リクエスト | ナノ


どうしてこうなった

女は足手まといだからこれ以上俺につきまとうな。小さい頃好きな男の子にこのようなことを言われた。まさか女という理由で否定されるとは思わなかったから、当時の私にはどうすることもできなくて途方に暮れたものだ。ただ好きな男の子の傍にいたいだけ。それなのに女だからという理由で駄目だと言われた。

じゃあどうすれば傍にいられるの? ああ、そうか。女じゃなければいいんだ。女だから駄目だと言うのなら、男になればいいんだ。と言っても性別は変えられるものじゃない。でも、男の子っぽくなることなら可能だ。その日以来、長かった髪の毛をバッサリ切って、女の子らしい服を全部処分して、自分のことを「私」ではなく「俺」と言おうと、心に硬く誓ったのである―――。

この街の不良達の間には、ちょっとした伝説がある。街にいくつか存在する不良グループをたった一人で完膚なきまでに叩き潰し、あっという間に不良達の頂点にのし上がった男がいるというものだ。今では不良達の間でカリスマ的人気を誇り、彼のことを「筆頭」と呼びだすほどだ。

彼が街の不良達のトップになった途端、不良達は自ら喧嘩を売るような真似をしなくなり(迷惑になる真似だけは避けろとその筆頭が命令したためだ)、以降街の暴力事件の件数は格段に減少しつつある。そんな筆頭の周囲は沢山の子分達で溢れているわけだが、その中でもひと際小さいやつが一人いた。

「………筆頭。今日も来てますぜ、あいつ」

筆頭こと伊達政宗は子分の一人にそう言われるなり顔を顰めた。彼はちらりと目だけを動かし、自分の背後を盗み見る。すると物陰に隠れている小さな頭がこちらを見ているのが確認できた。

毎日、毎日。物陰に隠れるように政宗を見つめている。見ているだけで特に何もしてこない。だからこそ気持ち悪いと子分達は言っていた。いっそのこと喧嘩を売ってくれたほうが楽だというのは、短絡的な思考を持つ人間が多いので仕方がないことだ。

「Hey 華那。そんなところで見てるくらいならこっちに来い!」

政宗が投げやりにこう叫ぶと、物陰に隠れていた人影が大きく動いた。華那と呼ばれたそいつは、少し躊躇ったあとゆっくりと物陰から姿を現した。短い髪にボーイッシュな格好。どこからどう見ても少年そのものだ。

「ったくお前は……また俺の後を尾けてきやがったな」
「ごめんな。ま、別にいいだろ? いつものことだしさっ」

大して悪びれる様子もなく、華那は笑いながら頭を下げただけだった。

「にしても今日は特に暑いよなー。こういう暑い日は冷たいアイスが食べたくなるぜ」

華那は首回りに纏わりつく汗をTシャツの裾で乱暴に拭った。恥ずかしげもなくお腹を露出する華那に、隣にいた政宗がおもいっきり顔を顰める。

「どうしたんだ政宗?」
「どうしたもこうしたもねえだろ……。なあ華那、お前は自分が女だっていう自覚があるのか?」

そう、いくら少年っぽい外見をしているとはいえ、華那はれっきとした少女である。外見だけでなく口調も男の子っぽく、自分のことを私ではなく俺と呼んでいるほどだ。そのためよく男の子と間違われる。学校ではスカートを穿いているが、華那としてはズボンのほうが穿き慣れていることもあり、股の間がスースーして落ち着かない。そんなことを政宗に話したら、何故か彼は可哀想な子を見るような目でじっとこっちを見ていた。女の子なのに女の子らしいことを極端に苦手としている彼女。一体どこを間違えてこうなった。

「………って、原因はどう考えても俺だよな」

政宗はがっくりと肩を落とした。三歳年の離れたこの少女は、昔から政宗に付きまとっていた。政宗が行く先々に必ず現れることから、小さいながらにストーカーの素質があるのではないかと政宗をぞっとさせたものだ。しかし元々喧嘩っ早い性格をしていた政宗の周囲は、常に喧騒という名の暴力が満ちていた。今でこそ落ち着いたほうだが、昔は自分から喧嘩を売ることもよくあり、別に荒れていたわけではないが、無敗を誇る強さから近所ではちょっとした有名人だった。

