リクエスト | ナノ


その距離、僅か一メートル

自分のことを一言で例えるなら地味という言葉が良く似合うと思う。どのクラスにも必ず一人はいる、教室片隅系だ。髪を染めたことはないし(染める気もない)、コンタクトが怖くて眼鏡をかけているし(目に何かいれるなんて恐ろしすぎる)、制服も指定されたものをきっちり着ているし(スカートの丈を短くするなんて恥ずかしすぎる!)、女の子と話すならまだしも男の人とは上手く話せない。

みんなどうしてあんなふうに話せるのか不思議で仕方がない。何度かそれとなく聞き耳を立てて研究しているけど、やっぱり未だにわからないままだった。男の人と話していて緊張しないのかな……? 

特にこのクラスには華やかな人が一人いた。この学校でその存在を知らない人がいないというほどの有名人、伊達政宗くんだ。彼の周りには自然と人が集まる。それも美男美女ばかり。やっぱりかっこいい人の周りには、自然とかっこいい人や綺麗の人が集まるもんなのね……。なんかもうオーラからして違う。私のような地味なタイプには少々眩しすぎる世界だ。

普通にしていると、まず接点なんかない。一緒のクラスになって随分経つというのに、彼と話したことがあるのはたったの一回だけ。それも会話と呼べるのかわからない挨拶程度だった。

「―――そこ、邪魔」

たったの一言。通り道に突っ立っていた私に彼がどけと言っただけ。普通ならごめんと謝ってすぐにどけばそこで話は終了する。でも私の場合、残念ながらその普通にあてはまらなかったのだ。男の人ってどうも苦手で、話しかけられると情けないくらいあたふたしてしまう。表面上は特に変化がないからパッと見ただけでは気づかれないのだけれど、こっちの心臓は今にも爆発しそうで、自分が何を話しているのかあまり覚えていないことが多い。

「あ、あのっ……えっと……!?」

男の人に話しかけられただけでもテンパってしまうのに、よりにもよってそれがクラスの王様の政宗くんだ。クラスの誰もが憧れるあの美しい顔が目の前に……! ヤバイ、眩しすぎて目が眩んできた。これ以上直視することは無理っ! 私が脳内でどれほど格闘していたか知るはずのない彼は、混乱のあまり棒立ちしていた私の横をすり抜けスタスタと通り過ぎて行った。その際何か言ったような気がするのだけれど……生憎と覚えてない(答え、変な女)。正直言葉を交わすことはもうないだろうと思っていたんだけど、思いがけない形で二回目はやってきた。

黒板の右端には今日の日直の名前が書かれている。音城至こと私の苗字と、その横には伊達の二文字。政宗くんと一緒に日直……かなり憂鬱だ。きっと彼は何もしない。日直の仕事は全部私に押し付けてくるだろう。前に違う人と日直になったときも何もしていなかったから。日直の主な仕事は授業開始と終了時にかける号令と日誌くらいだから、別にいいんだけどね……。男の人に話しかけられるだけで無駄にテンパる私だ、逆に何もしてくれないほうが普通にできて都合がいい。

やっぱり彼は何もしてくれなくて(そもそも自分が日直だってことすら気づいてないんじゃないかな?)、授業が終わった放課後、私は日誌を書くのに追われていた。今日一日の授業内容を思い出しながら、黙々とシャーペンを走らせていく。ちょっと時間がかかってしまったが、まあ大体こんなものだろう。うん! と小さく頷きパタンと日誌を閉じる。あとはこれを職員室に持って行くだけだ。席を立って職員室に向かおうとしたとき、それまで誰もいなかった教室に人影が現れた。

「Ah 音城至じゃねえか。まだ残ってたのか?」

ま、政宗くん!? とっくに帰ったと思っていたのに……今までどこで何をしていたんだろう。てかいたなら少しくらい手伝ってくれてもいいんじゃないかな。……まあ手伝うって言われたところで困るだけなんだけど。あれ? じゃあ私は政宗くんに何を求めているんだろう。かなり横暴なことを求めているような気がする。

「何やってんだ?」

そう言って政宗くんは私の机の上に置いてあった日誌を覗きこむ。それ以上近づかれると私の心臓がもたない! 反射的に程度の距離をとった。その距離、大体一メートル。逃げるように後ずさったせいで、政宗くんは不思議そうにこっちを見ている。やめてこっちを見ないでぇ! 貴方のような眩しい人間に見つめられるだけで、私のような人間は耐えられないんですー!

