ、華那?

完 

恭夜さまへ|Frontier
政宗現代夢
頂いたリクエストは「越えられない壁」「幾度目かの記憶」の続編で、幼馴染シリーズのようなギャグ甘(政宗視点)というものでした