リクエスト | ナノ


セクハラは犯罪です

遊ぶところが特にないこの田舎では、放課後の寄り道と称してどこかへ行ったりする機会があまりない。放課後はまっすぐ帰路に着くか、華那のように近くの原っぱで身体を動かす健康的な遊びに興じるかの二択だった。

この日も華那は仲の良い友達達と原っぱで遊んでいた。今日は野球をしようということになり、男の子達に混ざって華那も久しぶりの野球を楽しんでいた。………この瞬間までは。

「よっしゃー! 場外ホームランッ!」

華那が打ったボールはあっという間に小さくなり見えなくなった。しかしそのボールが落ちた先が非常に拙い。華那を除く全員の顔が青ざめた。不穏な空気に気がついた華那はきょとんと目を丸くさせる。

「おいおい……ボールの落ちた先がよりにもよって伊達の屋敷じゃねえか。どうするよ?」
「伊達って……あそこに見えるでっかいお屋敷のこと?」

この辺りで伊達の名前はとても有名だった。目を見張る大きな屋敷のこともあるが、なによりそこに住んでいる人達による原因が大きい。強面の暴れ馬達が集う、そういう家柄なのだ。この辺りに住んでいる人達も伊達と関わり合いを持ちたくないため、滅多なことない限り近づこうとしないくらいだ。

「誰がボールを取ってくるか、だよな……。お、おれは嫌だからな!」
「ぼ、僕だって嫌だよ」
「俺もマジ勘弁。まだ死にたくねえ」

伊達の敷地内に落ちたであろうボールを誰が取ってくるか。誰もが口を揃えて嫌だと言うので、話が一向に決まらない。お前が行け、いやそう言うお前が行けばいい。さっきからこのやりとりの繰り返しだ。

その様子を黙って見ていた華那は、段々自分が苛立ってきていることに気がついていた。はっきりしないことは昔から大嫌いで、こういう場面に遭遇するたびさっさと決めろと内心で毒づくことはしょっちゅうだった。

「あーもー! 私がボールを取りに行く。これで文句ないでしょ!?」
「………だ、大丈夫なのかよ音城至。相手はあの伊達組だぜ? おまけに現当主の伊達政宗っていう男はかなりヤバイって噂だし」
「ならあんたが代わりに行ってくれるわけ?」
「い、いやそれはちょっと遠慮したいかな……」

心配してくれるのは有難いが、こういう状況では鬱陶しいだけだ。華那は軽く肩を竦めると、「じゃあちょっと行って来る」とだけ言い、伊達組の屋敷に向かって走って行った。その背中が実に男前だったと、その場にいた誰もが後に口を揃えてこう言ったのは別の話である。生まれてからずっとこの町に住んでいる華那ですら、伊達組の屋敷に近づいたことはなかった。両親を始め周囲が近づくことを禁じていたためである。今日思いがけず始めて大きな屋敷を眼前で捉えることになった彼女は、屋敷の大きさに改めて驚かされていた。間近で見るとさらに大きい。教科書やドラマなどでしか見たことがない日本伝統の屋敷の造りに、華那はしばらくの間我を忘れてじっと魅入っていた。

「っと、こんなことしている場合じゃなかったっけ」

インターホンを鳴らして表から……と思ったのだが、流石の華那もインターホンを押すのには勇気が必要とした。できることならこっそりとボールだけを取って、こっそりと屋敷を後にしたい。

華那は手ごろな木によじ登ると、そこから勢いよく屋敷の塀へと飛び移った。少し危なっかしい手つきだったが、なんとか塀にしがみつくことができた。まずは成功と、華那はホッと一息つく。

「おい、そこのガキ。そんなところで何をやってる?」

背後から聞こえた鋭い声に華那は短い悲鳴をあげた。華那が慌てて振り返ると、着物を着た青年の姿があった。彼の着方を見るだけで、普段から着物を着慣れていると感じられる。おまけに右目には眼帯が付けられていて、顔もどちらかというと怖いというイメージのほうが強く、一瞬でこの人が普通の人じゃないと察することができた。が、元々怖いもの知らずの気がある華那には、これくらい大した障害ではない。

「実はそこの原っぱで野球をやっていたんですけど、ボールが屋敷の中へ飛んでいっちゃったみたいなんです」
「だからってなんで塀にしがみついてんだ?」
「できればこっそりとボールを取って帰りたかったもので……っとと!?」
「危ねっ……!」

背後にいる青年に気を取られたあまり、華那は足を滑らせ塀から落ちそうになった。青年は咄嗟に腕を伸ばし、落ちてきた華那を受け止める。

「ったく……おい、怪我はないか?」
「は、はい……ありがとうございます」

何が起きたのかまだよく理解できない華那の声はどこか不安定な、か細いものだった。しばらく放心状態が続いていたが、やがて我に返った彼女は自分が置かれている状況に気がついた。

