リクエスト | ナノ


どうかそのままの君でいて

米沢城城主伊達政宗は政務に追われ、小十郎はそんな政宗を気にかけつつも畑仕事に(これ以上ないというくらい)真剣に取り組み、綱元は道場で兵士達に稽古をつけている。それらの様子を少し離れた場所でこっそり眺めつつも、特にやることもなかった成実は城下町をぶらぶらと散策していた。

やることはあるにはあるのだが今すぐやることでもないしな、などと適当な言い訳を内心でしてみる。成実も政宗と同じ、面倒なことは期限ぎりぎりまで後回しにする性分なので、いつもこの調子である。政宗の政務はその期限ぎりぎりで、小十郎と綱元にお説教されたあと自室にて缶詰め状態となった。これも毎度のことなので、女中達もクスクスと微笑ましくその様子を見物しているだけだ。

行儀が悪いと思いつつも買ったばかりの団子を一本頬張りながら町を闊歩する。最近できた団子屋ながらあっという間に町で評判になり、一度食べに来てみたかったのだ。たしかに町で評判になるだけの味ではある。ふと米沢城の方角を見ると、ひと際大きな黒い鳥が城に向かって飛んでいるではないか。あの黒い鳥は見覚えがある。というか、見間違えるはずがない。

「華那が帰ってきた!」

ずっと逢いたいと思っていた華那が任務を終え帰ってきたのだ。成実は自然と笑顔をうかべる。彼は黒い鳥を追うように米沢城へと駆けて行った。自分でも気がつかないうちに全速力で走っていたらしく、米沢城に着いたときには息がすっかり上がっていた。門番も息を切らして帰ってきた成実の様子に何事かと動揺する。成実はなんでもないよと笑顔をうかべてその場を後にし、急いで華那がいるであろう政宗の自室へと向かって行った。

華那とは政宗の正室付きの忍で、本来なら正妻の命令だけに従うところだが、華那の情報収集能力が政宗に買われ、よく政宗の命令で間者として地方へ赴くことが多い。そのため華那は城にいないことのほうが多かった。今回も長期に渡る任務からやっと帰還したというわけである。

政宗の自室へと向かう廊下で、成実は報告を終えた華那とばったり会った。目を丸くさせて驚いている成実とは対照的に、華那の表情は特に変化がない。いつもと同じ淡々とした、悪く言えば無表情に近いものである。成実の姿を見るなり華那は恭しく頭を下げた。城内でも比較的外交的な性格をしているため、普段から誰とでも気軽に話している成実も城主の従兄弟であり、武士でもある。本来なら身分が違いすぎて話すらできない相手なのだから、華那の態度は何一つ間違っていない。だが当の成実は不満げに頬を膨らましている。何か機嫌を損ねるような真似をしてしまったのかと、華那に僅かな動揺が走った。

「何度も言ってるけどそんなに畏まらなくてもいいじゃんか。俺と華那の仲じゃん」
「失礼ながらどういった仲でしょうか?」
「……淡々とした表情と声でそれを言われると、流石の俺もちょっと傷つくな」

成実なりの冗談だったのだが、真面目な華那には通じなかった。何ヶ月ぶりに会えたというのに、こんな会話がしたかったわけではない。ただ滅多に笑わない華那の笑顔が見たかっただけだ。またしばらくすれば政宗の命令でどこかへ向かうに違いない。それまでにはなんとかして華那の笑顔を見ておきたい。が、これが意外と難しかった。

「申し訳ございません。何かご気分を損ねるような出過ぎた真似をしてしまいましたでしょうか?」
「いいや、華那は何もしてないよ。ただ俺の心がちょっと折れそうになっただけ……」
「仰っている意味がよくわからないのですが……」
「あー……気にしないで。それよりさ、政宗への報告は終わったんでしょ? だったらこれから二人で城下町に行かない? 美味しい団子屋があるんだよ」
「ですが……小十郎様や綱元様への報告もありますし」

つまり今は無理だということだ。成実が振られるのはこれで何度目だろうか。何度もこうやって二人で出掛けようと誘ってみるが、そのたびに華那は何かと忙しいようで上手くいった試しがない。成実が華那に惚れているというのは、米沢城にいる誰もが気づいている周知の事実なのに、何故か当の本人だけが気づいていない。仮にも忍なので他人の感情の機微に鈍い訳じゃない。気づかない訳というのが、これまた成実をもやもやさせていた。

