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幾度目かの記憶

「越えられない壁」の前日談と後日談的な要素を含むお話です。お名前変換の親友欄を男装時のお名前に変換してください

「すごい! 政宗くんが勝った!」

小学校のグラウンドの片隅で、三人の男の子達が倒れていた。彼らは学校でも有名な悪ガキ達だ。同学年の子達だけでなく、下級生の子達にまで手を上げることで有名で、同学年よりもむしろ下級生達のほうが彼らを怖がっている。ケンカもそれなりに強く、今まで彼らが負ける姿を見た者はほとんどいない。おそらくこの学校では無敗を誇っていたはずだ。

そんな彼らが、地面にひれ伏したまま動かない。倒れている彼らの前には二人の少年が立っていた。二人とも彼らより少しばかり背が小さい。どう見ても下級生だろう。一人は勝ち誇った笑顔を浮かべて仁王立ち、もう一人は仁王立ちしている少年の背中に隠れるように立っている。しかしその表情は嬉々としていた。

「なにが学校で一番強いだ。今日から一番はこのオレ様だぜ!」

高らかに宣言した少年の名前は伊達政宗。彼もまた、この学校では有名な悪ガキの一人だ。しかし悪ガキといえどもプライドがあるのか、自分より弱い者には決して手を上げず、強い者だけにしかケンカを売らない。変なところだけ真っすぐなので、クラスメイト達にはよく慕われている。

「二度とオレの子分に手を出すんじゃねえぞ、わかったな!」

政宗のクラスメイトが悪ガキ三人にいじめられた。今まで政宗のクラスメイトがいじめられたことはなかったが、ついにこのクラスでもいじめられた者が現れてしまった。どうやら悪ガキ三人はこのクラスに目を付けたようだ。

このクラスの生徒はオレの子分。政宗は常にそう思っていた。以前このクラスの王様は誰だという話になり、ならば実力で決めてしまえということで、教師の目を盗んで勝ち抜き形式のケンカをやったことがあった。そこで政宗は優勝し、以後クラスの王様として君臨するようになったのだ。

自分の子分がやられたのは非常に面白くない。我慢できなくなった政宗は仕返しといって上級生の悪ガキ三人にケンカを売り、見事勝利を収めたのだった。勝利を収めたといっても政宗もボロボロで、完全勝利といかなかったところが唯一納得がいかない点だ。

「ありがとう政宗くん!」
「ま、まあ、オレ様の所有物に手を出した報いってヤツだぜ」

政宗の背後に隠れていた生徒こそ、三人にいじめられていた少年だった。彼はお礼を言うと、教室に走って行った。あんなに素直にお礼を言われるとなんだかくすぐったい。政宗はニヤけそうになる顔を誤魔化すため、そっぽ向きながらフンと鼻を鳴らした。

*** ***

その帰り道、すっかり日が暮れてオレンジ色に染まった道を歩いていたときだった。どこからか子供が泣いているような声が聞こえた。政宗は足を止め、耳を澄ます。声が聞こえてくるのは……あっちの方向か。声に導かれるように、政宗の足は自然と声がする方向へと向かって進む。聞こえてくる声が大きくなってきている。段々近づいていると思っていいのだろう。

「………An?」

声の正体は道の真ん中でしゃがみ込んでいる小さな女の子だった。膝に顔を埋めて泣いている。小さな背中が揺れていた。……もしかしなくてもこれは迷子ではなかろうか。こういう面倒事はごめんだ。見なかったことにしてこのまま帰ればいい。政宗は百八十度反転し来た道を戻ることにした。しかし数メートル歩いたところで足を止める。

チラリと後ろを見れば女の子は依然しゃがみ込んだまま泣いている。この辺りは人通りが少ない裏道なので、大人でも滅多に通らない。政宗は「あー!」と意味不明な声をあげると頭を乱暴に掻き毟り、早歩きで女の子の下へと戻って行った。

「Hey どうしたんだよ?」

女の子は人影に気づいて顔を上げた。いつ頃から泣いていたのだろう。目はすっかり真っ赤になっていた。

「…………帰り道、わかんなくなっちゃった」

やっぱり迷子かよ……めんどくせえなぁ。が、ここで放っておくのも後味が悪い。

「家はどの辺だ? 送って行ってやるから」
「家はこの辺じゃない。もっと遠いところ……」
「この辺じゃねえのかよ!?」

政宗の推測だがこの子はこの辺りに住んでいる子供ではないのかもしれない。何かの事情でたまたまこの街を訪れただけなのではないだろうか。とりあえずこういう場合交番に行けばいい。政宗は未だ嗚咽を漏らしている女の子に手を差し出した。

「とりあえず交番に連れて行ってやるから、いい加減泣き止め」
「…………うん」

女の子は少し戸惑った様子を見せたが、自力ではどうすることもできないと直感で理解したのだろう。女の子は遠慮がちに政宗の手を握った。交番に行く途中、色々な話をした。この女の子の名前は華那と言い、用事があって両親とこの街を訪れていたらしい。しかし両親は難しい話ばかりしているとかで、女の子はとても退屈していた。そこでみんなの目を盗んでこっそりその場から離れ、街を探検することにしたそうだ。しかし帰り道がわからなくなり、途方に暮れていたところに政宗が現れたというわけだった。

