リクエスト | ナノ


ちょこれいと狂騒曲

恋はいつだって戦いだと思う。何年経っても変わることはない女の子のキモチ。どんなに世界が変わってもそれは変わらない。大好きな人を想う、素敵なキモチ。

***

「もう、どうしてこうも失敗ばかりするのかしら!?」

調理器具が散乱とするキッチンで、遥奈は本日何回目か分からない台詞を口にした。彼女が身に着けているエプロンや散乱としている調理器具には、茶色い染みが至る箇所に点々とある。その染みは彼女の顔にも付着しており、遥奈は鼻のてっぺんに付いているものを指で触れて舐めた。

口の中にふわりと甘い味がゆっくりと広がっていく。でもそれは苦味も与える甘みでもある。蕩けるほど甘いものなのに、ふとした拍子に苦味が襲ってくる。それはどこか恋に似ていると、遥奈は漠然と思っていた。……ってこんなこと考えてる場合じゃないでしょ。今日中にこれを仕上げないといけないのに。

本日は二月十三日。そう、バレンタインの前日である。遥奈はこの日のために一応元親にあげるためのチョコを、朝から必死になって作ろうとしていたのだ。だが彼女はお菓子というものが全く作れない、というより料理そのものが苦手だ。そのためもう何枚もの板チョコを無駄に溶かし、いくつもの調理器具をひっくり返したことか。お陰でキッチンは戦争跡地と化していた。

それにもう一回頑張ろうと思っても、既に材料を使い果たしてしまっていた。この調子でいけば、彼女がチョコを作ることができる日は永久にやって来ない。こうなったら最後の手段を取るしかなかった。遥奈はキッチンを飛び出すと、ある人物を捜しに家を飛び出したのだった。

***

「……何よこれ。ここで爆撃でもあったの?」

それから暫くの後、遥奈の家には両手に袋を抱えた華那の姿があった。彼女はキッチンの惨状を見ながら、信じられないというような声で呟く。

「何って、ただチョコを作ろうとしただけよ」

呆然と立ち尽くす華那の背後から、遥奈の呑気な声が返ってきた。すると華那はサッと遥奈のほうを振り返る。華那は目を丸くし、口をへの字にしていた。どうやら本当に信じられないのだろう。

遥奈が取った最後の手段とは、華那にヘルプを求めるというもの。華那がチョコを作ろうとしていることを知っていた遥奈は、彼女に事情を話して一緒に作ろうと頼んだのである。華那もあの遥奈が彼女らしいことをしようとしているのに異を唱える理由がない。というか感動のあまり涙が出そうになったくらいだ。

普段からあまりにも不憫な扱いを受けている元親を見ているからだろう。華那は遥奈の誘いを快く承諾した。……ただし、ここまで酷いとは思ってもいなかったのだが。

「とりあえず道具を全部洗って、ここを片付けてからね」

華那はセーターの右腕の部分をたくし上げ、彼女は気合を入れて掃除に取り掛かった。あれから信じられないスピードと手際さで、華那はあの惨状を綺麗に片付けた。遥奈も彼女の指揮下に入り、慌ただしく動いて片づけを手伝っていた。華那の的確な指示に驚かされながらも、遅れを取らないように頑張ってやった。

「でもわっかんないなー。溶かして固めるだけのチョコで、どうしてここまで酷い状態になるのよ」

華那は包丁でチョコを細かく刻みながら、チョコに視線を落としたままそう呟いた。遥奈も包丁でチョコを細かく刻みながら、言い訳をするように口を尖らせる。

「溶かして固めるだけだしそれくらいなら私にもできると思ったのよ! でもやってみると全然上手くいかなくて……」

考えが甘かったということを思い知らされてしまった。そのチョコすらまともに作れないのだ。溶かして固めるだけだと思っていたのだが、何故そんなこともできないのか。自分の不器用さに涙が出る。

「……ところで華那、それ何?」

遥奈は華那が手にしていたボウルを見ながら訊ねた。彼女はボウルと遥奈の顔を交互に見合わせる。

「何って生クリームでしょ?」
「チョコに生クリーム……どうして? 溶かして固めるだけじゃないの!?」
「そうよ。でもそれだけじゃ味気ないから、どうせ作るんならトリュフでも作ろうかなって思って」
「華那、私に教えてくれる気……あるのかしら? そんな高度なもの作れないわよ」

遥奈はじっとりとした視線で華那を見た。だが華那はそれには反応を示さず、更に話を続ける。

「トリュフって意外と簡単にできるものだよ。それに多少形が歪でも大丈夫だし!」

華那は予め用意していた別の鍋に、生クリームを入れて温めだす。遥奈も華那
に習い、生クリームを鍋の中に入れて温めた。

「あ、沸騰する直前で火を止めてね。じゃないと生クリームの質が落ちちゃうから」

遥奈は華那に言われたとおり、沸騰する直前で火を止めた。次に彼女はその鍋の中に刻んだチョコを放り込む。チョコがある程度まで溶け、あら熱が取れたところでセルフィは袋の中から綺麗なデザインの瓶を取り出した。遥奈は彼女の取り出したものに目を奪われ、思わず大声を出してしまう。

「それブランデーよね。お酒よ、お酒!」
「そんなこと百も承知。これをこの中にちょっと加えて…ね」

華那は自分と遥奈の鍋の中に、大さじ一杯のブランデーを注ぎこんでいった。これには遥奈もただただ唖然とするばかりである。何故チョコにお酒など加えるのだろうか?

