リクエスト | ナノ


トラブルガール

「今度の連休は旅行にでも行かねえか?」

すっかり我が物顔で自宅に上がり込んでいる政宗のこの一言がきっかけだった。連休とはいえ自分達学生からすればテスト前。テスト前の貴重な連休は、少しでも成績を上げるために悪あがきをする勉強時間だと華那は考えている。成績上位者の政宗と違い華那の成績は真ん中あたり。この連休に勉強をするかしないかで、赤点をとるかとらないか決まることだろう。

そもそもテスト前という大事な時期に旅行なんて行っていられるか。頭の片隅にテストのことが過りながらの旅行なんて、どれだけ想像しても楽しそうではない。だが華那はそこまで真面目ではなかった。少しでも成績を上げるために悪あがきをする勉強時間だと考えているだけであり、華那自身それを実行しているわけではない。

「いいわね、近場の温泉でのんびりってあたりが妥当かしら?」

当然、政宗の誘いを断るわけがない。その代わり費用は全部政宗持ちね、と付け加えることも忘れてはいなかった。こうして政宗と華那は次の連休を、一泊二日の温泉旅行にあてることになったのであった。

辺りが朱色に染まる山奥の温泉街、そこに政宗と華那の姿があった。電車を乗り継いで行ける近場とはいえ、自分達が住んでいる街とは雰囲気が全く違う。温泉街として栄える街特有の賑やかで、どこか浮ついた楽しい雰囲気が至るところに溢れている。連休ともなると人も多く、右を見ても左も見ても旅行者ばかりだ。何をするでなく、ただ歩いているだけで楽しいと思えることこそ旅行の醍醐味でもある。旅館に荷物を置くなり観光へ繰り出した二人は、この街の名物料理に舌鼓を打っていた。普段なら食べながら歩くのは行儀が悪いと叱られるところだが、こういった場所では歩きながら食べる姿が普通だといえる。

普段より二割増しの食事量の華那に、流石に疲れた政宗が呆れながら「よく食べるな」と、少し前を歩く彼女に話しかけた。華那はきょろきょろと辺りを見回していた。どうやらまだ食べるつもりでいるらしい。政宗の口から自然とため息が漏れる。

「こういうときっていつもよりも多く食べられるじゃない。ここでしか食べられないのなら、この街の名物全て食べ尽くす気概で挑まないと失礼ってものよ」
「誰に、というか何に対して失礼なんだ?」
「細かいことは気にしない。すみませーん、これ一つくださーい。……それに、最近まともなデートができなかったでしょ。楽しいとお腹も減るのよね」

この二人のデートはとにかくトラブルが多い。自分達が何かをしたわけではない。いつも気がつけば周りのトラブルに巻き込まれてしまっているのだ(主に華那が)。一体どういう性質なのか、華那はトラブルを引き寄せる才能があるらしい。それもかなりハードな部類のトラブルを、である。銀行強盗と遭遇した挙句説教をかましたり、またあるときは別の銀行強盗に捕まって人質にされてしまったことだってある。

とにかく、人が生きていく上でそう何度も遭うはずのないトラブルを、彼の恋人は日常的に呼び寄せているのである。おかげでそんじょそこらの犯罪じゃ動じなくなった。人間とはなんとも図太い生き物だろう。

「そのtroubleを引き寄せる体質のせいで、今回の旅行も何かあるんじゃないかって思っちまうんだよな」
「人をなんでも引き寄せる磁石みたいに言わないでよ。こんな長閑な温泉街で事件があるはずがないでしょ」
「………いや、そうでもねえんじゃねえか?」

そう呟いた政宗は、どこか遠くを見ているようだった。何を見ているのか不思議に思った華那は、彼が何を見ているのか知るため視線を合わせてみる。彼の視線の先はお店の奥にある小さなテレビだ。流れている番組はおそらくニュース番組だろう。ニュース番組なんて珍しいものではない。監視カメラの映像だと思われる荒い画質の映像には、二人の若い男性が映し出されている。ぱっとしない顔だなあと思ったことは口には出すまい。

