リクエスト | ナノ


投げて騙して命懸け!

じっと机に向かって勉強することができないのは、馬鹿の悪い癖。そのため体を動かすことを許される授業で、つい暴れてしまうのも馬鹿の悪い癖。そして。暴れすぎて周りが見えなくなるのは、華那の悪い癖。

***

「よお! 突然だがドッヂボールしようぜ!」
「………本当に突然ですね元親先輩。もう少し前フリっていうものがないんですか」

折角の昼休みが台無しになった。華那は内心でこう思いながらA組の教室に突如現れた元親に生温かい視線を投げる。華那の顔を見れば元親を歓迎していないことが誰の目から見ても明らかなのに、当の本人だけはそんな華那の真意に気づかないままズカズカと彼女の下に歩み寄ってきた。こうなってしまってはもう諦めるしかない。逃げられないと悟った華那はこっそりと溜息をついた。

「ドッヂボールなら同級生とやってください。なんでわざわざ下級生、それも女の子を誘うんですか?」

この場に遥奈がいないことがものすごく悔やまれる。彼女がいたら元親など一瞬で追い払ってしまうだろう。しかし今この場に彼女はいない。彼女は先生の手伝いという名目で職員室にいるのだ。優等生という仮面を被っているだけに、先生の手伝いはしたくないと思っていてもしなくてはいけない。決して嫌とは言えない悲しい運命だ。

「そこらの根性がねえ奴を誘っても面白くもねえだろ。その点華那なら根性も据わっていやがるし、そこらの男より強ェ。もってこいの人材じゃねえか!」
「それ褒めていませんよね? 女の子にそんな口説き文句が通用すると思ったら大間違いだぞコラ」

元親の言いたいことを要約すると、華那は男以上に男らしいということである。男以上に男らしいと言われて喜ぶ女はそうはいない。華那はピクピクとこめかみを引き攣らせた。自然と眉間にしわが寄り、眉もつりあがる。だが華那の怒りを知ってか知らずか、元親は彼女の腕を掴むとそのままグイグイと引っ張っていく。元親が目指している場所は廊下、さらにその先にあるグラウンドだ。

「あと一人足りねえんだよ。華那が参加してくれりゃあ三対三で丁度いいんだって。だから頼むぜ、な!?」
「…………はいはい、わかりましたよ。その代わり今度ジュースか何か奢ってくださいね」

転んでもタダでは起きない。華那はドッヂボールに参加する代わりに、今度元親にジュースを奢ってもらうという約束をとりつけてやった。元親は少し不服そうな顔をしていたが、よほど華那に参加してほしいのかやがては根負けした。華那は短くお礼を言うと、上履きを履き替えグラウンドへ直行したのである。

元親が集めたというメンバー達は既にグラウンドへ集合していた。政宗、佐助、幸村、元就、そして主催者である元親と、ジュースために参加表明した華那である。政宗と元就は露骨に嫌そうな顔をしていた。二人も華那同様に強制参加させられてしまった類であろう。唯一やる気になっている幸村は、相変わらずお館様コールを連発している。それを横で慣れたふうに傍観している佐助だった。

「よーし、これでメンバーは揃ったな。んじゃあチーム分けだが……適当でいいか?」
「オレは華那と一緒なら他はどうでもいいぜ」
「我は長曾我部と一緒のチームだけはお断りだ」

元親のチーム分けに一言申し付けてきたのは政宗と元就の二名であった。無理やり参加させられただけに、こればかりは譲れないと一歩も引かない様子である。

「お昼休みも限られているんだし、ここで言い合っていたら絶対にドッヂなんかできないと思うよー。だからここは単純に……グーとパーで分かれましょ!」

佐助の言うことは最もだった。元々ここにいる面子は我が強い。己の意思は何があっても曲げない頑固者達である。頑固者の一位を競う大会なんかがあれば、間違いなく同票一位になるだろう。