「遥奈、まさか知らないわけ? お菓子にお酒を加えるって、別に珍しいことじゃないよ」
「え、ええ。それは知っているけど」
「じゃあ別の容器にこれ入れてね。あ、なるべく平らに延ばしてね」

いくつかの銀色の容器に移し替え、それを冷蔵庫の中に入れて程よい硬さになるまで待つ。数十分後、冷蔵庫から取り出し今度は華那が袋からラムレーズンを取り出した。ラムレーズンだけではなくアーモンドなどもあり、これから何をするのだろうかと遥奈は興味津々である。

「こっちの容器にはラムレーズンを混ぜて、こっちの容器のやつにはアーモンドを包むの」
「ああ! 色々な味ができるのね」
「そういうこと。一種類じゃ芸がないでしょう」

遥奈は一生懸命ヘラで混ぜ合わせる。程よい硬さのせいか、意外と力がいるのだ。

「ふう、混ぜ終わったわよ。華那、次は?」

額から流れる汗を拳で拭うと、遥奈は既に混ぜ終わっていた華那に訊ねた。どうやら彼女は先に終えていたらしく、遥奈が終わるまで待っていたようだ。

「じゃあ最後、形を作る工程に入りマス」
「いよいよ丸めるのね」
「そうそう。大きさは個人差だけど、理想は一口サイズかな」

遥奈は待っていましたと言わんばかりに、早速チョコを手に取り丸めだす。これが意外と難しく、なかなか綺麗な丸にならないのだ。もたついていたらチョコが体温のせいで溶け出していく。両手を忙しなく動かす遥奈をとうとう見ていられなくなり、華那は困ったような笑みを浮かべながら助け舟を出した。

「しっかりとした形を作ろうと思ってもチョコが溶けて手についてしまうから、今はだいたいの形だけを作っておくの。この次にココアを塗すから、そのときに形を整えるんだよ」

そう言うと遥奈は大きく息を吐き、「なによ…」と項垂れるように力が抜ける。もっと早く言ってよという風に、遥奈は華那を睨んだ。

「ごめんってば。あ、早く作らないとチョコが溶ける!」

華那の捲くし立てに上手く乗せられた遥奈は、姿勢を真っ直ぐに伸ばしてから再びチョコを丸め始めた。それを横目で確認すると、華那も自分のチョコを丸めだす。ある程度形が整うとココアを取り出し、それを全体的に満遍なく塗していく。そしてその上からチョコを加えて再び丸めていく。これを何回か繰り返していった。

「綺麗にできたじゃん」

華那が遥奈の完成品を見て感嘆の声を上げた。しかし遥奈は納得がいかないという表情を浮かべている。どうやら本人的には納得がいかないらしい。

「だって大きさがマチマチなのよ? これで綺麗って言えるのかしら」

遥奈の言った通り、彼女が作ったトリュフは一口サイズのものもあればそうではないものあったりしていた。だがどれも形はとても綺麗な丸なため、それはささやかな問題だろうと華那は思っている。

「まあそれは愛嬌ってものでしょ。いいじゃない、手作り感バッチリでさ」
「そういうものかしら?」

まだ納得がいかない遥奈の様子に、華那はどうすればよいものかと考える。

「じゃあラッピングしよ! 綺麗に包めば更に美味しく見えると思うよ?」
「……そうね。私はラッピングの準備はできているけど、華那は?」

遥奈の失敗はどれもチョコの製作段階のものだったので、ラッピング用品には一度も手をつけてはいない。お陰で難を逃れた、たった一つの生存物だった。

「私もバッチリ用意してるよ」
「じゃあ早速始めましょうか?」

遥奈は袋からラッピング用品を取り出した。それはシックな色の小さな箱で、シンプルなデザインのため飾り気一つない。だが落ち着いた赤色のリボンが、何気ないその箱に上品さを醸し出していた。

「大人っぽいデザインだね。でもこの色、なんとなくだけど元親先輩に合いそう」

ニヤニヤと笑みを浮かべる華那に、遥奈は頬を朱に染めながらウッと言葉を詰まらせた。

「お、顔が赤いよ?」

完全に遥奈の劣勢だった。こうなった華那にはとてもじゃないが彼女は勝てない。しかし彼女は必殺技を持っていた。

「そういう華那は、やっぱり伊達君にあげるのよね?」
「え? ま、まあね。手作りじゃないと受け取らないとかぬかしやがるから、渋々ね!」

もごもごと歯切れの悪い華那を横目で見て、遥奈は込み上げる笑いを堪えてラッピングを始める。当然ながら不器用な彼女故、これも順調に進むわけがなかった。

***

―――翌日。バレンタインということで、校内の雰囲気もどこか甘く感じられる。あらゆる場所で女子生徒が男子生徒にチョコを渡す光景が目撃されていた。特に食堂ではあらゆる人が行き交うので、渡すには絶好の場所ということもありあの独特の甘くて淡い雰囲気が尚更濃厚だった。

