リクエスト | ナノ


君が望むのなら僕は笑って残酷な嘘をつく

はらはらと舞うそれはあまりにも儚いもので。触れようとすると逃げるように消えてしまう。まるで追いかけても追いつけない存在のよう。一瞬―――だからこそ、美しい。

政宗は電車を降りるなり、眩しいイルミネーションの洪水とゆっくりと舞う白い雪に襲われた。街中が様々な光を発しながら、行き交う人々の目を奪っていく。彼の横を過ぎ去る人々の表情もどこか生き生きとしていて華があり、幸せそうだった。いま彼は一ヶ月にも及ぶ仕事から自分が住む街へと帰ってきたしたばかりだ。これといった持ち物もなく、必要な物は全てクライアント側から支給されていた。そのため彼が持っている物といえば、幾度となく共に死線を潜り抜けてきた六本の刀を収めたギターケースくらいだ。本来ならこんなもので隠して大切な刀を持ち歩きたくはないが、こうでもしないと人の注目を浴びる羽目になり、挙句の果てには警察の御厄介になってしまう。

少しだけ立ち止まり街の様子を眺めていたせいか、彼の肩には薄っすらと雪が積もっている。それを大して気にも留めずに、彼は黙々と歩きだした。こうして街を歩いていたら、先ほどまで自分がいた場所とはあまりにも違うことを思い知らされる。この国は平和そのもので、人々の顔は笑顔で満ち溢れていた。政宗の横を通り過ぎた子供は、小さな腕に大きなプレゼントを抱え、無邪気な笑みを両脇にいる両親に向けている。また、恋人たちは互いの腕を絡ませながら、この街の景色を楽しんでいた。

だが彼が先ほどまでいた場所は、この国とは正反対である。その街の人々は皆―――絶望、復讐、狂気といった負の感情に支配されていた。長年に渡りその国では政府と反政府軍の戦争が続き、その戦争のせいで人々は心身共に疲弊しきっていた。その戦争を終わらすために政府は反政府軍のトップを暗殺する計画を立てた。財政難にも関わらず莫大な金を支払ってまで政宗ら暗殺のプロを雇い、この戦争を終わらせることに成功した。

だがそれで本当に終止符を打つことができたのだろうか、人々は救われたのだろうか? これから戦災復興が始まると思われるが、政宗らを雇ったことで政府は過剰なまでの税金を民に強いることは明白である。ただでさえ貧しい暮らしをしている民に、それはあまりにも残酷な現実だろう。そうなると―――自分は歓迎されるに値する存在なのか分からなくなる。これからますます苦しくなるだろう生活の原因は政宗達なのだから。憎しみの矛先が自分達に向けられるのは時間の問題だろう。

その場に留まり何気なく空を見上げると、そこには穢れを知らない純白の満月がこの世界を淡々と見下ろしていた。月を見ていると、何故か自分は穢れていると、そんなことを言われたような気分になる。この手を血で染めながらも今を生きる自分と、それこそ気が遠くなりそうな遥か昔から、穢れを知らずにこの星を見続ける月。

政宗は月から視線を逸らすと、再び歩き始める。こんなことを考えてしまうこと自体が滑稽だ。それほどまでにこの国は穏やかすぎたのだ。これが日常の光景としては相応しい。だが先ほどまで非日常の世界に身を投じていた者には些か眩しすぎた。

血で血を洗い流すような戦いを、今もこの世界のどこかでしているのかもしれない。その世界にいる者にとっては戦うことが日常であり、この国のような世界は非日常と呼ぶものなのだろうか。だがこの世界からすれば、これが日常であり、戦うことが非日常だ。

ただ共通して言えることは、その生き方全てがどれも刹那的だということだろう。人の一生はあまりにも短く、そして唐突に終わりを告げる。それは政宗には痛いほど理解できた。さっきまで生きていた人が、誰かと話していた人が、たった一瞬で物言わぬ骸と化しているのだ。

だが―――だからこそ人の生き様は美しい。永遠に在り続けるものなど、この世には所詮存在しない、してはいけない。この命がいつかは燃え尽きると知っているからこそ、全ての命は今を必死に生きるのだから……。