物陰からこっそり見ているだけの華那とはいえ、いつとばっちりを食らうかわかったものじゃない。彼女の安全のためにも、
「女は足手まといだからこれ以上俺につきまとうな」
そう言って彼女を自分から遠ざけようとした(決して嫌っていたからという理由からではない)。

これで大丈夫だろう。が、何をどう解釈したのか、この少女は政宗の予想の斜め上をいった。長かった髪をばっさり切って(長い髪の華那は可愛かったのに!)、スカートを好んでよく穿いていたのに、それらを処分してボーイッシュな格好をするようになり(個人的にフリフリのスカートを穿いた華那は可愛くて好きだったのに!)、極めつけは「私」から「俺」と一人称だけでなく、言葉遣いも男の子っぽくなってしまった(何故だ、何故そうなった!?)。

あんなに可愛らしかった彼女が、その日を境にすっかり男の子っぽくなってしまったことに、政宗は呆れながらも多大な後悔の念に苛まれた。女は足手まといだからこれ以上つきまとうなと言った。それは彼女の安全を思ってのことだったのに、彼女は女だから傍にいられないと解釈したらしい。女だからというのなら、せめて外見だけでも男の子っぽくなろうと努力したのだろう。

政宗の傍にいるために―――。それが手に取るようにわかっているから、政宗もあまり強く言えずにいる。自分のために変わろうとしている彼女が可愛らしくて愛おしくて、例えそれが政宗の望んだ結果ではなくてもやっぱり嬉しいところがあった。

「どうしたんだよ政宗?」
「いや……なんでこうなったんだろうなって思ったら急に目頭が熱くなってきやがった」

可愛らしい華那が好きだった。どんどん可愛らしく成長する彼女の将来がとても楽しみだった。小動物のようなくりっとした大きな目でじっと見つめられると、おもわずなんでもしてやりたくなったものだ。

「ところで今日はどこに行くんだ?」
「Ah この前うちの連中が隣町の不良にやられちまったんで、その報復に行こうかと……」

そこまで言って政宗は後悔した。慌てて口を噤んでももう遅い。華那は瞳をキラキラ輝かせてこっちを見ていた。

「ケンカか!? ケンカに行くってことだよな! 俺も連れて行って!」

政宗はますます頭痛に悩まされた。いまじゃ華那も政宗に負けず劣らずのケンカ好きになってしまっていた。何かと理由をつけては政宗の傍にべったり貼りついていたせいか、いまじゃそこらの野郎達よりも強い。最初は自分の身を守るためにと護身術程度に政宗が教えただけのはずだった。それがきっかけかどうかはわからないが、彼女はケンカの楽しみ方も一緒に身につけてしまったらしい。

「なに言ってるのかわかんねえけど、俺をこんなにしたのは政宗だからな! 責任くれぇはとってもらわないと!」
「責任ねえ……ならいつか結婚でもすりゃ、お前は昔の可愛らしい華那に戻るのか?」

政宗の口から飛び出したまさかの言葉に華那は茹でタコのように顔を真っ赤にさせた。魚のように口をパクパクさせるだけで、何か言いたいようだが上手く言葉が発せられないらしい。さっきまでの威勢の良い姿はすっかり消えていた。

「こういう反応をするところは女そのものなんだがな……」

政宗は華那の頭を撫でながら、深い溜息をついた。さっき言ったことはあながち冗談ではないのだが、これ以上言うと彼女の心臓がもたないだろうからまだ言うつもりはない。当分の間は自分の胸の内に仕舞っておくことにしようと、政宗は固く誓ったのであった。

完 

40万筆頭企画/神月様
政宗現代夢
神月様に考えて頂いた夢主の設定は、一人称は「俺」で周りからも男だと間違われるような子。しゃべり口調も態度も男っぽいが意外と乙女な一面もある。政宗のことが好きでよく陰からこっそり見ている……というものでした