リクエスト | ナノ


好きという言葉で気づく恋

小さい頃のあたしは、近所に住む五歳上の政宗お兄ちゃんとよく一緒に遊んでいた。お兄ちゃんと呼んでいるが血縁関係はない。五歳も年が離れていると、お兄ちゃんは何でも知っている人と子供ながらに認識していて、よくお兄ちゃんの傍をそれこそ金魚の糞(女の子が使う言葉じゃないな)みたいにくっついていたのだ。

お兄ちゃんもそんなあたしの遊び相手を嫌な顔一つせず付き合ってくれた。なんでかな、同じ年の子供達でいるとき、年が違う子供と仲良しって事実が、何故か心地よかった節があったように思う。今でもはっきりと覚えている。あれは完全なる優越感だった。

子供という生き物は自分達と違う世界を持っている人に、妬みに近い感情を抱く生物だ。子供の世界では、年が離れた子と仲が良いということは一種のバロメーターにあたる。子供の世界で年の差は絶対的なものなのだ。

年が離れた子と仲が良いというだけでその子はかっこいいなどともてはやされ、現金な話だといじめられなくなることもあるくらいである。あたしが小学校に上がったとき、当時六年生だったお兄ちゃんと一年だけ一緒の学校に通うことができた。小学校という世界を知らなかったあたしは、そこでようやくお兄ちゃんが学校一の人気者だったという事実を知ったのである。

当時はよくわからなかった児童会長という役職(生徒会長と同意義だった?)についていて、全校集会のときなんかではよく挨拶をしていたっけ。お兄ちゃんの周りには常に人が集まって、お兄ちゃんはいつも世界の中心に存在していた。しかしそれがあたしには辛かった。あたしとお兄ちゃんの世界は違うのだと、はっきりと痛感したからである。

やがてお兄ちゃんが中学校に上がると、あたし達は段々と疎遠になっていった。しかしそれは仕方がない、当然のことである。お兄ちゃんは自分の世界を確立し始め、ますます世界が広がっていたのだ。学校が違うというだけでも離れる大きな要因だというのに、そこが中学校となると広がる溝は必然的に深くなる。

その日を境にお互い自然に連絡を取る回数が減っていった。当時のあたしはまだケータイを持っていなかったから、今のように気軽にメールや電話をすることすらできなかったのだ。あたしがケータイを持ったのは高校一年になってからだった。その頃にはもうお兄ちゃんと連絡を取ることもなくなっていた。

それどころかお互い生活時間でも違うのか、道で会うことすらなくなっていたのである。たまに見かける程度だ。たまに道で会って、少し会話するだけ……。お兄ちゃんはあたしが知っているとき以上にかっこよくなっていて、昔の面影はあまり残っていなかった。

おまけにその頃のあたしは、お兄ちゃんのことを政宗くんと呼ぶようになっていたのだ。あたし自身も昔と違って、お兄ちゃんのことは昔の思い出として割り切っていた。昔みたいにくっついて回ることもなくなっていた。たまに今どうしているのかなって思う程度で、それこそなんであんなに引っ付いていたのかと疑問に思うくらいである。

でも本当、今頃どうしているんだろう……。お兄ちゃんの性格を考えれば間違いなくケータイを持っているはずだ。しかし肝心のアドレスを知らない。お兄ちゃん、あたしもケータイを持つようになったんだよ。だからといってわざわざ電話をして言うようなことじゃないし、自宅に押しかけるような真似をすることじゃない。お兄ちゃんのアドレスを知りたい、けれどどうやってお兄ちゃんに聞こう? 

その答えが出るのは、季節が沢山移ろいだ、冬のことだった。あたしとお兄ちゃんは近所の好なのか、未だに年賀状のやりとりをしている。今年ももうすぐ終わるという頃、あたしは毎年恒例の年賀状書きに追われていた。お兄ちゃん宛の年賀状を書いているとき、あたしはぱあっと閃いたのである。

年賀状の隅っこに、あたしのアドレスを書いちゃえばいいんじゃない! そうすればお兄ちゃんはあたしがケータイを持っていることを知ってくれるし、もしかしたらあたしのアドレスを登録してくれるかもしれないじゃん。あわよくばお兄ちゃんからメールか電話がくるかもしれない。我ながらナイスアイディアだ。

どこか弾んだ気持ちになりながら、丸っこい字であたしのアドレスを書いていく。そしてそのアイディアは、元旦に実を結ぶことになる。元旦、見慣れないアドレスがケータイの画面に現れた。メールを開くとそれはお兄ちゃんからで、あたしは何故かケータイの画面に緊張してしまった。目の前にお兄ちゃんがいるわけじゃないのに、まるで目の前にお兄ちゃんがいるような錯覚を覚えてしまったのである。不思議と顔が赤くなった。

その日を境に、あたしとお兄ちゃんはよくメールをするようになった。内容は些細なことだけど、それでもあたしは楽しかった。直接顔を合わせることはなくても、お兄ちゃんとお喋りしているようで、昔に戻ったような気分になれて嬉しかったのだと思う。 そんなやりとりが続き、今のあたしは高校二年生になっていた。といっても二年生でいられるのはあと僅かだ。

