リクエスト | ナノ


Last Party

オレに関わるとろくなことがないぜ? 

―――ええまったく、そのとおりですこと! 華那は心の中でボヤいていた。一体わたしが何をしたっていうのよ。こうなってしまった原因を思いだそうとしてみるが、何も思いだせないのが現状だ。思い出せないのは当然だった。華那は何もしていない。過去の自分をどれだけ振り返ってみてもこのような状況に陥るような真似はしていないのだ。

このような―――不良に捕まって廃屋に連れられるようなことなど。一体わたしが何をしたっていうのよいいえ何もしていないわ。まさか何もしていないことが原因じゃないでしょうね!? 

本当に何もしていないことが原因だったら華那にはどうしようもない。華那は優等生とまではいかなくても、別段悪目立ちはしない極々普通の高校生だ。成績も真ん中くらいで、たまに遅刻はするが欠席はない。素行も至って普通で教師から目を付けられるような真似もしたことがない。そんな普通の女子高生が、どうすれば不良に捕まるというのか。

華那の周りは数人の不良高校生が囲んでいて、逃げようにも身体を縄で縛られているため逃げられずにいた。生まれてこのかたケンカをしたことがない華那は、自分の腕っ節が人並み以下だという自覚がある。正面からではどのみち逃げられないだろう。大人しくしている華那が気持ち悪かったのか、不良の一人が話しかけてきた。

「やけに大人しいじゃねえか。よっぽど怖いのか? それともあいつが来てくれるって信じているのか?」

華那は答えない。代わりに心の中で「どっちも違うわよバーカ」と悪態をついた。どうしてこうなったのか、きっと答えはあいつだ。あの男と関わってからろくなことがない。

始まりは偶然だった。たまたま街で見かけた不良高校生の後をつけたら、あっけなく尾行相手に見つかってしまったことがきっかけだ。あのときへたな好奇心を出さなければこんな目にも遭うことはなかったのに。今更後悔しても遅い。その不良高校生の名は伊達政宗。華那と同じ学校、同じクラス、加えて隣の席という学校的ご近所さんのレベルだ。この男の周囲はとにかくケンカで満ち溢れている。一にケンカ、二にケンカ、三、四もケンカで五もケンカだ。そのせいで教師からも目を付けられ、噂では何度も警察のご厄介になっているとかいないとか。おまけに噂には尾ひれがつくもので、人を殺したことがあるというありえない内容のものも飛び出す始末。

そんな男を街で偶然見かけたら、誰だって尾行したくなるってものじゃない。普段学校にもなかなか現れないから尚更さだ。華那は自分の行動について仕方がなかったのだと弁解する。決してわたしが悪いんじゃないもん。悪いのはわたしじゃなくて伊達政宗だ!

きっかけは尾行相手に見つかるという非常にマヌケなものだったが、話はこれだけでは終わらなかった。翌日から校内では華那にちょっかいをかける政宗の姿が見られるようになったのだ。性格に難はあっても外見だけは無駄に良かったので、よく女子生徒達から好奇と嫉妬が混じった複雑な目で睨みつけられたものだ。華那がどれだけ嫌がっても政宗はこっちの話には聞く耳持たずで、どれだけ煙に撒こうが彼は華那と一緒にいることが多くなった。

「なんでいちいちわたしにかまうのよー!?」
「このオレを尾行しようとする根性据わった女に興味が湧いてな」

ヘタな好奇心を出したのが仇になった。あそこで自らの欲望に身を委ねなければこんなことにはならなかったのに! 華那はガクッと四つん這いになって項垂れた。

「それにお前は虐めがいがある」
「虐めがい!? なにそれ聞いたことないよ!」

これは後で知った話なのだが伊達政宗が噂の的なのは確かだが、誰も尾行しようとするまでには至らなかったらしい。彼の周りは常にケンカばかりなので、皆身の危険を感じて近づこうとしなかったのだ。女は特にそうだった。いつも遠くであることないこと好き勝手言いたい放題。そんな女ばかりだと思っていたところに現れたのが華那である。