結局運を天に任せた選別方法でチーム分けをすることになったのである。その結果元親、華那、幸村チームと元就、政宗、佐助チームという編成になった。しかし華那と佐助はこのチーム編成に若干の恐怖を覚えていた。何しろお互いをライバル意識している者同士が綺麗に分かれてしまったのである。元親と元就、政宗と幸村。みんな仲良く楽しくドッヂをしましょうなどは不可能だと、瞬時に悟った連と佐助であった。

「ふん、こんなくだらぬことはさっさと終わらすに限る。なに、相手が相手だ。心配せずともすぐに終わるだろう」

元就の言い方だと、まるで元親チームが弱いと言われているようである。カチン。と、その発言にこめかみを引き攣らせた負けず嫌いの華那は、元親が用意していたボールを両手でわし掴みにしながら、稀に見る笑顔で元就チームの面子を見ていた。ただし、目だけが笑っていない。というか据わっていた。

「何よその、余裕で勝ちますよ的な発言は……!」
「毛利にしちゃあ珍しく全うな意見じゃねーか」

政宗にこうもサラッと言われてしまうと、華那だけでなく残りの二人もカチンとくる。

「こうなったら何がなんでも勝つわよ。どんな手段を使ってもいい、勝利を掴むのよ! でもできれば思いつく限りの苦痛を与えてから勝ちたいけどね」
「毛利……テメーだけには負けねえからな!」
「政宗殿……今日こそ決着をつけましょうぞ!」

血気盛んな元親チームは早くも戦闘体勢に入ってしまった。このチームの最大の弱点は全員、頭がちょっと弱いところと血の気が多いことにある。だから気がついていないのだ。自分達が元就と政宗の安い挑発に乗せられたということに。こうして食後の運動にしては過激すぎる、血湧き肉躍るドッヂボール勝負が幕を開けたのであった。

専攻は公平なジャンケンの結果、元就チームとなった。外野には元親チームが幸村。元就チームは佐助となっている。特別ルールは、外野は内野を当ててもコートに戻ることはできないということのみだ。最初から外野ならば例外である。

元就がボールを握ったまま華那と元親を交互に見る。おそらくどちらから狙うか決めているのだろう。元就に見られている二人はというと、真剣な眼差しで元就の動作一つ一つを追っていた。一瞬でも隙を見せたらやられてしまうと、本能が警鐘を鳴らしていたからである。すると元就は狙いが定まったようで、スッと目を細めた。

「やはりここは弱者から狙うが上策と言えよう」

元就はボールを華那目掛けて投げつけた。元親を狙うより弱そうな華那を狙ったほうが得策だと判断したのであろう。渾身の力で投げたと思われるその一投は凄まじい速さで華那に迫り来る。華那は微動だにせず、ただじっとボールを見続け……。

「……見切ったぁ!」

カッ、と華那の瞳に閃光が走ると、彼女はその場にサッとしゃがみ込む。ボールは虚しくも華那の頭上を通過しただけで終わり、彼女はしゃがみながらも勝ち誇ったように、ニィと口端を上げたのだが。

「ゴルアァァブヘッ!?」

彼女のすぐ背後からなんとも言えない奇声が発せられ、華那は思わず後ろを振り返る。すると後ろには顔面にボールが直撃している元親の姿があった。肝心の彼の顔はボールで見えないが、あの豪速球を直接食らったのだから無事とは思えない。

「だ、大丈夫でござるか長曾我部殿!?」

外野の幸村が心配そうに声をかけた。元親は返事をしようにも顔面にボールが直撃してしまったため、上手く喋ることができずにいる。だがこんなときでも平然と涼しい顔をしているのが政宗と華那だった。

「顔面に当たった場合はセーフだっけ、それともアウト?」
「Safeの場合が多いが面倒だしoutでいいだろ。Hey 長曾我部、早く外に出ろ!」

一見適当だと思われる政宗の意見に反対の意を示す者はいなかった。もし顔面はセーフにしてしまったら、それこそ最悪な事態を招きかねないと誰もが思っていたからである。顔面セーフなら顔面にはいくら当てても「ごめん、手元が狂った」と謝れば済むだろうと言って、華那達が顔面ばかり狙う可能性があったのだ。ドッヂボールというスポーツを利用して、日頃の恨みをここぞとばかりに晴らすだろう。

