リクエスト | ナノ


越えられない壁

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数年前まで伊達組と音城至組はお互いのシマを賭けて、顔を突き合わせるたび争いを繰り返していた。伊達組現トップの伊達政宗と音城至組若頭音城至遥奈は、互いの年齢が近いこと、そして血気盛んな性格故常にケンカの毎日を送っていた。

ある日、遥奈の部下達が政宗にやられ重傷を負うという事件が起こる。遥奈にもプライドがあった。自分の仲間が手酷くやられて黙っていられるほど大人しい性格ではない。普段から感情表現が乏しいので傍から見てもわからないほどの、僅かな変化。遥奈の側近達にすら見抜けないくらいの小さな変化だったが、感情には表さないだけで仲間は自分の身より大事に想っている。

頭である父の反対を押し切り、遥奈は単身伊達組の屋敷へと乗り込んだ。政宗と互角に渡り合える実力を持つ遥奈である。次々と現れる政宗の手下を難なく黙らせ、ついには政宗との一騎打ちに臨むことになった。

「Mannerがなってねえ客にはお仕置きが必要だな」
「黙れ。私はお前を許さない。私の部下を傷つけたお前に、あいつと同じ痛みを与えてやる」

遥奈は日本刀を鞘から抜き、腰を低くし構えの姿勢をとる。いつものケンカなら殴り合いで済ますところだが、今日の遥奈はそんな生易しい手段を選んでやるつもりはなかった。小十郎の制止を振り切り、政宗も鞘から刀を抜く。これほど高揚感に満ち足りるのは実に久しぶりだった。自分と互角に渡り合える実力を持つ者と出逢えることこそ、政宗は至上の喜びとしている。自分と同じ、もしくはそれ以上の人間と戦うことが何よりも楽しい。自分より弱い人間に興味はない。興味があるのは強い人間、ただそれだけだ。

そして目の前の音城至遥奈には、その資格が十二分にある。お互いの息使いが肌で感じ取れた。足を一歩踏み込み、一気に駆け抜け、刃と刃を交わらせる。これだ、この緊張感こそ政宗が何よりも求めていたもの。ギリギリの命のやり取りこそ、尤も生きていると実感できる瞬間だ。

甲高い音を空に幾度も轟かせ、互いの刀が踊り狂う。もう何度刃を交錯させたかわからない。まだ両者共に傷一つつけることすらできていなかった。常に寸前のところで避けられるか、防がれてしまう。このままでは先に疲弊したほうが負ける。遥奈はそう直感した。遥奈の気が僅かに逸れたこの隙を政宗は見逃さなかった。彼はここぞとばかりに強烈な一撃を繰り出した。全体重を乗せたかのような重い一撃を、遥奈の刃は弾き返すことができない。うしろへたたら踏んだ瞬間、政宗は更なる追撃をかけた。

「MAGNUM STEP!」

強力な突進攻撃に遥奈の身体は軽く吹っ飛ばされた。背後の壁に背中から激突する。壁に激突した痛みから一瞬上手く呼吸ができない。あまりの衝撃に激突した壁がくっきりとへこんでしまった。遥奈の頭上にぱらぱらと瓦礫が落ちる。

「ごほっごほっ……!」

急いで態勢を立て直さなければやられる。そう思っても身体が上手く動かない。起き上がろうとした途端腹部に激痛が走った。肋骨を何本かやってしまったのかもしれない。遥奈は忌々しそうに顔を歪めた。目の前には刀の切っ先をこちらに向けている伊達政宗の姿がある。逆光になっていて表情は窺えない。しかし彼が放つ冷たい気で、どんな表情をしているのか手に取るようにわかる。

「勝負あり、だな」
「くっ……!」

政宗の刃が降り下ろされる。遥奈は咄嗟に目を閉じ、数秒後に訪れる痛みに歯を食いしばった。しかしいくら待てども痛みはやってこない。その代わりではないが、何故か胸元がスースーする……ような気がした。恐る恐る目を開けると、刀を振り下ろしたはずの政宗が隻眼を丸くさせてこちらを見下ろしているではないか。何か信じられないような、品定めするような目つきに、遥奈は居心地の悪さを覚えた。

