リクエスト | ナノ


あべこべアンヴー

私が通う婆娑羅高校は個性豊かな人間が集まりやすいせいか、部活動もそれなりに活発なほうだ。おそらく他の学校よりも部活の種類は多いと思う。生徒が三人と顧問一人で同好会として活動することが認められており、五人以上集まったら部として成立するのだ。

沢山ある中でも特に運動部の活動は凄まじいものがある。今期はいつも以上に個性豊かな人材が揃っているのか、予選を勝ち抜き大会に出場するだけでなく、優勝までしてしまうのだから驚きを隠せない。そしてここに、大会を目前に控えた一つの部があったのであった。

竹刀と竹刀がぶつかり合う音に加え、キュッキュッと足を踏みしめるたび鳴る甲高い音がいつもより激しく聞こえてくる。放課後の体育館ではもうすぐ大会を控えた剣道部が連日のように活動していた。

剣道部の主将を務めている政宗も当然参加している。ここまで政宗のカリスマ性が発揮されているのか、剣道部員全員が政宗に羨望の思いを抱いていた。そのため政宗の掛け声一つで見事に士気が上がるのだ。その光景は伊達組のときとなんら変わらない。一体政宗のどこにそんな魅力があるのかしら。

政宗は普段なかなか見せない真剣な表情で一生懸命竹刀を振るっていた。政宗のあんな顔、私だって滅多に見られるものじゃない。主将という立場上、政宗は自分だけでなく部員達の様子も気にかけなくてはいけない。部員ひとりひとりを気にかけ、主将らしくちゃんと教えているようだ。

真剣に大会に取り組んでいる様子の政宗を見ていたら、なんだかだんだん顔が熱くなっていくのを感じた。え、まさか私あいつに見惚れちゃったの!? ……悔しいけれど、納得いかないけれど、絵になっているのよね。ああもう、悔しすぎて頭を掻き毟りたくなってきた!

「Hey そんな外から覗いてないでこっちに来たらどうだ?」

丁度休憩中なのか、額から流れ落ちる汗をタオルで拭っていた政宗に手招きをされてしまった。しかし大会を目前に控えている部活動を堂々と見学する気にもなれない。やっぱり部外者がいるだけで結構気が散ると思うのだ。今日だってとっても暇だったから、何気なく入り口の隅っこから様子を窺っていただけなんだし……。

政宗に見つからないようにこっそり覗いて帰ろうと思っていたのに、政宗ったら目敏く見つけちゃうんだもんな。単に私が隠れるのがヘタなだけかもしれないけれど。でも政宗以外の部員にはバレたふうには見えなかったんだよね。こっちに来いって手招きしている政宗に、私は首を横に振ることでその意思がないことを伝えた。本当にここからこっそり覗いているだけでよかったんだってば! もう帰るから私のことは気にしないでおくんなせぇ! 

なかなかこっちに来ない私に痺れを切らしたのか、政宗はこちらに向かってズカズカと歩き出した。私に行く気がないとわかるなり自分から行くことにしちゃいましたか。私は彼に背中を向けると脱兎の如くその場から逃げ出した。迷惑にならないようにと思ってこっそり覗いていたのに、政宗がこっちに来ちゃったら意味がないじゃない。

「オレから逃げられると思ってんのか?」

体育館を壁伝いに走っていたら、急に目の前が真っ暗になった。と思ったらボスッと何かにぶつかり、私は見えない何かに鼻をぶつけてしまう。いや、見えなくても何が起きたかはこの声で大体わかる。頭上から聞こえてきた声は政宗のものだった。てっきり後ろから追いかけてきていると思っていたから、私の注意は完全に後ろへと向いていた。そのため前から突如現れた政宗に勢いよくぶつかってしまったのだ。

間合いを取ろうと慌てて一歩下がろうとしたら、それよりも早く政宗に腰を掴まれ強引に引き寄せられた。肌と肌が密着しあう。政宗の胸元に顔を埋める形となっているため、私は早くも酸欠の二文字に襲われ始めていた。

「……こうしておけばもう逃げられねえよな?」
「うう……」

しかし何だろうこの臭い。今の今まで部活動をしていたんだから、まあ汗臭く思えてしまうのは当たり前のことなんだけど、それとは別に何か他の臭いが政宗からしてくるんですけれど……。これは何の臭いだったかな。………………あ、アレだ。