「―――Hey 華那!」
「げっ、政宗!」
「政宗様!?」

自室から勢いよく飛び出してきた様子の主に華那と成実は揃って声をあげた。一体何事かと思いながらこちらに向かって来る政宗を見ていたら、政宗は華那の腕を掴み、すたすたと歩き続けたではないか。政宗に腕を引かれるままの華那を成実が慌てて追いかける。

「お、おい政宗! 華那に何してんだよ!」
「煩ェ! こっちは長い間政務で部屋に籠りっきりで限界なんだよ。だから今から城下へ行く! 華那はその護衛だ」
「政務を溜めてた政宗が悪いんだろうが! 華那にはまだ用事があるんだよ!?」
「そんなもん後からどうにでもなるだろ。このオレの護衛だって言えば大抵なんとかなるしな」
「そういう問題じゃねえだろ! っていうか、また小十郎の目を盗んで行くつもりだな!? ならますます行かせるわけにはいかねえぞ。華那、お前も何か言えっての!」

大人しく政宗に腕を引かれるままの華那の態度も面白くない。政宗も彼女が嫌だと言えば大人しく自室に戻るかもしれない。そう思った成実は自分では止められないと判断し華那に助けを求めた。政宗がこっそりと城下へ行くたび、小十郎からお説教を受けるのは自分達なのだ。勿論政宗も小十郎から嫌というほどお説教を食らうが、とばっちりを受けるこちらとしてはいい迷惑だ。

「そういや美味い団子屋があるんだってな。華那と会うのも久しぶりだし、御馳走してやるぜ?」

政宗が言う団子屋とは先ほど成実が誘った団子屋のことだろう。残念でしたー、団子じゃ華那は首を縦に振らないぜ。先ほどの経験から華那が断るのは間違いない。成実は内心でほくそ笑んだ。

「あ………」

しかし、成実の予想は大きくはずれた。見てしまったのだ。華那がどこか嬉しそうに、頬を赤らめながら笑顔をうかべているその顔を。自分ではどんなに頑張っても華那を笑わすことはできなかった。だが政宗はあっさりと彼女を笑顔にさせた。何もしていない。成実と同じように団子屋に行こうと言っただけ。それなのに――…。そんなどうしようもない敗北感が成実の心をぎしぎしと押し潰していく。

華那も小十郎同様、主のことしか目に入っていない。だからいくら頑張っても、彼女は自分の気持ちに気づいてくれないのだ。政宗が絶対にこちらへは振り向かないとわかっていても、それでも追いかけてしまう華那の気持ちは嫌というほど理解できる。絶対に手が届かない存在を追いかけているという意味では、成実も華那も同じだ。
それがどんな気持ちなのか知っているから、成実は何も言うことができない。憧れの政宗に誘われている華那がどれほど嬉しいかわかってしまう。邪魔はできない。
消えていく二人の背中を見つめながら、成実は落胆のため息をついた。

「成実様」
「え!? ちょ、なんでここにいるのさ。政宗を待たせちゃ流石に拙いだろ?」

政宗の姿が見えず、華那だけがここにいる。もしかしなくても戻ってきてくれたのか? でも一体どうして? いやそれよりも政宗を待たせちゃっているほうが怖いんですけど!? 後で何を言われるかわかったもんじゃねえぞ。顔を青ざめ怯えている成実に、華那は淡々と口を開いた。

「それなら大丈夫です。政宗様のほうから成実様に伝えることがあるなら伝えるよう言われましたので」
「え。政宗が……?」
「はい。私も今伝えるべきだろうと思って……その、今日は無理ですけど、でも……今度、お団子を食べに連れて行ってくださいませ」

そう言うとふわりと笑顔をうかべ、華那は政宗の下へと駆けて行った。やはり忍ということもあり、あっという間に姿が見えなくなる。が、そんなこと、今はどうでもよかった。あの華那が自分に向けて笑顔をうかべたこと。そして今日は無理だが、今度は団子を食べに行こうと言ってくれた。それだけなのに、どうしようもないくらい心の奥底から喜びが溢れてくる。

「よっしゃーーー!」

いつもならここで小十郎に政宗のことを報告するところだが、今日だけは黙っておいてやる。武士の情けというやつだ。成実はニッと笑いながら、元気よく廊下を駆けて行った。

完 

40万筆頭企画/はまこ様
成実戦国夢
はまこ様に考えて頂いた夢主の設定は、かすがと正反対の、地味で冷静で何事にも動じない政宗の正室付きの忍。政宗一筋……というものでした