「ニュース番組がどうかしたの?」
「別に大したことじゃねえよ。宝石強盗が金品を奪って今も逃走中ってだけだ」
「ふーん、物騒なこともあるもんね」
「一つだけ問題があるとすりゃ、その事件がこの街で起きたことくらいだな」
「………この街」

つまり今ニュースで報道されている強盗事件は、現在進行形でこの街で起きていることということになる。華那は露骨に顔を顰めた。今までの経験上、こういった事件によく巻き込まれてきたせいだ。冗談じゃない、今は政宗と旅行中だ。心身を癒しにきた旅先で更なる疲労はご免被る。このまま街をうろつけばうっかりばったり逃走中の強盗と出会ってしまうかもしれない。いや、出会う自信がある。長年の経験で培った女の勘がそう訴えかけている。

「政宗、もう旅館に帰りましょうか。そしてそのまま引きこもるの」
「奇遇だな。オレも同じことを考えてたぜ」

旅館から一歩も出なければ強盗と出会うこともないだろう。そう考えた結果、旅館に引きこもることこそ最善の策だった。

食事の前に温泉に入りたい。そう言ったのは意外にも政宗からだった。温泉街に来たのだから温泉に入らなくては意味がないだろう。大浴場の入り口で別れるときに一緒に入るかと冗談まじりに訊いてきた政宗に、一発お見舞いすることを華那は忘れなかった(残念ながらまだ混浴の時間ではない)。ほかほかと湯気を纏い満足気に上がった華那だったが、入口に政宗の姿がない。上がったら入口で待っていると約束していたのだが、どうやら自分のほうが先に上がったらしい。

しばらくは入口で待っていたのだが政宗が上がる気配が一向にない。さすがに退屈になってきたので、少しくらいなら大丈夫だろうと自分に言い聞かせ、旅館のロビー近くにあった売店に足を延ばすことにした。沢山あるお土産は見ているだけで楽しい気分になってくるから不思議である。

両親や組の舎弟達のお土産は何にしようか考えながら物色していたら、肩に何かがぶつかった。慌てて隣を見ると旅館の客と思われる男性と目が合った。お互いバツが悪そうな顔をうかべ、すみませんと頭を下げる。お土産に夢中になるあまり周囲を見ていなかった証拠だ。可もなく不可もなく、イマイチぱっとしない地味な印象の男である。

「お土産って、見ているだけで楽しいから不思議ですよね」
「ふふ、そうですよね」

旅先では見知らぬ人ともこうやって気軽に会話を繰り広げてしまうこともまた醍醐味の一つと言えるだろう。この場に政宗がいなくてよかったと、華那は内心でひとりごちた。嫉妬深い政宗のことだ。目の前の男性に喧嘩を売りかねない。

「あ、こんなところにいたんですかー。捜しましたよー」
「お前が遅いのが悪いんだろう? じゃあ俺はこれで……」
「ええ、よい旅を」

この人も自分と同じように待ち合わせをしていたのだろう。少し離れた場所からもう一人の男に声をかけられたことで、華那と話していた男性は軽く頭を下げこの場を後にした。

男二人で旅行とは寂しいものね。内心ではこう思いつつも表の顔は愛想よく笑っていた華那だったが、何かが脳裏に引っかかり少し考え込む仕草をみせる。何かが、何かが引っかかった。それは一体何だろう。過ぎ去っていく二人の男とは面識がないはずなのに、どこかで見たような気がするのは何故だろう。それもつい最近。そう時間は経っていない。

「あーーー! さっきのニュースぅ!」

この街で起きた強盗事件。そして今も逃走中の犯人は男二人組。昔から人の顔を覚えることだけは得意だからこそ、自信を持って言える。あの二人こそ逃走中の強盗犯だ。慌てて辺りを見回すが既に二人の姿はない。たしかあっちのほうに行ったのよね。華那は近くにいた旅館のスタッフを捕まえ、事情を説明し始めた。

「しかし本当に大丈夫なんですかね? こうやって呑気に温泉に浸かっても」
「こんな田舎町だぜ? 住民も警官ものほほんとしていやがるし大丈夫だって。捕まるようなヘマはしねえよ」

二人の強盗犯はこのような会話をしながら温泉風呂に向かって歩いていた。思わずこちらが拍子抜けしてしまうほどあっさり宝石強盗に成功してしまい、この男達の心に勝者の余裕が生まれたのである。余裕は人を寛大にし、大胆にさせる不思議な魔力がある。