「……政宗防具臭いー!」

そうだよこの臭いは政宗が身に付けていた防具の臭いだ。私は自分でも驚くくらい強い力で政宗の腕を振りほどき、そのまま一歩ほど下がって彼との距離を作った。さすがに「臭い」と言われたことに腹が立ったのか、政宗は露骨に嫌そうな顔をしている。きっと滅多に「臭い」なんて言われないから、余計にダメージがあったのかもしれない。

その様子がなんだか可笑しくて、私はわざと鼻を摘まんでもう一度「臭い」と言ってやった。勿論これは冗談だよ。真剣に剣道をやっている人に向かって本気で臭いだなんて言えるわけないじゃないですかハハハ。

「そうかよなら……これはどうだ?」
「イダダダダダ! ギブッギブー!」

政宗は片手で私の両頬を掴むなり、ギュッと力をこめてきやがった。力を加えられることで私の頬は圧縮され醜く歪んでいく。口なんてあれだ、きっとタコのようになっているに違いない。もしかしたらイカかもしれないがまあどちらでもいい。全く女の子になんて仕打ちをするんだ。

「ちょっと仮にも自分の彼女になんてことするんデスカー? 自分の彼女がブサイクになってもいいんデスカー?」
「安心しろ、華那は元々ブサイクだ。それが多少悪化したくらい今更どうってことねえだろ」
「………!? いくら政宗でも言っていいことと悪いことがあるわよ!」

至極大真面目な顔で最低なことを言うものだから、開いた口が塞がらなかった。やっぱりさっきのカッコイイ政宗は偽者だったんだ。こっちが本物の政宗だったんだ。私ったらあらぬ幻想を抱きすぎた挙句幻を見ちゃったのね、テヘッ。言ってて虚しくなってきたわ、やめよう……。

「……そうだ。なんでいきなり私の前に現れたわけ。普通は後ろでしょ?」
「本当に馬鹿だな。体育館の出入り口は一つじゃねえだろうが。オレはすぐそこの非常口から出てきたんだよ。華那がどっちに向かって走っていったかわかれば先回りなん朝飯前だ」

政宗の言うとおり体育館の入り口は一つだけではない。左右に二つずつ、計四つの非常口が存在するのだ。私が逃げる方向さえわかれば、先回りなど確かに朝飯前である。でも最初の一言は余計じゃなかろうか?

「……何よ、人が心配して様子を見にきてあげたっていうのにさ」
「へえ……そんなに次の大会でオレが優勝するか気になって仕様がねえのか華那チャンは」
「……そ、そりゃまあ、参加するからには優勝したいじゃない!」
「Hum……そうだな。ならオレが優勝したら華那、何かくれ」
「何かくれって……えーとつまり、ご褒美?」
「Yes」

いきなり何を言い出すんだこのお人は。ご褒美って……高校生にもなってご褒美一つでやる気を見せるつもりなの? 嫌な予感しかしないけれど、一応聞いてみるか。

「ええと、例えば何が欲しいの?」
「そうだな……オレが優勝したら……」

政宗は一歩足を踏み出し、私との距離を再びゼロへと近づける。逃げようにも政宗に見つめられると体が思うように動けなくなる。あの瞳に囚われたら最後、私は何もできなくなってしまうのだ。私に動く意志がないとわかると政宗は口元に薄っすらと笑みを浮かべながら、怪しい手つきで私の太ももに触れ始める。す、スカートの上じゃなくて太ももだ。政宗の手が這うように私の太ももを撫でていく。いやいやちょっと、直は不味いだろ。

「ん……ちょっと、やめてっ、てば……! んん……!?」

太ももに意識を集中させていたため、政宗のキスを避けることができなかった。もはやさせるがままとなってしまった私に抵抗する術はない。

「オレが優勝したら、これ以上のことをやってもらうからな」
「なっ……なら口で言えばかァ! こんなご褒美なんて絶対に認めるか!」

神様お願いです。どうか今度の大会で政宗が優勝しませんように!

完 

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政宗夢/幼馴染は伊達組筆頭シリーズ
頂いたリクエスト内容は幼馴染みは伊達組筆頭シリーズで「剣道の大会で政宗に惚れ直す主人公」でした