リクエスト | ナノ


三十五分の一の確率

昔っからクジ運が悪いわたしは、定期的に行われる席替えで良い思い出がない。いつもいつも微妙としか言いようのない席ばかり。一番後ろとか(プリントを集める役目、あれは本当に面倒で嫌い)。扉の近くとか(出入りが激しくて落ち着かないから嫌い)。エアコンの真下とか(いまいちエアコンの恩恵を受けられないから嫌い)。

そんなわたしが今回の席替えでは真ん中の席を引き当てた。一番後ろじゃないからプリントを集めなくていい。扉の近くじゃないから比較的落ち着ける。エアコンの恩恵を受けられる。あ、あと黒板の字も見やすい。

一生のうち一度あるかないかっていうくらいの引きの良さ。どうしてクジ運のない私がこんな当たりクジを引けたのだろう。そんなことを思ったりもしたけれど、折角のベストポジションだ。短い期間だけど堪能しようじゃないか。隣の席は誰かなー。普段から男の子とは全く話さないから、女の子だったらいいなー。楽しくなりそうだもん。とりあえず挨拶をと思って右隣を向いた途端……わたしはやっぱり今回もクジ運が悪かったんだなと思った。

*** ***

「………いい加減泣き止め、華那」
「うう……だって、だってぇ……」

中庭で隣のクラスのかすがとお昼ご飯を食べていた。しかし華那は始終泣きっぱなしで、かすがはそんな彼女を宥め続けている。涙でぐちゃぐちゃになった顔でお弁当を食べる姿はちょっとしたホラーだ。今日のお弁当のおかずは何もかも塩味が効いていてしょっぱい。

「華那のクジ運の悪さは今に始まったことではないだろう? いい加減諦めろ」
「だって今回のクジ運は過去最悪だったんだもん。男が隣ってだけでも微妙なのに、よりにもよってその男があの伊達政宗なんだもんー!」

伊達政宗は学校でも有名な不良だ。別に一昔前のヤンキーではない。ただ比較的真面目な生徒が多いこの学校では珍しいタイプだった。制服はだらしなく着崩しているし、授業中はいつも大体寝ているし、遅刻だって日常茶飯事だ。性格は俺様なのに、その恵まれた容姿のおかげで何をしてもかっこいいの一言で片づけられる、とても羨ましい人種だった。いくらかっこいいの一言で片づけられるとはいえ、華那が彼に抱いているイメージは怖い、だ。

「目つきの悪さなら華那もだろう。まあ華那の場合、見かけ倒しとも呼べるがな」

華那はこのつり目のせいで昔から本来の性格と逆のイメージを抱かれることが多かった。特に男子からのイメージは相当なものである。元々華那は女子としか話さなかったので、男子からはしっかりしていると思われがちだった。たしかに見た目はしっかりしていると思われるような容姿だが、実際はその逆でかなりのマヌケだったのだ。彼女と話し、一緒に行動すると、彼女のマヌケっぷりはあっという間に浮き彫りになる。

「全く……席替えをしてまだ数日しか経ってないんだろう? 一体何があったんだ?」

かすがに促され、華那はぽつりぽつりと、この数日で起きた出来事を話し始めた。まずは席替え直後の授業でのこと。英語の授業だったのだが、案の定彼は授業開始早々机に突っ伏して眠っていた。先生に目を付けられた政宗は当然のように当てられた。だが彼は教科書を忘れたらしい。

そこで先生が放った一言が「音城至、悪いがこいつに教科書を見せてやってくれ」というものだったのだ。華那は「ええー!?」と悲鳴をあげるも教科書を見せる羽目になり、渋々自分の机と政宗の机をくっつけて教科書を見せていた。

「ん? 英語といえば……たしか伊達政宗は英語が得意だったはずだな?」
「うん。発音とかすっごくネイティブで、毎回先生の度肝を抜いてるの」

噂では昔海外に住んでいた経験があるとかないとか。とにかく彼の発音は本場の英語そのもので、この学校の教師陣よりも上手かった。華那も毎回彼の発音の良さには驚かされている。

「だがそれのどこが問題なんだ? 聞いている限り別に普通じゃないか」
「うん……ここまではよかったんだけどね」

英語の授業が終わってやっと解放された華那は、即行でくっつけていた机を引き離そうとした。だがそのとき政宗が珍しく声をかけてきたのである。机を引き離そうとする華那の動きが一瞬止まる。その隙をついて、政宗は彼女の耳元に唇を寄せ。

「Thank you 助かった」

と、甘い声で囁いたのだ。名残惜しそうにかかる吐息が華那の思考を完全にフリーズさせる。全身から力が抜けた華那は、派手な物音とともにその場で腰を抜かしてしまった。政宗は顔を真っ赤にさせている華那を楽しそうな眼差しで見ていた……というわけである。話を聞き終えたかすがはしかめっ面を浮かべている。華那は半べそをかいたまま上目遣いでかすがの様子を窺っていた。