「忌々しい。そのままくたばればよかったものの……!」
「何か言いやがったか毛利!?」

とりあえずルールに則り、元親は鼻を擦りながらもコートを去り、代わりに幸村がコートの中に入った。

「早くも一人やられたか……。元親先輩、あなたの尊い犠牲は決して無駄にしないわ!」
「俺は死んでねェ! つか誰のせいでこうなったと思っていやがる!?」

華那が南無……と合掌しながら外にいる元親を拝んでいたのだから、これにはさすがの元親も抗議の声をあげた。そもそも華那が避けたボールに当たってしまっただけに余計に腹が立つ。

「で、次はこっちの番ね。さぁて、どっちを狙おうかしら……?」

元親の顔面に当たり地面に転がっていたボールを拾うと、華那は器用に人差し指でクルクルと回し始めた。元就を狙うか政宗を狙うか、不敵な笑みを浮かべながら迷っているようである。

毛利先輩は思った以上にやるわね、どっちかって言うとインテリだと思っていただけに油断できない。でも政宗の存在も無視できないわ。力だけなら単純に考えて一番強そうだもんね。それに頭もキレるし。悔しいけどあいつの頭の良さは嫌というほど知っているしなァ。毛利先輩なら力押しの勝負に持っていけるけど、政宗はそうはいかない。力と知、両方持っているなんて、どれだけ欲張るのよバカ宗の奴!

「……おりゃああァァァ!」

長考の末、華那は敵いそうにないと判断した政宗に狙いを定めた。頭のいい奴は早めに潰す! というか日頃馬鹿にされ続けた恨みをここで晴らす! という気持ちのほうが大きいのだが、華那以外の人間が知るはずもない。

華那の一投は元就に負けず劣らずの豪速球で、政宗の膝辺りを正確に狙っていた。これも華那の考えたことである。腹部ではどうも避けられるし受け止めることもできてしまう。なら避けることも受け止めることも難しい下のほう、ちょうど膝辺りが狙い目なのだ。

「Ha! オレを見縊りすぎてねえか華那!?」

フッと政宗が笑ったと思った次の瞬間、ダンスでも踊るかのような軽快なステップで右へ移動する。ボールは政宗の真横を過ぎると、外野である元親の手に収まった。

「う、うっそー!? 避けやがったコイツ! なんで避けるのよバカ宗!」

しかも避けるときすら人を馬鹿にした態度。見ていると腹が立つ。

「オラ! ドッヂは連携プレーっつーのも大事なんだぜ!」

渾身の力を込めて元親がボールを投げようとしたときである。

「長曾我部、あそこで遥奈が貴様のことを睨んでおるぞ」
「な!? 俺何もしてねえぞ!?」

元親の注意が僅かだが逸れた。だが体はボールを投げようとしていたので、ボールは彼の手から離れ力なく敵のコートの中に落ちてしまった。それを政宗がひょいと拾い上げると、元就は爽やかに黒い笑顔を浮かべる。

「馬鹿は操りやすいな、全く」
「ってしまったあぁぁぁぁ!!?」

と、元親を馬鹿にしている一言を述べると、そのまま攻撃するために前へ出た。当然のことながらも隣が言う方向に遥奈の姿はない。ただそこに遥奈がいると言えば元親が動揺するだろうという、元就の作戦だったのだ。

「こらぁ元親先輩! そんな簡単に騙されるな!」
「そりゃ仕方がないよ。西海の鬼が最も恐れる存在じゃあねえ」
「恐れる!? 仮にも恋人同士なのに!?」
「ほらほら余所見している場合じゃないでしょー」

佐助の一言で華那は慌てて敵コートに視線を戻した。政宗は幸村に狙いを定め、今にも投げようとしていたのだ。今から避けるのは無理だと直感的に悟った幸村は、こうなったら受け止めるしかないと、まっすぐに政宗とボールを見据えた。