堪らず視線を反らすと、自身の服の胸元がばっさりと斬られていることに気がついた。
肌を傷つけず布だけを斬るなんて流石というべきか。しかし今はそんなことはどうでもいい。政宗が呆然としている理由に気がついてしまったからだ。

「遥奈……お前、女だったのか……!?」

や……りな……。
政宗の口が僅かに動く。小さな声故何を言ったかまでは聞こえなかった。斬り裂かれた衣服の下から覗くのは真っ白なさらしだった。だが男性にはないふくよかな胸元はさらしだけでは潰すことができない。僅かに覗く胸の谷間こそ、遥奈が女という事実を現していた。

音城至組若頭音城至遥奈。しかしその名こそ偽装であり、本名は音城至華那というただの女性だった。音城至組は男の跡取りに恵まれず、彼女の父は長女の華那に音城至組を継がせようと、幼少の頃からあらゆる学問、武芸を叩きこんだ。人前では女であることを悟らせないため名を偽り、常に男装の姿でいることを義務付けられていたのである。

今まで一度もバレることがなかったのに、ついに、それも一番知られたくない相手にバレてしまった。どうする。音城至組最大の秘密を、ずっと敵対していた組のトップに見られてしまったのだ。冷静な華那もこのときばかりは動揺し、頭が真っ白になっていた。

政宗は未だ動かない。彼の考えていることが華那にわかるはずもなかった。今までずっと男だと思っていた相手が実は女だった。それだけでも十分衝撃的なのに、そいつが自分と同等の実力を持つ者だったら? 面白い。これほど面白いことが他にあるものか。政宗の興味を惹くには十分だった。ニヤリ、と口角が歪む。

「安心しろ。このことを他言するつもりはねえ。その代わり、音城至組は今から伊達組と同盟を結んでもらうぜ。……このことを他言されたくなかったら、従うしかねえよな?」

跡取りが女だと他勢力に知られれば音城至組は一気に弱体化してしまう。先代達が築き上げたものを自分のせいで潰させてなるものか。華那はぎゅっと拳を握りしめる。今はこの男の提案に乗るのが得策だろう。政宗は約束を守る男だ。彼が口にしたことはどんなことがあっても実行する。守ると言ったら必ず守るはず。

ごめんなさい、父様……。
後日その話を受けた音城至組当主と伊達組当主の伊達政宗は同盟を結び、今に至る。最初こそ険悪な空気が漂っていたが伊達組と音城至組は気質が似ているのか、打ち解けるまでにそう時間はかからなかった。

しかし政宗と華那だけは未だ打ち解けることができずにいる。といっても華那が一方的に嫌っているというのが周囲の見解だ。やはり自分の失態が原因で同盟を結んだことを気に病んでいるのであろう。

「やっぱりまだ政宗のことが許せない?」

音城至組の屋敷を訪れていた伊達成実は、ここぞとばかりに華那に問うた。華那は政宗以外の伊達組の人間とは既に打ち解けている。敵対心も既に消えている。特に同世代の成実とは打ち解けるのが早かった。二人で縁側に腰掛け、色鮮やかな庭をじっと見つめている。傍にはお茶と和菓子が置かれているが、成実と違い華那はそれらに何一つ手をつけようとしなかった。

「そうではない……ただあの日以来政宗の目が変わった」
「目が変わった?」
「ああ。私を男ではなく、女としてあいつは見るようになった。それが悔しいだけだ」

あの日以来、政宗と華那はケンカをしなくなった。それまで顔を突き合わせるたびにケンカをしていたのに、華那が女と知った途端政宗は一切手を出さなくなってしまった。いくら華那がけしかけても軽くあしらわれてしまう。同盟を結んだとはいえ、稽古となんなり理由をつけて戦うことはできるのに。どちらが強いか未だに決着がついていないのに、一方的に終わらされてしまった。そのことが非常に悔しい。

「政宗はいつもそうだった。あいつは何故か私に傷をつけようとしない。決着がつく寸前というところでいつも攻撃の手を緩めていた。それ故にいつも歯痒かった」

まるで、お前なんかでは相手にならないと言われているようで。だから、次こそは負かしてやろうと思うのに今となってはそれすら叶わない。男だから、女だから。華那からすればそんな些細なことはどうでもよかった。彼女が執着しているのは、どちらが強いか、ただそれだけ。……本当ニソレダケ?