「……伊達政宗。噂以上の男だな」
「もう恥ずかしくて、恥ずかしくて。あれから顔を見るたびにそのことを思いだして、しどろもどろになっちゃうんだよ」
「で、そんな華那を見てまた伊達政宗が笑っている、と?」
「そう! なんでわかったの、かすがちゃん?」

あのサディスティックな男の考えそうなことなど想像がつく。わからないのは華那くらいだ。だからこそ政宗が彼女で遊んでいるのだろう。

「で、次は? どうせこれ一つではないのだろう?」
「うん、次はね。学校の帰り道で……」

その日の授業のほとんどの教科書を持っていなかった政宗は、始終華那に教科書を見せてもらっていた。いつもの彼なら授業中は寝て過ごしているのに、珍しく今日は起きて比較的真面目に授業を受けていた。その日の帰り道、華那が校門を出たところで後ろから自転車に乗った政宗に声をかけられた。

「今日は悪かったな。教科書見せてもらってばっかりでよ。お礼に送ってやるよ、後ろに乗れ」
「い、いいよ別に! それくらいのことでわざわざ送ってもらうわけには……」

なにより周りの視線が痛いし。華那は心の中でひっそりと付け加えた。学校で有名人の彼は全校生徒の注目の的だった。彼が何かをするだけで、周りはみんな彼に注目する。校門という全学年の生徒が行き交うような場所では特に目立って仕方がない。

「伊達君が一緒に帰ろうって誘ってるー!? だ、誰よあの子!?」
「チャリで二ケツ!? う、羨ましい!」

早くも女子達が騒ぎ始めている。逃げ出したい。

「なんだよえらく騒がしいな。何かあったのか?」
「きっと伊達くんのせいだよ、それは……」
「オレが何かしたか? それより早く乗れ。見たい再放送があんだよ」

政宗に凄まれて逆らえる勇者はいないだろう。すっかり怯えた華那は「…………ハイ」と弱々しく呟いた。遠慮勝ちに政宗の後ろに跨ると、彼はゆっくりと自転車を走らせる。

「お、重くない!?」
「Ah 全然。むしろ軽すぎるだろ。ちゃんと食ってんのか?」

ここで重いと言われたら本気で立ち直れない。ひとまずホッとした。もし重いって言われたら今すぐ飛び降りるつもりでいた。華那の黒髪が風でなびいていく。風が気持ちいい。

そういえば……伊達くんの背中をちゃんと見たのは初めてだ。前を向いていることをいいことに、華那はここぞとばかりに政宗の背中を眺めていた。男性特有の広くたくましい背中に、華那は自然と目を奪われていた。伊達くんって見た目細いけど、実はしっかり筋肉ついてそう……。そんなことを考えていたら、政宗が急に舌打ちをした。何があったのかと思う間もなく、甲高い音とともにかけられた急ブレーキのせいで、華那は前に押し出さそうになった。咄嗟に政宗の腰に両腕を回す。

「悪ィ、急に車が飛び出してきてよ……怪我はねえか?」
「う、うん。大丈夫……ちょっとびっくりしちゃったけど」
「そうか。なら行くぞ」

華那が信号を見ると赤だった。きっと車が信号無視をして飛び出してきたんだろう。

「あ………」

政宗の腰に腕を回したままだった。慌てて放そうとするが、タイミングを逃したせいで放しづらい。伊達くんも特に気にしていないようだし、このままでも大丈夫かな。それにしても伊達くんの身体、ちょっとだけ熱いや。あれ、私も熱くなってきた。それに心臓も痛い。照れくさそうな笑みを浮かべながら、華那は気持ち良さそうに目を細めた。

「その日以来、伊達くんのことを考えるだけで胸が痛いんだ……」
「………なあ、まさかとは思うんだが。華那、伊達政宗に惚れたのか?」
「………あはは。実はその……うん」

恥ずかしそうに身体をくねらせている華那にかすがは溜息をついた。

「じゃあクジ運が悪いと言って泣いていたのは……」
「好きな人の隣ってすごく緊張するんだね。もう苦しくて苦しくて……。最初の頃は伊達くんのことが怖かったからだけど、今は逆に好きすぎて辛いっていうか……。やっぱりわたしのクジ運は最悪だよ」

好きな人の隣なんてむしろ最高のクジ運ではないのだろうか? やっぱりどこかズレている華那の感覚は理解できない。そんなにあの伊達政宗の隣が嫌だったのかと心配して聞いていたのに、まさかただの惚気話だったなんて。真面目に聞いていた自分が急に馬鹿らしくなったかすがだった。

完 

40万筆頭企画/光句様
政宗学園夢
光句様に考えていただいた夢主の設定は、性格は、普段は女子としか話さない、男子からはしっかりしてると思われてるが、じつはマヌケ。容姿は釣り目、黒髪。……というものでした