身の危険を顧みず政宗を尾行しようとした女(しかもバレバレ)。政宗からすれば初めて真正面から自分に向かってきた女だ。試しにあれからちょっかいをかけてみたら意外と面白い反応をしたものだから、政宗が華那にちょっかいを出す日々は続いたのである。

ただその光景は傍から見ると実に仲睦まじいものだった。おまけに二人は男と女。思春期真っただ中の生徒達の目には友人以上の関係に映っていた。平たく言えば「こいつらデキてんの?」だ。当然、華那は政宗と恋人はおろか友人になった覚えもない。しかしこういう場合、当事者達の意見は華麗にスルーされるのが定番だ。華那も例外に漏れずいくら違うと否定しても信じてもらえずにいた。

その噂はいつしか校外へと飛び火し、政宗にケンカで負けた不良達の耳にまで入ってしまっていたことに華那は気づかずにいた。そして今日―――学校の帰り道、華那は不良達に囲まれ―――今に至る。

「あの伊達政宗も女を人質に取られりゃあ、大人しくなるってモンよ」
「伊達政宗には女を人質にしたって連絡済みだ。アイツの焦った表情が目に浮かぶぜ」

ギャハハと下卑た笑い声をあげる不良達に華那は鬱陶しげに眉をしかめた。だからわたしとあいつはそんな関係じゃないっつーの! 勘違いもいい加減にして!

「なんだこいつ。ムカつくな」

鬱陶しいと思っていたのが顔にはっきりと表れていたせいで、不良達の機嫌を損ねてしまったようだ。不良の一人が華那の髪の毛を乱暴に引っ張った。無遠慮に掴まれたことに華那は腹を立てる。

「伊達政宗が来るまでこの女で遊ぶっていうのもアリだと思わねえか?」
「いいなそれ」

華那は恐怖を覚えていた。この男達が自分に何をしようとしているのかわからないからだ。必死に抵抗しても所詮男と女。力で敵うはずがない。さすがにこれはまずいまずいどうしようわたし一人じゃどうしようもない。誰か助けてよ。誰か、誰か―――!

「グワァ!?」

華那の真横を何かが物凄い速さで過ぎ去った。ビュンと風の鳴る音が聞こえる。少し遅れて後ろから大きな物体が壁にぶつかった音が聞こえた。この場にいた全員の注意がそちらに向く。壁に頭から突っ込んでいて、華那が確認できたのは人間と思われる物体のお尻だった。着ている服から察するに不良の一人であることは間違いない。

「お、おいどうした!? 外で見張りをしてろっつっただろうが!」

華那を囲んでいた不良達がざわめき始める。一体何が起きたのか、この場にいた誰もが理解できずにいた。ただ一人、華那を除いては。

「…………あ、伊達」
「なんだと!?」

入り口付近に人影が見えた。オレンジ色の夕日が差し込んでくるせいで顔が見えない。それでも華那にはその人影が伊達政宗であると認識できた。だってあんなに偉そうに突っ立っている人間なんてそういないもの。ただ立っているだけの姿があれほど偉そうに見える人間は、華那が知る限り伊達政宗ただ一人だけだ。人影が一歩、また一歩とこちらに近づいてくる。次第に明らかになっていく姿に華那は口を開けたまま呆けていた。

「よォ、こいつが随分と世話になったようだな」
「だ、伊達政宗……!」

壁に頭から突っ込んでいる男は、外で見張りをするよう命じられていた。現れた政宗に見つかった挙句、蹴り飛ばされるまで、だが。

「こ、こいつってわたしのこと? 人をこいつ呼ばわりするなんて相変わらずサイテーね」
「……そんだけ憎まれ口が叩けるなら大丈夫そうだな」

一瞬見せた優しい笑みに華那の心臓が大きく高鳴った。見間違いかと我が目を疑った華那は一度大きく瞬きをした。しかし政宗は既に視線を不良達に移していたため確認することができない。目の前の不良達を敵と認識した上で鋭い眼差しを向けている。己以外の者全てを排除するかのような眼差しに、華那はブルッと身体を震わせた。

