リクエスト | ナノ


パンナコッタ

このクラスで一番敵に回したくないのは誰だろう。敵に回したくないと一口に言っても、実に様々なタイプがある。例えば猿飛佐助。彼はいつも飄々としていて、なかなか本心が掴めない厄介な男だ。おまけにどこでその情報を手に入れた!? と思うくらいの情報通でも有名で、もしかしたらクラスメイト全員の秘密を握っているのではないか、と疑惑の念が常につきまとう。

彼を敵に回せば自分の恥ずかしい過去を暴露されそうで、はっきり言って敵に回したくない。普通に接しているつもりだが、内心はビクビクだ。敵に回したくない男代表が猿飛佐助なら、女代表は音城至華那だろう。彼女はとても大人しい、どこにでもいるような少女だ。周囲にも敬語で接し、雰囲気もどこか柔らかい。しかしそれはあくまでも外見だけ。彼女の性格は佐助に負けず劣らずの腹黒ドSだったのである。
そんな少し似ている性格をした二人だ。当然、仲は良くなかった。

太陽が容赦なく降り注ぐ放課後の校舎裏に、四人の生徒がほうきを持って掃除に励んでいた。夕方といえど暑さはまだまだ過酷で、掃除を始めてまだ十分と経っていないのにも関わらず、既に汗がダラダラ滝のように流れ落ちている。せめて帽子やタオルがあればよかったのだが、いま手元に暑さをしのぐアイテムはない。放課後の校舎裏、そしてたかが掃除と思って何も用意しなかったのだ。まさかまだこれほど暑いなんて。自分達の見通しの甘さに苛立ちを隠せない。

そもそもどうしてこうなったのか。華那はほうきで足元を掃きながら考えていた。化学の授業で実験をすることになり、班のメンバー分けは、華那と慶次、元親と佐助となった。慶次と元親はともかく、嫌いな佐助が一緒だったということもあり、華那の機嫌はみるみるうちに氷点下まで下がった。それは佐助も同じなようで、二人の間に見えない火花が散っているような幻覚さえ見えたほどだ。まだ露骨に態度に出してくれればよかったのだが、佐助はいつも通りの涼しい表情のままだし、華那も穏やかな表情を崩そうとしない。パッと見ただけではお互い嫌っているとすら気づけないほどである。

だが二人の近くにいると目には見えないオーラを肌で感じる羽目になるため、この二人の周りを包む空気が普通ではないことが手に取るようにわかる。少なくともここにいる元親と慶次は緊張状態を余儀なくされた。一色触発とはまさにこのことで、二人はまさに今にも爆発しそうな爆弾を抱えて走らされているような錯覚を覚えた。

実験はスムーズに進みこのまま何事もなく終わると思ったのも束の間、元親と慶次の一瞬の油断で実験器具を落して壊してしまったのだ。二人が先生からお説教を受けた後、連帯責任ということで放課後罰掃除を言い渡されてしまった、というわけである。

この暑い中の掃除は酷く体力を消耗する。この掃除だけで日焼けしそうなくらいだ。連帯責任という言葉が大嫌いな華那からすればいい迷惑な話で、校舎裏をほうきで掃いている彼女の顔は不機嫌そのものだ。さっさと終わらせて帰ろう。その一心でほうきを動かしていく華那とは対照的に、残りの三人はだらだらとした手つきでほうきを動かしていた。見るからにやる気を感じさせない、嫌々やっていますという態度だ。いや態度の悪さなら華那も人のことを言える立場ではないが、少なくとも掃除はちゃんとしているのだから許される範囲だろう。

「あの、みなさん。いい加減真面目に掃除をやりませんか?」

このままではますます帰宅する時間が遅くなってしまう。ただでさえこの暑さのせいで苛々しているのに、この三人を見ているだけで苛立ちが上がる速度は尋常じゃない速さで加速して言っていた。いっそのことこの二人を気絶させて縄で気にでも括りつけて一晩張りつけてやろうか。やんわりと諭すように掃除をやれと言う華那に対し、残りの三人の態度は相変わらずなものだった。

「別にちょっとサボったくらいでバレやしないよ。華那ちゃんも、こういう監視の目が薄いところで真面目にやる必要はないって!」

と、これは慶次である。彼はさきほどからほうきで元親とチャンバラの真似ごとをして遊んでいた。そういうことをやるのは小学生だけだと思っていた華那は、二人の馬鹿さ加減に頭を痛める。そんなにチャンバラがしたいのなら、私が直々にほうきで殴り倒してやろうか。華那の中で物騒な考えが浮かんだほどだ。

