リクエスト | ナノ


貴方ハ私ノモノ

「…………なんだこれ?」

仕事を終え愛する妻と子供が待つ家へ帰宅するなり、政宗は「ただいま」をすっ飛ばして「なんだこれ?」と呟いた。いつもなら「ただいま」と言っている場面だが、今回ばかりはそういかない。ただいまを言う前に、色々と確かめたい現実が彼の目の前に広がっているからである。

「Hey 何やってんだ蒼華?」

蒼華は政宗の声に気づいていないのか、一心不乱に下を向いて何かをしていた。この距離からでは蒼華が何をしているのかわからない。政宗は蒼華の背後に回ると、そっと上から覗き込んだ。途端、政宗の頭上にある疑問符がまた一つ増える。

蒼華はお気に入りのスケッチブックにマジックで、辛うじてそれが文字だとわかるような字で何かを書いていたのだ。おそらく自分の名前だろう。よくわからないが、蒼華は自分の持ち物に名前を書いているのだ。ちらりと視線を隣へ移すと、蒼華のお気に入りの色鉛筆のケースにも名前が書かれていた。それだけではない。日頃蒼華が大切にしているおもちゃや、よく使う物全てに蒼華の名前が書かれていた。

「蒼華、一体何やってんだ……?」

いい加減ラチがあかない。焦れた政宗は蒼華の肩を掴み、無理やり自分のほうへと向かせた。そこでようやく政宗が帰宅していたことに気づいた蒼華だったが、彼女の顔を見るなり政宗はぎょっと目を瞬かせた。

振り向いた蒼華の顔は、実に悲惨なものだったのである。母親譲りのまん丸で大きな瞳は泣きはらしたように真っ赤に染まり、口は何かを堪えるかのようにへの字になっていた。そして政宗と目が合うなり、蒼華はキッと睨みつけたのである。明らかに敵意剥き出しの蒼華に、政宗は柄にもなくたじろいだ。

「いい加減にしなさい蒼華ー。お父さんも悪気があったわけじゃないのよー?」

政宗が帰宅したことに気づいた華那がキッチンから姿を現した。自分に非があったような華那の言い方に政宗はムッと眉を顰める。しかし政宗には蒼華の機嫌を損ねるような真似をした覚えがない。華那はクスクスと笑いながら、戸惑っている政宗に向き直った。

「政宗、昨日の夜アイスを食べたでしょ?」
「あ、ああ……。確かに食ったがそれと今の蒼華に何の関係があるんだ?」

あまり甘いものは得意ではないが、嫌いというわけでもない。昨日の夜のお風呂上りに、政宗は無性にアイスが食べたくなり、冷凍庫に入っていたソーダ味の棒アイスを食べた。

「あれね、蒼華の今日のおやつだったの。食べるのすっごく楽しみにしていたんだけれど……」

そこまで言われてわからない政宗ではない。要は蒼華が楽しみにしていたおやつを、そうとは知らず自分が食べてしまったことに対して彼女は怒っているのだ。それはわかったのだが、ではこの蒼華の行動は何だ。

「で、どうしてアイスがないのだどうしてお父さんが食べちゃったのって煩かったから、おもわずじゃあ次から名前を書いておきなさいって言っちゃったのよね……」
「………それで?」

自分の胸に広がる嫌な予感を覚えつつも、政宗は苦笑している華那にじっとりとした視線を送った。彼女は居心地が悪いのか、ますます引き攣った笑顔を浮かべ頭をぽりぽりとかく。

「そしたら蒼華のやつ、自分が使う物全部に名前を書き始めちゃって……」

殆ど政宗の予想したとおりの答えに、彼はがっくりと肩を落とした。
食べられたくなかったら名前を書け。どうやら蒼華はそれを「自分の物には名前を書け」ということと受け取ったようである。自分のおもちゃやコップなど、日頃自分が使う物全て、手当たり次第に名前を書いていると華那は言った。

「おもちゃはともかく、食器にまで名前を書いて大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。蒼華には油性マジックじゃなくて水性マジックを渡してあるから。ほとぼりが冷めたら消しておくわ」