「―――政宗さん!」

例え人混みの中にいたとしても、絶対に耳に届くこの明るい声。彼の瞳に映るは月の光を浴びより一層輝く銀色の髪と、それに相応しい紅玉の瞳を持つ一人の女性だった。彼女は政宗の姿を見つけなるなり、嬉しそうに顔を綻ばせる。政宗は少し驚きながらも慌てて彼女―――華那に駆け寄った。

「華那っ! お前こんな寒い中何やって……!」
「何って、政宗さんのお迎えですよ? 何時の電車で帰るか昨日メールで教えてくれたじゃないですか」
「そうだがお前の身体はそんなに丈夫じゃねえんだから、こんな寒空の下を出歩いたら……」
「これくらいなら大丈夫ですよ」

クスクスとおかしそうに笑う華那に政宗は頭を押さえた。お迎えなんて随分と可愛らしいことを言ってくれる。だが彼女の身体はあまり丈夫ではない。こんな夜の寒空の下を出歩いて、風邪などひいたら洒落にならない。おまけに今日は珍しく雪まで降っている。政宗は自分が着ていたコートを脱ぐなり華那の肩にそっとかけてやった。

「わたくしは本当に大丈夫です。それよりも政宗さんのほうが風邪をひいてしまいます」
「オレは鍛えてるから大丈夫なんだよ。いいから黙ってそれ着てろ」
「………ありがとうございます。フフッ、大きい」

政宗のコートは大きくて、華那が着るとあちこちが余ってしまう。傍から見ると格好悪いのに、彼女はとても幸せそうに笑っている。ただ政宗のコートを着ているだけなのに、何がそんなに嬉しいのだろうか。すると華那の横顔をこっそり眺めていた政宗の視線に気がついた彼女がこっちを見上げてきた。政宗は慌てて視線を反らす。華那は不思議そうに政宗の顔を見ていたが、特に気にするほどでもなかったので視線を前へ戻した。

「そういえば今回はどこへ行かれたのですか?」
「あー……悪い。今回も企業秘密ってことで話せねえんだ」
「そうですか……。でも大変なお仕事なのですね。いつも世界中を飛び回っていらっしゃるのですから」
「悪ィ……寂しい思いばっかさせちまってるな、オレは」
「いいえ、わたくしなら大丈夫です。寂しくないと言えば嘘になりますけれど、わたくしは世界中を飛び回る政宗さんが好きなのですから」

そう言って笑顔を浮かべる華那を見るたびに、政宗の心は罪悪感という色で塗り潰されていっていた。政宗はギリッと奥歯を噛み締める。彼女は政宗がどういった理由で世界中を飛び回っているか知らない。政宗の手が今までどれだけの人間の命を奪っているか彼女は知らずにいる。

政宗は自分の正体を明かすつもりはない。一生彼女の前で嘘をつき続けるつもりでいた。わかっている。華那のことを想うのなら自分は彼女の傍にいないほうがいい。自分と関わったせいで華那の身に危険が及ぶかもしれないからだ。昔なら迷わずそうしたはずだ。しかし政宗は華那と一緒だからこそ得られる幸福を知ってしまった。彼女と触れあう喜びを知ってしまったからこそ、この温もりから離れることができなくなってしまった。

「政宗さん。お疲れのところ申し訳ないのですが、よかったら今日はうちに寄って行ってくださいませんか? 父様が政宗さんにお会いしたいと仰られていて」
「武田のオッサンが? 別にいいぜ」
「ありがとうございます! さっ、参りましょう?」

華那が差し出した手を握ろうとした政宗の動きが一瞬止まった。あまりにも白い彼女の手に、自分のような人間が触れてもよいのだろうか?

「どうしたのですか?」
「いや……なんでもねえ」

政宗が躊躇いがちに華那の手を握ると、彼女は幸せそうな笑顔を浮かべた。政宗も自然と優しい笑顔を浮かべた。この笑顔のためなら、どんな嘘だってついてやる。その嘘でこいつが幸せになれるのなら、オレはどんなに残酷な嘘でも笑ってつき続けてみせるだろう―――。

完 

40万筆頭企画/珠羅様
政宗現代夢
珠羅様に考えていただいた夢主の設定は、名前は灰音、武田信玄の娘。年齢は政宗の一つ下。性格はおしとやかで病弱。銀髪紅目で常に敬語、一人称はわたくし。……というものでした