リクエスト | ナノ


無慈悲なダリアに口付けを、

可愛い可愛い私のアイスクリームちゃん。「溶けないうちに私を食べて」と言う貴方達の声が聞こえるわ。口の中いっぱいに広がる甘い味が私を呼んでいる。それじゃあ遠慮なくいただきまーす。
…………………。

「っ痛ーっ!?」

その音を例えるならピキーンだと思う。い、痛い。口の中に激痛が走る。どうして。どうしてなの。どうして私に牙をむけるのアイスクリームちゃん? わからない、私にはわからないわ!

「………ちゃんと見た訳じゃねえが、別に虫歯は見当たらねえぞ」

大きく開けた口を覗きこんでいた政宗くんは呆れたように呟いた。いい加減口を開けていることに疲れた私は、政宗くんが身体を離したと同時に口を閉じる。しかし虫歯はないと言う政宗くんに反論するため閉じた口を再び開いた。

「虫歯じゃなきゃなんで冷たいアイスクリームを食べた途端歯に激痛が走ったの!? ていうか今も痛いんだけど!? 政宗くん歯医者さんでしょ、なんとかしてよ!」
「なら病院に来い。病院には来ねえくせに人ンちでギャーギャー騒ぐな煩ェ」

冷たく突き放す言葉だけでは飽き足らず、しっしと、犬や猫を追い払うような仕草までしやがった。私はペットじゃないぞオイ。仮にもあんたの彼女だぞコラ。

「だって歯医者は怖いんだもん。痛いんだもん、痛いのはやだ」

歯医者が好きっていう人がいたらぜひとも会ってみたい。そんでもって歯医者を好きになれる秘訣を教えてほしい。これさえ知っていれば貴方も歯医者が好きになる、みたいな教材はないものか。あったら買うよマジで。

歯医者に行くのは怖くて、でも歯はずっと痛いままで。埒が明かなくなった私は隣の家に住んでいる歯科医師の政宗くんに助けを求めた。いやどう転んでも歯の痛みが続く限り歯医者にいかなくちゃいけないのはわかっているけれどね! でもそういう問題じゃない。心の準備っていうのが歯医者に行く前には必要なんだよ。そう、これは謂わば歯医者に行くための儀式みたいなものだ。

「待合室に漂う歯医者独特の薬品の臭いといい、安っぽいBGMといい、何より診察室から聞こえてくるドリルの音、子供の泣き叫ぶ声……! 想像しただけで、と、鳥肌が」

想像しただけで鳥肌が立ってくるんだよ。現実だったら気絶する自信がある。

「いちいち大袈裟なんだよ華那は。んなもん少し我慢すりゃいいだけだろうが」
「人間には我慢できるものとできないものがあるんだよ! みんな政宗くんみたいに怖いものはないっていうようにはできてないんだってば」

あ、また溜息をつかれた。これで何回目だろう。四回目までは数えていたんだけど、だんだん数えるのが面倒になって途中でやめた。

「ギャーギャー煩ェな、ったく。華那、ちょっとそこのsofaに座れ」
「へ? なんで?」
「いいから座れ」

有無を言わせぬ強い口調に逆らうことができる生物は存在しない。動物だって大人しく言うことを聞くにきまっている。本能でこいつには逆らってはいけないっていうのがわかると思うから。

私だってそうだ。逆らったら何をされるかわからない。大人しく命令されるがままソファにちょこんと座ると、背後から政宗くんに両頬をがしっと掴まれた。そのままぐいっと上を向かされる。な、なんだ!?

「じっとしてろよ……」

政宗くんの顔がゆっくりと近づいてくる。……普段政宗くんに治療してもらっている患者さんってこんなふうにこの人のことを見ているのかな。相変わらず顔だけは無駄にいいなー。性格は最悪だけど。だってドSだもん。……ん? なんでドキドキしてるのよ。ありえない心拍数に胸が痛い。ええい静かになれ私の心臓!

