リクエスト | ナノ


我侭ボーイと勘違いガール

政宗の屋敷は四季折々、季節が移ろいゆくごとに様々な顔を見せてくれるから好きだ。春は淡い桃色の桜が咲き乱れ、夏は清々しい緑が青い空を彩ってくれる。秋は赤く染まった紅葉が散る様が神秘的で儚げな美しさを醸し出し、冬は真っ白な雪が春を待つ草木の上に降り積もる。

政宗の家はとにかく広くて大きい。だがそれは屋敷にだけ当てはまるものではない。その屋敷の周りに広がる庭園もまた広いのだ。季節に関するイベントなら政宗の屋敷で済ませることが可能なんじゃないかって思うほど。春ならお花見でしょ、秋なら紅葉狩りにお月見とか。現に伊達組の人達は花見なら屋敷の敷地内で済ましている。済ませることができるほど広い庭園ってことなのかな、やっぱり。今は秋だから、紅葉狩りやお月見ってところかしら。いいな、楽しそう……。そんなことを考えながら、私は真っ青に広がる空を見上げた。青い空の中を、赤く色づき始めた紅葉が鮮やかに舞う。青に赤って本当によく映えるわね。

「………紅葉が赤く染まっていく様ってなんでこんなに綺麗なのかしら」
「………華那、そんなことを思う暇があるなら手を動かせ」

珍しくセンチメンタルな気分になりかけていたとき、横から現実に引っ張り戻すような冷ややかな声が耳に届いた。その声で現実に引っ張り戻された私は、恨みがましい視線で声の主を睨みつける。

「なによー、そう言う政宗だって手を動かしてないじゃんか。つか根本的に掃いているのは私だけだよね? 政宗何もしてないよね? ただ見ているだけだよね!?」
「オレはいいんだよ。何のために華那を呼び出したと思ってんだ? オレの代わりを務めさせるためだろうが。箒を持って掃除する姿、似合ってるぜ」
「いつから私は政宗の家政婦になったのよ!?」

箒を持つ姿が似合うって言われても嬉しくない。全く、これっぽっちも。おかしいな。普通好きな人に「似合っている」って言われれば嬉しいものじゃないの? ますます恨みがましい視線を政宗にぶつけてやったが、政宗はそんな私のささやかな攻撃さえも軽く受け流しやがった。その余裕こいた面が無性に腹立つ。本当に、なんでこんなことになったのかしら。

事の発端は数時間前。家でのんびり過ごしていた私の下に政宗から電話があった。電話の内容はとても完結で。

「もう秋だしな、紅葉dateと洒落こまねえか? つーわけで華那、お前今からうちに来い」

と、たったこれだけ。言いたいことを言ってしまうと、こっちの疑問もお構いなしに一方的に切ってしまったのである。普段なら無視をするところだが、何しろ電話の相手はあの俺様筆頭政宗様である。ここで無視したら後々どんな報復が待っているのかわからない。明日の我が身が心配になったので、渋々政宗の言葉に従い彼の屋敷に赴いてしまったのだ。

政宗の屋敷に着くや、玄関先で彼が待ちくたびれた様子で突っ立っていたことには驚いた。どうして家の中で待たないで、わざわざ外で待っていたのだろう。まさか子供みたいに待ちきれなかったというわけでもあるまい。でもそのわりにはとっても嬉しそうな表情をしていたのがやけに不気味だった。

ますます混乱している私を他所に、政宗は私の手を掴み、そのまま屋敷の奥へとグイグイ引っ張っていくではないか。それも普段は滅多に近づかない、庭園の方へだ。政宗が電話で言っていたとおり季節は気づかない間にすっかり秋になっていて、紅葉の葉が赤く色づいている。とっても綺麗で幻想的な光景に私は目を奪われてしまった。

でもなんで今更庭園で紅葉デート? 政宗、こういうデート好きだった……? ま、まさか政宗、こんな時間から何か厭らしいことでもしようっていうんじゃないでしょうね!? 庭園の方角なら人気も少ないし、大声を出しても屋敷まで届くかどうか微妙なところだ。そんな、私達はまだ高校生なのよ。もう少し清い交際を……って今更清いもないか。でもでも野外っていうのはいくらなんでも……!

「―――着いたぜ、ここだ」

もう着いちゃったの!? ウソ、こんなところで!? いくら大胆な行動が好きな政宗でも、こんなことまで大胆にならなくてもいいと思うのよ。私にだって心の準備って奴が必要だし、こういう場所はもっと経験を積んだ人達のほうがいいと思う! うん、絶対にそう思う。と言っても経験を積んだとしてもこんなところは嫌だけど! ……でもまあ、一回くらいはいい、か、な?

「じゃあ、早速始めるか」
「………っやっぱり駄目! 今日は可愛い下着じゃないもん!」
「…………何言ってんだお前?」
「……………へ、違うの? 政宗のことだからてっきり人気のないところでイヤラシイことをしようとするんじゃないのかと」

珍しく本当に呆けた表情をしている政宗を見ていると、なんだか私のほうが恥ずかしくなってきた。政宗にしては珍しく何も考えていない、考えられないというような表情である。さっきの私の言葉にどう返せばいいのか戸惑っているみたい。げっ! 政宗は私が考えていたようなことを、考えていなかったのか!? てことは私の早とちりィ? じゃあ一体どうしてこんなところに……? 