今日は一月一日、新しい年の始まりである。この日も政宗くんとメールをしていた。年賀状を送っていたが、あたしもあけおめメールを政宗くんに送っていたのだ。少しの間くだらない内容のメールを繰り返していたときである。政宗くんから送られてきたメールに、あたしは我が目を疑った。

「なあ華那、お前いま彼氏いるのか?」

なんでいきなりこんな話題に飛ぶの!? だってさっきまで今年でいよいよ三年生だよ受験生になっちゃうよ嫌だなー……的な内容だったのに! なのにこっちの話題を遮っていきなり色恋沙汰ですか政宗くん。とりあえず返信しなくちゃ……。赤面しながらもあたしは無言でメールを打ち始めた。

「彼氏なんて生まれてこのかたできたことありませんよーだ!」

半ばヤケクソ気味に送信ボタンを押してやった。自分で打っておいてなんだけど、彼氏がいないってところに、淋しいような悔しいような、複雑な感情が引っかかったからである。政宗くんの性格からして、次に送られてくるメールはきっと、人を馬鹿にしたような内容だろう。なんだよお前まだ彼氏ができたことがないのかーとか、お前みたいな女じゃ仕方がねえなーとか……。想像しただけでカチンときたぞ。ギリッと奥歯を噛み締めていたら、政宗くんからの返事がきた。

「じゃあ好きなやつは?」

………だからなんですか政宗くん。そんなにあたしを惨めな気分にさせたいんですか!?

「付き合っている彼氏も好きな人もいません! 笑いたければ笑いやがれ!」
「……別にそんなつもりはねえよ。意外だな、お前けっこう可愛いのに」

………可愛い? 可愛いだって。可愛いって誰のことよってあたしに決まっているじゃない。……うわ、なんか急に恥ずかしくなってきた! 政宗くんに一体何があったんだろう。新年早々新型インフルに感染でもして、頭がおかしくなっちゃっているとか!? 
じゃないとこんなメールを送ってくる意味がわからない。直接口で言われたわけじゃない。これはただ文字が並んでいるだけ。可愛いという文字が並んでいるだけだ。なのにどうしてこんなにも恥ずかしい気持ちになるんだろう。

「か、かわいいって……そりゃお世辞でも嬉しいけどさ、ほんとに今日はどうしちゃったの!?」
「なんだよその反応。さては普段男から可愛いって言われ慣れてないだろ、華那?」

………図星だった。そもそもなんで執拗にあたしの周囲に男がいるか訊いてくるんだろう。ま、まさか政宗くん、あたしに気があるんじゃないでしょうね!? っていくらなんでも考えすぎかーアハハ。で、でも万が一っていう可能性もあるわよね。イメージしてみよう、もしあたしが政宗くんと付き合うことになったら……。は、恥ずかしい! 身悶えるくらい恥ずかしいわ! イメージするもんじゃない! 

あたしの中で生まれた甘い妄想を慌てて振り払う。でも……ちょっといいかなと思った。ってそもそもなんであたしと政宗くんなのよ。政宗くんのことを特別に思ったことなんて今までなかったでしょうに! なんでいきなりドキドキしているのよォォオオオ!? 心臓の音が自然と大きくなる。メールを打つ手が少し震える。こんなことで動揺している自分が恥ずかしい。なにより、政宗くんの返事が待ち遠しい。

「言われ慣れてないって言うな! 乙女のガラスハートを粉々にする気!?」
「やっぱり図星かよ。情けねえな……」
「今年で十八歳純粋乙女に向かって酷い! あたしだっていつか素敵な彼氏ができるはず! あたしのことを好きって言ってくれる素敵な彼氏が現れるはずだもん。いつか」
「いつかってなんだよ。そうだな…ならそのいつかを、俺が実行してやろうか?」
「どういうことよ!?」

どんな答えが返ってくるのか期待していたら、メールの着信音ではなく電話の着信音が鳴り始めた。相手は勿論というか政宗くんで、あたしは震える手つきで通話ボタンを押した。

「俺は華那が好きだ。だから俺と付き合え」

と、言うだけ言って、一方的に電話を切りやがった。………こんなときでも命令口調なんですか政宗くん。今まで政宗くんをそういう対象で見たことがなかったから、どうしたらいいかあたしにはわからない。でも政宗くんと付き合うことが嫌でもない。ううん、むしろ嬉しいと思う自分がいる。

好きという感情が具体的にどういうものかわからないけど、今あたしの中で芽生えている不思議な感情はなんだろう。もしかしたらこれが好きという感情なのかもしれない。本当はずっと前から政宗くんのことが好きで、でもその感情に気づかないだけだったのかしれない。ああ、あたしがいつも政宗くんに引っ付いていたのは、政宗くんのことが好きだったからなんだ。

本当はいますぐOKの返事を送りたいのだけれど、あたしが味わったあの動揺を政宗くんにも少し味わってほしいといういじわるな心が生まれていた。だってあたしだけ振り回されるってなんかずるいじゃない。あたしは壁にかけられている時計を見て、あと五分してから返事を送ることにしよう。その間政宗くんがどんな気持ちでケータイと睨めっこしていることか。想像したら自然と笑みがこぼれたのだった。

完 

100000HIT企画/匿名希望さまへ
政宗現代夢
頂いたリクエストは政宗現代夢で甘というものでした