「何だ今の声は……!?」

辺りを見回しても自分と成実以外誰もいない。自分の頭に直接語りかけてくるような怪しい声に華那はグッと唇を噛み締める。本当にそれだけとはどういう意味なのだろう。華那が政宗に執着している理由が他にあるとでもいうのか?

「華那……?」

成実が次の言葉を口にしようとしたとき、彼の携帯電話がけたたましい音楽を奏で始めた。成実は華那に詫びると、携帯電話を片手に少し離れた場所へ移動する。横目でその様子を窺っていると、段々成実の顔色が悪くなっていくことに気づいた。声までは聞き取れないが相当焦っている様子である。
伊達組に何かあった……?

「華那、ちょっと拙いことになった」
「伊達組に……否、政宗の奴に何かあったのか?」
「ああ。仲間が人質に取られて、そいつらを助けるために政宗が単身敵の根城に乗り込んだって……」
「莫迦な!? 片倉はどうした。あいつがいる限りそんな無茶な真似を許すはずがないだろう?」
「小十郎と綱元は別件で政宗の傍を離れてる。あいつらきっと、その隙に……」

とにかく一刻も早く政宗の下へ向かわなければならない。政宗の強さは十分知っているが、万が一という場合もある。特に仲間が人質に取られている以上、既に政宗は不利な状態に陥ってしまっている。

「待て成実。私も共に行こう。伊達組と音城至組が同盟を結んだ以上、我らも見過ごすことはできない」

政宗なら大丈夫。自分と互角に渡り合うほどの実力を持っているのだ。簡単にやられるはずがない。そう思っていても心は不安で満ち始めていた。政宗を倒すのはこの私だ。だから私以外の人間にやられることなど許さない。

華那が政宗のいる場所に辿り着いた途端、絶句した。あの政宗が刀を支えに片膝をついて、後ろからでもはっきりとわかるくらい、肩で大きく息をしている様子が視界に飛び込んできたからだ。辺りには沢山の人間が転がっているが、それ以上に立っている人間の数のほうが多い。いくら大人数でも普段の政宗なら余裕なはず。やはり人質を取られているせいで動きが制限されているのだろう。

華那の視界を遮るように一人の男が現れ、政宗の頭目掛けて背後から鉄パイプを振り下ろす。華那は咄嗟に政宗の背後に回り込むと、左腕で男の鉄パイプを受け止めた。華那の口から激痛を堪える苦痛に満ちた呻き声が漏れる。

「なっ……遥奈!?」
「お前はたしか音城至組の……!?」

男が動揺した瞬間に、華那は男の鳩尾に強烈な回し蹴りを入れた。どんな人間でも急所を当てられて無事で済むはずがない。男は目を大きく見開いたまま後ろへ倒れ込み、そのまま動かなくなった。大方気絶したんだろう。華那は男が手にしていた鉄パイプを奪うと、右腕一本で構えて見せる。鉄パイプの攻撃を受け止めた箇所が腫れてきている。ヒビで済めばよいと思っていたがやはり甘かった。華那の額に脂汗が浮かぶ。

政宗もゆっくりと立ち上がり、刀を構えた。どちらも極々自然に背を預け、辺りの敵をザッと見回していく。華那が政宗に加勢したとしても二人になっただけで、未だに不利な状況は変わっていない。男達の攻撃を避けると、政宗と華那はそれぞれ目の前の敵に向かって武器を振り下ろす。それが合図となり、男達が一斉に二人に襲いかかった。混戦となった状態でも、不思議と負ける気がしない。心には余裕さえ生まれている。その証拠に二人は戦いながらも口だけは動いていた。

「Hey 遥奈。お前なんでここに来た?」
「お前をやるのは私と決まっている。私以外の人間にやられることなどあってたまるか。それを言うためにこうして来てやったんだ」

お前をやるのは私だ。だからこんなわけのわからない相手にやられることなど許さない。淡々と告げる華那の言葉を聞き終えた政宗の口元に薄らと笑みが浮かんだ。クツクツと喉の奥で笑う政宗に、華那は若干の恐怖を覚えた。何がそんなに可笑しいのか理解できないからである。