さすが母親、こういうときでも抜かりない。

「蒼華、悪かったな。Iceを食っちまって……あとでice買ってやるから、機嫌直せよ。蒼華の食いたいice、なんでも買ってやるから、な?」
「…………なんでも?」

未だに機嫌はよくなっていないのか、蒼華は頬を膨らませたままだ。しかし政宗のなんでも好きなアイスを買ってあげるという言葉の魅力には逆らえないのか、素直に喜びたいのにそれを我慢しているようにも見える。あともう一押しで蒼華の機嫌は完全になおるだろう。政宗と華那は瞬時にそう思った。

「おう、なんでもだ。男に二言はねえ。なんなら今度の休みに三段iceを食いに行くか?」
「さんだんあいす!? ほんとに!? あのさんだんあいす!?」

三段アイスとは、その名のとおりアイスが三個乗った状態のもののことだ。蒼華がお気に入りのアイスクリーム屋で販売しているのだが、値段が多少高いことと、お腹を壊してしまうかもしれないという理由で普段華那は三段アイスを食べさせないのである。それが食べられるとわかるなり、蒼華の瞳は一気に輝きを取り戻した。先ほどまでの膨れっ面はどこへやら、華那と政宗が好きな天真爛漫な笑顔で蒼華は政宗に抱きついた。

「ぜったいだぞ! こんどのにちようにさんだんあいす!」
「Ok 今度の日曜な。それまでに何のiceがいいかちゃーんと考えておけよ?」

すっかり機嫌がなおった蒼華の頭をくしゃくしゃと撫でている政宗を、華那は何かを考えているような仕草でじっと見つめていた。蒼華はてててと可愛らしく駆けながらリビングを後にする。きっと自室でどのアイスがいいか、以前アイスクリーム屋で貰ったチラシを見ながら考えるためだろう。

彼女の後姿を黙って見ていた政宗は、華那の異様な視線に気づき彼女のほうへと向き直った。

「な、なんだよさっきから……」
「いいえ、ただ私も蒼華に感化されちゃったのかなー…って思って……」

そう言う華那の手には、いつの間にかマジックが握られていた。華那はマジックをちらつかせながら、じりじりと政宗に迫っていく。普段稀に見ない強気な彼女の表情に政宗は少し押されぎみだ。

「自分のモノには名前を書かなくちゃいけませんよねー?」
「は……!?」
「…………隙あり!」

呆気にとられていた政宗の隙をつき、華那はタックルでもかまさんという勢いで政宗に飛びついた。しかしただ飛びついたわけではない。華那は政宗の首筋にマジックを走らせ、何かをせっせと書き始めたのだ。情事のときと似ている妙にくすぐったい刺激に、政宗はおもわず声に詰まった。

「これでよし!」
「Ah? 一体何をやったんだ……?」
「鏡を見てみればわかるわよ」

語尾に音符マークがつきそうな、甘く楽しそうな声でそう告げた華那に従い、政宗は手身近にあった食器棚のガラスを覗き込む。そして―――言葉を失った。政宗の首筋にはマジックでくっきりと、「伊達華那」と書かれていたのである。自分のモノには名前を書かなくちゃいけない。なるほど、そういう意味か。しかし……と政宗は落胆の溜息をついた。マジックで名前を書く―――なんと色気のないことか。

「お前な……ガキじゃあるまいし、自分のモノって印つけるのに、そんな方法をとるか普通?」
「じゃあ政宗はどんな方法をとるっていうの?」
「オレは……こうすんだよ」

言うなり政宗の唇は華那の首筋へと触れる。甘噛みされたときに感じる痺れる痛みが華那を襲った。政宗が唇を離したところには鬱血したような痕ができていた。どうみても完全なるキスマークである。

「これが大人限定の自分のモノっつー証だぜ、華那?」
「………大人っていうか、人間限定じゃない」

折角政宗に一泡吹かせられると思ったのに! 華那は顔を真っ赤に染めながら、してやったりの笑みを浮かべている旦那様に向かって、舌をだしてあかんべーをしてやったのだった。

完 

100000HIT企画/高宮明さまへ
政宗夢/幼馴染は伊達組筆頭シリーズ
頂いたリクエスト内容は幼馴染は伊達組筆頭シリーズ未来編のお話でした