「おー、遥奈! きょ、今日が何の日か知ってっか?」

食堂で一足先に昼食を取っていた遥奈の背中に、元親の陽気な声がかかった。ドキッと自分の心臓の鼓動が高鳴るのを感じる。悔しいが彼の顔がまともに見れない。

「……遥奈?」

元親は遥奈の席の反対側に回り込み、空いている席に腰を下ろした。

「今日が何の日かくらい私だって知っているわ」
「だ、だよな! じゃあ、俺に何か渡すモンとかねえか!?」

頭をガシガシと書きながら、元親はどこか恥ずかしいそうに頬を赤らめている。遥奈とて鈍感ではない。元親がチョコを欲しいと言ってきていることくらいわかっていた。数秒の沈黙の後遥奈は元親に、綺麗にラッピングされた小さな箱を渡した。

「え、ほ、ホントか!?」

元親は驚きのあまり目を丸くさせた。失礼な話だが本当に貰えるとは予想していなかったのだ(いや、ちょっとは期待してたけど)。言ってみるものだと元親は内心で呟いた。その反応が気に入らないのか、遥奈は頬を膨らませチョコを取り上げようとした。だが元親の動作のほうが一拍早く、彼はサッと自分のものだと主張せん勢いで大事そうに受け取った。

「マジで嬉しいぜ! ありがとうな、遥奈」

子供のように無邪気に喜ぶ彼を見て、遥奈もはにかんだような笑みを浮かべる。

「開けていいか?」と照れたように訊く彼に、遥奈は無言で頷いた。まるで壊れ物を扱うような慎重な手つきで箱を開けると、中から現れたのはお店に売っているようなトリュフであった。てっきり開けたら何かが飛び出してくるビックリ箱かもしれないと、実のところ最後の最後まで警戒していたのだが。どうやら余計な心配だったらしい。

「これ、本当に遥奈が作ったのか?」
「そうだけど、どうして?」
「……いや、見た目が普通だったからよ。まさか毒でも仕込んでんじゃねえだろうな!?」
「失礼ね! いくら料理がヘタだからといっても故意で毒殺しようとは思わないわよ!」

お互い照れ隠しのためか、軽口を叩いてみるがつい言い方がきつくなってしまう。元親はトリュフを一つ摘むと彼はゆっくりと口の中に運んだ。

「……美味い」
「ほんと!? 良かった……」

素直に喜びの声を上げる遥奈の顔を見て、元親は黙りこくった。その満面の笑みに柄にもなく照れてしまったのだ。口元を手で軽く覆い隠し彼は視線を逸らす。そして小さな声で。

「あ、あのよ……今度の休み、どっか行かねえか?」

と、デートの誘いを申し込んだのだった。

一方その頃。その様子を遠く離れた位置で見守っていた華那の姿があった。観葉植物がいい位置で配置されており、遥奈たちには見えない絶好の覗き場である。

「さっきからお前は何やってんだ?」

それに付き合わされているのが、華那と一緒に昼食を取っていた政宗である。彼は頬杖をつきながら困惑の色が窺える瞳で彼女を見ていた。だが華那は目の前のもどかしい二人を観察しているばかり。いい加減たいくつだった。

「だって気になるんだもん。別にいいでしょ、政宗には約束どおり手作りチョコをあげたんだから。どんな動物でもエサを貰えば大人しくするってもんでしょうが。だから静かにしてて」
「オレは動物じゃねえぞ! つかエサって何だよ!」
「……会話が聞こえないっていうのは痛いなあ、でも妥協するしかないのかな……あ、今チョコを渡したよ。やったね遥奈!」

まるで自分のことのように喜ぶ華那に、何も言えなくなった政宗である。彼の横には落ち着いた青色のリボンで結ばれた小さな箱があった。彼はそれを手に取り弄ぶ。華那はチョコを渡す姿を確認出来て満足なのか、それ以上見ることをやめ政宗のほうへと向き直った。華那は知らぬ間に器用に弄ぶ彼の指を凝視していた。その視線に気がついたのか、政宗は訝しげに眉を顰める。

「どうした?」
「ううん、別に」

まさかその何気ない仕種に見とれてしまったとは言えず、華那は不自然に視線を泳がせた。

完 

100000HIT企画/喜多さまへ
元親夢/幼馴染は伊達組筆頭シリーズ
頂いたリクエストは幼馴染は伊達組筆頭シリーズの元親夢でお相手は親友ヒロインでした