何か他の目的があってここに連れ出したということになる。まさか電話でも言っていたとおり本当に紅葉デートをするつもりだったのかしら。あ、穴があったら入りたい! それくらい恥ずかしいのよ。

何も言ってこない政宗を怪訝に思い、私はちらりと政宗の顔を窺った。まだ呆然としているのかと思いきや、彼はニヤリとよからぬことを考えている笑みを浮かべているではないか。つい今しがたまで火照っていた私の身体は、一気に零度にまで急降下。悪寒が止まらなくなってきたぞ。身の危険をひしひしと感じるぞ〜!

「察するに……オレに何かされたかったってことか? 随分と大胆になったもんだな華那」
「いや別にこれといって何もしてほしくはないんですが……」

ただ普段の政宗の行動がろくでもないから、人気がない場所に連れてこられると変な想像をしてしまっただけだもん。決して私が大胆かついやらしいことを考えていたわけではない。欲求不満というわけではないのだよ。

「……じゃあ、ここで何をするつもりなの?」
「掃除だ」
「そ、掃除……?」

予め近くの木に立てかけておいたと思われる箒を政宗に手渡され、反射的にそれを受け取ってしまった瞬間後悔した。こういう場合、受けとってしまったら何をせずとも負けなのである。こうやって箒を準備しているあたりかなり意地が悪い。私を呼びつけたのは掃除をさせるためであって、紅葉デートっていうのはやっぱりウソだったのね。

「今日は月に一度の大掃除の日でな、オレはここの落ち葉を掃く羽目になっちまってよ。面倒だからオレの代わりの華那にやってもらおうかと」
「代わりにやってもらおうかと、じゃねーわよ。要するに政宗はサボりたいだけじゃんか」
「ああ、何か問題でもあるか?」
「ありまくりですけどォ!?」

あの政宗が紅葉デートなんて洒落たことするわけないじゃない。ちょっと深く考えればわかったことじゃんか……。くそ、ちょっとでも期待した私が馬鹿だった! ここで怒りを爆発させて帰ることもできたんだけど、政宗の横暴な態度に慣れてしまっていたせいか、結局私は素直に掃除をすることにしたんだ。口では文句を言いつつも、箒を動かす手だけは休めない。元々掃除は好きなほうなので、別に掃除をすること自体は苦ではないのだ。

幸い今日は風も穏やかで、あまり葉が落ちてこない。風が強い日だったら、掃いている傍から葉っぱが落ちてくるから大変なんだよね。何より苛々するから精神衛生上良くないのだ。辺り一体の落ち葉を粗方掃き終わったら、地面にはこんもりと小さな山が完成していた。落ち葉でできた小さな山を見て、私は長い溜息をつく。よくもまあこれだけの落ち葉を集めたものよ。

でもこれでやっと帰れるのね。結局政宗はずっと見ているだけで、手伝ってくれなかったけどさ。ん? 政宗は手伝ってくれなかったって何かおかしいよね。手伝っているのは私のほうじゃないか。おまけにちょっと前からここに政宗の姿はない。少し用事があるといって、屋敷のほうへ行ったきり帰ってこないのだ。やっぱり一度シメておくべきか……? 箒を持つ手に力が篭る。

「お、終わったようだな」
「なァにが終わったようだな、よ。今までどこ行っていたのよ!」

ったくどこで何をしていたのかはわからないが、暢気な声と共に現れた政宗に腹が立った。このまま胸倉を掴んで締め上げようかと思っていたのだが、彼がその手に抱えている物を見て、私は口を噤んだ。政宗の手には立派に育ったお芋が数本。生のようだが、何故彼がお芋を持ってきたのかわからないほど私も馬鹿ではない。まさかとは思うけれど、やっぱりやるのですか? この集めた落ち葉で焼き芋なんて作っちゃうのですか!?

「そんな目で見るなって。すぐ作ってやるから大人しく待ってろ」
「私……どんな顔してるの?」
「エサを目の前にした犬みてえな面だな」

瞳をキラキラ輝かせて、尻尾を振っている犬ってことですか? 舌を出して荒い息をしちゃっている犬ってことですか政宗さん? 全くこいつは、彼女を何だと思っていやがるんですかね。

「でもま、お芋に免じて許してやるか」
「何を許すっつーんだ?」
「別にー。でも感謝しなさいよ、政宗の我侭に付き合ってあげられる女の子なんて、私くらいなものなんだからね」

こんなことを言えばおかしいかもしれないが、政宗の我侭はある意味嫌いではないのだ。我侭を言ってくれる、それはつまり気を許している証拠なのである。言っている本人は気がついていないと思うけれど、我侭ってなんとも思っていない人には言いにくいものだ。でも私の前での政宗は常に我侭で、それこそ小さな子供のように思えることすらある。その姿が可愛く見えることがあるなんて言ったら怒るだろうから言わないけれど。……我侭が心に触れることを許してくれている証なら、どんな我侭だってきいてあげちゃうよ?

完 

18000HIT/りらさまへ
政宗夢/幼馴染は伊達組筆頭シリーズ
頂いたリクエスト内容は「政宗と紅葉デート」でした