それなりに有名な温泉街ということもあり、いっそ温泉に浸かって帰ろうという行動に出たのだ。現に未だ誰一人として自分達のことに気づいていないし、宝石強盗のニュースのことすら話題に上がっていない。旅行客が多いからだろうか? 旅先に来てまでテレビに執着する人間はそうはいない。

「これから逃走しなくちゃいけないんだぜ? 今のうちに英気を養っておくのもありだと思わねえか?」
「思うわけないでしょうが!」

突如後ろから聞こえた怒号に男達はビクッと肩を縦に揺らした。振り向くとそこにいたのはぜえぜえと肩で荒い息を繰り返しているさっき会った女―――華那である。

「見ーつーけーたーわーよー。あんた達ニュースで言ってた宝石強盗でしょ? 旅館の人に説明して部屋を見たら鞄の中から出てきたわよ。沢山のお金と宝石が」
「ぐっ……!」
「警察にも通報しているから……逃げられないわよ?」

ぞっとするほど冷たい不敵な笑みをうかべる華那に、男達は足が竦んで動けなくなっていた。

「く……くっそー!!」
「逃がすかぁああああ!」

華那とぶつかったほうの男はくるりと背中を向けて逃げ出した。横で立ち尽くしたままの男を置いて、だ。華那の後ろには騒ぎを聞いて駆けつけた旅館のスタッフが姿を見せている。立ち尽くしたままの男はこんな調子なのでおそらく問題ない。問題があるのは逃げた男のほうだ。意外にも逃げ足が速いこの男を、華那はギッと瞳を滾らせながら追いかけた。

「くっそ、こうなったら……」

男が逃げ込んだ先は男風呂である。女なら男風呂に入ってはこられまい。そう考えたのだ。だが無我夢中で追いかけていた華那は、そこまで頭が回っていなかった。というか、男風呂という文字すら目に入っていない。男風呂に堂々と入ってきた華那に、逆に男のほうが驚かされた。いくら脱衣所に人の姿がないとはいえこれは予想外だ。

こうなったら更なる奥を目指すしかない。男は大浴場へ至る扉へ手をかけようとするが、男が扉の前に立つと同時に内側から扉が開いた。大浴場から上がってきた男と正面からぶつかってしまう。

「どこ見てんだよテメェ!」
「………なんだと?」

大浴場から上がってきた男―――政宗はおもいっきり眉を細める。青筋が二、三本浮き出ているようだ。政宗は男の服を掴むなり、強引に自分のほうへと引き寄せる。獣のようにギロリと隻眼を鋭く光らせ、男を睨みつけた。常人ではないその凄みように、男は今度こそ戦意を喪失した。

「政宗! そのままそいつを捕まえてて! 面倒なら一発殴って気絶させてもいいから!」

本気で面倒だったのか、政宗は男に一発お見舞いすると、男はあっさりとその場に倒れ込んだ。たしかに殴ってもいいとは言ったが、何の躊躇もなく殴られると少しばかりこの男に同情心が生まれてしまう。

「ところでこいつ一体誰なんだ?」
「さっきニュースで見た強盗犯。逃げたから追いかけてたの。もう一人は旅館の人が外で確保してるわ」
「華那といるとマジで色々なtroubleと遭遇するな。ま、オレとしては楽しめていいんだが……お前がここにいる事情はわかったんだけどよ、流石のオレも華那がここまで大胆な女だとは思わなかったぜ?」

よくよく政宗の姿を見てみると、風呂上がりの彼は裸だった。脱衣所なのだから裸でもおかしくはない。ただそれはあくまでも同性だった場合のみ。女である華那からすれば目の前の光景は普通じゃなかった。恥ずかしいはずなのに、どういうわけなのか目が逸らせない。熱に浮かされたように頭がぼうっとしていた、が。

「なんつーもん見せてくれてんのよこのバカ宗!」

我に返るなり、脱兎のごとく脱衣所を後にした華那だった。

完 

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政宗現代夢
頂いたリクエスト内容は政宗夢で「迷探偵じゃないもん」の二人のお話でした