リクエスト | ナノ


囚われの姫君

嗚呼、今日もなんて素敵なんでしょう……。こうして貴方の姿を遠くから見ることができるだけで私は今日も生きていけるのです。貴方という存在が私の生きる意味。貴方なくして私は生きていけないのです。

恋とはなんと恐ろしいものでしょうか。いかなるときもその人のことが気になって、他のことに全く手がつかなくなってしまいました。頭の中は貴方でいっぱい。私の脳内は貴方で占められてしまいました。最近では成績も下がる一方……これもあれもそれもどれも、全部ひっくるめて貴方のせいですわ。今日も貴方を想いつつ、こうしてこっそり遠くから眺めております。

「………どこが遠くからだ。おもいっきり近いじゃねーか!」
「おもいっきり遠いですよ! だって見てください。机という障害物が私と政宗さんを邪魔していやがるんですよ!?」
「僅か一meterちょいでも遠いと抜かしやがるかこの女は……」

政宗は自分の前の席に座る女―――音城至華那の言葉にげんなりしていた。毎日こんな調子で、まともにやりあっていたら身がもたない。そのうちオレはneurosisになるのではないか、そんな不安が政宗の脳裏に過った。

音城至華那はとにかく鬱陶しい。高校一年生のとき同じクラスになり、どういう縁か以後三年生になった今でも同じクラスだ。別にずっと同じクラスだからという理由で鬱陶しいわけじゃない。

一年生のとき、華那は政宗に告白した。好きです、と。しかし政宗は華那を振った。政宗からすればいつもと変わらない、当たり前の日常だ。どういうわけか昔からモテていた政宗は、女の子達からよく告白されていた。気まぐれで付き合ったりしてみたが結局長続きせず、本命と呼べる女の子に出会ったことはまだない。

昔からモテているが故、女の子を振ること自体に抵抗はなかった。好きだと言われてもこっちは相手のことを知らないので、特になんとも思わないというのが答えだった。女の子は一度振ったら自分の前から消える。そう思っていた。音城至華那に告白されるまでは。

「この机が私の溢れんばかりの政宗さんへの愛を邪魔しているのね……憎い、憎らしい! いっそのことこの机、灰にしてやろうかしら?」
「ンなことしたらオレの机がなくなるだろうが!」
「そうなったら政宗さんは私の机で勉強すればいいじゃないですか。二人で一つの机を使うんですよ……素敵じゃないですか」
「Refuses! 誰がお前なんかと肩を並べるもんか」
「えー。わたしはこんなに政宗さんのことが好きなのに」
「何度も言ってるだろうが。オレは好きじゃねえ」

この華那という女は、政宗に振られた今でも好きだと言ってくる。よく言えばへこたれない、めげないといったところだが、悪く言えばしつこい、である。一年生のときキッパリと振った……はずだった。だが華那は一度振られただけでは諦めきれなかったのか、振られた後も政宗に付きまとった。政宗が冷たくあしらい、振り続けても、華那は政宗にぴったりとくっつき続けた。

彼女は今も事あるごとに好きだと言ってくる。まるで口癖のように、それが当たり前のことのように自然と言ってくるものだから、いい加減政宗も対応に困っていた。最近では「好きだ」と言われると「そうか」と聞き流すスキルを身に付けた。よくまあ三年間飽きずに好きだと言い続けられるものだ。鬱陶しいを通り越して感心しそうになる。最低でも一日一回は好きだと聞いていると思うのは気のせいではないはずだ。今日だけでも華那の口から好きという言葉が発せられたのは、政宗が覚えているだけでも三回はあった。どうしてこの女は何度も振られた男に好きだと言い続けられるのか。政宗には不思議で仕方がなかった。

この日、音城至華那は学校を休んだ。三年間一度も休んだことがない華那が学校を休んだ……珍しいこともあるもんだ。近いうちに台風でもくるんじゃねえか? そんなことを思いながら政宗はふと前の席に目をやった。いつもならここに華那がいて、鬱陶しいぐらい話しかけてきて、政宗がいくら無視しても、素っ気ない態度で突き放してもお構いなしで好きだと言ってくる。