「そういうわけにもいかないと思うんですけど……。それに高校生にもなってほうきでチャンバラなんて、どれだけ低能なんですか。前々からわかっていたことですけど、やっぱり貴方達お二人のお頭はおさるさんよりも低いんでしょうね」

慶次と元親の動きがぴたりと止まった。言い返そうにもあまりに突然だったため言葉が浮かんでこない。

「別にいいと思うけどね、俺様は。男っていうやつは常に子供の心を持ってるって言うじゃん。ああ、音城至は既に子供のようなピュアな心は持ち合わせてないってことかー」

二人を庇うような佐助の言葉に、ほうきを持っていた華那の手にぎゅっと力がこもる。今の佐助の言葉だと自分はおばさんだと言われているような気分になった。

「ま、しゃあねえか。華那のように真っ黒な心を持った人間には、俺様達の真っ白な心は眩しすぎたかな」
「………誰が真っ白な心を持っている、ですって? もしかしてそれって猿飛くん自身も数に含まれています?」
「あれ、そう聞こえた?」
「ええ、とても」

二人とも始終笑顔を崩さないあたりが逆に恐ろしい。言い合いの発端になった慶次と元親はすっかり縮こまって事の成り行きを見守っていた。

「まあ私の勘違いかもしれませんね。だって猿飛くんが真っ白な心の持ち主だったら、世界中の人達が真っ白な心の持ち主ってなってしまいますもの」
「えー、俺様ってそんなに真っ黒に思われていたわけ? ちょっとショックだなー」
「そう言うわりには随分と爽やかな笑顔ですけれど?」
「それは音城至も同じだろ? ほらほら、さっきから手が止まってるよ。暑いんだからさっさと掃除を終わらせてくれないと俺様困るんだけど」
「……ですからそれは私じゃなくあの二人に仰ってくださいな。私はちゃんと掃除をしていますし」

ほうきの先端を元親と慶次に向け、「ね?」と首を少し傾げてこちらを見ている華那に、元親と慶次はびくっと肩を震わせる。爽やかな笑顔の奥に真っ黒な負のオーラを詰め込んだ、そんな感じの笑顔だった。

「それに手が止まっていると仰っていますけれど、猿飛くんだってさっきから手が動いていませんよ?」

暗にお前に言われたくないと言う華那に、佐助の眉がぴくっと上下に動いた。

「ああ、ごめんねー。音城至と話をしていると、こっちまでつられちゃったみたいな?」

つまり華那と話をしていたせいで、こっちまで手を動かすのを忘れてしまったと言っているのだこの男は。あくまでも自分は悪くないと言い張る佐助に、華那の我慢値は限界を迎えそうになっている。このまま話を続ければ彼女の中の何かが爆発しそうだった。

「そもそもなんで俺様達こんなことしてんだろうねー。俺様達何かしたっけ?」
「いいえ、私達は特に何も。こうなった原因は……」

何かを考えるようなの一拍の間の後、佐助と華那はゆっくりと元親と慶次達のほうへと振り返った。

「こうなった原因は俺様じゃなくてあんた達だよな? なんで俺様が必死になって掃除やってんだよ」
「いつまでそこで見ているだけなのかしら? ………いい加減働けっっつってんだろうがっ!」

佐助と華那はほぼ同時に持っていたほうきを元親と慶次に投げつけた。ほうきが見事にヒットした二人はその場に倒れ込んだ。

「あー、馬鹿らし。もうやってらんねー。無駄な体力を使っちまったじゃんか」
「なあ音城至。もしかしてキレてる? 口調が随分と乱暴になってるけど」

二人は倒れている元親と慶次に背中を向け、スタスタと校舎へ向かって歩いていく。小さくなっていくその背中には「後は任せた」と大きな文字で書かれているように見えた。

「暑いー。ねえ猿飛くん、汗かいたからファミレスにでも涼みに行かね?」
「お、いいねそれ。勿論音城至のおごりだよな?」
「まっさか。こういうときは男が黙っておごるもんだろー?」

このクラスで一番敵に回したくないのは誰だろう。例えば猿飛佐助。彼はいつも飄々としていて、なかなか本心が掴めない厄介な男だ。敵に回したくない男代表が猿飛佐助なら、女代表は音城至華那だろう。周囲には敬語で接し、雰囲気もどこか柔らかい。が、キレたら口調が荒くなることを知っている生徒はあまりいない。何かとつけて二人は対立し、常に口喧嘩を繰り返している。そんな少し似ている性格をした二人だからこそ、もしかしたら相性は良いのかもしれない。

完 

40万筆頭企画/千様へ
佐助学園夢
千様に考えていただいた夢主の設定は、性格は大人しいけど腹黒でドS。普段は敬語だがキレたら男みたいな口調になる。……というものでした