「……あのなあ、初めての街を一人でウロウロしたら迷子になるに決まってんだろうが」
「………だって、退屈だったんだもん。父様も母様もみんなも、私は邪魔だからあっちに行けって。みんな華那を除け者扱いするんだもん」

政宗には華那の気持ちが少しだけ理解できた。政宗の周りの大人達も政宗を邪魔者扱いし続けていたからだ。将来伊達組を継ぐ者としては、どうやら自分は欠陥品なのらしい。自分に何が足りないのか、何が駄目なのかわからない。

父親は気にするなと言ってくれるが、気にしないほうが難しかった。すると父親は強くなれば周りを黙らせることができると言った。ケンカだけでない、本当の意味で強くならなくてはいけない。そうすれば周りはお前を認めるだろう。父親のその言葉を信じて、政宗は戦う決意をした。周りがどんなに自分を疎もうとも、正面から立ち向かうと決めたのだ。

「……みんな言ってるの。なんで私は女の子なんだって。よくわからないけれど私じゃ駄目なんだって。……私が男の子だったら、みんなに認めてもらえたのかなぁ?」

この子も同じだ。どうして周囲に認められないのか理解できていないのだ。存在を認めてもらえないから居場所がない。居場所が欲しくて存在を認めてほしいと必死になる。でも何が原因で自分という存在が否定されているのかわからないから、何もできない。

「……だったら、強くなりゃいいんだ」
「強くなる……?」
「そうだ。周りを黙らせるくらい本当の意味で強くなれば、みんな華那を認めるようになる。男とか女とか、そんな小さいことなんか気にするな」
「じゃあ、私が強くなれば……キミも私を認めてくれる?」
「そうだな―――このオレと一対一でやりあえるくらい強くなったら、な」


「最近思いだしたのだが、小さい頃この街に来たことがあるんだ」

幼少時から男として育てられた華那は、常に男の格好をして過ごしていた。ただ子供の頃一度だけ、女の子の姿で過ごしたときがある。音城至組の用事で連れられこの街を訪れた時、大人達の目を盗んでこっそりと街へと繰り出したときだ。

この街では誰も華那の存在を知らない。ここでなら少しくらい女の子に戻っても大丈夫だと思ったのである。女の子の服は持っていなかったし髪の毛も短かったから、男の子に見えるかもしれない。しかし見た目はどうでもいい。大事なのは心だ。心が女の子になれるだけで華那は満足だった。

「……しかし知らない街を一人で勝手にうろついたんだ。当然のように帰り道がわからなくなって迷子になり、道の真ん中でずっと泣いていた。そんなとき一人の男の子が私に声をかけてくれた。その男の子のおかげで私は無事両親の下へ帰れたのだが……」

勝手にいなくなって迷子になったのだ。その後華那はこっ酷く叱られた。あのとき怒られた記憶は今思い出しても恐ろしい。まさかその男の子に遥奈ではなく本当の名である華那と名乗ったと言ったらさらに怒られるだろうな。小さい頃の秘密が華那の脳裏に蘇る。結局名前のことは未だに両親に話せずにいた。

「そのとき助けてくれた男の子に言われた言葉のおかげで今の私がある。私はあの男の子に救われたんだ」

音城至組の後継ぎとしては女の華那は不要だった。華那など無視して男を産めばいい。周囲の意見はこうだった。それなのに現当主は女の華那に男のふりをさせてまで後継ぎにさせようとする。

どうしてあの子なんだ。納得がいかない。ならばいっそ分家から後継ぎを出せばいい―――。周囲の不満は現当主の華那の父親でなく、その娘にぶつけられた。それが彼女を追いつめているとは知らずに、ぶつけ続けた。

「当時の私は男として過ごすことに嫌になっていてな。ずっと女として生きたいと願っていたんだ。だってそうだろう? 可愛いお人形やおままごと遊びを取り上げられ、ずっと音城至組を継ぐための勉強をさせられていたんだ。子供にとってこれは大きなストレスだよ。でも、その男の子に言われた言葉で気づいたんだ。強くなろうと、な。そしていつか……その男の子に認めてもらえるくらい強くなろう。そう決心したんだ」

自分と同じくらいの年齢なのに、自分よりも遥かに強い男の子。衝撃だった。この男の子に認めてほしい。強く、強くそう思ったほどに。

「Hey 彼氏の前で堂々と他の男の話をするたァ、いい度胸だな華那」
「う、うるさい! これは私の幼少時の話で、別に浮気などとは……!」
「……ま、今回だけは許してやるよ」
「しかし……あの男の子は私のことなど覚えていないだろうな」
「……そうでもねえんじゃねえか? 案外、覚えているもんだぜ」

それにな―――オレはとっくにお前のことを認めてるぜ、華那。

「……何か言ったか?」
「いや、なんでもねえよ」

少なくてもオレは華那という存在を忘れたことなどなかったのだから。

完 

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政宗現代夢
考えて頂いたお話のタイトルは「幾度目かの記憶」でした