「いざ参られよ! この幸村、正々堂々勝負いたす!」
「いくぜ、真田幸村ァァアアア!」

政宗が放ったその一投はかなりきついもので、華那が密かに思っていた頭がいい奴は運動音痴という期待を綺麗に裏切っていた。だが頭がいい奴は、運動するときも頭を使う。

「ん? ありゃあ武田のおっさんじゃねえか?」
「なんと!? お館様が!?」

その場でキョロキョロと忙しなく首を左右に振り、どこに信玄がいるか捜し始めた幸村の腹部に、政宗が投げたボールがクリティカルヒットした。

「Out」
「だ、騙したでござるか!?」

元親と同じように嵌められたことが悔しいのか、幸村は頭を抱えて天を仰ぐ。「卑怯だ!」と華那と元親が叫んでいるが、政宗は悉く無視。それどころか「引っかかるほうが悪い」と一蹴するほどである。

「これで残るは華那一人……だな。どうだ、降参する気はねえか?」
「ないわよ! こうなったら逆転勝ちしてやらァ!」

早くも孤軍奮闘状態となった華那は、政宗だけには負けたくないと本気で思っていた。元就や佐助に負けるのも悔しいが、政宗に負けるのはもっと悔しい。反則だとか言わせない、どんな手段を使っても勝つのみ。華那はボールを拾うと、スッと目を細めた。その瞳には一切の感情が映っていない。まさに―――冷笑。ニヤリと口端を上げて、華那はボールを投げるために構える。

「政宗、私の狙いはあんた一人よ、他はもうどうでもいいわ」
「Ha! 随分と大体な告白だな、上等だぜ。なら……オレだけを見てろ」
「奥義! 地獄の底からHow are you!」
「Naming senseなさすぎだろ華那!」

直訳すると『地獄の底からご機嫌如何ですか?』である。さすがに我慢できなかったのか政宗は思わず大きな声でつっこんでしまった。しかしそんな彼など眼中にないのか、華那は大きく振りかぶってボールを投げた。だがあまりにも力を込めすぎたため、ボールは華那のコントロールを離れてしまう。予想にしなかった方向に飛んでしまい、華那を含めその場にいた誰もがボールの飛んでいく様を眺めていた。

「あっれぇ、どこに飛んでいくー!?」
「思いっきり場外ファールだね、あれは」
「方向からして校舎に向かって一直線。大丈夫か、ガラスとか割れたりしたら……」

元親がそう言いかけたとき、遠くのほうでガシャーンとガラスが粉々に砕け散ったような音が聞こえてきた。

「……わ、割れたりとかしたらどうしよう?」

元親の言葉を佐助が疑問系で続けた。その横でハハハ、と乾いた笑いを上げているのは投げた張本人である華那だ。割ってしまった本人としては、ここは素直に謝って許してもらおうと華那は気楽に考えていた。が、ボールがヒットした場所は特別棟の二階にある教室である。

「おい、あそこって……生物室じゃねえか?」

元親の静かな呟きによって、全員が石像のように固まったまま動かなくなった。ここにいる全員が生物室の主、明智光秀がどれだけ変態かを熟知しているためである。先ほどまで素直に謝ろうと思っていた華那ですら、その考えを改めどうやって逃げるか絶賛計画中だった。

「……とりあえず明智がこっちに気づく前に逃げるぞ!」
「イ……イエッサー!」

政宗の言葉を合図にドッヂボールをしていた自分達だけでなく、グラウンドにいたその他の生徒達も脱兎の如く逃げ出したのである。誰もが自分が割ったのかと疑われることすら嫌だったのだ。

その日からしばらくの間、いつもは生徒達で賑わいを見せているグラウンドに、誰も寄り付かなくなってしまったのだった。誰もいなくなったグラウンドでは白衣を着た明智がフラフラと、まるで何かを探しているかのように、不気味にさ迷い歩いていたそうな。

完 

30000HIT企画/カラ豆さまへ
政宗夢/幼馴染は伊達組筆頭シリーズ
頂いたお題のセリフは「俺だけを見てろ」でした