「な、何って……日誌、ですけど……?」
「日誌? そんなもんがあったのか」

日直云々ではなく、日誌の存在すら知らなかったらしい。ほんとに日直の仕事をやったことがないんだね……。

「日誌ってことは今日の日直はあんたか。日直っていうのも大変なんだな」
「あ、あの」
「なんだよ。言いたいことがあるならはっきり言えよ」
「………政宗くんも、日直……です」

い、言えた……! たった一言を言うだけで、私は一生分の勇気を使ったような気さえしてきた。誰か私を褒めてくれてもいいんじゃないかな。少し硬い表情でじっーと政宗くんを見ていると、彼は少し考える仕草をしてから、何かを思い出したように「なら早く言えよ」と言ってきた。おもわず私は自分の耳を疑った。……え、言わなかった私が悪いの……かな? どう考えても忘れている政宗くんのほうが悪いと思うんだけど。おまけに、

「ま、仮に言ったとしても面倒だから無視しただろうけどな」

……ときた。ほんと、私に一体どうしろって言うんだろう。誰か教えてください。

「にしてもこの日誌、やけに丁寧に書いてるな。日誌なんてテキトーでいいんじゃねえか? 先公だってそこまでquality求めてねえだろ?」

政宗くんは日誌を手に取り、私が書いた今日の日付の部分にざっと目を通すと、感心したように呟いた。こいつがが書いたとこだけやけに黒いんだよな。よく見ると授業でやったことが事細かに書かれていて、その授業ごとに重要なpointまで書かれている。備考欄にはこのclassで起きた今日一日のことがちゃんと書かれていて、いかに音城至が教室全体を見ていたかわかった。備考欄に書くことといえば、今日も一日平和でした。くらいの認識だったオレは、素直に音城至の観察力に感服させられる。

「……そうかもしれませんが、元々こんなふうに何かをまとめる作業は嫌いじゃありませんから、別に大変というわけではないんです。私が好きでやっていることですから」
「ふーん……」

そう言うと政宗くんはまた何かを考えるように黙り込んでしまった。……何か彼の気に障るようなことを言ってしまったのかな。この沈黙は、私にはかなりキツイ。

「あ、あの……これ、先生に提出しなければいけませんからっ!」

沈黙に耐えきれなかった私は政宗くんから日誌を奪い取ると、逃げるように彼の傍を駆けぬけようとした。でもここで予想外のことが起きた。政宗くんが私の右腕を掴んだのだ。政宗くんに右腕を掴まれた私は前につんのめってしまう。

「なあアンタ。生徒会の仕事を手伝う気はねえか?」
「せ、生徒会……!?」

そういえば政宗くんは生徒会長だったっけ……と、今更ながらのことを思い出した。

「実は書記の野郎が病気で入院しちまってよ。しかたねえとはいえ書記がいねえから困ってんだよ。アンタなら書記に向いてそうだし、頼ねえか?」
「い、いえ……私には無理です! 大体生徒会役員って全校生徒の投票で決まったんですから、そこにいきなり私のような人間が入ったら拙いのでは……!?」
「それなら大丈夫だ。この日誌を見せれば顧問の先公も納得するだろうぜ。オレが見た限り、現書記よりも上手くまとめてやがる。とりあえずそいつが退院するまでの間だけでいい、な?」
「よ、よくないです……って腕引っ張らないでください!」

私が無理だと連呼しているのにも関わらず、政宗くんは私の腕を引っ張りどこかへ連れて行こうとする。きっと生徒会の顧問の先生がいるところに違いない。

「―――言っておくがアンタに拒否権はない。You see?」
「You see? じゃありません!」

私のような人間と政宗くんの世界が交わるはずがない。そう思っていたけれど……思いがけない形で二つの世界は交わることになりそうだ。うう、毎日政宗くんと話すのかと思っただけで緊張してきた。……こんな調子で私の心臓は果たしてもつのでしょうか……?

完 


40万筆頭企画/はく様
政宗学園夢
はく様に考えていただいた夢主の設定は、黒髪眼鏡の制服もきっちり着た典型的な良い子で性格はおとなしく、教室の隅で政宗を見ているだけのような女の子。男に免疫がない。話しかけられると敬語で話してしまう。……というものでした