「あがっ!?」

私が油断していたこともあり、政宗くんはいとも簡単に私の口を開けた。す、凄い力だ。顎が外れるかと思ったじゃないか。そんなことを思っていたら、政宗くんは躊躇うことなく私の口の中に指を突っ込んだ。そして痛む奥歯あたりをぐっと力を込めてぐりぐりっと押してきやがった。

「だあぁぁぁあああ!?」

痛い痛い痛い痛いなんだこれ痛すぎる! 反射的に口を閉じかけるが政宗くんが押さえつけているため閉じられない。でもこの痛みは我慢できるっていうレベルを余裕で超えている。

とにかく一刻も早く政宗くんにその手をどけてもらう必要がある。手足をバタバタと激しく動かすことで痛いってことをアピールしてみた。多少子供っぽいとも思うけどそれくらい痛いんだってば! 

涙目で政宗くんをキッと睨みつける。………一瞬だけ私は痛みを忘れることができた。なんでかって? このお方……笑っていました。すっごく楽しそうに、ニヤニヤと笑っていやがるんだよ! ムカツク! めっちゃくちゃ腹立ってきた! ただでさえ人相悪いんだからそんなふうに笑わないでよ。悪魔なんかじゃない、魔王のレベルだ。こえぇぇえええ!!

「………Ah こりゃ歯じゃなくて歯茎だな。歯茎が炎症していやがるから明日病院に来い」

やっと指を放してくれた……。でも指を放してくれた今もズキズキと痛むんですけど。

「い、いきなり何すんのよ! すっごく痛いじゃない!」

いっつー……。喋るだけでもちょっと痛むじゃん。意味がないとわかっていても、すりすりと頬を擦る。

「だからそりゃ歯茎が炎症しているせいだって言ってんだろ。しかたねえから特別に時間外でもいい。とにかく明日病院に来い、絶対だ。いいな?」

ギロリ、とあの鋭い目で睨まれるだけで、私は蛇に睨まれた蛙のように動けなくなる。お、おっかねー……。こりゃ歯医者を嫌がる子供も泣きやむってものよね。歯医者よりも政宗くんに睨まれるほうが怖いもん。これじゃあまるで恐怖政治そのものだ。

「……なんか碌でもねえこと考えてるだろ?」
「まさか!」

な、なんでわかったんだろう……。相変わらずスゴイ。政宗くんなら心の声でも聞こえていそうって思えるあたり色々と末期な気もするけれど。

「とにかく明日必ず来いよ、わかったな?」
「嫌だー! 歯医者だけは嫌なんだよ。いっそのこと全身麻酔してくれるっていうなら行くけど」
「………そうかそんなに嫌か。なら奥の手を使うしかねえな」

お、奥の手? 一体何だ……? どうせ私にとって不利なことでしかないだろう。そんなことを考えていたら政宗くんにガシッと肩を掴まれた。な、なんだこれ。ピクリとも動かせないぞ!? 顔を上げると頭一つ分高い政宗くんと目が合った。やけに顔が近い………?

―――何が起きたかわからなかった。唇に何か柔らかいものがあたったなーとか。これほど至近距離で政宗くんの顔を見たのは初めてだなーとか。たっぷり数十秒過ぎた後で、政宗くんにキスされたってことが頭で理解できた…って……キスぅぅううう!? 顔が、全身の血が沸騰したように熱くなった。

「……お前な、kissするときくらい目ェ閉じろよ。色気ねえな」
「だ、だだだだだだって! ふぁ、ふぁーすときす! ファーストキスなんだもん!」

ファーストキスはもっとロマンチックなものだと信じていたのに、それをこいつは! 乙女の夢をあっさりと踏み潰しやがった。なにより悔しいのはロマンチックの欠片もないキスに激しく動揺している自分自身だ。

「……これ以上のこと、してみたくねえか?」
「……なっ!?」

耳元で囁かれたそれは、まるで甘い毒のようだった。妖しい笑顔を向けてくるこの男の表情があまりに扇情的で、私から少しずつ理性を奪っていく。

「これ以上のことをしてみたかったら、明日、素直に病院に来るよな?」

ひ、卑怯だ。そう言われると……断れないんだよ。

「わ、わかった……」
「Ok 良い子だ」

そう言ってぽん、と私の頭を撫でた政宗くんの手はとても優しかった。

完 

35万筆頭企画/千さまへ
政宗現代夢
考えて頂いたお話のタイトルは「無慈悲なダリアに口付けを、」でした