しかし今日はそれがない。久しぶりに静かな一日が過ごせそうだ。少しだけ妙な違和感を覚えつつも、その日は極々平穏に過ごせた。

次の日も華那は学校を休んだ。その次の日も、そのまた次の日も。あの超がつくほどの元気娘が何日も学校を休むなんておかしい。一体どういう理由で華那は学校を休んでいるんだろう。もしかして何かあったんじゃないか。おかしな話で、いつもは鬱陶しいと思っていたはずの華那がいないだけで、なんとなく落ち着かない自分がいた。前を向くたび嫌でも一つぽっかりと開いた席が目につく。

くそ、なんでオレがアイツのことでソワソワしてんだよ……! いつもそこにいることが当たり前の人がいないだけで、これほど落ち着かなくなるなんて。どうして自分は華那のことが気になるのか、その理由がわからない。この感情の名前がわからない。

「―――政宗、ちょっと話があるんだけどいい?」
「Ah?」

名前を呼ばれて顔を上げると、クラスメイトの女子がすぐ傍に立っていた。何度も女に告白されている政宗は、過去の経験で告白されるタイミングがなんとなくわかるようになっていた。今がまさにそれで、政宗の見えない何かが反応している。この女の言う話は、十中八九告白の類だろう。態度を見ているとなんとなくわかる。

「悪いが告白とかならお断りだぜ、オレは」
「………やっぱ駄目かー。ま、駄目で元々だったんだけどね」

女は溜息をつくと肩を竦めた。比較的声が明るい。駄目で元々という言葉は空元気ではなく本心なのだろう。

「みんな言ってるよ、政宗は音城至さんが好きだから告白しても無駄だろうってね」

…………今なんて言った?

「なんて顔してるのよ。まさか……自覚がなかったの?」
「オレが華那を好きだァ!? 冗談なら笑える冗談を言いやがれ」

一体自分がいつ華那を好きだと思われるような態度をとったというのだ。少なくとも政宗は華那に好きだと言ったことはないし、未来永劫言うつもりはない。

「傍から見てるとすっごく仲良さげなんだけど。いつも一緒にいるし。ケンカするほど仲がいいってやつ?」
「それはアイツがオレに付きまとっているだけだろ!」
「本当に嫌だって思っているなら、容赦なく突き放すじゃない。でも政宗はそれをしない」

違う。どんなに冷たく突き放してもアイツが勝手に付きまとってくるだけだ。そう言いたいのに何故か言えない。

「それに音城至さんが休んでいる間、ずっと心配そうな顔しちゃってさ。いい加減認めちゃいなよ。楽になるかもよ?」

心配している……このオレが? どうして何だろう。どうしてずっと華那のことが気になっていたんだろう。政宗は一つ前の席に目をやった。その席には誰もいない。本来いるはずの女は未だ不在だ。やっぱり華那がいないと妙にソワソワする。オレの目の前にいて、こっちがいくら鬱陶しいと言ってもお構いなしに好きだと言い続け、そして……。オレのことを好きだと言う華那は、憎らしいほど幸せそうな笑顔を浮かべていて―――。

バラバラだったピースがピタッと噛み合ったような音を、そのとき政宗は確かに聞いた。ああ、そういうことか。くそ、一体いつからオレはmasochistにさせられちまったんだ? 政宗は自虐的な笑みを浮かべた。一度それに気づいてしまえばあとはもう認めるだけだ。認めたくはないが、認めざるを得ない。

「なあ、そういや華那はなんで学校を休んでいるんだ?」
「え、ああ。なんでもインフルエンザにかかちゃったんだって」

どうりでずっと学校に顔を出さないわけだ。しかしインフルエンザで休んでいるだけなら、近いうちに必ず学校へ復帰するだろう。華那が学校に復帰したら真っ先に言ってやりたいことが一つできた。いつもは告白されるこのオレが告白してやろうっていうんだ、かなりの大盤振る舞いだと思わねえか? 

問題は何て言うかだな。とりあえず―――オレをmasoにした責任をとれよ、華那?

完 

35万筆頭企画/瀬居さまへ
政宗現代夢
考えて頂いたお話のタイトルは「囚われの姫君」でした