「こいつに手ェ出したんだ―――死ぬ覚悟はできてんだろうな?」

不良達は答えない。否、答えられない。絶対的な恐怖を前に、口はおろか身体すら動かせずにいたのだ。不良達が政宗によって倒される様を、華那は呆然と眺めていることしかできなかった。人はこれを、絶対的な力と評するのかもしれない。全てが一方的だった。不良達が次々と倒れていく。薄い紙を折り曲げるように、いとも簡単に身体を折られ地面にひれ伏していった。一度倒れた者は二度と起き上がらない。不良達全員が動かなくなるまでにかかった時間は、僅か一瞬のように感じられたほどだった。
これが、この姿が。この街の誰もが恐れる最強の不良―――伊達政宗という男だったのだ。

*** ***

「……大丈夫か? だからあのとき言っただろうが。オレに関わるとろくなことがねえってな」

華那の身体を拘束していた縄を解きながら、政宗は以前彼女に言った忠告をもう一度繰り返した。華那が政宗を尾行したあの日、政宗は華那にこう言った。オレに関わるとろくなことがない、と。たしかに政宗の言うとおりだった。不良達に拉致されてからずっと華那の頭の片隅で響いていた言葉だ。

「本当にそのとおりだった。伊達に関わるとろくなことがない! というかわたしにちょっかいをかけているのは伊達でしょうが!」

あの日以来華那に何かと絡むようになったのは政宗のほうだ。

「でも、ま……」

政宗の手がくしゃっと華那の頭を撫でた。

「泣いているかと思ってたら泣いてねえんだもんな。やっぱ大した女だよ、オメーは」

やめて。今そんな優しくされたら―――。

「Hey なんで今になって泣きそうになってんだ?」

政宗は不思議そうに華那の顔を覗き込む。不良達に捕まっている間ならわかるが、全てが終わった今華那が泣く要因はないはずだ。

「わたしだって泣きたくて泣いてるんじゃないもん……勝手に出てくるんだもん」

政宗が来てくれて、全てが終わって、安心したら涙が出てきた。そんなこと絶対に言ってやるものか。それじゃあまるで、わたしは伊達が助けに来てくれると信じていたみたいじゃない。

心のどこかで政宗が来てくれると信じていた、だから不良達に何をされても泣かなかった。自分はいつの間に政宗に大してそれほどの信頼を抱いていたんだろうか。口では憎まれ口ばかり叩いていたが、政宗にちょっかいをかけられること自体は嫌いではなかった。最初の頃は鬱陶しかったが、いつしかその鬱陶しさが華那の日常と化していた。言い換えれば、政宗が傍にいることが当たり前だと、そう感じるようになっていたのである。


「ねえ、伊達」
「Ah? なんだ?」
「これからもわたしにちょっかいをかけたいって思う?」
「そりゃあな。言っただろ、虐めがいがあるって」
「ならこれを最後にもう二度とケンカしないって約束して。そうしたらわたしにちょっかいをかけることを許してあげる」

政宗と仲が良いというだけで狙われるなんてまっぴらごめんだ。

「……そうだな。オレも華那の泣き顔は見たくねえし、これを最後にケンカをやめてやってもいいぜ。ただし」

政宗がニッと笑顔を見せたと思った次の瞬間、華那の視界は真っ暗な闇に閉ざされた。政宗に抱きしめられたと気づくまでに、少し時間がかかってしまった。突然のことに華那は顔を真っ赤にさせる。

「今日みたいに華那に手を出してきた相手は―――問答無用でぶん殴るけどな」

誰だって惚れた女に手を出されれば怒るもんだろ? そう囁くように言った政宗の言葉は、聞こえないふりをする。そうでもしないと恥ずかしすぎてどうにかなりそうだったから。

完 

35万筆頭企画/紫香さまへ
政宗現代夢
考えて頂いたお話のタイトルは「Last Party」でした