リクエスト | ナノ


不運だって幸運に変えちゃいます

何が起きたのかわからなかった。何かがぶつかる音と何かが割れる音、そして周囲の女の子の悲鳴が、華那の耳にそれぞれバラバラに届いたような気がする。本当はこれらの音は同時に発生したのだが、当事者の華那にだけ断片的にしか理解できなかったのだ。

それまで明るかった視界は何故か急に真っ暗になり、何が起きたのか本当にわからなかったせいだろう。視界を閉じていた闇が消え明るさが戻ってくるなり、今度はジンジンとした鈍い痛みが華那を襲った。変だ、顔が全体的に痛い。あれ、それに視界も少しぼやけて見える。だがみんなの視線が華那に集中していることはなんとなくわかった。日頃から目立つことが苦手な華那からすれば居心地が悪い。

「おい、大丈夫か華那!?」
「かすが……?」

隣にいたかすがが華那の両肩を掴むなり、ジンジンと痛む顔を遠慮なく、まるで何かを確かめるかのように上から下へと触っていく。

「血は出ていないようだな……よかった」

どうやら何事もなかったらしく、かすがはホッと一息ついた。華那の頭はまだぼーっとしているが、何が起きたのか少しずつ理解できてきた。今はお昼休み。お弁当を食べ終わり、かすがと教室で話をしていたらクラスメイトの女子達に声をかけられたのだ。校庭で伊達君がドッヂボールをしているから見に行こう、と。つまらなそうに眉を顰めるかすがを無理やり引き連れ、華那は少し離れた場所から政宗を見ていた。

伊達政宗は学園で(主に女子生徒からの)人気がある男子生徒で、華那も少なからず好意を抱いている女子生徒の一人だ。あちこちを移動するボールではなく政宗の姿を眺めていたのが悪かったのだろう。華那は政宗が投げたボールが自分のほうへ飛んできていることに気がつかなかったのである。政宗やクラスメイトの女子達がそのことに気がついたときには既に手遅れだった。華那の顔面にボールがぶつかり、彼女はその場で尻餅をついてしまった。

「おい、大丈夫か!?」

その場に尻餅をついたままの華那のもとに政宗が駆け寄ってくる。さすがの女子生徒達も、こういう状況で黄色い悲鳴をあげることはなかった。政宗は尻餅をついている華那の前にしゃがむと、彼女の頬に手を添えた。顔に怪我がないか確かめているだけなのだが、今までここまで至近距離で政宗の顔を見たことがなかっただけに、華那には刺激が強すぎた。政宗の指が触れた部分がやけに熱い。心臓の音が政宗に聞こえてしまうのではないかというほどドキドキして、次第に胸が痛くなってきた。

「怪我はねえようだな……すまねえ、大丈夫か?」
「だっ、大丈夫っ! 大丈夫だからっ……!」

お願い、今すぐその手をどけてー! わたしから離れてー! 
華那は心の中で悲鳴をあげた。これ以上は華那の心臓がもたない。今なら恥ずかしすぎて死ねる。そんなありえないことまで考えるほどである。しかしそれにしても、政宗の顔がやけにぼやけて見えるのは何故だろうか。

「なにが大丈夫なものか! 伊達、お前の投げたボールのせいで華那の眼鏡が割れてしまったんだぞ!?」
「………みてえだな」

見かねたかすがが華那の代わりに口を開く。政宗は傍に散らばっている眼鏡だった物を、申し訳なさそうに見た。ああ、眼鏡がないから政宗の顔がぼやけて見えるんだと、華那はまるで他人事のように考える。

「悪い……眼鏡を割っちまって……」
「だ、大丈夫っ。別になくても見えるし!」
「Hey どこ見て言ってんだ。オレはこっちだ」

大丈夫、大丈夫。そう言う華那の見ている方向にいるのはかすがであって政宗ではない。これには政宗だけでなくかすがも複雑な表情をうかべている。つまり華那は見えていないのだ。眼鏡がないと人間を識別できないくらい目が悪いとはかすがですら思っていなかっただけに、より一層心配になってきた。おそらく眼鏡がないと華那はまともに生活できない。

「音城至。今日の放課後新しい眼鏡を買いにいくぞ、いいな?」
「ちょっ、そんなこと勝手に決めないでよ。それにわたしそんなにお金持ってないし……」
「バーカ。オレが眼鏡を割っちまったんだから、オレが弁償するに決まってんだろ。金のことなら気にするな。あと大丈夫だとは思うが、一応保健室に行って見てもらえよ」

じゃあ今日の放課後な。そう言って政宗はドッヂボールのコートへと走りながら戻っていく。放課後にどこかへ行く約束って……デートっぽくない? さすがに今喜ぶわけにはいかないが、それでもボールが顔面に当たってラッキーと思ってしまうのは、恋する乙女なら仕方がないことである。どんなきっかけであれ、お近づきになるチャンスが舞い込んできたのだ。

とりあえず次の授業のノートなら私がとっておいてやると言うかすがに感謝しつつも、
華那は思わぬ形でやってきた政宗との放課後デートに、不謹慎ながらも内心はしゃぐ気持ちを抑えきれずにいた。