いまのこの態勢はどう見てもお姫様抱っこというものではないのでしょうか……? 生まれてこのかたお姫様抱っこなんてしてもらう機会がなかった華那は、恥ずかしさのあまり青年の腕の中でじたばたと暴れ出した。一言「おろして」と言えば済む話なのだが、慣れない行為のせいでパニック状態になっていた彼女にそのようなことを思いつく余裕はない。急に暴れ出した華那の反応を見て全てを悟ったのか、彼はおろすどころかますます抱く腕に力を込めた。

「ちょっ、もう大丈夫ですからおろしてくださいよ!」
「そう言われてもなあ……そんな初な反応されると逆に離したくなくなるっつーか」

悪びれる様子もなくそう言ってのける青年は、実に加虐的な笑顔を浮かべていた。青年がぐいっと顔を近づけると、それだけで華那は何も言うことができなくなってしまう。うっと押し黙った華那の反応が面白かったのか、青年は満足気な笑みを更に深くした。

「やっぱ嫌がる女を無理やり……っていうほうがいいよな。アンタもそう思うだろ?」
「思わない思わないっ!」

やっとの思いで青年の腕から解放されるなり、華那はそそくさと青年と距離を取った。助けてもらったことには感謝しているが、だからといってセクハラは決して許されるものではない。

「―――何をやっていらっしゃるのですか、政宗様」

重い門が開き、一人の青年が姿を現した。華那を抱く青年よりもさらに強面が増した、第一印象だけで逃げたくなるような顔をした男性だ。頬にある傷がさらに迫力に拍車をかけているようにも思える。彼は華那の姿を捉えるなり、ただでさえ鋭い眼差しをさらに鋭く細めた。明らかな敵意を感じられるその目に華那は無意識に縮こまる。

「ちょっと待って、あんた政宗様?」

つい最近どこかで聞いた名前だ。本当につい最近、数分前に聞いたような気がする。

「あー! この屋敷で一番偉い人!」
「なんだよ一番偉い人っつーのは。ま、そのとおりだけどな。そういや小十郎、その手に持ってるballは何だ?」
「これは先ほど屋敷の庭に飛んできた野球ボールです。偶然その場にいた成実の頭に当たってしまいまして……」
「あ、あの。それ多分……ううん、間違いなく私が場外ホームランを打ったボールだと思います。その成実って人大丈夫ですか?」
「テメェのか……。安心しろ。屋敷の物は何一つ壊してねえ。あと煩かった成実を黙らせてくれたことには礼すら言いたいくらいだ」
「え、野球ボールぶつけられて感謝されるとは思ってもなかったんですけど?」

一体成実という人はどんな人物なのか気になってしょうがない。ボールをぶつけてしまったのだから、普通ここは怒るべきところではないかと思うのである。まさか感謝されるとは微塵も思っていなかった。どう反応すればよいのかわからず、逆に途方に暮れた。

「それにしても聞いていた話とは全然違うような……」

伊達政宗はヤバイと聞いていたのだが、いざ本人を目の前にすると全くそんなことはなかった。彼が言うヤバイとは違う意味でヤバイとは思ったが(会って早々セクハラされるとは思ってなかった)。伊達組は強面の男達が集まる集団と聞いていたが、彼らを束ねるボスはかなり男前だ。身体もガッチリしているというよりは、必要な個所に必要な分だけ筋肉がついているというふうな感じで、むしろそこらのモデルより良い体格をしているのではないだろうか?

「なあ、アンタ。名前は?」
「名前ですか? 音城至華那ですけど……」
「華那か……良い名だな。単刀直入に言ってオレはアンタのことが気にいった。なんたってこのオレが伊達組筆頭と知ってなお動じなかった女は初めてだからな。それに男を知らねえ反応もなかなかのpointだ。だからまた来いよ、いいな?」

政宗は小十郎が持っていたボールを受け取るなり、華那へと向かって投げつけた。大きな弧を描がいた後ボールは華那の掌の中にすっぽりと落ち着いた。

「お、男を知らないって……なにその言い方、ヤラシイよ!」
「本当のことだろうが」

男を知らないのは本当のことだけど。華那は内心こっそりと付け加えた。図星を突かれただけに否定にも余計な力が加わってしまう。そのことが政宗に図星だと見抜く要因になってしまったので、悔しさのあまり華那はあかんべーと舌を出した。

「このたびはご迷惑をおかけしてすみませんでしたっ!」

吐き捨てるようにこう言うと、華那は一度頭を下げてから逃げるように伊達の屋敷前を後にした。ま、まあ……もう一度だけなら行ってやってもいいかな。そんなことを考えつつ、原っぱに戻るまでにどうやってこの真っ赤になった頬を元に戻そうか。華那はしばらくの間頭を悩ませたのであった。

完 

40万筆頭企画/よわむぎ様
政宗現代夢
よわむぎ様に考えて頂いた夢主の設定は、年齢は高校生あたり、黒髪ショートのどこにでもいそうな普通の子。はっきりしないことが苦手な、さばさばした、ちょっと怖いもの知らずの気がある。一人称は私……というものでした