「随分と大胆な告白じゃねえか、遥奈」
「何だと?」
「遥奈以外の人間にやられるな。オレからすれば最大級の告白モノだぜ、それは」

自分以外の人間を見るな。自分以外の人間に興味を示すな。自分以外の人間のことを考えるな。これでは一種の愛の言葉のようだ。子供染みた独占欲の塊のような言葉を平然と言ってのける華那はやはり面白い。見ていて飽きない。

「安心しろ。オレは最初からそのつもりだぜ?」

華那と何度も刃や拳を交えるうち、政宗は一つの違和感を覚えた。その違和感の正体がなかなか掴めず、一体華那のどこに違和感を覚えたのか、何度自分に問いかけてもわからなかった。その違和感の正体がわかったのは、大分後のことだった。

いつものようにケンカに明け暮れていたときだ。華那の拳を受け止め、そのまま腕をとった瞬間である。前々から男にしては細いし、力がないと思っていたのだが……。華那の腕は男のものではなく、紛れもなく女のそれだったのだ。どういう理由で男の真似ごとをしているのかなんてどうでもいい。大事なのは音城至が女だったということだけ。それから政宗の心はまるで恋をしたかのように華那のことで占められた。しかし女である以上最後の最後で自分の甘さが現れた。ギリギリのところで攻撃の手を躊躇してしまう。本気を出していないわけではないのに、女という壁が明確な一撃を決める邪魔をするのだ。

そのことが華那を苛立たせていると知っている。華那は自分が弱いからと誤解しているのかもしれない。しかし本当の理由を言えるはずがない。ましてや華那の口から女と聞いたわけではないし、直接服の下を見たわけではないのだ。所詮は勘である。だが政宗は自分の勘に絶対の自信があった。

「まさか……あのときわざと私の服を斬ったな、貴様!」
「まあな。だがおかげでお前を手元に置く口実ができた」

最後の一人を地面に寝かしつけたところで、政宗は華那と向き合った。

「華那、お前オレの女になる気はねえか?」
「なんだと……!?」
「伊達組との同盟をより強固なものにするため、オレに嫁ぐ気はねえかって訊いてんだよ」

いつの時代も同盟をより強固なものへするには婚儀を行うのが手っとり早い手段とされてきている。特に跡取りの男子に恵まれなかった音城至組には悪い話ではない。華那が伊達組へ嫁ぎ嫡男を授かれば音城至組は安泰だろう。しかしそれには重大な問題が一つある。華那が女であると他の勢力にも知れ渡る、という点だ。

「音城至組と伊達組のpower balanceは互角だ。お前が女とバレたところで大事にはならねえだろ。ましてや同盟を結んだ今となっては尚更な」
「そうだな……だが私は自分より弱い男に嫁ぐ気はない」
「つまり華那をオレのものにしたかったら本気で戦えってことだな」

今こそ決着をつけるときだ。女だから男だから、そんな甘いことを言っていては華那を自分のものにできない。相手は政宗と互角に渡り合える実力を持つ華那なのだ。

「おいおい、そもそもオレに嫁ぐ気はあるのか?」

自分より弱い男に嫁ぐ気はない。言い換えれば自分より強い男なら嫁いでもいいと言っているようなものである。自分で提案していてなんだが、あまりに華那があっさりと受け入れたため少し戸惑ってしまう。

「私は興味がない人間のためにこんなところにやってくるほどお人よしではないが?」
「そうかよ……なら、いくぜ?」

これほど負けられないと思った勝負は初めてかもしれない。政宗と華那はフッと笑みを浮かべると、相手の懐へ飛び込まんと互いに一歩踏み出したのだった。

完 

300000HIT企画/黒神恭夜さまへ|Frontier
政宗現代夢
頂いたリクエストは政宗現代夢の切甘小説(ヒロインは893伊達組と互角に渡り合える程の組の若長で男装・男勝りのクールヒロイン。仲間想いだが感情表現が乏しいため冷たい人間と称されている。政宗に女とばれた為、強制的に伊達組と同盟を結んだという出来事がある)というものでした