***

「へー……眼鏡に縁がなかったから店には一度も入ったことなかったが、結構色々あるもんなんだな」

眼鏡一つといってもフレームからレンズまでその種類は多種多様だ。最近はデザイン性に富んだ物も多く、選ぶだけでも一苦労だ。

「どうせならこれを機に全部変えてみたらどうだ?」

さっきまでかけていた眼鏡と同じフレームの物を手に取っていた華那に、カジュアルなフレームデザインの眼鏡を差し出しながら政宗がこう言ってきた。

「眼鏡一つ変えるだけでもimageって変わるもんだぜ?」
「た、たしかにそうだけど……」

新しいイメージを作りたいのなら、たしかに第三者に選んでもらったほうが良い場合がある。今まで自分とは縁がなかった色や形の物を抵抗なく選んでくれるためだ。現に政宗が差し出した眼鏡も、華那なら全く選ばないタイプのものである。前から興味があったデザインではあるが、改めてかけてみようと思うと恥ずかしくなり、結局いつも同じフレームデザインの物を買い続けていた。

そんな華那の気持ちを見抜いたのか、政宗は次々とフレームを華那にかけては彼女に似合うフレームを探していく。すっかりマネキン状態となった華那は政宗にされるがままだ。数十分かけてようやく政宗も納得できるフレームを見つけたらしく、何故か達成感に満ち溢れた表情をしている。

鏡に顔を近づけ、華那もまじまじと己の顔をじっと見た。フレームには当然のようにレンズが入っていないため、鏡に近づかないと顔が見えないのだ。政宗が選んだフレームを見るなり、華那は一目でそれを気に入った。色と形、どれをとっても非の打ちどころがない。政宗の顔を見ると、やっぱりよく見えなかったがどんな表情をしているのか簡単に想像がついた。

「ま、まあ……折角選んでくれたんだし? 他に欲しい物もないし……。こ、これにする!」
「なんだよ折角選んでやったのに。可愛くねえな」

少しむくれているような政宗の口ぶりに、華那の胸がズキリと痛んだ。違う。こんなことを言いたいわけじゃない。素直に気に入ったと言いたいだけなのに。本当は素直にありがとうと言いたいのに、恥ずかしさと意地っ張りが邪魔をする。可愛くない女だと思われたくないのに……こんな自分が嫌になる。じわりと目頭が熱くなった。咄嗟に俯いて、泣くもんかと悔しげに唇を噛み締める。こんなところで泣いたりしたら政宗に迷惑をかけてしまう。

「どうした?」
「べっ、別に。なんでもないよ。すみませーん!」

政宗から逃げるように店員さんを呼んで、今度は自分の度に合ったレンズの話題にもっていった。さすがに政宗もこの話題はわからないようで、華那の隣で一緒に話を聞いているだけで、口を出すことはなかった。

***

「眼鏡ってすぐにできるもんじゃねえのな。しかも予想以上に高ェ」

眼鏡が完成するのは今日から四日先になるということだった。すぐにできるものだと思っていたらしい政宗は意外そうな口ぶりである。眼鏡がない華那を放置できないと、政宗は華那に送っていくと言ってきかなかった。慣れた道なので大丈夫と言って断ろうとしたのだが、結局こうして二人並んで帰路に着いている。政宗の強引さに華那が負けたためだ。

「そんなに目が悪くないのならすぐできるけど、度がきついと何日かかかるものなんだよ。値段も、レンズの種類とか加工とかで、高くなっちゃうしね」

前より目が悪くなっていた華那は、レンズの度も以前より強いものにした。しかもそれだけではなく、前から欲しかったガラス製のレンズにしたのである。

「いつもはプラスチックのレンズだったんだけど、プラスチックは傷がつきやすくて……その点ガラスのレンズは傷がつきにくいの。ただ……その分値段がちょっと、ね」
「ここぞとばかりに高いやつを買ったってわけだな……」
「いいじゃない、政宗の家はお金持ちなんだし」
「………いるよな、人の金だと急に高い物買おうとする奴。ま、別にいいけどよ。けどなんか……随分と嬉しそうだな、アンタ」

政宗に言われるまで気付かなかった。今わたしはそんなに嬉しそうな顔をしているのだろうか?

「………そ、そうかな。そんなことないよ」
「いや、絶対に嬉しそうな面だぜそれは。新しい眼鏡がそんなに楽しみか?」
「………うん、楽しみだよ」
「何か言ったか?」

あまりに小さな声だったから上手く聞き取れなかった政宗が、怪訝そうに訊ねてきた。楽しみに決まっている。好きな人に選んでもらった眼鏡だ、嬉しいし、楽しみでもある。当然じゃないか。早く四日後にならないかな。そしてその眼鏡をかけて学校に行って、今度こそ……今度こそ政宗にありがとうって伝えるんだ。

完 

40万筆頭企画/さわ様
政宗学園夢
さわ様に考えて頂いた夢主の設定は、引っ込み思案で、政宗に素直になれない……というものでした